第4話 かめときじの部室
文芸部。
活動という活動はほとんどなく、普段は本を読んだり、ある者は執筆したりして過ごしている。俺もその例に漏れず、普段は活動らしい活動もせず本を読んだりして過ごしていた。
今日も俺はそうしている。
文芸部の教室は雑音がほとんどなく、読書に適している場所だ。俺は集中して読書できるこのような場所が大好きだった。
「・・・・・」
しかし今日の俺はどうにも集中出来ていない。
本を開いても、数行読んだだけで本を閉じ、窓からもう夕暮れになりそうな空を見上げる。そして少し時間が経つと本をまた開く。その間、貧乏ゆすりも止まらない。
自分でも分かるほどにそれはもう集中していなかった。
「亀戸くんって分かりやすいよね」
俺の席の隣、そこで俺と同じように、いや俺とは違い優雅にそして集中して本を読んでいる人物がいた。
長い髪は少しだけ巻かれており、どこかお嬢様っぽさのある綺麗な人。
俺の先輩にして、3年生、文芸部部長、雉間喜咲。頼れる大人な雰囲気もありながら、どこか年相応の子供っぽさもあるような人だった。
「分かりやすいって・・・まあ、今は認めますけど」
今、文芸部には俺と先輩の2人しかいなかった。
恐らく、この後兎塚は来るのだろうが、赤石ちゃんは「サークル仲間と今後の方針について話し合う、もとい遊びに行くんで」と元気に言い放ってすぐ帰ってしまった。
もう1人、この文芸部には所属している人物がいるのだが、今日はその人もいない。
活動が少ないと言うこともあり、部長が変わった今も放任主義、幽霊部員大歓迎のゆるゆるな部活なのだった。
「いつも分かりやすいよ、亀戸くん。いつもならほら、あのアニメがなんたらーとかあのラノベがなんたらーって四六時中いってるじゃない。でも今はだんまり」
「雉間先輩の中での俺ってそんな感じなんですね・・・」
大体合ってる。
この言い方から分かるように部長である雉間先輩は唯一そういうオタク文化のことを知らなかったりする。読んでいる本も一般小説で、新書とかもたまに読んだりしているまさに文芸部員といったような人だった。そして、俺はこの人に一般小説の面白さを教えてもらったのである。
「また兎塚ちゃんと喧嘩したの?」
「いや、俺が抱えてる悩みの全てにあいつが関わってるだなんて思わないで下さいよ」
今回はがっつり関わってるけど。
でもなぜか見透かされたことが悔しくてそれを認めたくはなかった。
「見透かすもなにも・・・そもそも亀戸くんが悩むようなことって大体兎塚ちゃん関連でしょ」
「それ『お前ってこの学校内に知り合い兎塚しかいねえだろ』的ニュアンス含んでます・・・?」
「卑屈すぎ」
呆れたように先輩は言った。
卑屈すぎるという自覚は自分にもあるが、実はその通りなので卑屈もなにもないのだった。割と深い関わりがあるのはこの文芸部に所属している人達だけ。
その中で俺を悩ませる相手と言うのは兎塚だけだろう。
「そんなに悩んで小説書いてるんだ」
「そりゃそうですよ。だってあのうさぎ先生と組めるって・・・そんな機会2度とないかもしれない・・・!だから俺はこのチャンスを逃すわけにはいかないんです!」
「なんかいつもの亀戸くんになってきたね。やっぱり私もいつもの亀戸くんが好きだな」
「す・・・」
「もちろん後輩として」
「ですよね」
知ってた。
別に一瞬期待したわけではない。
わかってた。こうなるってわかってたんだ・・・。
「兎塚ちゃんもきっといつもの亀戸くんが好きなんだよ」
「あいつが?ないない。ないですよ。きっと好きでも嫌いでもない無関心、無興味ですってあいつ。ほら好きの反対は嫌いじゃなくて無関心ってやつ。それですそれ」
「そうかなあ。なんか亀戸くんが悩んで元気なくなってきたあたりからどうにも兎塚ちゃんも元気がなくなっているような気がするんだよね」
「さっき休憩で会いましたけど驚くほどいつも通りでした!」
ずばずば痛いところを突くような言葉も、高めの声も、高飛車な振る舞いも、それなのに魅力で溢れているようなあの感じも、全部全部いつも通りに見えた。
ただ、それでも俺は1つだけ気になることがあった。あの兎塚が、さっき俺にアドバイスらしきものをくれたのだ。それがとてつもなく気になること、小さな変化だった。
それぐらい普通のことなのかもしれないが、兎塚は初めて会った時、俺の小説に一切アドバイスをくれずそれどころか罵倒して終わるということがあったのだ。
「まあ、あのときはまだ組むうんぬんの話は出ていなかったけれど・・・」
さっきのアドバイス的なものはやっぱり俺のためを思っての事なんだろうか。
この考えは自意識過剰・・・なのだろうか。
「兎塚ちゃん、普段はつんつんしてるけど案外身内にこそ優しかったりするんだよ。赤石ちゃんともよく喧嘩してたけど結局は兎塚ちゃんから仲直りしようと動いてたし」
「そうなんですか」
それは優しいというより赤石ちゃんより兎塚の方が大人だからではないだろうか。
赤石ちゃん見た目だけじゃなく中身も大分子供だし、そちらから謝るということはなさそうだ。
「というか別に喧嘩してるわけでは・・・」
そもそもを否定しようとしたところで、俺はふとあることを思いついた。
自分のリュックをごそごそと漁る。中に入っているのは教科書、筆箱などの勉強道具はもちろん、そして1つの袋が入っていた。
その袋は別に普通の袋。近所の本屋の袋である。
「先輩、これ」
