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第十二話 同性愛と本当の自分についての話

【12】


「ボウヤ、これ運んでー。あ、熱いから気をつけてねん?」


 まるで丸太か棍棒か、というような毛むくじゃらの腕が、キッチンからぐぉんっと伸びる。その先には拳タコの出来たゴツゴツとした手が、まだジュウジュウと油の跳ねるスペアリブを載せた皿を掴んでいた。リュカは「はい……」と力なく頷くとそれを受け取る。

「大丈夫? やっぱりやめといたほうがよかったんじゃあ……」

「いえ、いつまでも居候じゃあ申し訳ないですし……」

 心配そうなママの声を背にリュカはスカートを翻すと、店内へと入っていく。


 そう、スカートである。プリーツの。赤いチェック模様の。


 姿見に映るは、下と色を揃えたネクタイ。ノリの効いたYシャツ。そしてクリーム色のブレザー。おまけに脚は黒いタイツに覆われている。その姿はどこからどう見ても女子高生――の格好をしたリュカであった。

「はぁあああああああああああああ……」

 深い溜息が漏れ、両肩に相撲取りでも乗ったかのような重さを感じる。リュカの心中は今や遣る瀬無さとか、切なさとか、情けなさとか……そういった負の感情で満ち満ちていた。

『大体タイツまで履かせる必要はなかったんじゃないかなぁ? いや、衣装選びをお願いしたのは僕だけどさ……僕だけどさ……』

 今日一日で自分が何回ため息を吐いたかリュカは覚えていない。


「これも生きていく為だもんな……」


 そしてその後に続く台詞も最早お約束であった。


 改めて思い返したくもないことだが、リュカは入国初日に全財産を奪われ、住む家までもが分からなくなる――という致命的なトラブルに巻き込まれた。

 とりあえずあの夕食の後、すぐに神世七代機関や警察に被害届は出したのだが未だになんの連絡もない。尤もこの島の自治組織や警察組織などあってないようなものだから、最初から大した期待はしていなかったのだが……。


「ご注文のスペアリブでございます……っひ!」

「ぐへへ……名前通り可愛らしい声だねぇアヴィスちゃん」


 悲鳴を上げたのには理由がある。メタボ体型の中年男がリュカの尻をいやらしく撫で回してきたからだ。この店はニューハーフバーであり務めている店員は皆、性別的には男性である。にも関わらず痴漢行為を働く思考が分からず、リュカは軽いパニックに陥っていた。


「どうだい? お店が終わった後、おじさんと……」


「はーいお客さん。この娘はお触り厳禁だって言・い・ま・し・た・よ・ねぇ?」


 その腕をギリギリと締めあげて店員の一人であるローズが微笑んでいた。……額にいくつも青筋を浮かべながらではあったが。


「ちょーっとお外に行きやがりましょーか? あァ?」


『地が出てますローズさん……思いっきりドスの利いた声だったし……』


 ドン引きしているリュカを他所に、メタボ男性はそのまま猫のように襟首を掴まれ出入口に連れて行かれた。自然、祈るようなポーズを取るリュカ。

「大丈夫? リュカちゃんごめんね? あのオッサンにはローズ姐がよーく『言って聞かせる』から」

 言葉とは裏腹に外からは悲鳴となにか鈍い音が聞こえ始めていた。

「い、いえ……段々慣れてきましたし……」


 慣れもするというものである。この数日、ああしてリュカにちょっかいを出しては出入り禁止になった輩が何人いただろうか?


「それにしてもリュカちゃんが出るようになってから客の入りが倍……いえ、三倍になったわ。……やっぱり、ママの見立てに間違いはなかったみたいね」

「はは……は……」

 喜んでいいのか……なんとも複雑な気分でリュカは苦笑を浮かべた。確かにこちらに危険な視線を向けてハァハァと息の荒い連中は数を増すばかりだったが……。

「しょうがないわよねぇ、リュカちゃん私から見たってすんごい可愛いし! ……ハァハァ」

「リリィさん……あの……目が怖いです……距離を詰めないでください……」


『可愛い……か。……って何を考えてるんだ僕は! なしなし! 今のなしッ!』


 突如湧き上がった妙な気持ちを一蹴するように頭を掻きむしった。

 全てを失い一文無しとなったリュカは、あれから相変わらず「ピンク・トライアングル」の住居部分に居候させてもらっている。しかしクソがつく程真面目なリュカである。だからといって何もしないでいるのも気が引けて、数日前から店の手伝いをさせてもらっていたのだった。

