9.謎のおっさんVSシリウス(2)
さて、どうしたものか。
目の前の敵を観察しながら、おっさんは心の中で呟いた。
対戦相手……シリウスが非常に高い防御力を持つ、最高峰の壁役である事は重々承知の上であったが、いくらなんでも硬すぎる。
(しばらく見ねえ間に、随分と強化されたみてえだな)
同じβテスター同士であり、共に大手ギルドを率いる身。顔を合わせる機会はそれなりにあるが、彼らのような大物が共闘する場面というのは、あまり無い。
せいぜいが大型ボスレイドやグランドクエスト、運営チームが主催するイベントの時くらいである。
(ったく、若ぇ連中は成長が早くて羨ましいね)
胸中でぼやきながら、おっさんは拳をきつく握る。
「おめーが硬ぇのはよーく分かった。認めよう、俺の想定以上だ。だが……それならそれで、正面からブチ破ればいいだけの話よ」
そう宣言したおっさんは、有言実行すべく新たにアビリティを発動させる。
「【オーバーロード】ッ!」
真紅色のオーラがおっさんを包む。
続けて、おっさんはアイテムストレージから、ある物を取り出す。それは……
「ここで突然おっさんが金貨袋を取り出したぁ!」
そう、おっさんが取り出したのは、アルカディアの通貨であるゴールドが大量に詰まった袋であった。複数のそれを、おっさんは両手にそれぞれ持って、アビリティを発動させる。
「持ってけ泥棒!【ゴールドラッシュ】!!」
すると、おっさんが持った金貨袋が消滅する……と同時に、おっさんの周囲に大量の金貨が散らばり、眩い光を放つエフェクトが発生した。
「こ、これは商人プレイヤーの切り札にて禁じ手!OLGRコンボだァー!」
アテナの実況に、観衆たちが沸く。
おっさんが行使した二つのアビリティは、プレイヤー達の間ではそれなりに有名なアビリティであり、この二つを組み合わせたコンボは、凄まじい効果と共に甚大なデメリットを使用者に与える。
「どうやらご存じない方もいらっしゃるようですので、ここで解説のカズヤさん、説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「了解した。まず、おっさんが最初に使用したアビリティ【オーバーロード】だが、これは【魔法工学】に属する。魔導機械式の武器……つまり魔導銃や機械剣の攻撃力を大幅に上昇させるが、MP消費が非常に大きく、また効果時間中は武器の耐久度が普段の数倍の早さで減少するという重いデメリットがある」
「ありがとうございます。今ご説明いただいた通り、武器の威力が数倍に跳ね上がる代わりに耐久度の減りも同じくらい上がる諸刃の剣!修理代が嵩んだり、最悪の場合は貴重な武器が破損・消滅するリスクを負う事になります!ご利用は計画的に!」
「次に【ゴールドラッシュ】だが、こちらは【商売】スキルに属するアビリティで……効果は単純明快。所持しているゴールドを消費して、自身の物理・魔法攻撃力を上昇させる。ちなみに上昇倍率や持続時間は、消費したゴールドの量が多いほど上昇する」
「まさに商人プレイヤーの切り札といっていいでしょう!ちなみに、具体的にゴールドの消費量はどれくらいになるのでしょうか?」
「アビリティレベル1で100万ゴールドを消費し、攻撃力が100%上昇、効果時間3分。以降1レベルごとに消費ゴールド+100万、攻撃力+50%、効果時間+1分。最大レベルは10だ」
「今おっさんが使ったのは10レベルですかね?」
「そうだな。つまり攻撃力が550%上昇、効果時間12分になる」
カズヤの解説に、観衆がどよめいた。
この【オーバーロード】と【ゴールドラッシュ】の併用による、通称【OLGRコンボ】は、このように非常に重い代償を支払って絶大な攻撃力を得る、商人の最終奥義だ。
かつて大型フィールドボス戦において、とあるプレイヤーがこれを使用して見事MVPを獲得したものの、使用コストが重すぎたせいで、MVP報酬を売り払ってもなお赤字だったという笑えない逸話がある。
