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第二章 第八話 新しい朝が来た話

               【第二章】


【8】


 島での生活が始まって十日程が経った。

 住めば都とはいかないまでも、それでも少しはリュカも慣れ始めていた。だがこの島が魑魅魍魎跋扈する伏魔殿であるのに変わりない。リュカの常識など、鼻毛抜きながら四回転アクセルみたいな容易さでぶち壊していく。そんな輩や事柄がほぼ日替わり時々予測不能、ところにより命の危険があるでしょう、的フランクさで起きるのだからたまったものではない。

 だが代わりに分かったこともある。


「おはようございむぁ……ふ」

「おはよーリュカちゃん」

「おっきい欠伸ねー」

「やだ、そんな可愛い顔見たら欲情しちゃうん」


 仕事明けらしいニューハーフの面々とすれ違う。彼……いや彼女らはピンク・トライアングルの店員で主に夜が活動時間帯なのだ。これから各々の家や部屋に帰って寝るのだろう。いつも陽気で騒がしい彼女らなのだが流石に仕事明けは少々疲れが見て取れる。起き抜けに会うのは最初こそ心臓に悪かったが、数をこなすうちにリュカも慣れてしまった。

「皆さん上がりですか?」

「そうなの、今日は休みだし昼まで寝て、そっからショッピングにでも行こうかしらってね」

 ローズという源氏名のビッグ・ママ以上にケバい化粧のニューハーフが言う。

「あ・た・し・は! これからデート。久しぶりだから気合い入るわー!」

 一方浮かれ気味のダリアというニューハーフは、化粧はそれほどでもないのだが、身なりが派手だ。今日も胸元から背中まで開いた真っ赤なスパンコールドレスを纏っていた。

「アンタって本当タフよねぇ。ねぇリュカちゃん、おねーさん達も一緒にデートしない?」

「あは、あははは……」

 笑って誤魔化すリュカ。漫画なら顔に巨大な汗マークでも浮かんでいるといったところだろう。一方相手のリリィは「もう、照れちゃって! 冗談よジョーダン」と笑っていた。一見しただけでは綺麗な女性にしか見えないので、リュカも毎回どう対応したらいいのか困っていた。

 他にもピンク・トライアングルには、十数人ほどのニューハーフが在籍している。

 こうして接してみると、彼女らの中にも本当に様々な人がいるのだ、ということをリュカは知った。ビッグ・ママやローズのように男にしか見えない者もいるが、リリィのように「本当に元男性ですか?」と尋ねたくなる者も多い。

 そして彼女らに共通して言えるのは皆、人当たりが良く、底抜けに明るく、そして優しいということだ。これが一番の驚きだった。リュカの想像していた「ニューハーフ」という人種はもっとケバケバしい感じで、飢えた野獣のように獲物を狙ってるものかと思っていたのだが……。

「だってリュカちゃん可愛いんだもの。ここで働けば絶対一晩で伝説が作れるのに」

「やめなさいよ。ごめんね、リリィも悪気はないの。私達からすると、貴方みたいに元からその顔を持ってるのが羨ましくってね?」

「は、はぁ……」

 嫌で嫌でたまらなかったコンプレックスをそんな風に言われると、なんだかくすぐったいような不思議な感じで一杯になる。

「いっけない! もうこんな時間? それじゃリュカ君またねー」

「バイバーイ」

「じゃあねー」


 ニューハーフ軍団と別れたリュカはダイニングキッチンに向かった。ここは店に出す料理を作る他、休憩中の店員がくつろいだり、住人達が食事をする部屋である。最初の日に夕食をとったのもここだ。一階はあとは店舗部分とトイレくらいしかないので、それほど狭くもない。

「おはようございます」

「あらん、おはよう。早いのねん? 待ってて。今、朝御飯作っちゃうから」

 変態メンバーの中で、一番朝が早いのは決まってビッグ・ママである。夜通し働いてることも多いのだが、休日もママより先に起きているものはいない。

 厨房からはベーコンエッグの焼ける香ばしい匂いが漂ってきていた。鼻歌を歌うママの横で、忙しそうに走りまわる少女にも声をかける。今日は全身に荒縄を巻きつけたファッション(?)をしていた。

