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人類の産声【完結】  作者: 倉田四朗
第一部 迷える魂
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第二回月喰迎撃作戦。

 ソウルが入った鉄巨人は拘束されたままドックから運び出されて、月喰迎撃基地内の第39番B発射台へと運ばれた。そこではすでに卵のような鉄巨人カーゴが、蓋を大きく開いて待機している。

 ソウルは、いつも自分が眠っているあいだにはこんな作業がされていたのか、となんだか不思議な感動をおぼえた。身じろぎひとつできないように脳からの神経電流は途中で遮断されていて、金縛りがずっと続いている不快感がある。だがそのために、知らない間に自分の脳の中身がいじられていないということへの安心感もあった。

 鉄巨人は膝を抱えた姿勢で卵のなかに納められた。それからさらに数時間後、カーゴ下のブースターが点火して、鉄巨人カーゴは発射された。

 カーゴはぐんぐんと速度を増し、1分後にマッハ1を超え、まわりに圧縮雲を発生させる。人体が耐えうるそれをゆうに超えた加速度で上昇していくカーゴはわずか4分後には時速28800キロメートルを突破し、さらに2分後には大気圏脱出速度へと達し、やがてカーゴは地球周回軌道にのった。

 基地のコントロール・ルームで、鉄面皮とともにその様子を見ていた朔月ミタマは、祈るように握りしめていた手をやっとほどいた。

 鉄面皮は相変わらずの無表情だったが、真剣な様子でいた。彼は担当官たちに会敵予定時刻と業務の指示を出すと、ミタマには目もくれずに部屋を出ていった。

 




「鏑矢迎撃士、応答せよ」

 暗闇の中に待ちかねた声が響いて、ソウルは勢いよく返事をした。

「こちら鏑矢」

「会敵予定時刻まで5時間をきった。神経接続の結果はオールグリーンだが、体調などに違和感はないか、報告せよ」

「問題ありません。いつでもいけます」

「了解。カーゴ開放準備に入る」 

 数時間後、カーゴの扉が開放され、鉄巨人と化したソウルはその中から這い出した。23時間ぶりに動けるようになって、ソウルは嬉しさのあまりカーゴの上に立ったまま大きくノビをした。「無駄に動くな」と担当官からの文句がついた。

「最接近点まであと60分。相対速度毎秒5.45キロメートルで接近中。予測質量差は許容数値マイナス11514キログラム」

「差が大きすぎる。こっちのウエイトの積みすぎか?」

「いや、たった今再分析結果があがった」

 鉄面皮の声がした。

「10秒前に月喰の一部が剥離している。観測周期の隙間をつかれた」

「直前で分離だって?」

 ソウルは大剣を抜きはなち、かまえた。

「まずいね。今回は急だったから、他国のバックアップはスペシウムミサイルしかない。この大きさだと殺しきれるか微妙なラインだ」

「なにかできないか?」

「待って、いま分離分の軌道計算の結果が出た……分離分は、本体にやや遅れて同じ軌道を通る」

「つまり、一度で二体迎撃しろって? こっちは剣一本しかないんだぞ!」

「頑張って!」

「がんばっ……! 頑張るけどさぁ! ちくしょう!」

「これより分離もとを本体、分離分を分離体と呼称する」

「残距離5000キロメートル突破。本体相対速度毎秒5.45キロメートル。分離体相対速度毎秒5.12キロメートル。迎撃点まで約15分」

 担当官が読み上げる。

 遥か遠方、太陽光を反射してぼんやり光るように見える地球の端から、小さな影が姿を現すのをソウルは見た。

 ソウルは呼吸を長くし、神経の高ぶりを抑える。目の前の刃に自身の魂をこめる。

 もはや彼の耳に、基地からの様々な通信は届いていなかった。人並外れた集中力はあらゆる情報を遮断した。彼にはもう、自分がいま立っている場所が地上2万5千キロメートルの不安定な足場の上であるとか、鉄面皮との確執や、カグヤやミタマのことなんてどうでもよくなっていた。彼の脳細胞は、そのすべてが、いかに月喰を斬るべきかということだけを考えいた。

 小さな影はみるみるうちに大きくなっていく。影がとうとう目の前に迫ったとき、月喰は鉄巨人の何倍もの大きさを持つ巨大な肉塊となって現れた。ソウルは剣を振り上げた。

 サンダルフォンと月喰がすれ違う刹那、巨人の剣の切っ先が本体の肉塊に食いこむ。月喰のおびただしい血が霧状になって噴き出す。刃の触れた部分から月喰の体がどす黒く変色していく。

 直後、ソウルはカーゴから跳んだ。

「なに!?」

 基地でその様子をモニター越しに見たミタマが仰天する。

「バカ野郎ッ!!」

 鉄面皮が、ガラスが震える怒声をあげた。

 カーゴから足が離れた鉄巨人は、月喰に刺さった剣にすがりつく。凄まじい速度でカーゴが遠ざかったかと思うと、鉄巨人の腰に繋がった命綱のせいで引っ張られていく。

 鉄巨人は、剣を杖に、足先を月喰の体に突き刺して直立した。そして剣を引き抜いて担ぎ、死体となった月喰の上を後ろに向かって走る。肉塊の尻尾に近づいたところで、鉄巨人は本体を蹴ってさらに跳んだ。

 跳んだ先には、ほぼ同じコースを進んでいた分離体がいた。

 ソウルの猿叫が、真空と闇の宇宙に響いた。

 振り下ろされた大剣が分離体の先端に食い込み、そのまま自らのスピードで真っ二つにされていく。スペシウムへの強烈なアレルギー反応によって肉塊はどす黒く染まり、二枚に分かたれた。

「月喰本体、分離体、ともに生体反応消失!」

 コントロール・ルームで歓声があがった!

 通信越しにその声を聞きながら、ソウルは慌てて命綱を引っ張ってカーゴに戻り、安堵のため息をついた。

「ソウルくん、よくやってくれた。まさか本当にやってくれるとは思わなかったよ」

 鉄面皮の声がした。ソウルは剣を納める。

「やっぱりキミは最高の迎撃士だ。今、カーゴ軌道の再計算結果も出たよ。充分帰還可能だ」

「今回はさすがにヤバかったけどな」

 ソウルは苦笑し、鉄巨人の体を帰還用の姿勢で横たえた。

「……どうだろう、ソウルくん。聞きたいんだけれど……」

「なんだ」

「……やっぱり、基地に戻ってもらうことはできないかな」

 鉄面皮の声はどこか物悲しい印象があった。ソウルは、彼がそんな声で喋るのをはじめて聞いたので驚いた。彼は、これが非公式回線の通信であることを確認すると「おまえがカグヤを実験に使うつもりである限り、約束はできない。俺はやっぱり、月喰と人間が共存できるかどうか、それを確かめたい」と返した。

「そうか……」

 鉄面皮は落胆し、言った。

「じゃあさよならだ」

 あっけらかんとした口調だった。その真意を理解する間もなく、ソウルはいともあっさりと脳を破壊され、死んだ。

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