さておき、このOLGRコンボのおかげでおっさんの攻撃力は、一時的にだが通常の10倍近くにまで膨れ上がった。
「さーて……ぶちのめさせて貰おうかい!」
おっさんが腰のホルスターから左右の魔導銃剣を抜き放ち、拳銃形態で魔力弾を乱射しながら、シリウスに迫る。
強化されたおっさんの攻撃は、ガードの上からでもシリウスにダメージを蓄積させていった。
「一気に行くぜ!」
魔力弾を連射しながら一気に懐に潜り込んだおっさんは、そこで魔導銃剣を短剣形態に変形させ、シリウスを連続で切り刻む。
「速い……!」
おっさんの変幻自在の連続攻撃に、ガードを無理矢理こじ開けられるシリウス。彼の膨大な量のHPが、自動回復する以上の速さで少しずつ、だが確実に減少していく。
そして、遂にシリウスの堅固な防御を正面からブチ破ったおっさんは、身を低く屈めた状態で、シリウスに密着し、アーツを放つ。
「おおおおおおおッ!くらやがれ!」
おっさんが、短剣形態での高速六連撃から、素早く拳銃形態へと切り替えての零距離で強力な銃撃を放つ魔導銃剣のアーツ【アクセルバースト】を繰り出した。
シリウスは、それを受けて……
「貰ったああああああああ!!」
なんと、彼は自らの壁役としてのアイデンティティ、ある意味彼にとっては武器以上に大切とも言える、騎士盾を……手放した!
乱心!?否、これこそがシリウスの策!
おっさんの攻撃を受け、シリウスは自らの防御力とHPの高さを誇示してみせた。
そうすれば、おっさんはその防御を突破するために、攻撃重視の構えを取らざるを得ないと踏んだからだ。
生半可な攻撃ならばほとんどダメージは通らず、自動回復によってすぐに無効化される。ならば、おっさんはシリウスの防御力を上回り、自動回復が追いつかない程のダメージを与えるために、攻撃に大きく意識を割かざるをえない。
そしてそれこそが、シリウスの付け入る隙になる。
「カオスジェノサイダー、バスターモード!」
『応!バスターモード変形!』
盾を投げ捨てたシリウスが、魔剣カオスジェノサイダーの柄を両手で握る。
そして、彼の言葉に応え魔剣の刀身が長大化……片手剣から、両手持ちの大剣へと変化した。そして!
「【ジャッジメントブレイク】!!」
シリウスは、おっさんのアーツを前にガードを放棄。
大剣と化したカオスジェノサイダーを全力で振るい、おっさんを迎え撃った。
「相討ちー!おっさんとシリウス、双方ともにアーツが直撃して吹き飛ばされたあああああ!!だがシリウス選手の方が受けた合計ダメージは大きい!これはおっさんが有利でしょうか!?」
互いに相手のアーツの直撃を受け、それぞれ闘技場の端まで吹き飛んだおっさんとシリウス。
派手なぶつかり合いに観客が沸き、アテナが実況しつつカズヤへとマイクを向ける。そのカズヤは険しい表情だ。
「確かにダメージ量だけを見れば、シリウスの方が受けたダメージは大きいだろう。だが、この勝負……」
そう言って、カズヤは電光掲示板の一点を指差す。
「おっさんが圧倒的に不利だ」
それは、両者のHP。
例え同じだけのダメージを受けたとしても、そのダメージに耐えられるだけの耐久力が、軽戦士タイプのおっさんと、重騎士タイプのシリウスでは文字通り桁が違う。
「今の両者の激突……シリウスはその高い耐久力に物を言わせて、ノーガードの殴り合いに持ち込んだ訳だが、あの調子で相討ちを続ければ、間違いなくおっさんが先に倒れる。かと言ってそれを恐れて攻めに消極的になれば、奴の防御を突破できない。一見単純に見えるが、実に効果的な作戦だ」
闘技場では吹き飛ばされた両者が起き上がり、再度向かい合う。
今の攻防で、おっさんはシリウスのHPを15%ほど削った。だがおっさんのHPは、シリウスの相討ち上等のカウンター攻撃の直撃を受け、半分以上が吹き飛んでいたのであった。
商人がお金使って高威力の攻撃を連発したり、盾役がそのHPに物を言わせて正面からゴリ押したりは、ネトゲで昔よく見た(やった)光景でした。




