第四話 目が覚めたらそこはまた新たな始まりだった話
【4】
古来から気絶した者……特に呼吸不全でそうなった少年を起こすのは、女性からの人工呼吸と相場が決まっている。何故かは知らないがお約束なのである。偶にギャグ漫画などでは男のキャラクターからされて「うげぇー!」ちゃんちゃん、ということになったりもするが……。結論から言うとリュカはそんなズッコケオチにはならずに済んだ。
それは、いい。……のだが。
「信じられねぇ信じらんねぇ! 気絶してる奴の腹を殴って起こすとか信じらんねぇ!」
屋内に運ばれてから数分、自然な目覚めを待つことなく、リュカの起床は腹部への衝撃という今までにない斬新な方法で実行されたのだった。だがその実行主と言えば、
「うるっせぇなぁ。やっぱテメェ先祖猿だろ? それかあれだ選挙の街宣車だ。丁度良い、殴らせろ。俺様ァ一回あの小うるさい選挙カーってやつをスクラップにしたかったんだ」
「謝るどころか、更に暴行宣言!? アンタ常識と道徳って言葉理解できてますか!?」
移動式ベッドからソファに移ったエスは、思いっきり面倒くさそうに答える。
「いいじゃねーか起きたんだからよ。そうカリカリすんな、ビタミン云々が足りてねーぞ」
「カルシウムです御主人…様ァひゃあああああんぅぅぅ……はうう……」
エスのローキック――とはいえそれは、足の形に纏まった触手によるものであるが――がミゥのまだ肉付きの薄いお尻に直撃する。だが痛がるよりも寧ろ、いや明らかに快楽の度合いの高い悲鳴を上げて、ミゥはビクンビクンと痙攣した。腫れ上がったお尻を天高く突き上げていて、リュカからは見えないが、アングルによってはかなりヤバイ絵面になるだろう。
「壊れたラジオみてーにガーピガーピー騒ぎァがって。もっかい捨てるぞ? 殺すぞ? 売るぞコラ?」
「まぁまぁいいじゃないのん」
ゴテゴテした化粧をこれでもかっ! というくらいに厚塗りしたビッグ・ママが言う。余りに塗りすぎて他の露出した肌の部分と色が――ちなみに地と思われる肉体は赤銅色をしている――明らかに違うほどだ。分厚い唇は真紅に塗りたくられ、マッチが載るほどの付け睫毛にメタリックブルーのマスカラ。ソバージュの軽くかかったセミロングの髪と、その容姿はまるでどこかの先住民族@祭りの儀式バージョンのようだ、というのがリュカの正直な感想だった。
「アタシは気にいったわよ、このボウヤ。可愛い顔してるし、んぅ!」
ばちりっと音がしそうな目配せをリュカに向ける。完全に捕食者のそれである。
「ねぇ、ボウヤ。知らない世界を見てみたく……」
「ありません! ありません! 滅相もないですはい!」
無菌世代のリュカにとって初めての同性愛者との遭遇だったが、魂の深い所が真っ赤な警告ランプとブザーをビービー鳴らしていた。『今すぐ逃げろ、さもなくば捕獲られる』と。
「んぅ! ツレないわねぇ。じゃあここで働いてみない? ボウヤならトップ……いえ、この島の頂点に立てるかもしれないわよ?」
「トップ? ……そういや……えっと……」
どう呼んだらいいものか口ごもるリュカに、巨漢のオカマは胸に手を当てて答える。
「ビッグ・ママって呼んで。もしくはハニーって……」
「ビッグ・ママさん(即答)。ここって何なんですか? 僕、何も聞かずに連れて来られたもんで……」
「つくづくめでてぇ性格と頭だよなぁ、ひゃひゃひゃ」
「うっさい、そこ! ……でなんのお店なんですか? 飲食店なのは解りますけど……」
するとビッグ・ママはよくぞ聞いてくれたと、大きな鼻の穴をなお膨らませて、
「ここはね? 性と肉体、現実と理想の狭間に嬲り殺された哀れな子羊ちゃん達が、自分という蛹を破って蝶になる……」
「あー、そういうのいいんで。簡潔に、簡潔にお願いします」
「ここはですね、ニューハーフさん達の働くバーなんですよ」
何時の間に復活したのか、プラチナブロンドを微かに揺らして少女が答える。どうやら人間語で話すことを許可されたらしい。
リュカが「はい?」と理解出来ないでいると、
「最近はねん、男の娘っていうの? そういう需要も増えてきちゃってるのよん。あなた肌も綺麗だし、顔つきも女の子っぽいし。ね? ここで働いてみない?」
いきなりのスカウトに面食らっていたが、リュカもこの島に慣れてきたのだろう。途中から明らかに不快そうな表情に変わっていく。
「けけけ、マジでついてなかったりしてな?」
「黙れド変態」
リュカは自分の顔が嫌いだ。
最早それはコンプレックスといっても差し支えないものだった。幼い頃は女の子ものの服を着せられそうになったり、小学校の時、好きな女子に告白したところ「私より可愛い男子ってちょっと……」とフラれ、電車に乗れば必ず痴漢にあう。性別を間違われることなど日常茶飯事でもう数えるのも面倒だ。着替えていればクラスの男子からも微妙な目で見られるし、良い事など一つもなかった。そんな中でどうして自分の容姿に自信を持てることが出来ただろう。
