番外編・2038年度契約改更
2039年、3月。
年度末であり、学生達にとっては学年が上がったり、卒業を迎えたりとなかなか忙しい時期である。
また、それ以外にも彼ら学生達にとっては一大イベントが控えていた。
それは、年俸調停である。
学年が上がる、あるいは進学する事によって来期のお小遣いが上がる事を期待して、彼らは保護者との契約改更に臨む。
四葉家においても、丁度それが繰り広げられていた。
四葉杏子は、来月には中学三年生になる。
中学三年生といえば高校受験を控えた受験生である。参考書を買ったり、塾に通ったり等で色々と出費も多くなる事だろう。
そういった主張を軸に、杏子はお小遣いアップを要求するが……
「まあ、今年と同額が妥当なところだろうな」
兄の下した裁定は、まさかの年俸据え置きであった。
その理由はVRMMORPG「アルカディア」にドハマりした事による学業成績の著しい悪化や、店の手伝いをする頻度の低下などが挙げられる。
本来ならばダウン提示でもおかしくはなかったが、最近になって友人が多くできたようで交友費も必要だろうという事と、悪化したとはいえ平均をやや上回る程度の成績は維持している為、同額とした。
その提示を受けた杏子はそれを不服とし、猛抗議の末に、
「おかしい……こんな事は許されない……」
「交渉している感じがしない。ブチ切れていいですか?」
「誠意は言葉ではなく金額」
「天使(が上がった)?一回ゴネて三千円上がるのはおかしいよ!」
「四葉杏子というブランドをまず考えて四葉家で終わっていいのか」
などの発言を残し、FA権を行使し移籍する考えを明かした。
◆
「それで家出してきたって訳かい」
「うむ。我を泊める権利をやろう」
東京の片隅にある不破家に現れた四葉杏子。背中にはリュックサックを背負い、傍らには小型のスーツケースもある。恐らく中身は服や日用品か。
「しゃーねぇなぁ……それはそれとして、人に物を頼む時はちゃんとお願いしろ」
杏子を出迎えた謎のおっさんこと不破恭志郎は、その小さな頭を掴んで軽くアイアンクローをかけた。
「あい。すいませんでした泊めて下さい」
「よし」
恭志郎が手の力を緩め、解放すると杏子は素早く距離を取り、家の奥へと逃げていった。
それを見届けると、恭志郎はポケットから携帯端末を取り出し、操作する。どうやら電話をかけたようで、コール音が数回鳴った後に、相手が電話に出た。
「お前の妹は預かった」
「そっちに行ったか。いつもすまない」
電話の相手は四葉杏子の兄である一夜だ。まるで誘拐犯のような第一声だったが、すぐに事情を察した一夜は謝罪の言葉を口にした。
「別に構わねぇよ。お前が厳しい分、甘やかしてやるのが俺の役目って事だ。何日か泊めて機嫌が直ったら帰らせるぜ」
「わかった。宜しく頼む」
「おう。……それと一夜よ、お前はちょっとばかし厳しすぎる。他人にも、それに自分にもな。お前は昔っから一人で何でもできる、手のかからないガキだったから無理はねぇが……たまには頼ってこい。俺ぁ一応、お前らの事は自分の子供同様に思ってんだからよ」
「あんたの事は、十分頼りにしているよ」
「そうかい?そりゃ何よりだ」
「……ありがとう」
「いいってことよ」
そうして恭志郎は通話を終えると、夕食の準備をする為にキッチンへと向かうのだった。
「今日はマリアの帰りが遅くなるから外食でもしようと思ってたんだが……やれやれ、面倒臭ぇ」
そうぼやきながら料理の支度をする恭志郎の姿は、どことなく上機嫌に見えた。
短いですが即興で。
福留さんの銭闘記事を読んでいたら急に思いついたネタをブチ込んでみました。
あと、なぜかおっさんが良いお父さんみたいになってた。