「おはよう、ミゥちゃん。お手伝い?」

「はっ! これは気付きませんで、大変申し訳ありませんでした。おはようございます、リュカさん。はわわ! 先にリュカさんにご挨拶させてしまうとは、なんたる失態! この失礼極まりない卑しい豚めを、どうか罵って踏んで蹴ってやってくださいまし!」

「いや、罵らないから……四つん這いになっても踏まないし蹴らないからね?」

 あの性格最悪赤髪男はまぁ当たり前としても、このドM少女もリュカは苦手だった。濃いのだ。言動の一つ一つが。

「ん、いい味! ボウヤ、皆を起こしてきてくれる? もう朝御飯出来るから、ねっ?」

 手製のクラムチャウダーをかき混ぜながらママが声を上げる。いつの間にか、他の住人たちを食事の度に呼びに行くのはリュカの役目になってしまっていた。

「御主人様は朝は特に機嫌がよろしくないので……どうかお気をつけて~」というミゥの声が背中に張り付く。そんな不吉なワードまで言われては、やる気など地の底に落ちているのだが、居候の身ゆえ仕方ない。

 特に、

「ここだよ……毎朝、毎朝、よくもまぁ……飽きずに……」

 二の轍を踏まないのを心情にしてるリュカは、この202の住人を……マキナを起こす時は、こうしてドアに耳をつけて確認することにしていた。傍目から見れば『どうみても変質者です本当にありがとうございました』的状態なのだが仕方ない。いきなり押し入って、また9mmパラベラムな返事をされるのは二度と御免被りたかった。

 予想通りというかなんというか……部屋の中からはベッドの軋む音と悲鳴にも近い嬌声が聞こえてきている。

「一体どんなアレをしたら、あんな声が……。はっ! ごほん! いけない、いけない」

 妄想の世界に入りそうになる精神を慌てて繋ぎ止める。ここでそっちに行ってしまったら、自分まで変態になってしまうじゃないか、と。自分はここにいるような連中とは違うのだ。そう言い聞かせるようにして声をあげる。

「ごほん! マキナさん! マーキーナーさん! 朝ですよー! ご飯出来ましたよー!」

 このフロア中に響くような大声でドンドンとドアを叩く、全力で。それくらいしないと彼女は気づかないほど熱中しているのだ。

 それから数えて約数分……。目の前の黒いドアが億劫に開く音がした。

「無粋な朝の挨拶どうもありがと、えっ……と、貴方名前は何だったかしら? まぁいいわ。せっかくもう少しでイクとこだったのに、この行き場のない性欲をどうしてくれるというの?」

「リュカです。真締 龍河。そろそろ覚えてください。それより続きはご飯の後でいくらでもして構いませんから、とりあえず起きてもらえますか? ママが呼んでますよ」

 そんなリュカを恨めしそうに――といっても無表情だから解りにくいのだが――見ながら、シーツを身体に巻きつけたマキナは、またドアの向こうに引っ込んでいった。おそらくシャワーでも浴びに行ったのだろう。とすると、まだ少しかかるかもしれない。嫌なこと故、後回しに後回しにとしてきたが……仕方ない、ラスボスの間――エスの部屋へと赴くことにする。


「なんとかと煙は高いトコが好き、なんて言うけど……」

 問題の部屋もこのビルの最上階にあった。というかこの階全てが彼のプライベートルームらしい。言うまでもないことだが、ミゥも同じ部屋に住んでいる。最凶最濃コンビの私室など近寄りたくもないのだが……。

「普段であれだけの人格破綻っぷりなのに、それが更に機嫌が悪いだなんて……あー、貧乏くじ引いたよなぁ。やだなぁ、マキナさんの時ですら9mm弾が飛んできたんだ。きっとこいつの時は最大口径の弾とか……いやいやロケット砲とか飛んで来るんだ。下手すりゃこの辺り一体が焦土と化しちまうんだきっとそうだ」

