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第三話 這い上がったらまた突き落とされた話

  【3】



 十年程前の話になる。



 一人の変態が女の子を殺した。



 それは悲劇ではあったが、それで終わるはずの事柄だった。いくら幼い命が一つ散ったとしても、日々の雑踏と時間の流れに飲み込まれる些細な、有り触れた事柄のはずだった。

 その少女が政府の――それも上位にいる、とある政治家の一人娘でなければ。

 可愛い我が子を亡くしたその政治家の怒りと行動力は凄まじいの一言だった。それから数年も経たずに様々な法律・法令が制定された。その内容は――難解な専門用語の羅列が果てしなく続くので要約すると



 ――変態を隔離せよ――



 この一言に収束する。

 普遍的な、一般的な性癖を持つ者以外は、皆変態とされた。

 例えばミゥのような『SM趣味』。エスのようなロリコン・ショタコンなどと呼称される『幼児性愛者』(ペドフィリア)。現実世界の異性に興味を示さない『二次ヲタ』。はたまた自分と同じ性別の相手を好きになる『同性愛』(ホモセクシュアル)。『各種フェティシズム』、『糞尿趣味』(スカトロジー)、エトセトラエトセトラ、etcetc……。

 そういったモノ全てが「異常」であり、「変態」だとされた。また、その波は需要する側だけではなく、供給する側――つまり漫画家や小説家、映画監督等のエンターテイナー。それに風俗産業に携わる者達だ――にも及び、そういったものを製作する行為も罪であるとされた。根っこから引っこ抜こうという魂胆である。そうして国民全員の「正常化」が行われるようになったのだ。

 その結果がこの『ソドム』。現代の流刑地。変態を閉じ込め、監視しておく巨大な牢獄。その為だけに作られた島――である。

 ………………

 …………

 ……

「ちったぁ落ち着いたかい、ミスタ間抜け面」

「……えぇ、なんとか……アンタの毒舌にも慣れてきましたよ……慣れたくないけど」

 エスから渡されたコーラの缶を額に当てながら、リュカは大きくため息を吐いた。

 自分がどういった立場で、どんな場所に放り込まれたのか理解していなかったわけではない……わけではないつもりだったのだが……。

「ひゃっひゃっひゃ。そいつは結構。……にしてもこの島で他人様のプレイに口出しするなんざ馬鹿だなぁテメェ。どれくれー馬鹿かっつーと、人類か疑うほどの馬鹿だな。おい、テメェ親戚は動物園にいて糞投げたりすんじゃねぇか? キーキーキー?」

「前言撤回、殴っていいですか……?」

「まぁ、その檻から出てきたばっかのお猿さん的行動から鑑みるに、テメェ新入りだろ。この島は初めてかぁ坊主。硬くなんなよ、股間以外はな。ひゃっひゃっひゃ」

「殴っていいよね、これはいいってことだよね!?」

「しかも馬鹿の上に更に馬鹿をのっけて馬鹿を塗りたくった馬鹿サンドと来てら。なぁ、馬鹿?」

「何回も馬鹿馬鹿言うな!」

「五回な? 数も数えられねぇか? まぁいいや。だって事実だろうが?」

『うん、あと五秒したら殴ろう。今度は思いっきり振りかぶって全力で殴ろうそうしよう』

 とリュカが震える拳を握り締め始めたその時だった。

「テメェ、一文なしだろ?」

 エスの一言が心のストライクゾーンを突き破り、バックネットにまでめり込んだのは。

「は、はは……ナニヲ根拠ニ……」

「根拠もクソも、そのビミョーなアホ面に全部書いてあらぁ。大方、無警戒にプーラプラ歩いてたら絡まれて、根こそぎ身ぐるみ剥がされたっつータイプの救いようの無い間抜けMVPだろ? コーラ一本買えないで自販機と睨めっこはたのちーでちゅねぇー?」