 最初は食器を運んだり買出しを手伝ったり、掃除をする雑用だけ……なはずだったのだが。……それがどうしてこうなったのか。リュカはもう一度大きなため息を吐いた。

 ………………

 …………

 ……

「はい、皆。お疲れ様ー。少し早いけどもう食材もスッカラカンだし上がっちゃっていいわん。明日は店も休みだから、しっかり休んでね。それじゃあおやすみなさーい」

「お疲れ様ー」

「じゃーねーリュカちゃん」

「おやすみなさーい」

 三々五々に店員達が帰っていく。リュカは挨拶を済ますとダイニングのソファに座り込んだ。

「ボウヤ、お疲れ様」

 目の前にコトリとマグカップが置かれる。中には湯気と甘い香りを漂わせるホットココアが入っていた。

「あ、どうも。ありがとうございますビッグ・ママ」

「まだスカートに慣れないみたいねん。ダメよ? お客さんの前でそんな脚広げて座っちゃ」

「あ……」

 つい普段と同じ座り方をしてしまっていた。リュカは自分がまだ制服姿だったのを思い出す。まぁタイツも履いているし、男だから見られても別に平気なのだが。

「フフフ」と微笑むビッグ・ママのショットグラスには、ストレートのラム酒(キャプテン・モルガン)が注がれている。琥珀色とアルコール臭がほんのりとリュカの鼻孔をくすぐった。


「それにしても本当に大丈夫? 嫌じゃないかしらん? お店の娘が一人辞めなきゃあこんなことにならなかったんだけど……ごめんなさいねん?」


『あぁ、そういやそんな理由だったっけ。急に一人辞めちゃって、その日は人も少なくて……』


 それで一日だけ、という条件でリュカは店員となったのだった。するとどこからか「ピンク・トライアングルの新人がめちゃくちゃ可愛い」という情報が漏れ、結果としてその日の売上は普段の三倍にまで膨れ上がってしまい……現在に至る、というわけである。

「嫌じゃない……って言ったら嘘になりますけど、大丈夫ですよ。大分慣れましたし。それに……タダ飯食ってばっかなのも悪いですし……わっぷ!?」

 大きな手がゴシャゴシャとリュカの頭を撫でる。髪が乱れる程度の生易しいものではなく、首までぐらんぐらんと揺れる勢いである。

「ぐすっ……偉いわぁ。イイ子ね、ボウヤ貴方イイ子だわん」


 ガタイに似合わずビッグ・ママは涙もろかった。なにせ猫がバスになる日本の某アニメ映画ですら泣けるほどである。今もスンスンと鼻を鳴らしていた。

「でもね? ボウヤ。我慢出来なくなったならいつでも遠慮無く言いなさいん? 仕事も別に私が紹介してあげるから……」

 巨大な破裂音をたてながら鼻をかみ終わったビッグ・ママは、最後に小さくポツリと、



「……自分に嘘をつくのは苦痛なだけだもの……」



 とても哀しい声音だった。聞いているだけで、身が引き裂かれる程……胸が痛くなる程……。


「ビッグ・ママはあるんですか? 自分に嘘をついたことが」


 ごくごく自然に、その疑問は口から零れていた。言った本人でさえ全くの無意識の内に。

ビッグ・ママも一瞬目を丸くしたが、


「ボウヤはイイ子なだけじゃなく賢いのね……。そうね。あるわ……数えるのも億劫なくらい」


 懐かしそうな、そしてどうしようもなく切なそうな笑みを浮かべ、煙草に火を点ける。

それ以上リュカは、自分が踏み込んでいい場所じゃないような気がして、ただ黙っていた。

「だからこそボウヤにはそんな気持ちを味わって欲しくないのよん」

 振り向いたビッグ・ママは既にいつもの表情に戻っていたのだが。

「……親切にどうもありがとうございます。でもまだ当分先でいいですよ。あ、ママがココで働くのを許してくれればですけど」


 そうリュカが言ったのにはワケがある。それは別に女装が癖になったからでは断じてない。

 この街に来て半月程経ったとはいえ、未だにリュカには知らない場所も事柄も多い。やはり慣れた場所で働けるなら、それが一番安全だ、ということが一つ。


 それに、実際この島はかなり危険だ。


 変態が、という意味ではなく――いつかエスが言ったように――ここは外界に拒絶された、ならず者たちにも都合のいい国である。警察組織などあってないようなものだし、日本と違い銃刀法もない(既にそれはリュカ自身が初日に身を持って体験している)。『自分の身は自分で護れ』という訳だ。いつ、どこで誰が死のうと構わない。ある種、処刑場の一面も含んでいる。