 愚痴のつもりか、はたまた予め口にすることでフラグを回避したかったのか……。それは兎も角、リュカはチャイムに指をかけた。


 ピポピポピポピンポーン。


 ……緊張を見事にブチ壊すような明るい音色が、辺りに響く。マキナの時のようにてっきり壊れてるかと思って連打してしまったのだ。

 そして訪れる静寂……。血のように赤いインターホンのランプが点灯する。

「……あ、あのですねこれはその」

 


 ――チャイムノ数ダケ 貴様ノ尿道ニ 釘 ヲ 挿 シ 込 ム ――



 地獄の鬼ですら慈悲を乞いて「やめたげてよぉー」と泣き出しそうな声が聞こえてきた。リュカはそのままの体勢で全身の細胞を硬直させ立ち尽くしていた。

『っていうか今何回チャイム押したっけ? 三回? 四回か。釘の長さって一本どのくらいだっけ? いやいやいや死ぬよね? 一本の時点で死ぬよね? しかも尿道? 尿道っつったよね? 決定的だよね。致命的だよね。許してなんて言えないよね』

 まるで風の谷の姫のように最早悟りきった気持ちで、死んだ魚の眼をしていると……。


「……逃げ出さずにいたことだけは褒めてやる。サービスに、本数を十倍にしてやったぜ」


 ドアの隙間からニュルンと例の触手が釘を持って……。


「って、長ェェェェェ!」


 ――それは釘と呼ぶにはあまりに長すぎた――……などと大型長編ファンタジー漫画のノリで喋ってる場合ではない。真っ黒な触手が持っていたのは大人が掌に載せても、なお余るほどの長大な釘だったのである。

「……ってなんだよテメェか。てっきりどこぞのイタズラなお子様が、ピンポンダッシュ試みたんかと思ったんだが……」

「ピンポンダッシュ如きでここまでされたら、中世の異端審問官もチビって逃げ出すわ! ってか……それわなんだ! それわ!」

「あぁん? なんだ最近のガキはモノを知らねぇなぁ。五寸釘も見たことねぇのか?」

「ねぇよ! ってかそんなんをイタズラ程度の子供の何にどうする気だったんだよ!」

「ガキは甘やかすからいけねーんだよ。だから分別のつかねぇバカが騒ぎを起こすんだ。ガキはな、小さい頃からこうちゃんと悪いことは悪いことだとな……」

「それ以上の悪いことしてるよね! お前みたいな奴が躾とかホザいて虐待に走るんだよ!」

 ……疲れる。朝っぱらからこいつと話してると疲れる、とリュカが肩で息をしていると。

「そっか、テメェだったか。だったらもうちっと身内贔屓で楽しい拷問にしねぇとな」

「拷問っつった! 今しっかりと拷問っつった!」

「とりあえずあれだ、肉体→精神→肉体で壊そうと思うんだが、どうよ? 奥歯? 奥歯か?」

 日本語は、主語、述語、修飾語をきちんと使用してもらいたい。『奥歯を』どうするというのだろう……聞きたくもなかった。

「それともあれか、オーソドックスに爪の間に……」

「違います違いますって! だから――……」

 とここでネタばらし。これには思わずターゲットも苦笑い……とバラエティ番組のように何事も都合よくいかないのが現実の厳しいところである。

「やっぱテメェ尿道五寸釘カテーテルの刑だな。しかも真っ赤になるまで熱したヤツでだ」

「死にます」

「遠慮すんなぁ、サービスに玉の方にも打ち込んでやっからよ」

「死にます。ってか痛いことはマジで勘弁してください。他だったら何でもしますから」

 何故そんな命知らずな言葉を口から発してしまったのか後々リュカは悩むことになるのだが。エスは「ふーむ」としばし熟考に入り。


「よう、テメェ。だったら飯の後ちょっと付き合え」


「はい?」


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