第3話 かめとりすの登校
散々悩みまくった挙句何も思い浮かばなかった日の翌日。
完全に寝不足になっていた俺はふらふらした足取りで学校へと向かっていた。本当に何も思い浮かばなかった。昨日の1日はなんだったんだろうか。
俺はほぼ憧れていたうさぎ先生こと兎塚月美とコンビを組むためにあいつが認めるような小説をひたすら考えていた。ここまで躍起になるほど、俺はそれを楽しみにしていたのだ。
俺が具体的にコンビを組んで何が出来るのか分からないが、とてつもない何かが出来るのではないか。そう思っている。
「・・・・・」
しかしそのためには俺の書いた作品を認めてもらわなければならない。
認めるとはどのような基準かは分からないが、人気がそれなりに出たらそれは認めてもらえるのではないだろうか。漠然とそう考え、俺は1つの連載小説を投稿した。
『魔法の槍』
シンプルなタイトル。
そして内容も今までとは違い、王道でファンタジー作品の多い『小説家になるぞ!』に合っているようなものになっている。
魔法が普通にあるファンタジー世界。その世界では自分の領土を広げようと戦う3つの国があった。魔法が主な攻撃手段であるにも関わらず主人公は魔法の槍とまわりに呼ばれている普通の槍で戦うというようなストーリーだ。
このストーリーの中の戦いはどのように相手を騙すか、が大事だったりする。普通の槍を魔法の槍と騙ることで相手を騙して、相手がそれに怯えている隙に倒すというものなのだ。
でもそれがどんどん通用しなくなって・・・というところまで考えたのだが。
「あー・・・」
いかんせん、俺はそういう国とりだとか相手との騙し合いとかは書いたことがない。全くのへたくそ。素人というだけでもあれなのにその中のさらに下手くそに分類される。
最初は好調だったのにも関わらず、「あれ、こいつこの性格で普通騙されなくね?」「どうしよ」「あー!もういい!別のやつに倒してもらおう!」なにこの行き当たりばったりの主人公たち。
「・・・・・」
そんなげんなりとした登校中。
俺の肩を軽くたたく小さな手が。後ろを振り向くとそこにいたのは後輩である1年生の赤石有栖だった。今日も短めな髪を小さく2つに結っていて兎塚とは違った印象のツインテール。
スカートからはスパッツがはみだしている。元気そうな足がそこにはあった。
「先輩、元気ないですねー」
「明石さんか」
「いやいや、さん付けなくていいですから」
1つ1つの挙動が子供っぽく元気そう。
今日もその顔に浮かんでいるのは人懐っこい笑顔だった。まだ春だというのに一部少しだけ日焼けしているところも見受けられる。
文芸部ではあるが、外で遊ぶのが大好きで休み時間とかは積極的に外に出る姿を目撃している。俺とはまるで正反対の後輩だった。
「悩んでるみたいですね。やっぱりあれですか?兎塚先輩との喧嘩」
「別に喧嘩じゃないけれど・・・」
とはいえ、あの現場を見られたらそうとしか思えないかもしれないな。
俺も兎塚もあれから下校時間の7時近くになるまでずっと言い争っていた。他の2人を差し置いて延々と。さすがに申し訳ない。
「そもそも顔出したのも久々なわけだし・・・挨拶ぐらい初日にしなきゃダメだよなあ・・・」
「まあまあ、あたしは気にしてませんから。というか先輩もいいかげん小説なんか書いてないで絵を描くべきですって!あたし教えますから!」
「小説なんかって・・・赤石さん・・・いや赤石・・・いや赤石ちゃん」
「ぶれまくってますね」
「一応文芸部なんだし、活字もいいものだよ」
「活字=ライトノベルの亀戸先輩が?あたしに?活字のススメを?」
「ライトノベルだって活字だろう!」
挿絵もあるけど!口絵だってあるけど!