 全くよく考えたものだ、と思う。『変態は手に余る。ならばどこかに閉じ込めてしまえばいい、そこで奴らが互いに殺し合ってくれるなら万々歳。こっちに責任はない』というわけだ。


『そんなヤバイ場所に日本でノホホンと暮らしていた僕が出歩いていてみろ……。早晩冷たくなって、行き着く先は魚か、カラスの朝御飯か……』


 そんな理由もあって、住む場所と働く場所が一緒のココの方が何かと都合がいいのだ。事実、未だにリュカは、誰かと一緒じゃなければ散歩もままならなかった。

「確かに、この街は何かと物騒だものねぇ。ボウヤの国に比べたら」

 まるでエスパーである。リュカが考えていたことは大体把握されていたらしい。


「ボウヤはこの街が嫌い?」


「……以前なら、着いてすぐの僕だったら、すぐに『はい!』って答えてたと思います……。でも……あの、なんか最近、よく解んなくて……」

「解らないって? 何がかしら?」

「えーっと……~~……」


 思考がまとまらない。「倫理的に、理性的に……」それがここに来るまではリュカの自然体であった。だが最近、それが上手く出来なくなっていた。気ばかりが焦って、意味のない単語が脳内を乱舞する。話したいことが、要点を組み合わすことが出来ない。

 しかしビッグ・ママは何も言わなかった。何も言わずただ優しい表情で、ラムの甘い香りのする茶褐色の液体を傾けている。


 この一画だけ外界の理から離れ、やけにゆっくりとした時間が流れていた。それは、決して不快なものではなく……寧ろいつまでも委ねていたい、微睡みのような不思議な感覚だった。そんなゆりかごの時の中で少しずつ、少しずつリュカの中の言葉たちが輪郭を形作っていく。


「この島に来てから『真実』……って人の数だけあるって知って。『幸せ』……って色んな形があるって知って。そしたら『僕の幸せって何なんだ?』って考えた時に、なんかよく解んなくなっちゃって……自分のコトなのに、変ですよね?」


「いいえ……、いいえ……」ママはゆっくり頭を振ると、


「『ワタシはアナタとは違う』、『アナタはワタシではない』……。悲しいけれどそれが真実よ。他人が自分と違う以上、その人が何を考えているか? なんて誰にも解らないわ……。いいえ、ひょっとしたら真に他人と理解し合うことなんて不可能なのかもしれない。でも、だからこそ分かり合おうとすることに意味があるわけだし、少しでも心が通じると嬉しいのだけどね……」


 ビッグ・ママは何やら微妙に問いの答えになっているような、いないようなコトを言い出す。自身のコトを相談したつもりのリュカは首を傾げた。


「人は他人のことを全て理解出来るわけじゃあないわ、ボウヤ……。でもね、自分自身のことだってどれだけ理解出来ているのかしら?」


 そう言ってママはグラスを煽る。立派な喉仏がゴクリと音をたてた。

「一つ、内緒のおはなしをしてあげる」と誰もいないのに声を潜め、



「……私はね、女の子になりたかったの……」



 い、いや、それは今の姿を見れば分かりますが……と言いかけるリュカ。


「だってズルイじゃないん! 女の子の方が可愛い格好いっぱい出来るしぃ! 服もいっぱいあるしぃ! 化粧品にアクセサリー……髪型だって! いっぱいいっぱい綺麗になれる方法があるじゃないん! 女の子ばっかり不公平だわ! そんなの男女不平等よ!」


「は、はぁ……」

 男女不平等ってそう使うんだっけ? と疑問に思いつつ、なんとなくママの言いたいことは理解出来た。

 そんな圧倒されていたリュカにママはふっと笑うと、それにね……と続ける。



「それに、男の子と恋愛だって出来る……」



『え……っと。こういう場合、僕はどういった顔をすればいいんだろう?』


「ねぇ、ボウヤは恋愛したこと……いえ、人を好きになったことあるかしら?」


 リュカの背筋を冷や汗が伝い始める。『この流れは、この流れはヤバイんじゃないか?』とか『逃げた方がいいのか?』といった思考が乱舞しつつも、刺激しないように一応頷いておく。

