謎のおっさん、情報を集める
MMORPG「アルカディア」が正式サービスを開始してから一週間ほどが経過し、本日もアルカディアは、多くのプレイヤー達によって賑わっていた。
前回、ナナとアーニャ、それからモヒカン達に装備を作ってから数日。その間、おっさんは生産スキルのレベル上げと、装備の充実に力を注いでいた。
まずおっさんは、服や靴、グローブ等の防具類を充実させた。
それらを製造するためには【裁縫】スキルが必要になるのだが、おっさんはそのスキルを習得していない。
そのため、他の職人に依頼をする必要があるのだが……裁縫の依頼をするとなれば、おっさんが頼る相手は一人しかいなかった。
その相手はおっさんと同じβテスターであり、裁縫師たちの中でも頂点に立つ腕前を持つ女性プレイヤーだった。
「つーわけでゼリカ、任せたぜ」
「任されましてよ。最高の服を作ってさしあげますわ。それと名前を略して呼ぶのはやめて下さいまし」
おっさんの依頼を快諾し、手の甲を頬に当て、オーッホッホッと高笑いをあげるこの女性、プレイヤーネームを【アンゼリカ】という。
自身が【裁縫】スキルで制作した高級そうなドレスや、【細工】スキルで制作したアクセサリを身に纏い、更にその金色の頭髪は、ドリルやチョココロネのような縦ロールが左右に付いている。口調も相まって、まるで貴族の令嬢のような美女である。
年齢は二十代前半くらいに見える。身長は高くもなく、低くもないがスタイルは抜群に良く、女性らしい肉感的な体つき。ドレスの開いた胸元から覗く、白く深い谷間は多くの男性プレイヤーを魅了しつつ、目のやり場に困るという事態を引き起こしていた。
「いいじゃねえか、堅ぇ事言うんじゃねぇやい。俺とおめーの仲じゃねえか」
「ちょっ、頭を撫でないで下さいまし!全く、いつまでも子供扱いして……!」
だが、そんな男達を惑わす彼女も、おっさんにかかっては形無しである。頭をわしゃわしゃと撫でられ、おっさんから逃げ出すアンゼリカだった。
彼女はおっさんとは現実世界でも知り合いであり、またおっさんとアンゼリカは、彼女が幼い頃からの付き合いだ。
したがって立派な淑女へと成長した今となっても、おっさんはアンゼリカを子供扱いしたままであるし、アンゼリカはアンゼリカで、いつまで経ってもおっさんに頭が上がらない。
「もう!そろそろ依頼の話に戻りますわよ!」
「へいへい、あっしが悪ぅございましたよお嬢様」
「誠意が感じられませんわ!」
頬を膨らませるアンゼリカに、ニヤニヤと笑いながらおっさんが謝るが、アンゼリカの機嫌は良くなる事はなかった。
ぷりぷりと怒るアンゼリカに、やれやれとおっさんは呟くと、アンゼリカの前に跪いた。
「失礼しました。どうかお許しを、レディ」
そして気障な口調でそう言うと共に、彼女のたおやかな白い手を取り、その甲に口づけをした。
「これで良かったかい?」
「……ふん。最初からそうすればいいんですわよ」
器用にウィンクをしながら言うおっさんに、アンゼリカは拗ねたような、呆れたような口調で返すのであった。
さて、そんなアンゼリカに制作を依頼した防具であるが、まずはおっさんが愛用しているツナギ、これを新調した。
見た目は以前と変わらぬツナギであるが、アンゼリカが作った高級な生地を使用し、更に心臓などの急所部分に、おっさんが作ったプロテクターを仕込んで防御力を底上げしたのだ。
次におっさんは、熊のドロップアイテムである【魔獣の最高級毛皮】を素材にブーツを制作を依頼した。
見た目は普通の革のロングブーツだが、鍛冶スキルで作った鋼板を爪先や踵、脛部分や靴底に仕込んだ特製安全靴である。