「いや、批判しているわけじゃないですが・・・話によるとイラストで全てが決まるらしいじゃないですか、ライトノベル」
「変に波紋を広げたくなければ今直ぐ口を閉じろロリ後輩」
なんだか一気にこの後輩との距離が縮まった気がした。
不本意だが。
「確か、赤石ちゃんはイラストを描くんだったよね」
学校まではまだそれなりに距離がある。
それまで無言というわけにもいかないし、今まで幽霊部員だった申し訳なさもあるので軽く話をふってみた。赤石ちゃんはそれに対し、嬉しそうに答えてくれる。
「はい。Pixiiって知ってます?イラスト投稿サイトの」
「ああ、俺もたまに見るよ」
笑顔で答えてくれる赤石ちゃんの顔を見て、今小学生の親戚の子を思い出した。小学生のように素直な子だと感心しつつ、会話に応じる。
Pixii。
イラスト投稿サイトと呼ばれるもので、登録さえすれば無料でイラストを投稿できる。漫画形式のものから動きのあるGIF形式のものまで様々な種類のイラストが投稿されているサイトだ。
もちろん、小説家になるぞ!みたいにランキングなどもあったりする。俺も定期的に見ているサイトの1つだった。
「最近もさ、今期やってるアニメの漫画形式イラストがランキング上位の方にあったんだけど・・・あれはとてもいいものだった・・・。『アイドルの放課後』ってアニメ知ってる?」
「知ってます知ってます。知らない人なんかいないぐらいの人気アニメじゃないですか」
この会話の通り、赤石ちゃんもオタクである。同族に対してはとてもやりやすい。
『アイドルの放課後』。
アイドルの仕事をこなす現役高校生の主人公の学校終わりや仕事終わりなどアイドル部分ではないところをピックアップした作品で、日常もののように和めて、笑えて、そして時々泣ける人気アニメ。
今まだ3話しか放映していないものの、すでにネットでは話題沸騰中のアニメである。
「そのアイドルの放課後の漫画形式イラストなんだけど、ほらこのアニメって原作ないじゃん?アニメ発の作品じゃん?だからどうしても知りたいところに穴があいてたりするんだよね」
特に1クール、12、3話のアニメだと話数に限りがあるため、そこらへんはアニメにできないのではないか、と勝手ながら推測している。まるっきり素人感覚だが。
「本来だったら原作のライトノベルや漫画で補完する部分の『気にはなるような気がするけど、ストーリーにはそこまで関係ないしまあいいか』部分なんだけど、そこをうまく補完しているイラストで!」
「知ってます知ってます」
「お、ほんと!」
ここまでの俺を見てもらえれば分かるが、赤石ちゃんが引かずに接してくれることが奇跡みたいな気持悪さだった。それを改めようとは思わない。でもオタクながらにしてどこか冷めているあの兎塚月美は確実に罵倒してくるだろうな。
「やっぱ赤石ちゃんもチェックしてたかー、初対面のときからこの子はすごいオタクだって感じがしていたんだよね、まさにその通りだった」
「ありがとうございます!そのイラスト、あたしが描いたんで」
「え・・・」
時間が止まる。
俺はまたしても頭が真っ白になり、歩みさえ止めてしまいそうになる。しかし、回復ははやかった。なぜならこういう感じの衝撃は初めてではない。
この間、俺は兎塚月美に対して同じリアクションをしているのだ。経験は確実に俺の力となっている。割とすぐに意識を取り戻すことが出来た。
「赤石ちゃんが描いたの・・・?あのイラスト・・・?」
とてつもなく震えた声になっていたが。
「はい、あたしも大好きな作品なんで思わず気合い入れちゃいましたよ!」
「マジ・・・?」
同人活動をしているとは聞いていたものの、言ってはなんだが、小さなサークルで自分たちが楽しむために活動しているレベルの話かと思っていた。
しかし・・・あのイラストはきっとそんなレベルじゃない。ここまで全て素人の憶測、妄想。
「いや、規模人気ともに小さいサークルですよ。あのイラストは今人気のアイドルの放課後の流れにのって描いたもので普段はあんなランキング高くないですし、あたしが投稿したときはまだアイドルの放課後関連のイラストが少なかったですし」
そう、投稿日を見たのだが、確かあの絵は2話を放送する前に投稿されていた。あのアニメの人気が出たのはその2話からで、その人気がかなり広まったのは3話の時だった。
すなわちこの後輩は人気が出る前からアイドルの放課後に目を付けていたということになる。1話も面白くなかったわけではないのだが・・・そういうのを見極めることが出来る子なのだろうか。
ちなみに俺は人気が出てから見た、恥じる事はない。
というかそのユーザー、R-18イラストも描いていたみたいだが、そこは触れなくてもいいだろうか。知っている後輩がエロ絵描いてるってなんか知らないがすごくいけない感じがする。
話を逸らそう。
「俺は絵についてはからっきしだからなあ」
「・・・・・絵については?」
「・・・・・絵についても」
この後輩手厳しい。
「というかそもそもそんなに悩んでまで兎塚先輩とコラボしたいものなんですか?」