「どんな人だったのかしら?」

「えっと、その……小学校の同じクラスの……」


 とはいえそれは恋愛と呼べるほどのものではなく、誰にでもあるような普通の初恋、片思いの思い出だった。唯一そうでない点をあげるなら、振られた理由が「自分より可愛い男子とか、ちょっと……」という程度のものである。

「どうしてその娘が好きだったの?」

「ど、どうしてって……その子だから好きだったとしか……」


 人が人を好きになる理由など説明のしようがない。それを聞いたビッグ・ママは、


「そうよね? その娘だからこそ好き、誰でもいいってわけじゃない……人を好きになるってそういうものよね」そう独り言のように呟いてから、



 ――それはね? 私達、同性愛者も同じなのよ? ――



「! あっ……」

「だからねん? 怖がらなくても大丈夫よ? 確かにボウヤは可愛いけども、いきなり襲って食べちゃったりしないからん、ね?」

「……ごめんなさい、ビッグ・ママ……」


 いつも以上におどけてみせるママに、リュカは罪悪感と自己嫌悪が止まらなかった。反吐が出そうな程に。

 自分が無意識に……否、意識的に彼女から逃げだそうとしていた事実。ビッグ・ママを「良識的な人」と評する一方で、頭の中ではまだ「同性愛者=相手構わず、獣のように襲ってくる人種」という偏った見識があることを、これでもかと自覚させられたからだ。


 そんなヘコみきったリュカの頭を、再び巨大な手がごしゃごしゃと撫で回す。


「優しいのねボウヤは。でも大丈夫、気にしないで? 悲しいけれど、そういう目で見る人がいるのは事実だもの……。知ってるかしら? 同性愛ってね? 1980年代までは、WHO……世界保健機関の分類では精神疾患(DSM)の――……要するに、ココロの病の一つだと考えられていたのよ? それに今でも同性愛者というだけで死刑になっちゃう国もあるの」


「し、死刑!? 80年代って! そんな……ごく最近、ここ数十年の話じゃないですか!?」


「あぁ、でも勘違いしないで頂戴ね? 別にそういった病気を差別してるつもりじゃないのよ。ここのお店にも性同一性障害の娘はいるしね」


「え? ママは違うんですか? ……あ、ごめんなさい……不躾に……」


 性同一性障害……。ココロと身体の性が不一致である病……。


 リュカも「そういう病気がある」程度の知識しかないのだが、先程のママの昔語りはそれに該当していたように思えたのだ。ママは「気にしないで」と前置きをして、


「違うわ。性同一性障害の娘にとっては『自分が女であることこそが自然』なの。私みたいに『異性になりたい』とは思わない、『本当の自分に戻りたい』って思うのよ」


「? なんだかどっちも同じように聞こえるんですが……?」


 そう首をひねっているとビッグ・ママは「例えばね」と説明を始める。


「例えば、ボウヤは『自分は男の子であると認識してる』わよね? それも自然に……。なら、そこからまた『男の子になりたい』って思うかしら?」


「なるほど、確かに自分の性を男だと自覚してるなら、男になりたいとは思いませんよね……」


 自らのココロの性が女であるにも関わらず、肉体が男。或いはその逆。それ故に苦しむ病が性同一性障害である。


「ママは……その自分の性が……」なんだか聞きにくくて口ごもってしまう。


「えぇ、私は自分が男だと自覚してるわ。でも女性として生きて、普通の男性と愛を育みたい……そう思ってる。だから私は同性愛属なのよ。性同一性障害の娘だとそこが可哀想なのよね……彼女達にとっては、普通の恋愛をしてるのと変わらないのだから」


『確かにココロが女性なら、男性と恋愛をするのは普通のそれと変わりないよな……。肉体が男性同士というだけで……。でも、それって、どれだけ切ない……』


「でもね、『自分がおかしいんじゃないか?』そう思わなかったことが、ないわけではないわ。ううん、寧ろそう思い込もうとしてた。怖かったのよ、周りから変態扱いされるのが……」


