ソウルの個人的問題
だが振り上げた刃が血に染まることはなかった。男は刀を振り上げた直後、カグヤの体をつよく抱きすくめ、レベッカのほうに向かって跳んだのだ。レベッカは反射的に発砲しそうになったが、男が振り上げた刀が、さらにその男の後方から飛びかかってきたもうひとつの人影を弾いたのを見て、すんでのところで踏みとどまった。
男は着地と同時にカグヤを体から引き剥がし、レベッカに押しつけて後ろを振り返った。
「惜しかったな!」
「やっぱりソウルだ!」
カグヤが声をあげた。レベッカは彼女の両肩をおさえて、新たに現れた人間に銃口を向ける。
襲いかかってきた人物はソウルから数メートル離れた場所に着地していた。彼はゆっくりと立ち上がり、手にした刀をひとふりした。
ソウルは、その人物の顔を見てハッと息を呑んだ。
「おまえ……まさか!」
「なぜ生きている!?」
その人物――鏑矢ソウルはひどく苦々しげに吐き捨てた。
強化外骨格をつけたほうのソウルは、襲いかかってきたほうのソウルに向かってまっすぐ立ち、おもむろにヘルメットを脱ぎ捨てる。顕になった顔は、髪も眉も生えそろった精悍な若者だった。対するソウルの髪は未熟で短く、おかげでレベッカたちがふたりを見分けるのは簡単だった。
ふたりのソウルはお互いに睨みあう。
「おまえはサンダルフォンの中で死んだはずだろッ……!」
短髪のソウルが言った。
「ああ、そうだな。やっぱり、鉄面皮は俺を生かしてかえさなかったらしいな」
強化外骨格のソウルが応えた。
「だけどその前に、記憶と人格を別のボディにコピーしていたんだ。サンダルフォンに乗ったのは『コピー元』の俺だよ」
「……バカな! 無認可のボディと脳がそんな簡単に手に入るはず――」
「――あ! 私が用意した『白ボディ』!」
レベッカが声をあげた。
「その話が本当だとしても、ミタマがおまえに接触してから戻ってくるまでの短い時間で20年分の記憶と人格のデータが移せるわけない! 書き込むだけでも一ヶ月かかるんだぞ!」
「そうだな。だからバッサリいった」
「バッサリって……まさか、おまえ!」
短髪のソウルがおののいた。にやり、対するソウルが笑う。
「言語やアイデンティティに関わる長期記憶のなかでも重要な部分と、ここ数週間分の記憶だけを移したんだ」
「……正気の沙汰じゃねぇ……」
恐怖に震えた声が、短髪のソウルから漏れた。
「むしろこっちが聞きたいぜ、どうして『俺』がふたりもいるのか」
「……一ヶ月前、俺は月喰の迎撃に失敗して死にかけた。そして俺は迎撃士から引退する代わり、おまえに任せようと思ったんだ」
強化外骨格のソウルが、その言葉に眉を潜めた。
「『死にかけた』? 『死んだ』んだろ?」
「それは擬似記憶だ! 俺はあのとき理解した! そして鉄面皮に言われたんだ!」
「何をだ!?」
「言えるわけないだろ! おまえはもう俺じゃないんだから!」
「いいや違う、おまえは俺で、俺は俺だ! 『鏑矢ソウル』だ!」
「ソウルはひとりでいい!」
直後、強化外骨格のソウルが空中の何かを刀で弾いた。金属音が鳴り、続いて銃声が森に響き渡る。大きく弧を描いて地面に落ちたのは、変形したライフル弾だった。
「会話で近くに気を引いてからの狙撃か。セコくなったなぁ、俺!」
「合理的になったんだよ、俺!」
短髪のソウルが指を鳴らすと、周囲の茂みや木々の影から、武装した兵士たちが姿を現す。強化外骨格のソウルは舌打ちし、刀をかまえた。
「レベッカさん」
「え、あ?」
奇妙なやりとりに、あっけにとられていたレベッカが変な声をあげた。
「俺は俺に任せろ。カグヤを頼む」
ソウルは彼女に力強くそう言った。
「は、はい! お任せください!」
「ソウル!」
駆け寄ろうとしたカグヤをレベッカが制した。
その様子を見て、短髪のソウルが鼻で笑う。
「わからないな、なぜそんな化け物に肩入れするのか」
「俺のくせにわからないのか。じゃあ教えてやるよ」
ふたりのソウルは刀をかまえて向かい合い、そして、同時に叫んだ。
「勝ったほうが『ソウル』だ!」




