†我ハ漆黒ノ不死鳥也† 其ノ九
「お兄ちゃん……!お兄ちゃん!」
地面に倒れ、動かない黒羽根不死鳥。
倒れ伏す彼の仮初の肉体を見下ろしながら、涙を流すのは彼の双子の妹である天使だ。普段の冷静な様子は見られず、ひどく取り乱している。
「泣くな……天使……!」
妹の悲しむ顔を見て、不死鳥は声を上げる。
頭を撫でてやろうと腕を上げようとするも、体は動かなかった。視界の隅に映る麻痺状態を表すアイコンを忌々しく思う不死鳥だった。
「坊主、てめえ……どうやって動いたんだぁ?」
標的を刺し殺したと思った瞬間に、目で追えないほどの凄まじいスピードで割り込んできた少年を見下ろし、疑問の声を上げたのは短剣使いのPK。
「妙だな、麻痺状態は解けてねぇよなあ……?」
HPが残り僅か――街周辺の雑魚モンスターの攻撃が一発当たっただけでも死にそうな値にまで減少し、動かない不死鳥を見て首を傾げるも、まあいいやと呟いた短剣使いは、改めて天使へと向き直った。
「どっちにしろ結末は変わらねぇ。これでトドメと行くか」
そう言って、短剣を構える。すぐにでもアーツが発動し、天使に攻撃が加えられるだろう。エンジェがそれを妨害しようと攻撃魔法を飛ばすが、盾を持ったPKが間に入り、吹き飛ばされながらも邪魔をする。
万事休すか。だが、その時。
「やめろ……俺の妹に……手を出すな……ッ!!」
「お兄ちゃん!」
不死鳥がよろよろと起き上がり、天使の前に立ち、その身を庇う。
彼の視界の片隅には、依然として麻痺状態を表すアイコンが見えていた。
「健気だねぇ。麻痺してんのに何で動けるのかは気になるが……そこまで言うならてめえから先に切り刻んでやらあッ!」
「やめてぇ……っ!」
立ち上がったのは良いが、今にも倒れそうな様子の不死鳥。男を睨みつける瞳だけがギラギラと力強く輝いているが、その体には力が無い。
天使の悲鳴と共に、短剣使いがアーツを発動。超高速の五連撃を受けて、不死鳥の最大HPを上回る合計ダメージが叩き出された。明らかなオーバーキルだ。
「畜……生……」
不死鳥が、倒れる。
そしてその体が、ゆっくりと、ポリゴンの破片となって四散し……
「お兄……ちゃん……」
天使が、それをかき集めるように手を伸ばす。だが、その手は何も掴む事はなかった。
「ヒャッヒャッヒャッ。どんな気分だぁ、お嬢ちゃん。兄貴がお前を庇って犬死にした気分はぁ?」
男がそんな天使を嘲る。天使は涙に濡れた目で男を見上げ、気丈にも睨み返した。
「へっ、なーにマジになってんだか。たかがゲームでよぉ。ま、俺としちゃあその泣き顔が見れただけで満足だがね」
ヘラヘラと笑う短剣使い。そんな彼に【赤い手】の仲間達が声をかける。
「おう、何遊んでやがる!こっちはもう限界だ!さっさとその女をブッ殺して、金奪って逃げるぞ!」
「ええい、どけ貴様ら!【ファイアピラー】!」
高価なポーション類を大量に使いながら、必死にエンジェの足止めをしている男達。そう長くは持たないであろう。
「へいへい、わかってますよ……っと」
短剣使いが顔だけで振り向いて返事をする。そして再び天使へと向き直り、今度こそトドメを刺そうと短剣を構えた。その時である!
「よくも……」
声が響く。
最初は目の前の少女が上げた声かと思った短剣使いであったが、彼女の小さな口は真っ直ぐに閉じられている。
「よくも俺の妹を泣かせやがったな……」
短剣使いは確信する。その声は、先ほど殺した少年の声であると。
だが、何処から?奴は死んだはずではないか。
短剣使いがそう疑問に思った瞬間!突如、先ほど殺した少年――黒羽根不死鳥が死んだ際に砕け散ったポリゴンの破片が、一斉に燃え上がる!
「な、何だぁ!?」
一つ一つは小さな炎。それが集まり、激しく燃え上がって巨大な炎となる。
やがて、それは人の形へと変わっていった。
「ぶっ殺すぞてめえええええ!」
そして現れたのは――黒羽根不死鳥!紛れも無くその男である!
激しく燃え上がる炎の中から、まさにその名の如く少年は甦った!
