鉄巨人、出撃準備。
「約束は守ろう」
鉄面皮はおちつきはらった口調で言った。ソウルは猜疑と信頼のはざまでその言葉をかみしめた。
月喰迎撃宇宙軍の基地内、鉄巨人サンダルフォンが寝そべる整備ドック内のオフィスで、鉄面皮とソウルとミタマの三人は、それぞれの思惑を胸に向かい合っていた。
「僕はソウルくんに危害をくわえない。キミが連れてる月喰の件も、完全に無視することはできないが、しばらくは見てみぬふりをしよう。信じられないなら今ここで一筆書いてもいい」
「本当に信用していいんだな?」
ソウルが睨む。鉄面皮は手を広げた。
「もちろんだとも。僕はキミを騙したことはあっても、ウソをついたことはないんだぜ?」
「ミタマ」
ソウルがミタマを見ると、彼女は静かにうなずいた。
「危ないものがないか、私もひと通り見たよ。大丈夫だ」
「もしものことがあったら頼む」
「もしものことは起こさない」
「覚悟は決まったかい?」
鉄面皮の冷笑。
「じゃあ、始めるか」
そう言うと、ソウルはさっさと服を脱いで裸になった。彼の厚い胸板には数日前スピリットに対物ライフルの弾を食らったときの痕跡が生々しく残っている。心臓の位置の皮膚に拳大の焦げた穴があいていて、その下のスペシウム合金の白銀が剥き出しになっていた。ミタマは痛々しさに顔をしかめた。
鉄面皮に渡されたタオルを腰に巻いて、ソウルたちはオフィスを出た。並んで鉄巨人の上の足場を歩き、サンダルフォンの胸元まで歩いていく。その様子を、まるでガリバーを縛りつける小人のような作業員たちが見守っている。
「鉄の巨人に魂を入れるぞ!」
歩きながら、先頭の鉄面皮が叫んだ。作業員たちが色めきたって歓声をあげた。
サンダルフォンの胸元に縦に大きな亀裂が入って、蒸気を噴き出しながら甲虫の前羽根のように開いた。肋骨の前面が大きく開放され、ぎっちり詰まった機械の内臓の隙間に、人間ひとり分のスペースが見える。
タオルを落としたソウルが巨人の内臓に足をかけたとき、鉄面皮が彼に声をかけた。
「最後に確認するけど、本当に眠らないままやっちゃっていいのかい?」
「ああ。眠ったら何されるかわからないからな」
「約束したのに、僕がキミに何かするとでも?」
「油性マジックで胸毛を描かれたことがある」
「あのときはどうかしていたんだ」
「私が見張っているから」
ミタマが優しく微笑んだ。ソウルはうなずき、スペースに体をねじ込んだ。
腕と足を完全に固定する。ミタマが彼の頭のすぐ横まで這い上がり、鉄巨人がわから伸びるプラグを引き出して、先端をソウルの首すじにあるコネクタに繋いだ。
「繋いだよ……接続を切り替えてください!」
ミタマが大きく手を振って作業員たちに合図し、足場に戻る。ソウルは険しい顔で歯を食いしばる。
数秒後、およそ人間に感じられるありとあらゆる痛みが同時に彼を襲った。
「脳味噌を鉄巨人に繋ぐために、いったん体と頭の全神経を切断するんだ、ギロチン処刑と同じだよ。想像もしたくないね」
ソウルの声なき大絶叫に歪む顔を眺めながら、鉄面皮が愉快そうに手を叩いた。ミタマは彼に冷ややかな視線を投げかけ、声をあげる。
「まだ接続は終わらないんですか!」
「あと2秒!」
作業員が怒鳴り、2秒後、頭全体から脂汗を垂らしたソウルが項垂れた。
「ソウル!」
ミタマが再び巨人の胸元を這い上がり、ソウルの頭にかけよった。ソウルはぐったりしていて動かない。ミタマはハンカチで汗を拭いてやりながら、本当に大丈夫なのかと近くの作業員に訊いた。
「接続は正常に終了しました。脳波の乱れも正常範囲です。意識もあります。大丈夫ですよ」
「ならいいんだが……」
「少しは僕とここの作業員たちを信頼したらどうだい」
鉄面皮が呆れた様子で、足場に戻った彼女に言った。ミタマは無言でソウルを振り返り、彼の頭部が、再び閉じられた鉄巨人の肋骨の向こうに消えていくのを眺めていた。
「視聴覚はもう起動してるのかい?」
鉄面皮が作業員に訊く。作業員は肯定した。
「ソウルくん!」
鉄面皮が両手で筒を作った。
「これから24時間以上まともに動けないけど我慢してね! もうキミは鉄巨人サンダルフォンなんだ! どうかじっとしておいてくれよ!」
彼の声は広大なドックに拡散し、作業員たちのたてる音に混ざってかき消える。鉄面皮は肩をすくめ、ミタマを見た。
「僕の声はとどいたかな?」
「……ええ、多分」
ミタマは複雑な思いでうなずいた。