 それがどれほど恐ろしいことかはリュカも知っている……。人とは違う一面を暴かれる恐怖。受け入れられず否定され、拒絶され、迫害される……。

 診断が下ってからのリュカが正にそうだった。今まで親しくしていた友人や知り合いたちは掌を返したように離れ、恐怖と侮蔑の視線を向ける存在になった。そして、やがてそれは……。

「私の故郷の州は特に熱心なクリスチャンの多い地域だったの。それに田舎で、横の繋がりが密接な町だったから……」

『州……。クリスチャン……ってことはやっぱりビッグ・ママは外国の人だったのか』

ケバイ化粧で今まで国籍不明――とはいえ今もどの国か明らかになったわけではないが――だったが、彫りの深い顔立ちからそうじゃないかと推測はしていたのだ。

「あの頃は頑なに自分に嘘を吐いて過ごしてたわ……。いっそのこと男らしくなろうと必死に身体を鍛えたりもした……。まぁその結果がこれよ」

 そう言ってママは隆々と盛り上がる力こぶを見せて、にこりと笑う。なるほど、あのガタイはそういう理由だったのか、とリュカは心の中で激しく納得した。


「……でも結局は、自分のココロを騙すことは出来なかった。そして今に至る……ってわけ。だからね? 貴方には自分を偽って欲しくないのよ。後で辛くなるだけだから、ね?」


 ママの言葉にもう一度頷くリュカ。今度はより強く、理解と意思を込めて。……と言っても自分なりの、だが。ビッグ・ママがその生涯で、どれほどの痛苦を味わってきたのか……今の会話だけでは推し量ることすら傲慢に思えたのだ。

「今は……今は辛くないですか?」

「今? 幸せよん! 幸せの絶頂フィーバー777大当たりドバイ七日間の旅ってとこねん! この街じゃあるがままの自分でいられるもの。ココは確かに危険で、粗暴で、下卑た場所かもしれないけれど、少なくとも私にとっては天国(パライソ)だわん!」

 そして「そう思ってる奴は少なくないはずよん」と続ける。

 外の世界から拒絶された者達の最後の楽園(エデン)『ソドム』……。自分もいつか、そう思える日が来るのだろうか……?


「おーーーい! おーいってばー。エスっちー、ミゥたーん。誰かいないのカナー? ここを開けとくれー。アンちゃんだよー、お前のアンちゃんだよー」

 そんなことをボーッと考えていると、外へ通じる扉の向こうから、何やら声が聞こえてきた。少し舌っ足らずな、どこかで聞いたような女性のものである。

「はいはーい、今開けるわよん……ってあらドクじゃない。お久しぶりー」

「やぁやぁビッグ・ママ相変わらず元気そーで何よりだョ。エスっちはいないのかい?」

 褐色の肌に白衣を纏った女性が大きな箱を抱えて入ってくる。持つのが限界だったのだろう、「よいしょー」という声とともに床に箱を下ろした。金属質のものがぶつかり合う音がする。

「あの歩く男性器ならば、今日は居ませんよ? アーシャー医師」

 リュカの背中からもう一つ女性の声が加わる。振り返るといつの間に上から降りてきたのか、マキナが長い髪をかきあげていた。

「あっちゃー、そいつはタイミング悪かったかナー。頼まれてたモノを届けにきたんだケド。……ん? おや。君はこないだ皆と一緒にいた少年じゃあないか。おひさしっ!」

「あ……! あの時の浣腸液の! ……ってす、すみません!」

「あはは。気にしないでいいよっ。実際売ってたわけだしねー。君も欲しくなったらいつでも言いたまへ! 他にも薬品や医療器具使ったプレイがしたいなら力になるよん!」


 それはいつぞやエスに荷物持ちをさせられた時、街で何やら怪しいやり取りをしていた人物だった。道理で見覚えがあるわけである。凄まじいほどのテンションでのやり取りにリュカは『また濃いのが増えた……』と脱力する。


「ボウヤ、この人はドクター・アーシャー。この街の病院に勤務なさってるお医者さんなの」

「頭に『天才』の二文字が抜けてるわママ。大抵の医療行為ならこなせるような医者なんて、そうそういないでしょう?」

そう紹介された彼女は「にゃははは。いやぁーそれ程でもあるけどネー」と頭を掻いていた。そんな人物が何故この島に……とまで考えて、彼女も「そういうこと」(変態)なんだろうとリュカも納得する。深く詮索するのは精神衛生的に悪そうなので止めることにした。


