3.謎のおっさん、引っ越し屋になる
プレイヤー達が、この「アルカディア」の世界へと降り立ったスタート地点にして、彼らの大部分にとっての冒険の拠点、城塞都市ダナン。
その中央広場から少し歩いたところに、厳かな神殿があった。
女神の神殿。
創世の女神イリアを祀る神殿であり、ゲーム開始当初は無人の施設であったが、グランドクエストの進行によって、封印されていた女神イリアが(不完全ながら)解放された事で、現在は女神と、その眷属である七柱神たちの拠点となっていた。
グランドクエストの攻略によって、邪神族の呪いから解放されて正気を取り戻したのは現在、七柱の内の四柱の神々……すなわち、炎神イグナッツァ、水神アクエリア、風神ザイン、土神グランエルである。
炎神イグナッツァは約半年前、謎のおっさんの手により倒された。
当初、この段階でイグナッツァは倒せない設計になっていた。イグナッツァは七柱神の中でも上位に入る実力者であり、とりわけ攻撃力に関しては随一を誇る。
本来であれば、一度相対した後に再戦が行なわれる筈であったのだが……シークレットスキル【Force of Will】を発動させ、システムの縛りから解き放たれたおっさんはそれを成し遂げ、開発チームおよび運営チーム一同の胃に甚大なダメージを与えた。ここまでは、皆様もご存知の通りであろう。
その後、解放された大陸北部・東部・南部エリア。それぞれの端に配置されたダンジョンの最奥にて、エリアボスとその主たる、七柱神との戦いが行なわれた。
北部にて待ち構える水神アクエリアは、シリウス率いる流星騎士団の精鋭たちが、激闘の末に撃破した。
その一方、南部エリアの土神グランエルは、エンジェ率いる魔王軍が多くの犠牲を出しながら撃破。
そんな彼らをよそ目に、おっさんとカズヤはコンビを組み、たった二人で風神ザインをボコっていた。もう何なんだこいつら。
かくして現在、女神の神殿には創世の女神イリアと、四柱の神々が常駐しているのであった。
彼ら神々の下には、多くの冒険者たちが訪れる。
神々から発行されるクエストをこなし、彼らの加護を高める事によって、冒険者たちは神や邪神に対抗する力を得る事ができるからだ。
また、それ以外にも神々の加護は、冒険者たちの能力やスキルを強化する効果を持つために重宝されており、加護のレベルが高ければ、神たちが使う強力無比な奥義を使用する事も可能になる。
そういった次第で、プレイヤー達は足繁く神殿へと通っているのだった。
そして今、そんな神殿に向かうプレイヤーの中に、一人の男の姿があった。
謎のおっさんである。
いつも通りのふてぶてしい表情で、おっさんは神殿に入っていった。
「貴様か。今日は何の用だ」
おっさんが神殿の奥へ辿り着くと、中央には女神イリアが、そしてその周囲にイグナッツァ達、七柱神が揃っていた。
おっさんの姿を見ると女神イリアは嫌な予感を感じて冷や汗を垂らし、水神アクエリアは露骨に嫌そうな顔をした。
風神ザインはおっさんが姿を現すなりガタガタと震えながら、険しい顔で仁王立ちしている土神グランエルの背中に隠れた。
そんな中、平然とおっさんに声をかけてきたのは炎神イグナッツァである。
「おうイグナッツァ、おめぇに用があって来たんだよ」
「我に用とな。聞こうか」
おっさんの言葉を聞き、露骨にホッとする他の神々。それを無視しておっさんはアイテムストレージから封筒を取り出すと、イグナッツァに手渡した。
「ドワーフ共から手紙だ」
おっさんから手渡されたそれに、イグナッツァは素早く目を通した。
その手紙に書かれていた内容とは……
「何と、我が神殿を!?」
「おう。ドワーフ族が是非にってんで、俺らと共同で作らせて貰ったんだ。昨日ようやく完成した所さ」
そう、その内容とは、ドワーフ族がイグニスの街にある彼らの自治区に、創造主たるイグナッツァのために立派な神殿を拵えたという知らせであり、是非こちらに移り住んでいただきたいという要請であった。