だから――つまり、不快に思ったのはそういった理由で、しかもエスは明らかにそれを分かった上でやっているフシがあった。名前の通り心底ドSで嫌な男――リュカの中でのエスの人物像はほぼ決まりつつあった。だが、
「……ごめんなさいねんボウヤ? 気にしてるとは知らなかったのよ。素直にスカウトのつもりだったの」
「へ……? あ、あぁ……い、いえお気になさらず……」
それに引き換えこのビッグ・ママというオカマは見た目こそ異様だが、中身は意外にも常識人であった。少なくとも他人の心情を読み解き、詫びる精神を持ち合わせているのは確かだ。
「まぁ、お金が必要になったら言いなさい? いつでも働かせてあ・げ・る」
「は、はぁ……」
それだけは絶対ごめんだけど……と思いつつ苦笑いを浮かべる。
「でもよかったですねビッグ・ママ。男の人が増えて」
「そうよん、エスちゃんったら拾ってくるの拾ってくるの、女の子ばっかなんだから」
「野郎なんざ虐めても面白くねぇからな」
ソファで大きな欠伸をするエスを見ながら、リュカは何か、妙な感じを覚えた。ここに着いてから今までの会話の中で何か――そう「違和感」を。
「あ! あぁ、そうか!」
「どーしたー? 生理か?」
「ッ……! ……さ、三人目。そう三人目ですよ」
一々この赤髪男に突っかかっても、更に酷い言葉でなじられ、からかわれるだけだろう。リュカは先の発言を無視しながら、違和感の正体について尋ねてみた。
この店に入る前、ビッグ・ママが確かに言った言葉……。
――またなの? んもう。これで三人目じゃ……――
このドM美少女のミゥも同じような経緯でここにいるのだと仮定すれば、エスによって連れてこられたのは自分で三人目、ということになる。すると……。
「もう一人どなたかいらっしゃるんですよね? ここ」
「ん? マキナちゃんのことかしらん? そーいえば姿を見ないわねん」
「どーせ部屋でいつもの……ちょうどいいや新入り。お前、上行ってアイツ呼んでこい。そろそろメシだしな」
「はぁ……」
「外に出て、店の横の階段を二階。202って書いてあるのがマキナちゃんの部屋だから」
後ろからビッグ・ママが声をかける。カランカランと音を立てるドアを開けて陰気臭い階段に向かった。外は太陽が沈みかけており、時刻はいつの間にか夕暮れ時を示している。
「流されてるよなぁ……僕……」
一人になり、ようやく落ち着けたと同時に盛大なため息が漏れた。思えばこの島に来てからというもの、トラブルのジェットコースター状態決算大売り大セールである。周りは奇人変人だらけだし、今までごく普通な日常を送ってきたリュカが受け止めるには、少し情報量が多すぎた。
「そりゃあ『変態』と診断されたわけだし、これからこの島で暮らさなきゃいけないのは解ってるけど……。あの人達を――特にあのドS野郎を信用してもいいのか? なんだかなし崩し的に世話になる流れになっちゃいるけどさ……」
とは言え、住むところも解らず、金もなく、身分を証明するものもないとくれば、早晩野垂れ死にすることは目に見えている。或いはもっと最悪な目に――……。
ゾクリ……と総毛立つ。
「最悪な目」を想像したからではない。もっと前の箇所だ。
『僕はさっきなんて思った?』
――これからはこの島で暮らしていかなきゃいけない……――
この島で? こんな変態ばかりのいる島で暮らす? 一体いつまで? いつ? いや、そもそも期限なんてないのだ。いつまで――……一生――……。
「ウッ……プ……」
胃の中のモノが逆流しかける。こんな明日どうなるかも解らない街に、一生いなければならない……。絶望と恐怖で足元がガクガクと震えだす。
「ッ……ごっくん! だ、ダメだダメだ! 不確定なものに惑わされるな! 倫理的に、理性的に考えろ! 常に現在の時点に置いて最善の選択をするんだ!」
恐怖や絶望は不要な感情ではない。だが、今の自分にはパニックの元にしかならない、必要の無いものだ。今は考え、なるだけ自分の生命と、精神を維持するのにベストな行動を取らなければ。リュカの導きだした解答はそれであった。
状況を把握し、自分にとっての最善を思案する。
「よ、よーし、とりあえず住むところとは、当面はここを利用しよう。それ以外に方法はないし、もし奴らが危害を加えようとしたら、すぐ逃げ出せばいい。今のところその気配はないようだから、とりあえず休息と食事をとって……それから落ち着いた頭でこれからどうすればいいか考えよう」
深呼吸を一つ、血中を新鮮な酸素が駆け巡っていく。
「とりあえず癪だけど、あの男の言う、マキナとかいうもう一人の住人を呼びに行くか……」
どんな人間が他にいるか、知っておくことはプラスにこそなれ、マイナスにはならないはずだ。情報は武器なのだから。そんなことを思いながら辿りつく。
このビルは一階の店舗部分以外は住居用スペースになっているようだった。二階にある部屋は三部屋だったから迷うこともない。
その内の202と書かれたドアの前に立ち、チャイムを押そうと――……。
『……ゥゥ……ウ……ア……』
押そうとしたその時だった、リュカの耳に呻き声が聞こえてきたのは……。