「まぁ、いないならいないでいーや。ビッグ・ママもいるしネ! そうそうちょーどよかった、こないだは言いそびれちゃったんだケドさっ、まきにゃん新しいのなんか出来たかにゃー? ウチの技術屋共がさ、しつこく聞いてくるんだよ。あいつらまきにゃんの作品のファンだから」


「作品? マキナさんて何か作る人なんですか?」

「そんな大したものじゃあないわ。趣味と実益を兼ねたモノなだけよ。ごめんなさいドクター。ご期待に添えなくて悪いけど、今は特に何も無いの」

 アーシャーは「そうかい、そりゃ残念だねェ!」などとさして残念そうでもない声で答え、

「ほんじゃ、また次回に期待するよっ! そんじゃあ、私は帰るトゥーホーム! ゲロゲーロ。ばいびーまったねー!」と嵐のように去っていった。

「よ、よく解んない人だ……。いや、それ言ったらここの住民は皆そうだけど……」

リュカの後ろでは早速、届いた荷物をビッグ・ママが確認していた。「エスが頼んだ」というそれの中身が気になって後ろから覗き込んでみると、 

「? なんです、その木箱? ……ッ!?」


 中から現れたのは大量の銃器だった。


 思わず息を呑む。ここは日本ではないし、来て早々、リュカはマキナからぶっ放されたので今更なのだが、やはり見慣れないもの……しかも、それが人を殺せる道具ともなると、冷たいものが背中を伝わっていく。それに「医者」という生命を救うはずの人種が、どうして真反対の道具を持ってきたのかという謎も気になった。

「怖がらせちゃったかしら? ごめんなさいねん、最近この辺りも物騒になってきたから、エスちゃんが自衛のために頼んでたみたいなの」

 今までも十分物騒なところだったのでは、とリュカが少し青くなっていると、マキナが木箱から一丁、銃を手にとって眺めていた。

「素敵……。やっぱりイタリアのものはデザインセンスが違うわね……」

 そして小動物でも眺めるかの如く、それ――ベレッタM1934――を手に和らいだ表情を見せる。その持っている物騒な物を除けば普通の――いや、それ以上の可愛らしい容姿をした少女なのだが……。そんな風にリュカが見蕩れていると。

「何? じっと見て。私の顔に感覚器官以外何か付いてるかしら? ……えっと……そこの人」

「り、リュカです。い、いいえ、なんでも……ないです」

 理由など正直に言えるはずもなく、リュカは慌てて誤魔化した。マキナは睨むように見つめ「そう」とだけ興味なさげに呟いて、

「ママ、この子、デザインが気に入ったわ。頂いてもいいかしら?」

「えぇ、もともとここの住人や店員の自衛用に購入したものだしね。構わないわよ」

元々はそれが目的だったのだろう、ダイニングの巨大冷蔵庫から炭酸水(ペリエ)を一本取り出すと、彼女は銃を胸に抱きながら再び自室へと戻っていった。


「随分、気に入られたみたいねん? マキナちゃんに」


「……え? えぇぇ!? はぁ!? え……何? 僕が……ですかぁ!?」

 ママの言葉の意味が理解できす、しばらくのタイムラグを挟んで慌てて聞き直す。と、その言った当人はといえば、リュカに向かって深々と頭を下げていた。


「あの娘を……お願いね? あの娘、本当はとっても優しい娘なの」


「ちょ、ちょ……待って! 待ってください! あの失礼ですけど、それって勘違いじゃ……」

 するとビッグ・ママは大きな身体を揺らすように首を振って、


「いいえ、あの娘の性癖については知ってるのよね? そんなあの娘がこんなにも短期間で、他人を認識し始めたのは初めてのことよ」


 無性愛……全てのものを同一に見る少女、早乙女 真紀那……。確かにその観点から見れば、そう思えないこともない……。が、それでもリュカには納得出来なかった。


「あの娘は私の……そうね、妹のような大切な存在なの……。だから、お願いね……ボウヤ」


 だがビッグ・ママの浮かべた表情は優しく、まるで母親の様な暖かさに溢れていて……。それを見てしまったリュカに、もう言えることは何もなかったのだった。


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