イグナッツァはまずその知らせに驚き、次いでドワーフ達の心遣いに感動した。
「だが……」
と、少し困った様子を見せるイグナッツァ。
「我には女神様をお護りする役割がある。今ここを離れるわけには……」
そう言って、断腸の思いで断ろうとするイグナッツァであったが、そんな彼に当の女神が声をかける。
「いいえ、イグナッツァ。貴方の気持ちは嬉しいですが、ここはドワーフ達の想いに応えてさしあげるべきでしょう。幸いアクエリア達も正気に戻り、ここに居てくれていまし……この街には多くの冒険者たちが常駐しています。私の身に危害が及ぶ事は、まず無いでしょうし」
「ううむ……しかし、万が一というものが……」
意外と心配性なイグナッツァは、そう言って渋るのだが、そんな時におっさんがイグナッツァに向かって、こう言った。
「そうかぁ……残念だなあ。せっかく火炎属性が一番強い一等地に建てて、錬成陣で更に属性値を増幅してやったんだが」
おっさんの言葉に、イグナッツァの耳がピクリと動いた。
フィールドには場所ごとに属性値があり、炎の神であるイグナッツァが最大限に力を発揮できるのは、言うまでもなく火炎属性が強い場所である。
自身の持つものと合致した属性が強い場所であるほど、神はその力を存分に振るう事ができ、また冒険者たちに強力な加護を与える事ができるのだ。
西部エリアはもともと火炎属性が強く、逆に冷気属性が弱い傾向にあるが、その中でもドワーフ達が神殿を建てた場所は、特にその傾向が強い場所であり、更にそれをおっさんの錬金術が強化していた。
イグナッツァにとっては、とても魅力的な立地条件である。
「ドワーフ達の酒場まで徒歩で一分、うちのギルドが経営してるレストランまで五分、すぐ近くにバス停とタクシー乗り場と駅がある神立地なんだがなぁ……」
おっさんの言葉に、イグナッツァの耳が再び動いた。それを確認して、更におっさんが言葉を紡ぐ。
「せっかく豪華な大浴場も作ったんだがな……あ、もちろん温泉な」
「こんな所にいられるか!俺はすぐに引っ越しの準備をするぞ!」
「ちょっ、イグナッツァ!?」
言うや否や、あっとういう間に荷物をまとめて引っ越しの支度を始めたイグナッツァを見て、釈然としない気持ちになる、創世の女神イリアであった。
「では女神様、我はドワーフ達の心意気に応え、また更に強力な加護を冒険者たちに授けるために彼の地へと赴きます(キリッ」
「アッハイ……貴方、なんていうか随分とキャラ変わりましたね……」
きりっとした顔で女神に別れを告げるイグナッツァであったが、長い付き合いの女神は彼が酒と温泉を楽しみにしている事を感じ取り、何ともいえない気持ちになった。
「おうイグナッツァ、引っ越し用にトラック持ってきたから荷物乗せろ。表に停めてあらあ」
「うむ、ありがたい。では早速積み込むとしよう」
おっさんは荷物を積みにいったイグナッツァを追い、表に出ようとする。だがその前に、女神がおっさんを呼び止めた。
「あのー……実はここ、私の神殿って作られてから結構な時間が経っていてですね。できれば大きくて立派な、新しい神殿が欲しいなーとか思ったり……いえ、決して温泉が羨ましいとかではなくてですね!そうなれば私の与えられる加護もパワーアップするし、お互いにとって良いのではないかと!」
女神がそんな言い訳をしつつ、おっさんに神殿の建築を依頼しようとする。
それを聞いたおっさんは、満面の笑みを浮かべて言うのだった。
「毎度あり。後で見積もり送っときますんで」
何故かこの日から、女神の神殿に賽銭箱が置かれた。
お金を入れると、これまでは女神から受けられるクエストをこなす事でしか成長させられなかったエクストラスキル【女神の加護】に経験値が入るため、多くのプレイヤー達は特に疑問に思う事もなく、余ったゴールドを投げ入れていくのであった。
こうしてイグナッツァさんは毎日温泉に入って、ドワーフ達と酒盛りを楽しむようになりました。
めでたしめでたし。