そして地味に失礼だった。
「いや、したいだろ。だってさ、例えば俺が漫画家を目指してるとして、自分が好きな漫画を描いている人が、俺と組みたいって言ってきたらそれは嬉しくないかな?」
「別に兎塚先輩組みたいとは言ってない気がするんですが・・・そういうものですかね。あたしはどうにもそういうのには関われないというか、なんだか自分如きが関わってしまっていいのか?って思っちゃいますけど」
「あー、なるほど。関与しすぎるのは確かにな」
でもきっと違う。
俺は関与できて設定の一部とか1人のキャラクターとか敵キャラとか。その程度のレベルだろう。それはもうコラボなんかじゃないのかもしれない。
それでも俺は兎塚と一緒に何か1つの作品を作ってみたかった。
「じゃあさ、今でもあるけどゲームの敵キャラをプレイヤーから募集したり、漫画の敵キャラやモンスターを読者から募集して優秀賞は漫画内に登場するとかいうやつ。あれみたいな感じ。あれなら自分が関わってもそのストーリーには影響がほぼないし、実際動かすのは俺自身じゃない」
「それは嬉しいですね、確かに」
納得したらしく、赤石ちゃんはうんうん頷いていた。
何かを描くという赤石ちゃん、過去にそのような経験があってもおかしくはない。俺でさえ小さい頃はそういうのに応募したりしたものだった。
「ま、そういうわけで例え書いてるやつが性格悪くてうるさくて幼児体型でアニメでもないのに黒髪ツインテというあざとさで面倒で怖くて俺の事を名前でなくあんたと呼ぶ同級生女子だったとしてもやっぱりとてつもなく嬉しくて、わくわくすることなんだ」
「分かりました。そっくりそのまま兎塚先輩に伝えることにします」
「それをしたらお前のPixiiの作品コメント欄を荒らす」
「清々しく最低なこと言いますね先輩・・・」
手段は選ばない。
もしそのまま伝えられてしまったそこで俺の夢が潰えてしまう。
「で、そのための連載小説、何か書いたりしました?」
「一応」
わざわざ見せるものあれなのでその場で軽い設定みたいなのを話してしまう。魔法の槍という作品を書いていること。魔法の槍というのは嘘ではったりなどで敵を普通の槍で倒してしまうということ。
人気がないとはいえ俺の作品、自分で話しているうちにヒートアップしていき、話し方に熱が入りだす。テンションもどんどん上がっていく。
「亀戸先輩」
真剣そうに聞いていた赤石ちゃんが真剣な表情で俺の名前を呼んだ。
その思わぬ真剣さにトークを中断し、赤石ちゃんの方を見る。
「冷静に考えて登校中の後輩に自分産の小説の設定聞かせるってやばくないですか?」
「全然話聞いてなかったなこいつ」
気持ちは分かるし、まわりにいる登校中の同じ学校の生徒にも若干変な目で見られているということも分かる。でも、こう・・・自分のテリトリーの話にオタクは弱い。
いや、これは人間みんなそうだろう。自分の興味がある話はヒートアップしやすいはずだ。
というか赤石ちゃんも一応こっち側だよね・・・?
「でも設定聞く感じだとかなり王道寄りな話にしたんですね」
「ある程度人気が出るにはそれが一番かなって」
俺は普通に返したつもりだった。
普通に応えたつもりだった。
しかしそのセリフを聞いた赤石ちゃんは軽く首をかしげながら「人気・・・?」と不思議そうにしている。変なことを言っただろうか。会話的にはおかしいところがなかったと思うのだが。
「うーん・・・兎塚先輩が求めてるのってそういうものなんでしょうか?」
「やっぱり?かなりウケてないみたいだし・・・」
「そういうことではなく。なんというんでしょうか・・・あたし全然あの時先輩たちの会話聞いてなかったんで上手く言えないんですけど・・・兎塚先輩が亀戸先輩に求めてるのってそういうのなんですかね」
「えー・・・と?」
お互い首をかしげる。
お互いが何を言っているのか理解できない不思議な空間だった。
「あいつが求めてるものっていうのがよく分からないけど・・・『俺イチャ』みたいな路線・・・ではないよな」
「路線の問題かどうかは分からないですけど。というかその俺イチャ、ですか?この間読ませてもらいましたけどあれなんなんですかほんと・・・」
出会って1週間ぐらいの後輩を呆れさせるほどの出来だったらしい。
言わなくてもわかる、展開の問題だろう。
一応あのあと、俺の小説家になるぞ!の中での名前を赤石ちゃんにも教えていた。というか俺じゃなくて兎塚が教えていた。また、赤石ちゃんは兎塚の正体も知っていたみたいだし、仲がかなりいいらしい。
俺が顔を出したのは新学期初めての部活ではなかったし、その前に仲よくなってもおかしくはない。たまに喧嘩もするらしいけれど。
「まあ、なんかよく分からなかったけど忠告ありがとう。赤石ちゃんのためにも俺頑張るよ」
「あたし関係ないんですけど・・・」
関係ないわけない。
同じ部員なのだから、といい感じにまとめて巻き込んでいく。
赤石ちゃんは少しだけげんなりしながらも笑顔で登校中ずっと話してくれた。
同じ部員だから義務的に・・・じゃないよね?