機能性と防御力を兼ね備え、また蹴りの威力も上昇する逸品だ。
また、同じく最高級毛皮を素材としたグローブも作成。ナックルガードも付けて、拳を保護しつつ格闘攻撃の威力を底上げする。
これまではおっさん自身のスキル構成もあって、武器ばかりを作っていたが、これでおっさんの防具がかなり充実した。
アンゼリカには対価として、余った熊の最高級毛皮を何枚か譲渡する羽目になったが、悪くない取引であった。
◆
その後、おっさんは魔導銃の改良に勤しんでいた。
熊からドロップした中級魔石をはじめとする良質な素材を使用し、動力部を主に改良した。彼自身のスキルの成長もあって、より威力の高い魔導銃を作る事は出来た。
だが動作テストの結果、今度は銃身が出力に耐えきれず、耐久度の減りが大幅に早くなった事が判明する。
かと言って、強度だけを追い求めれば、今度は出力や命中精度が犠牲になる。あちらを立てればこちらが立たず。威力と耐久力の危ういバランスを取りながら、おっさんは両者の妥協点を探していく。
そんなこんなで、少しずつ改良は出来ているが満足には程遠い。
そこで、おっさんは武器を構成する二大要素である【素材】と【構造】、それぞれを一から見直す事にした。
「この金属を、更に集める必要があるな」
そう呟いたおっさんが手にしているのは、漆黒のインゴット。
以前討伐した熊のフィールドボス。奴が落とした未鑑定の鉱石があった事を覚えているだろうか。
【眼力】スキルの上昇に伴い、おっさんは【鑑定】アビリティのレベルを上昇させた。そして、それによって鑑定に成功したのが昨日の事だ。
その鉱石を精錬し、出来たのがこのインゴット。
【魔鉄】であった。
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【魔鉄】
種別 素材(金属)
品質 ★×7
【解説】
暗黒属性の魔力を多く含む、黒色の金属塊。
とても硬く、それでいて強靭な稀少金属だ。
原料の魔鉄鉱はごく稀に採掘される以外にも、
一部の強力なモンスター体内で生成される事もある。
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おっさんはこれに目をつけた。この素材であれば、おっさんが理想とする武器が作れるかもしれない。
だがいかんせん、この素材は現状では非常に稀少なのである。
あの後、おっさんは試しに再度、熊を討伐したがドロップしなかった。奴を討伐したβ時代の友人達にも当たったが、出現しなかったと言う。あの時は相当運がよかったという事であろうか。
熊がダメならば、他のところを当たる必要がある。おっさんは情報を集めることにした。
幸い、おっさんには情報を集める事に長けた友人が居る。
噂をすれば影か。ちょうどその人物の事を思い浮かべたおっさんの元へ、当の本人がやって来た。
その人物はどこからともなく、全く音も立てずにおっさんの傍らへと降り立った。
「おう、来たか。何かわかったかい」
「バッチリだヨ!とっておきの情報を掴んできたネー」
現れた人物は、片言の日本語を操る金髪碧眼の少女であった。
まず目を引くのは、犬のような耳と、長いフサフサした尻尾。腰には短めの刀を挿し、マフラーで口元を隠し、服の下には鎖帷子を着用している。
そして彼女が着ている服は、忍者装束であった。
背が低く、言動も顔つきも子供っぽいが、とてつもなくスタイルが良い。
アンゼリカほどではないが、出るところはドーン!と出て、引っ込む所は引っ込んでいる。
小柄な体躯と相俟って、ただでさえ巨大なそれが更に目立っていた。やっぱアメリカはすげぇや!
