燃えあがる魂。
斬りかかったのは同時だった。ふたりのソウルはまったく同じように刀を振り上げ、地面を蹴り、ちょうど中間でお互いの刃を打ち鳴らした。超振動する刃が火花を撒き散らして弾かれ、続く第二撃を先に放ったのは強化外骨格を身につけた方のソウルだった。彼のボディは民間用の非力なボディだが、強化外骨格のサポートがある分動作が速いのだった。
袈裟斬りを放つ強化外骨格のソウル。短髪のソウルは避けきれないことを直感して刀の峰でそれを受けると、逆に押し返す。ふたりの腕が大きく上がって、一瞬、同時に無防備になった。
ふたりは同時に左脚を持ち上げてお互いの腹に前蹴りを放った。それらは同時に命中したが、後方に大きく吹き飛ばされたのは強化外骨格のソウルだけで、短髪のソウルの体は微動だにしなかった。
「パワーと重量はこっちが上だ!」
短髪のソウルが口もとを歪めた。
数メートル離れて、受け身をとりながら着地したソウルを、周りの兵士たちが射撃する。
「やめろ!」
大声をあげたのは、短髪の方のソウルだった。
「コイツは俺の個人的な問題だ、ひとりでカタをつける。おまえたちは月喰を!」
「了解!」
強化外骨格のソウルは、そのやりとりのあいだに体勢を立て直す。
「また一対一か?」
「あの夜の続きだ。不完全燃焼だったもんな」
「考えることは同じか」
「ここで結着だ!」
「かかってこい!」
ふたりはふたたび地面を蹴った。
「かかってくんな!」
レベッカは悲鳴をあげた。二丁の拳銃がそれぞれ火を吹き、兵士たちを襲う。だが兵士たちは紙一重で銃弾を避けると、号令とともにライフルの引き金を引く。レベッカは「うひゃあっ!?」と変な声をあげながら銃弾の槍襖をなんとか避けつつ、余っている腕でカグヤを小屋の方へと押しやる。
「おねぇちゃんを殺さないで!」
カグヤが悲痛な叫びをあげる。直後、レベッカの横にまわった兵士が銃をかまえた。彼女は気づいていない。
「あぶない!」
カグヤはとっさにレベッカの背後から彼女に覆いかぶさった。押しつぶされたレベッカの体に銃弾はかすりもしなかったが、代わりに、カグヤの背中と側頭部が大きく爆裂して飛び散った。
「カグヤ!?」
レベッカが兵士に銃弾を返し、カグヤの体を押しのけて立ち上がる。
「カグヤが死んだ!」
「――大丈夫、生きているよ」
カグヤが立ち上がった。頭部は半分無くなっているうえ、背中も大きく抉れている。清潔だった服も赤黒い血に染まっていたが、彼女は痛みなどまるで感じていないようだった。レベッカはわけもわからないまま、とにかく彼女の手をひいて小屋へと走った。
ふたりは小屋の中へと転がりこんだ。ドアを閉め、床に這いつくばる。連続した銃声とともに、壁に無数の穴が空いていく。
「これじゃなにもできない……!」
苦々しくこぼしたレベッカに、すでにほとんど傷が再生しているカグヤが優しく微笑んだ。
「大丈夫、もうすぐ銃撃はやむから」
「なんでそんなこと――」
直後、兵士の短い悲鳴があがって、銃撃が途切れた。レベッカは反射的に立ち上がった。
「吹き飛ばされた私の一部をヤマネコに擬態して兵士たちに飛びかからせた」
「何言ってるかぜんぜんわかんない!」
レベッカはわめきながらも小屋の中を走り、木製の小さな家具の影からなにかを引っ張り出す。それは、水力発電でできた電気を貯めるための大型バッテリーだった。彼女はプラスとマイナスが繋がるようにケーブルをつなぎ替えると、素早く小屋の入り口から外へと放り投げた。
数秒後、短絡した回路は発火し、破損したバッテリーは爆発した。勢いよく飛び散った電解液は火炎放射器のように周囲の木々にふりかかった。
「うろたえるな! 木は簡単に燃えやしない!」
兵士のひとりが叫ぶ。しかしその言葉に反して木々たちはつよく燃えあがり、あっという間に巨大な炎の柱と化した。
「な、なぜだ!」
「松は生木でも燃えやすいんすよ!」
小屋から飛び出したレベッカがそう叫びながら、混乱する兵士たちを確実に撃ち抜いていく。炎はますます大きくなって彼らを分断する。