○
授業と授業の合間。
昼休みにも満たない短い休み時間に俺は休憩するため水道に来ていた。本来なら持ってきていた本を読んで過ごすところだったが、今日鞄に入っていたのはあの機械仕掛けの魔導士。書籍化されて文庫となったそれが入っていたのだ。
読もうとした時、廊下を歩く兎塚を見つけたので、俺はその後を追うように教室を出たのだった。別にストーカーとかそういうのではない。廊下から一瞬だけ俺を見ていたのは兎塚の方だった。
軽く水を飲み、教室に戻ろうとするとそこに兎塚月美がいた。
「あの本、いつも持って来てるの?」
「読み終わったら別の本を持ってきているが、今日はあの本だった。
もちろんあの本とは機械仕掛けの魔導士である。
「なんだか知り合いが読んでるのを見るとどうにも恥ずかしいわね・・・」
「いやいやそんなことはない。Web版と違ったり、加筆されてるところもあるからWeb版を読んでいても新鮮に楽しめる」
「そこを心配してるんじゃないの!」
さらっと言ったが、機械仕掛けの魔導士は書籍化されるにあたって加筆やWeb版と違う点が多くある。Web版、すなわち小説家になるぞ!に投稿されている方はまだ話数が少ない状態で書籍化されることになった。そのため、普通にやると原作に追いついてしまうかもしれないし、兎塚自身まだ小説家になるぞ!で書いていたかったらしい。
だから書籍はWeb版とは違う展開にして、同じところも加筆、修正し、Web版を読んでいた人も楽しめるようになっている。
その作業はとても大変なものなのだろう。それでも兎塚は疲れを感じさせない歩きで、疲れを感じさせない見た目で日々過ごしている。その容姿は可愛らしく、異性のも同性の目も引いているのだろう。
「で、あんたの下手くそ小説の方はどうなのよ」
性格さえこれじゃなければ。
クラスではあれなんだろうか、猫かぶってるんだろうか。
「いやあ、今一応書いてるんだけどさ」
「まさか・・・魔法の槍とかいう作品?」
「読んでたのか」
俺ももちろん小説家になるぞ!に投稿している。
俺が兎塚の機械仕掛けの魔導士を無料で読めるように、兎塚も俺の作品を無料で読めるのだ。
魔法の槍、俺がこいつに認められるために書いている作品。しかしどうも兎塚の表情は芳しくない。顔に出すぎだろこいつ。本当に猫かぶれるのかよ。
「お前が言いたいことは分かるよ。あの作品人気ないし、そもそも設定に俺の文章力が追いついてない。ウケを狙った作品なんだけどやっぱり難しいな、人を認めさせるのは」
人を認めさせる。
それは兎塚だけのことではない。人気が出れば出るほどその小説のポイントが上がるように、認められるということはそのままお気に入り登録に繋がる。
そうなればポイントも上がり、イコール人気、と思っている。
俺の作品は兎塚だけでなく、他の人からも認められていない。
「あんたがあれを好きで書いてるのなら何も言うつもりはなかったけど、ウケ狙いとか人気うんぬんとか言ってるし、少しだけ言いたいことを言わせてもらうわ」
「お前いつも好き放題言ってるじゃねえか」
うるさい、と一喝。
「受けるジャンルを狙うというあざとさは評価するけれど、あんたはなんもわかってない。ほんっとうに馬鹿だわ」
そう言ったのだ。
「私があんたにこの勝負を挑んだのは別にあんたに人気が出るような作品を書いてほしかったわけじゃない。人気が出るように何かを書くことは悪いことじゃない。でも、私は今までのあんたを見てこの勝負を挑んだの」
「今までの俺・・・」
「もし、無理して今の作品を書いているのならやめた方がいいわね」
そう言い残して去って行った。
去り方があまりにも綺麗で俺は何も言えなかった。言いたいことはあった・・・だろうか。何かを言いたい気持ちはあったけれど、それを言葉にすることは出来ない。
もちろん、文字にすることも。
「やっぱり俺には向いてないのかもなあ」
小さくそう呟いたことは自分でも気がつかなかった。
有栖でリスって若干無理やりですが一応登場人物全員に動物の名前を付けるようにしています。
書きため分はこれで終わりなので次はもう少し間があくかもしれませんが、よろしくお願いします。