彼女の名はアナスタシア。
アメリカ育ちの帰国子女で、どこか間違った日本観の持ち主であり、サムライやニンジャに対して並々ならぬ憧れを寄せている。
それが高じて、彼女はこのゲームでは忍び装束を纏い、忍者プレイに興じている。
ちょっと変わった子ではあるが、その腕前は確かな物だ。
おっさんと同じβテスターであり、貢献度ランク第七位の実力者だ。
ちなみにアナスタシアが、ちょっと間違った感じの日本文化に傾倒しているのは、幼く純粋だった彼女に「日本ではサムライが権力を握ってて、裏社会ではニンジャが暗躍してるんだぜ」「実は俺の正体はニンジャなんだ。ブンシン・ジツも使える」などといった法螺を吹き込んだ男が居たせいである。
「確定情報じゃないケド、その鉱石を持ってそうなBossの情報を見つけたヨ!」
「ほう……詳しく教えてもらおうか」
情報に食いつくおっさん。
だが、それに対してチッ、チッ、チッと指を振るアナスタシア。
それと一緒に長い尻尾も左右に揺れる。
「苦労して見つけてきた情報だからネー、タダじゃあ教えられないヨー」
「ふん……ほらよ、これでどうだ」
情報は価値を生む。それを知る者が少なければ尚更である。ゆえに対価を要求するのは当然の事であった。そう来る事はわかっていたとばかりに、おっさんが幾つかの装備を投げ渡す。
小振りの刀――忍刀や、鎖鎌。手裏剣・苦無などの投擲武器だ。マイナーな武器カテゴリであるため、必然的に普段は滅多に市場に出回らない。オーダーメイドの必要性がある為、高品質なこれらは彼女にとって、非常にありがたい物だ。
「さっすがマスターは分かってるネ!それじゃあ早速教えるヨー」
アナスタシアは、おっさんをマスターと呼ぶ。
日本語に訳せば【主君】あるいは【師匠】という意味であるが、様々な理由から、彼女は両方の意味でおっさんをそう呼んでいた。
だがどちらかと言えば、後者の意味合いが強い。アナスタシアもまた、おっさんとはかなり長い付き合いであり、彼から武術や、怪しげな忍術のような物を教わっていた。
「この街の西にある【山道】フィールドは知ってるよネ?」
「おう。鉱石採取ポイントが多いしな。よく世話になってるぜ」
「あのMAP、何もない広場になってる所があるでショ?」
アナスタシアの言葉に、おっさんは山道フィールドの構造を思い返し、脳内に地図を展開した。
「……確かにあったな。だだっ広い癖に採取ポイントも無い、敵も出ないような所が。思い返してみりゃあ、妙な場所だぜ」
「そこに、ゴーレムタイプのBossが出現するらしいヨ?そいつに全滅させられたPartyから情報を聞き出せたのヨ。ゴーレムって言えば岩石族のMonsterだし、きっと鉱石をDropすると思うヨ?」
ふむ、とおっさんが頷く。
「ゴーレムかい……短剣は役に立ちそうにねえな。出現条件は?」
「ちょっと複雑だから、ワタシが一緒に行って実際にやってみるネー。あ、パーティーリーダーはマスターがお願いネ?」
にっこりと笑うアナスタシアに対して、おっさんは渋い顔。
「へっ……ちゃっかりボス討伐報酬も狙ってやがったな?」
「当たり前ヨ。ワタシだって経験値やゴールドは欲しいのヨ。あ、鉱石系アイテムが出たら譲るから安心してネ?」
「しゃあねえな……ちゃんと働けよ」
おっさんは渋々ながら頷いた。
ボス討伐による莫大な経験値やゴールド。そしてレアドロップ。
更に存在自体があまり知られておらず、まだ誰も倒していないボスの為、初回撃破ボーナスだって狙える。
一人で倒すのは厳しいが、おっさんが一緒ならば恐らく倒せるだろう。
ならば、今回はそれらの報酬を手に入れる大きなチャンスである。そんな美味しい機会を、アナスタシアが見逃すはずがなかった。
見た目やおかしな言動に騙されがちだが、彼女とておっさんと肩を並べるトッププレイヤーである。
そんな彼女が、己のリソースを強化する機会をみすみす逃すような愚を犯す訳が無い。
こうして謎のおっさんと、βテスト攻略貢献度第七位のプレイヤー、
【ニンジャマスター】アナスタシアの二人によるボス討伐PTが結成された。
狙うはゴーレムと、そのドロップアイテム。
希少な鉱石が出る事を願いながら、おっさんは奇妙な犬耳忍者ガールを引き連れて、山道フィールドへと赴くのであった。
犬耳メリケンNINJA、アナスタシア登場回。
今回は短めで箸休め的な話でした。彼女の紹介と状況説明で終わった感が。
次回はボス戦になります。
おっさんと忍者娘がゴーレムと戦う!何この溢れ出るB級感。
アナスタシアはβテスト当時、偵察や罠対策、情報収集などで大いに活躍しました。その分、戦闘能力はやや控えめです。
今後も情報発信源としての役割を中心に活躍して貰う予定。
また、残りのランカー達もそろそろ登場するかもしれません。
(2015/2/24 大幅加筆修正)