「ソウルは!?」
後を追って出てきたカグヤが、あたりを見渡しながら言った。
ふたりのソウルはまったくの互角――ではなかった。強化外骨格のソウルは、短髪のソウルとの重量差を覆せず、徐々に押されはじめていた。攻撃によって破損した強化外骨格はそのまま数キログラムの重石となり、ソウルの動きの邪魔をする。
「どうしたぁ! 俺ッ!」
短髪のソウルが相手を吹き飛ばす。吹き飛されたソウルは着地しようとしたが、間に合わずに大木の腹にたたきつけられた。彼の視界は警告を示す赤い表示で埋め尽くされて、喉の奥からは血が溢れ出す。ソウルは四つん這いになって咳込んだ。地面が赤い血にまみれた。
「やっぱり強化外骨格だとそれが限界か。どこから手に入れたのかは知らないが、よくやったよ」
短髪のソウルはそう語りながら悠然と歩を進める。
「もとはといえば、おまえは俺のコピーだ。つまり、今おまえが苦しんでるのは俺のせいだ。おとなしくしてれば、楽に終わらせてやる」
ソウルが、這いつくばるソウルに刀を突きつけた。見上げるソウルはもう素早く立ち上がることもできないようだった。
「……最後に教えてくれ、俺」
ソウルは目を細め、どこか寂しげな表情を見せる。
「俺は、なんで月喰に味方するようになったんだ? 俺とおまえは同じ人間のはずなのに、どうしてもそこだけがわからない……」
すると、吐血した方のソウルは仰向けになった。表情は穏やかで、どこか健やかな気持ちよさすらあった。短髪のソウルは、彼がなぜそんな表情ができるのかわからず、かすかに表情を歪めた。
「最初は俺にもわからなかったよ」
穏やかな口調で彼は言った。
「だけど、はじめてカグヤと会ったとき、雨の中、あいつの小さな体温を感じて、今まで感じていた、みょうな違和感に答えが出たような気がしたんだ」
「……みょうな、違和感?」
「おまえも感じてるんだろ?」
「……なんの話だ……」
「目を背けるな」
ソウルは、ソウルに言った。お互いの瞳に、逆さまの自分が映りこんだ。
「.――俺は、月喰が地球にやってくる前の記憶をひとつも持っていない」
「嘘だ!」
「嘘じゃない!」
「俺は覚えてる!」
「じゃあ言ってみろ! 迎撃士になる前、俺はどこに住んでいた!? 父さんと母さんの名前は!? どこで学び、どこで育ち、どんな友達がいた!? 答えろ、俺!」
「だまれ! デタラメを言うな!」
「自分のことが信じられないのか!」
仰向けだったソウルは、よろけながら立ち上がった。刀を突きつけていた方のソウルは蒼白になり、足から力が抜けかけてふらついた。
「生きていても、死んでも、永遠に月喰と戦い続けるため軍に作られた存在、それが俺だ!」
「そんなの嘘だ!」
「ああその通りだ! こんな運命が俺のすべてであってたまるか!」
ソウルの叫びが、森にこだました。
「だから俺は、信じていたものを疑った! 月喰との可能性を信じたんだ! そしてそれは正しかった! 月喰と人間は、友達になれるんだ!」
「もう……もう喋るんじゃねぇ!」
怒鳴った瞬間だった、ふたりのあいだを遮るように燃え盛る大木が倒れ込んできたのは。
強化外骨格のソウルは素早く後ろに飛び退いたが、短髪のソウルは足を踏み出しかけていたために、一瞬遅れた。
「ぐあァッ!」
炎に包まれた枝が、彼の顔を直撃した。
「火事? いつのまに!?」
ふたりはあたりを見渡した。戦っているあいだに、激しい炎の壁がふたりのすぐそばにまで迫っていた。
「ぐぁ……マズい!」
短髪のソウルが、顔を押さえて頭上を見上げた。見晴らしのよくなった空、立ちのぼる黒煙のすぐ横を無人機の影が横切った。
「森の管理ドローンだ」
短髪のソウルが顔を隠しながら木の影に身を隠す。
「全員撤退しろ! 隠密作戦は失敗だ!」
激しく燃える森のなか、短髪のソウルが最後に叫んで消えた。
熱い空気のなか、残されたソウルは地面に両膝をつき、そしてそのまま気を失った。




