6話 特訓
チュートリアル・ノーアで僕を指導してくれる先輩キャラクターであるソーシさんは、キャラクターになってからだいたい10年くらいだという。キャラクターの始まりが15歳固定なので今は肉体の年齢が25歳ということになる。ノーアを運営している神様達に、1ヶ月くらいの期間、僕のレクチャーをしてくれと、依頼されたそうだ。
「まずは、その身体に慣れることだ。」
「はい!」
その日はソーシさんの後に着いて一日中動き回った。草原を走り、小川を飛び越え、倒木の下をくぐり抜け、樹々の枝から実をもいで食べ、岩山に登り、海に飛び込んだ。途中でオオカミみたいなモンスターに追い掛けられて尻尾を咬まれたりしたけど、とても楽しい一日だった。なにしろ僕は狭間の世界で長い間、指1本動かせない状態だったのだ。身体を動かすことがこんなにも楽しいことなんて思わなかったよ。
そんなこんなで日が暮れて、今は焚き火の前で夕飯が出来上がるのをワクワクしながら待っている。夕飯は、肉スープ。食材は途中で襲って来たモンスターだ。味付けは塩とそこらへんでもいで入れたハーブっぽいのだけ。でも、とっても美味しい!明日からは造り方を教えてくれるという。
パチパチと、爆ぜ燃える焚き火を囲み、僕はソーシさんにこれまでのことを話した。話しはじめると、堰を切ったようにとまらない。僕はずっと誰かに聞いてもらいたかったんだ。
「成る程、そのようなところにずっと……。死を待つのみであった某とはまた違った辛い体験であったようだな。」
ソーシさんも身の上話しをしてくれた。僕に合わせてしてくれたのだと思う。1日の付き合いだけでもソーシさんが口下手なのは気がついた。それでも色々なことを、僕にわかるように気を遣いながら伝えようとしてくれる、ソーシさんはなんていうかいい人だ。
「某の昔の名はな、新撰組の沖田総司という。某の名は知らなくとも新撰組は知っておろう。そこでな、某は人斬りをしておった。」
「やっぱり。なんとなくそーかなーと思ってました。ちなみに僕は新撰組が活躍していた頃より100年以上後の時代の生まれですよ。新撰組の沖田総司の名は僕でも知っているくらい有名ですよ。」
「なんと!」
「たしか、途中で病に倒れられ……亡くなられたと。」
「うむ、病が進み死ぬ覚悟を決めた、その時に神に誘われたのだ…。その神はわざわざ偽物の骸を用意してくれてな、某はここに連れられて来たというわけだ。某はただ、……戦いの中で死にたかったのだ。ただそれだけの理由で神の誘いを受けた愚か者よ。」
「……今は、死にたがってませんよね?」
「‼︎……何故そう思う?」
「今日のソーシさんを見ててそう思ったんです。僕の下手くそな身体の動かし方を、失敗を笑っていたソーシさんは、いい笑顔でしたよ……。生きることに興味をなくした人には見えませんでした。」
「そうか、そう見えたか。」
「はい。」
そう、僕は今日の途中から、ソーシさんの顔の表情を読み取れるようななっていた。獣の顔の表情を。生き生きとしたソーシさんの顔を。
「明日は早くから修練を行う。今宵はもう寝なさい。少し周りをみてくる。」
「はい。おやすみなさい。」
あれは照れているのかな?なんにしてももうクタクタで……zzz。
僕が目を覚ますと、もうすっかり日は登っていて朝食の準備はソーシさんがしてくれてていた。いけないいけない、明日からは支度は僕がしないと。
ソーシさんは僕に身体の使い方を、狐獣人の特徴的な能力を徹底的に教えてくれた。その特訓は半端ないものだった。その合間にこの世界の常識を教えてくれた。ただし、これからどのようなことを僕がするのかや、ソーシさんがどのようなことをして来たのかは、運営から伝えることを禁止されているらしくあまり教えてもらえなかった。
「獣人の多くは爪を自在に伸ばせる。長さや湾曲率もある程度変えられるのだ。そのダークウルフは爪を伸ばして切り裂け。その後ろにいるダークスライムは切り裂いただけではダメージを与えられないぞ、コアを突け!後ろにゴブリンが回り込んだぞ!気をつけろよ。」
「ていうか!わざわざ連れてこないで下さい〜!うわっ、チョットっ、あぶ、ない!」
「ふむ、まだ余力があるか。ここチュートリアル・ノーアは死んでも生き返れるそうだからな。頑張れ。」
「違います!いろんな意味で違います!」
うわ、ソーシさんがまたどっか行ったよ。絶対またモンスターを連れてくるよ、その前にこいつらを……
「アユム〜、空からダークバットを向かわ、いや、ねらって来たぞ!」
「向かわせたって言ったよね!言ったよね!わっ、こいつ血を吸ってくる!」
昨日以上にソーシさんが生き生きとしているように見えるのは何故?そして僕に明日はあるのか〜!
だからチュートリアルでは死なんチュートリアル……こほん。
感謝・感謝です。