「わあ!亀戸くんありがとう!」
俺が先輩に渡したのはいわゆるライトノベルというものである。
きっかけは先週、俺がこの部室で読んでいたライトノベルをちら読みしたところとても面白かったらしく、こうしてたまに俺の持っているライトノベルを貸しているのだ。
今日貸したのは有名なファンタジーラノベ。かなりの巻数が出ており、あの兎塚でさえ全て買うのを断念したほどだった。あいつの場合、最近は娯楽としてではなく、勉強として読む事が多いのかもしれない。だから1つのものにがっつりではなく、浅く広く読んでいく。
これもまた憶測である。
「いつもごめんね。このライトノベル?だよね?このライトノベル巻数が多くてなかなか集められなかったんだ」
「気にしなくていいですよ。俺もよく先輩から小説を借りますし」
ちなみに俺はこのライトノベル、多くの巻数が出る前に買い始めたため、集めるのはそこまで大変ではなかったし、娯楽として読んでいるので多く出ていても買っていただろう。
一応、バイトをしているがそのバイト代のほとんどはオタクグッズに消えていく。その瞬間がとてつもなく快感だった。趣味に全力出せるって気持ちいい!
「・・・・・」
先輩はそのライトノベルを笑顔で読み始めた。
先輩には内緒だが、俺はその表情をこうして見るのが少し好きだったりする。知られたら絶対気持ち悪がられるからすっごいはやさでチラ見しているだけだが。
「なにキモいことしてんのよ」
「台無しだ兎塚」
そんな俺の気持ちを全く汲み取ってくれないツインテールが1人。
いつものようにノートパソコンを入れたバッグを持ち、いつものようにこの部室に来ていた。このやり取りからも分かるように本当に喧嘩をしているわけではないので険悪ムードとかではない。
ただ、雉間先輩とか赤石ちゃんからすれば喧嘩に見えるのかもしれない。まあ、傍から見れば完全に言い合ってるからな、口喧嘩だと思われても仕方ない。
「部長、こんにちは」
「あ、兎塚ちゃんこんにちは」
嬉しそうに挨拶する先輩。
基本この人は後輩に甘かったりする。
「また部長をオタク化させようとしてるのね、あんた」
「別にそういうわけじゃない」
オタク化させようとするなら漫画にアニメBDにゲームなどなど全てを貸している。俺の布教精神は半端ではないのだ。現在、先輩の興味がライトノベルにあるならば、それ以上のものを布教する必要はないと思っているのである。
「兎塚ちゃん怒らないで。これは私が亀戸くんに頼んだ事なの。私、人に本を勧められたのなんて久々だったんだ」
「あー・・・」
「・・・・・」
兎塚が呆れた様子でこちらを見る。
確かにほぼ初対面にも関わらず、先輩に対して俺はひたすらライトノベルを勧めていた。それはもうひたすら。いつもの悪い癖みたいなものだったのだが・・・どうやら先輩には喜んでもらえたらしい。
本を人に勧められるのは久々。
その気持ちは分からないでもなかった。
なぜなら先輩はすでに本を出しているのだ。一般向け小説を。
その当時の詳しいことは分からないが、兎塚から聞いた話によるとその小説を出した事により、学校祭などの出し物の期待が高まったらしい。
その期待はもちろん雉間先輩に集まったそうなのだが、その雉間先輩が所属している文芸部にも期待が集まってしまった。一応活動は今よりしていたらしいが、その期待に部員の何人かが潰れてしまい、数の少ない出し物になってしまったとかなんとか。
その中でも期待以上のものを仕上げた先輩はさすがだったが、その後この部をやめると部長に告げたらしい。しかし。
『やめる必要はない。お前のせいなんかではないからな』
とその時の部長に止められてしまった。
雉間先輩はそこで、出し物を強制とはしない各々の判断で出したければ出す、という緩い内容にしてもらうのと引き換えにこの部に留まったのだ。
俺が楽そうだから、と入部した原点はそこにある。
「・・・・・」
そんな部長に本を勧められる人間なんかいなかったのだろう。
俺はその事実を知らなかったため、普通に勧めてしまったがその事実を知っていたら俺もきっと何も出来なかったのかもしれない。
「というかあんたよくそんなに本とか買ってられるわよね」
「一応バイトしてるからな」
「お金じゃなくて・・・。本以外にも買ってるんでしょ」
「もちろんだ!漫画だってゲームだってアニメだって全て大好きだからな!」
「だから・・・お金じゃなくて時間がよく足りるわねってことよ・・・」
それと今は小説執筆なんてものが加わっていたりする。
まさに手詰まり状態なのだが。
兎塚は話したい事は全て話し終わったのかノートパソコンを開き、いつもの執筆を始める。キーボードを叩く音、それが今ではとても心地いい。
先輩もいつものように笑顔で本を読んでいて、俺もまた本を開いてその世界に没頭・・・・・・。
「あ、あれ・・・」
ガチャリ。
そんな心地いい場所を綺麗に壊すドアノブをまわす音。そして入って来る困り顔の女子生徒。
この文芸部員ラストの部員。
「な、なんか邪魔しちゃったかな・・・?」
「そんなことないよ。こんにちは、犬飼ちゃん」
いつもの甘い声で後輩を出迎える雉間先輩。
さっきもいったがこの人は基本的に後輩に甘い。
それはともかく、入って来たばかりの犬飼天城がおずおずと恐縮しながら席に着いた。兎塚も「こんにちは犬飼さん」と猫を被っている。
いや、あれが兎塚の普通なのか・・・?