 言い返したかった。しかしここでムキになって反論するのは、肯定以外の何物でもなく……またその指摘が事実なのも確かだった。

『あー殺したい。今ならきっとガンジーにさえ許される気がする』

 エスはそんな様子をしばらくニヤニヤと伺っていたが、やがて飽きたのか触手を使ってベッド横のポーチからタバコを器用に取り出し口に咥えた。すかさずミゥが火を点ける。

「フン……やれやれ。おい……」

 紫煙をくゆらせながらエスが顎で合図を送ると、ミゥは壊れ物でも扱うかの如き丁寧な手つきでベッドを横向きにする。そうして自身は再び四つん這いの体勢に戻るのだった。

 ベッドがゆっくりと動き始め、首輪の鎖がじゃらり、と鳴る。そこで初めてリュカは、彼女の首輪から伸びた鎖が、エスのベッドと繋がっていることに気づいた。つまりこれはさしずめ『馬車』ならぬ『人車』(じんしゃ)といったところか……。

「最早、ツッコミたくもない……」

「おら、何ブツブツ見えないお友達と喋ってやがる。その二本足が水虫の培養以外に役に立つなら、とっとと動かしてこっち来い」

「僕は角化型でも汗疱型白癬症でもない! ……って何です一体。何のつもりですか?」

 エスの突然の言動に理解も対応も出来ず、リュカが目をしぱしぱさせていると、エスはまるで王族が農奴を見るかの如き目付きで仰向けになったまま言い放つ。

「テメェラッキーだったなぁ。出会ったのが俺様みたいなマザー・テレサ級の善人でよぉ? 仕方ねーから俺様が、このエス様がしばらく面倒みてやるっつってん……」

「結構です」

 即答。その間0・3秒。

 ここでYESと言えるほどリュカは間抜けでも愚かでもない。檻の中に猛獣がいるのに、用もなく中に飛び込むバカはいないだろう。しかも獣ならまだ可愛げがある、今リュカの目の前にいるのはティラノサウルス(T―REX)だ。口を開けながら入り口を狙っている姿が容易にイメージ出来るのだ。

「あっそ」

 だが諦めがいいのか、はたまたリュカに然程興味がなかったのか……。意外にもエスはそれ以上ゴネる様子もなく、「出せ」という命令と共に再びベッドは動き出した。

「それじゃあ、まぁせいぜい楽しむこったな。もうご存知かとは思うが、この辺り一帯は恐ろしいほどに治安が『よろしくて』よ? テメェ、ツラぁ女臭いが……奴等にはその方がウケはいいだろうしな。とりあえず今のうちに尻穴にツバでも塗りたくっとくんだな、ひゃひゃひゃ」

