真実と嘘と真実。
「何が起こった!?」
ミタマが、コントロール・ルームと観覧席を隔てるガラスにすがった。奥に見える巨大モニターにはソウルの脳波グラフと、脳圧、意識グラフなど各種の数値が示されているが、今、それらの数値はすべて重大な警告を示す血のような赤色に変わっていた。
コントロール・ルームは静かだった。基地の優秀な担当官たちはよりいっそうの緊張感で緊急事態に取り組んでいた。命綱なしの綱渡りのような、危険で張りつめた空気が、うかつな呼吸すら許さないようにミタマは感じた。
ミタマは同じ部屋で立ちつくす鉄面皮を見た。彼がなにか、いくつかの通信をした直後にこの事態が起こったのだ。ミタマは炎のような衝動に任せて詰め寄った。
「何をした!? 鉄面皮ぃ!」
襟首を掴まれた鉄面皮は、しかし冷たくミタマを見下ろすと、さも鬱陶しそうに顔をそむける。
「今原因を調べさせている」
「貴様がやったんだろ!」
「言いがかりはよしてくれないかなぁ。僕は月喰迎撃基地の最高司令官で、鏑矢ソウルの親友だよ? 彼を殺す理由がどこにあるっていうんだい?」
「どの口でっ……!!」
「ああ、今結果があがった」
鉄面皮は指を振り、室内のスピーカーに通信をつなげた。
「――鏑矢迎撃士の脳は急激な電圧の変化を引き起こすなんらかの仕掛けにより、インプラントごと破壊されたものと予想されます。首後ろのプラグ内にあるブレーカーは無効化されていたと予想されます」
「出撃準備時のチェックリストと照らし合わせて、どのタイミングでその仕掛けが組まれ、ブレーカーが無効化された可能性が高いか報告せよ」
鉄面皮はミタマの手を振り払い、襟元を正した。
「照合完了しました。整備員による最終チェック直前、鏑矢操縦士を鉄巨人に接続した時点が一番可能性が高いです」
ミタマは血の気がひき、震える片手を白衣のポケットに入れた。
鉄面皮はスピーカーを切る。
「おやおやぁ〜? あれ〜? たしか僕の記憶ではぁ〜? ソウルくんのプラグを繋いだのはぁ〜?」
「……ハメたな! 鉄面皮!」
「ご名答!」
鉄面皮は愉快そうに拍手した。
「いやぁまさかここまで素直にハマってくれるなんて! 真面目な人は扱いやすくて好きだよ! 結婚しよう! 幸せにするよ!」
「ふざけるな!」
ミタマが力の限り叫んだ直後、鉄面皮が懐から取り出した金色のルガーP08に睨まれて、彼女は動けなくなった。下唇を噛みしめる。
「キミたちは、お互いの何がお互いにとって必要なのかよく考えるべきだった。僕にとってはねぇ、鏑矢ソウルは体だけが帰ってくればそれで良かったんだよ。だって脳と記憶と人格はバックアップがとってあるんだから! あとは彼の記憶をちょちょいと編集して終わりさ」
「銃をつきつけるなんて、やはり最後は暴力か……! ソウルを殺した仕掛けも貴様が仕込んだんだな……!」
「せやで。なんたって僕はここで一番偉いんだ。謀殺なんてお茶の子サイサイさ! スパイ映画みたいだね!」
「私をあのとき殺さずわざわざ生かしておいたのは、罪を着せるためだったのか!」
「またまた正解。そしてそこまでわかっているなら、このあとキミがどうなるかも予想がつくよね?」
鉄面皮が指を鳴らすと、観覧席の入り口のドアが勢いよく開けられて、武装した兵士たちがなだれ込んできた。彼らは一瞬でミタマを床に組み伏せると、ライフルの銃口をつきつけた。
「鉄面皮ぃ……!」
ミタマの整った顔が床に押しつけられ、おかしな顔になる。鉄面皮はケラケラ笑った。