「今日みんな集中してたから何があったのかと思いましたよ」
「いつも集中してるから俺たち」
「え?でもいつも亀戸くんあのアニメがどうのこうのってうるさいような・・・」
「あー!聞こえない!」
俺はいつもみんなの集中を妨げていたのか・・・。
衝撃の事実。
犬飼は鞄をごそごそと漁り、中から本を取り出した。いつものように席に座りそれを読み始める。ちなみにこの犬飼、異質なものが多い部員の中で一番普通の文芸部員だ。
特に何もしていなく、本を読み、行事で出し物をする。先輩には普通に接してくれる犬飼が入ってくれてとても嬉しそうだった。
まあ、俺もその普通の中に入るわけだが・・・。
「・・・・・・」
みんなが読書や執筆をしている中、俺は1つのことを考えていた。
さっきの兎塚の言葉だ。
やはり今、書いている魔法の槍という小説は俺には合っていないのかもしれない。その印に今10話ちょいしか書いていないのにすでにネタ切れだった。
いや、国動かしたこととかないのにどうやってそういう物語書けばいいんだ・・・。三国志とか読むべきなのかこれは・・・。
でもきっと違う。
兎塚が言っていたのはこういうことじゃない。
今までの俺。
気持ち悪くて、オタクで・・・そして馬鹿みたいな物語を書いていた俺。
『俺イチャ』は気持ち悪いと言われてしまったけれど・・・。
「・・・・・」
今読んでいるライトノベルを眺める。
昨日ファンタジー系のライトノベルを読み終わったので今日はラブコメだ。読みやすく、面白い。
『属性過多系女子』というタイトル。
これは主人公がツインテールツンデレ幼馴染義妹飛び級して先輩巨乳ロリコスプレ好きドSゆるふわ森ガールその他なヒロインを好きになってしまうという物語。
正直わけが分からない内容ではあるが、これも大好きな1作品の1つだった。
俺は、こういう物語が書きたいんじゃないのか?
分からない。
「あれ?それ属性過多系女子じゃない」
ふと兎塚が話しかけてくる。
「ああ、昨日新刊が出て、学校帰りに買って来たんだ」
「うわあ、前巻の終わりがかなり気になる終わり方だったのよねー」
「そうそう!実はその属性過多は色々な属性のヒロインが合体して1人のヒロインになっていたせいっていう衝撃的事実が分かったんだよなあ。ネタばれはしないでおくからはやく買った方がいいぞ。こういう内容のものは発売されたばかりが旬だからな」
「よくよく考えてみればあんたの俺イチャ並みに狂気溢れる設定だけどねこれ」
そう言いつつも再び執筆作業に戻っていく。
兎塚も巻数の多いものは買っていないとはいえ、俺並みにオタクなのだ。こういう会話も自然と出来るし、それに対して他の面々が反応しないのも1つの様式美。
ここに赤石ちゃんがいたらさらにこじれていたが。
「オタク・・・か・・・」
俺は再び本では無く、窓から見える空を見上げる。
きっと俺と兎塚の実力差は天と地ほどの差なのだろう。それでも認めさせなければならない。
俺は消えかけていたやる気を再び無理やり燃え上がらせる。
「そうと決まれば・・・」
まだ部活の終わりの時間までは2時間近くある。
鞄の中に本をしまって、急いで帰る支度を始めた。
「先輩、兎塚、犬飼。俺は今日は帰ります!」
その俺を見て、雉間先輩はにっこりと笑って「お疲れ様」と言って俺を送り出してくれた。
少しだけ時間があいてしまいました。
短く終わるつもりではありますが、どれぐらいで終わるかは自分でもまだ分かっていません。
他の小説と並行して書いているので次が遅くなるかもしれませんが、ご了承ください。
ではまた次回。