 徐々に遠ざかる赤髪がそんな言葉を残していく。

「え……な、何? ナニナニナニ!? ちょっと待って? 何、その背筋の薄ら寒くなる嫌な単語のレパートリー」

「今度そこらで魚釣ったら、テメェだと思って供養してやるよ。じゃーなー。行くぞミゥ」

「ちょっと待てぇぇぇ! 待てって、いや待ってください! 何なのその暗喩! しかも意味聞きたくない系の嫌な含みは!」

「犯され殺され犯されてー全身ベトベト穴だらけー♪ 果ては魚の黒い糞~♪」

「やめろぉぉぉぉ! その心を乱す不快な歌をやめろぉぉぉぉ!」

 そして気づけばリュカの手は、追いついたエスのベッドの端を掴んでいた……。

「あんだよ、その手は?」

「……面倒……見てください……」

 エスの言っていることが正しいかどうか分からない。だが、先程のことからも、この島全体が危険地域であるのは明らかだ。ならばここは知らぬ仏より馴染みの鬼だろう。

「『この哀れで救いようのない蟯虫以下の僕ちゃんを、助けてくださいましエス様』だろ?」

 だがリュカのプライドと不安を賭け金(ベット)にして搾り出したお願いに、更に屈辱的な要求を突きつけてきた。しかも楽しげに。

「っぐ!? ……ご、ごの哀れで……救いようのない僕ぢゃんを……助げでくだざいまじエス様っ!」

「『蟯虫以下』が抜けてんなぁ……」

「この哀れで! 救いようのないぎょう虫以下の僕ちゃんを! 助けてくださいまし! エス様ァッ!」

「土下座して頼むもんじゃね? 普通」

『コロス……こいつ絶対いつか殺してやる。後悔するような死に様を晒させてやる』

 リュカの心に初めて殺意というものが芽生えた瞬間でもあった。

 ………………

 …………

 ……

 リュカが連れてこられたのは、反吐とドブの匂いがする――「スラムが一皮剥けました」というような、猥雑な街の中の更に猥雑な場所だった。

 見上げる空は果てしなく狭い。ゴチャゴチャと並び立った建物はまるで中世時代の塔のようである。メインストリートからは外れているようだが、露天商に何を扱っているのか分からない個人商店、そして最早何処を見ているか危うい視線の住人達と怪しさだけなら世界でも五指に入る様な――少なくともリュカにはそう思えた――場所だった。薄暗く、生ゴミ臭い。

「教科書で見た昔の歌舞伎町とか九龍城みたいだ……」

 最も前者は件の法律で跡形もなく撤去され、整備されてしまったのだが……。

「おい、そこの無菌室育ちの去勢宦官女もどき」

「……僕は男性オスMALE性染色体XY所持者で女性ではないですが? 何です?」

 怒りを押し込みながら答える。

「テメェ、何やらかしてこのクソ溜めに流されたんだ? ……あー待て待て。言うなよ? 当ててやるからよ。んー……。! スカルファッ……」

「違います」

 この島に来る前に――以前の『汚れた時代』を知らない、所謂『無菌世代』と呼ばれるリュカのような人間は――粗方どのような変態がいるかについてレクチャーを受けている。その中でもリュカが最も吐き気をこらえるのに必死だった項目をサラリとぶつけられた。

「なんだよ、まだ言ってねーじゃねぇかクソが」

「他人のことを異常性癖者にしたてあげないでください」

「テメェみてーに『ボクチン、エッチなことには興味ありませんですゥ』みてぇな奴が、一番脳内年間無休桃色カーニバルなんだよ。……そうか違ったか。カンが鈍ったかな?」

「どういうカンだ! ってかそんなカン今すぐにこの場で捨ててけ! 不法投棄しろ!」

「じゃあ窒息オナ……」

「違うっつってんだろがゴルァ! どうしてそうマニアックな性癖レパートリーばかりになるのか今すぐ微に入り細に入り、一切合財、詳しく細部に渡ってまできちんと説明してください。具体的かつ百文字以内で(但し句読点は文字数に含まない)」

「っと着いたぜ、ここが俺様たちのねぐらだ」

「アンタ、ちょっとは人の話をですね……! ……って、ここが……?」

 声を張り上げるリュカなどまるでスルーしながら、エスを乗せた人車は停止する。

 それは意外に小奇麗な外観をした一軒のビルだった。ビルと言っても五階建てくらいの、ほんの小さなものである。

 一階部分は飲食店になっているらしく、軒先に店の名だろう「ピンク・トライアングル」と書かれた看板がぶら下がっていた。恐らく飲食店だろうとリュカがアタリをつけたのは、店の前に空き瓶の入ったビールやジュースのケースが積み重なっていたからだ。

『いや、いやいやいや、もー騙されないぞ僕!』

 なんとなくだが、この島についてリュカも理解(わか)ってきたことがある。それは『ここでは見た目や表層上に見えているものほど信用してはならない』ということだ。この小奇麗なビルの中にもどれほどおぞましいモノが渦巻いているか……。例えば悪魔崇拝者(サタニスト)が奇妙な太鼓をドンドコと鳴らしながら裸でトリップダンス大会をやっていても、今のリュカには驚かないだけの自信と覚悟があった。そう、覚悟だけならあったのだが……。