「人類の敵にはお似合いだよ! バーカバーカ!」
「両手を背中に!」
兵士のひとりが手錠を取り出して怒鳴る。ミタマは、白衣のポケットから手を引き抜かれた。
手には、小さな音声レコーダーがにぎられていた。
鉄面皮がそれをみとめ、兵士に「待て」と指示をした。彼はミタマのそばにしゃがみこみ、レコーダーを手からもぎとる。
「ねぇ、これはなんだい?」
鉄面皮が訊く。ミタマは答えない。
「……このクソアマがッ!」
立ち上がり、怒りに任せてレコーダーを壁に向かって投げつけた。レコーダーは硬い柱にぶつかって、簡単に壊れた。
室内に高笑いが響いた。鉄面皮は肩で大きく息をしながら振り向いた。ミタマだった。彼女は彼を見上げながら、勝ち誇った調子で言った。
「私が生身だからって油断したな! ふざけた人は扱いやすい!」
「……録音してたのかい」
「すでに外に向かって送信済みだよ! いくら貴様が基地内で偉くったって、国の司法より偉いなんてことはないだろう!」
「僕が逮捕されるとでも?」
「そこまでは期待してないさ。音声加工も今は容易だ」
にやり、ミタマは笑う。
「だが『疑念』は確実に芽吹く。この基地が、この国が、この世界がやっていることに、なによりも私たち自身が疑問を抱くようになる! その疑念は、必ずいつの日か大きな力となって、お前たちを打ち倒す! お前たち『オールド・ワンズ』を――ぐぇっ!」
「それ以上喋るな」
鉄面皮はつま先についた血をカーペットでぬぐった。
「どうやらミタマくん、キミは知りすぎているみたいだ」
彼は再びミタマの前にしゃがみこむと、まるで死にかけの虫けらを見るような目つきで言った。
「もう二度と太陽を拝めると思うな。連れていけ!」
兵士たちがミタマを立ち上がらせ、乱暴に部屋から連れ出していく。ひとり残った鉄面皮は椅子にどっかと腰を落として、疲れた様子で前髪をかきあげる。そのとき彼の頭に通信が入った。片手の平を耳に当て、鉄面皮は応える。
「鉄面皮、いま月喰たちがいると考えられるホテルの隠し部屋に踏みこんだ」
スピリットだった。
「そうか、どうだい? やつは捕まえたか?」
「いや、それが――」
「――まさか逃げられたわけじゃないよね?」
「――すまない」
「『すまない』じゃねぇぞクソ野郎がッ!」
鉄面皮は怒鳴り散らした。それから深呼吸を3回やって、呼吸を整えてからまた話しだした。
「――いや、すまなかった。ちょっといろいろあってね。キミは関係ないんだ。ごめん、謝るよ」
「あ、ああ……おどろいたよ。おまえがそんなに荒れるなんて珍しい」
「それで、逃げられたって?」
「ああ」
スピリットは自分の周りを眺め回した。地下に隠されていた豪華な部屋には、自分たち以外の気配は無い。
「踏みこんだときにはもぬけの殻だ。どうやら読まれていたらしい」
「だろうね。じゃないと説明がつかない」
「なにがだ?」
「こっちの話だよ……いや、わかった、ありがとう。これで何もかも元通りだ。そこから逃げたカグヤとかいう月喰以外は」
「追うんだろ?」
「もちろんだよ。人類の安全を脅かす要素は排除しないと……」
鉄面皮はそう言って足を組み、大あくびをひとつした。
「まぁ、とにかく今は人類のための尊い犠牲となった鏑矢ソウルくんの冥福を祈ろうじゃないか」
「……冗談が過ぎるぜ」
鉄面皮は笑った。
「ごめんごめん、キミには酷だね。スピリット――いや、鏑矢ソウルくん」
鉄面皮の声を聞き、鏑矢ソウルは苦笑した。