「おっかえりなっすわぁーーーーーい!」

 だがしかし、それは突如訪れた暗闇によって遮られた。

 そう、暗闇。光一つ見えない漆黒。数瞬遅れて、その原因はリュカの顔が何か、こう、圧倒的なまでの質量をもったもので覆われているからだと分かった。

「今日はまた随分早いこと切り上げたのねんエスちゃん、まだ日付も変わってないのに。ミゥちゃんも、お帰りん」

「ただいま帰りましたビッグ・ママ。あ、いけない……わんわんわん!」

「すぐ片付いたからな。……と、おい。いつまでボケっと突っ立ってやがんだ。そろそろオツムのお薬の時間か?」

「あらん? やだ。だぁれこのボウヤは」

「あ? 拾った」

「っぶは! ひとを捨て犬みたいにゆー……な……」

 ようやく埋もれていた何かから抜け出すと、リュカの眼前には巨大な肉球が二つ並んでいた。肌色をした巨大なそれが人の――更に詳しく言うと女性のオッパイと呼ばれる箇所だと分かり、慌てて弁明を考えた――が……それは果たして杞憂に終わった。問答無用で張り倒されたからではない。悲鳴を上げられ弁解の余地もなかったからでもない。

「またなの? んもう。これで三人目じゃないん……あら?」

 思わず地面に膝もつきたくなる。

 リュカだって年頃の男の子である。異性への興味も人並みに持っているし、決して性欲自体を否定する程の石頭でもなかった。

 そんな思春期真っ只中な普通の少年なら、異常性癖者でない限り、その異性の柔らかな膨らみに――しかも眼前の人物のそれは破格の大きさであった――挟まれていたと知れば嬉しさや性的興奮を覚えるだろう。……だろうが、その前にリュカは是非ともその持ち主に尋ねたいことがあった。



 Q.その逞しく発達した上腕二頭筋は何ですか? と。

 Q.その昔懐かしきボディコンミニスカートに収まりきらない筋肉は何ですか? と。

 Q.何かの谷間のように真っ二つに割れた顎はなんですか? と。

 Q.そしてそこにうっすらと見える髭の剃り跡は何ですか!? と。



 それに何より……。

「でけぇ……」

 リュカの身長は平均よりやや小さく――コンプレックスでもあるのだが――158cmだった。件の人物はそのリュカより頭ニつ、いや三つ分は大きい。2mを越えているのは明らかだった。しかもその肉体は……。

「あらやだん。アナタ男の子だったのねん? フフフ、アタシのこの魅惑のナイスボディに悩殺されちゃったのかしら? んもうエッチなボウヤねん!」

 よく響くバリトンボイスの直後、丸太のような毛むくじゃらの腕に掴まれ再び胸の中へ。

『肉の壁』……リュカが彼(彼女?)に抱いた印象はそれである。分厚くみっちりと内包された筋肉の鎧。柔らかいはずの脂肪はまるで鉄の塊。男臭いというより寧ろオス臭い。形でいうなら真四角か四角柱。

 そんな『汗と熱気とプロテイン』的巨躯にリュカは密着していた。今ならその鎧の奥に隠された太くゴツゴツとした骨の感触までしっかりと感じられる。核戦争後の世紀末覇王にでもなれるような体躯の持ち主である。

「おいビッグ・ママ。悩殺はいいけどよ、そいつそのままだと窒息死するぜ?」

『あぁ、そうか……この頭のボーっとしているのは、現実から逃避してるからじゃなくて……本当に……酸素が……足りて……なか……』

「あらあら、まぁまぁ大変。急いで店の中に」

「っけ、ハナっから世話のかかるクソ垂れ坊主だ。まさかオシメも替えろなんつーんじゃねぇだろうな?」

「でもでも御主人様。これでまた賑やかになりますね……あ、わ……わんわん!」

 意識の薄れる中でリュカが最後に聞いたのは、ミゥの悲鳴にもにた嬌声であった。


更新が開いてしまい申し訳ありません

そんなわけで続きます。

こんなアレな小説を読んでくださる方々に感謝!

なお感想・批判を頂けると飛び上がって喜び絶頂します。

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