そして、その背には燃え盛る炎によって形作られた、翼が生えていた。
「お兄ちゃん……!!」
その姿を見て、天使が涙を流す。だがその涙の意味は、先ほどまでとは違う。涙を流しながら、天使が笑顔を浮かべた。
そんな妹を見て、不死鳥は頼もしい笑みを浮かべた。
「泣かせてごめんな、天使。でも、もう大丈夫だ」
そして敵へと向き直った不死鳥は、憤怒の表情を浮かべて敵を睨みつける。
その小さな体には、炎のような真紅色の光の帯を纏っていた。
その光をよく見てみると、それはとある文字列で構成されているではないか。
【Force of Will】
そう、それは即ち……VR空間そのものに内包された、隠されしシステム……Force of Willを発動させた者の証であった!
『ユニークアビリティ【FoW:漆黒ノ不死鳥】を習得しました』
そして不死鳥は、その力に目覚めた者にのみ与えられる、新たな力を手にした。
ちなみにこの時、ANE社の開発チームでは再び発生した不自然なデータの改竄に開発スタッフ達が恐慌状態に陥り、また残業が増える事に絶望した。ゲーム内では孤高のソロプレイヤーが何かに気付いたように空を見上げ、最強の男が突然ニヤリと笑い、その肉食獣のような獰猛な笑みを見たプレイヤーが恐怖した。
また女神の神殿では炎を司る神が「遂に現れたか、我が力を受け継ぐ資格を持つ者が……!」と喜びに打ち震え、創世の女神は突然襲ってきた嫌な予感に身を震わせた。
更に現実世界では霧深き霊峰の山頂にて、瞑想に耽っていた老人がかっと目を見開き、また別の場所では崖の上から嵐の海を見下ろす男が「……始まったか」と呟いた。また更に別の場所では薄暗い書斎に籠って怪しげな研究を続けていた研究者が寄声を上げてのたうち回り、某国の聖堂で祈りを捧げていた女性達が、ハッと何かに気付いたように天を見上げ、涙を流した。
ちなみに後半の記述に特に意味は無い。なら何で書いた。
ともあれ不死鳥が習得したアビリティの内容は、以下の通りである。
――――――――――――――――――――――――――――――
【FoW:漆黒ノ不死鳥】
種別 ユニークアビリティ/アクティブ
所属スキル 【Force of Will】
消費MP 0
クールタイム 効果終了から24時間
【効果】
効果時間中、炎の翼による飛行能力を得る。
効果時間中、自身の【死亡】を無効化し、即座に復活する。
効果時間中、自身の火炎・暗黒属性攻撃を大幅に強化する。
【解説】
大切な者を護るため、少年は世界の理をも超えた。
たとえ肉体が滅びようとも、熱く燃える魂は不滅。
不死鳥の如く何度でも甦り、愛する者を護るだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――
炎の翼で飛翔し、不死鳥は天に舞う。
そして、その右手を仇敵である短剣使いへと向けた。
「し、初心者が……!調子に乗ってんじゃねえぞ!」
未知の存在に、短剣使いが震えながらも虚勢を張る。
不死鳥はそんな男を見下ろしながら、奥義を発動した。
彼の右手の先に、漆黒の炎が集う。そして、それは巨大な鳥の姿になった。
「【ダークフェニックス】!!」
巨大な黒き不死鳥が、風を切る音と共に襲い掛かる。
「……は?」
呆気に取られた、間抜けな声と表情でそれを受けた男は、その一撃で蒸発した。
「な、何だぁ!?」
「う、うわあああーっ!?」
そして不死鳥が放った【ダークフェニックス】は、短剣使いのみならず他のPK達をも、次々と焼き払っていく。
そして最後には、PK達のリーダー格の男のみが残された。
「ちぃぃぃっ!クソが!何なんだ一体!」
想定外の事態に泡を食って、彼はアイテムストレージから素早く【転移の羽】を実体化させた。拠点へと一瞬で戻れる消耗品だ。それを使って逃亡を図ろうとする男だったが……
「どこへ行こうというのだ?」
転移の羽を使おうと手に取った瞬間に、放たれた雷の矢が素早く精密に、手の中のアイテムのみを打ち砕いた。
それを放ったのは……魔王エンジェ!このアイテム破壊は彼女が放った【ライトニングボルト】による物であった!
恐る恐るエンジェを見るリーダー格の男であったが、エンジェはそんな彼に興味を無くしたようにそっぽを向く。
「ふん……もはや我が出る幕では無いようだ。手は下さん。せめて最後は勇敢に立ち向かって死ぬがいい」
そういってエンジェは、空に浮かぶ不死鳥を指さす。
最後に残ったPKはそれを見て、震えながらも武器を構えて突撃する。
「初心者がああ!舐めるんじゃねえぞ!てめえは完璧に俺達【赤い手】を敵に回した!てめえが何処に行こうが追いかけ回して、ギルド総出でブチ殺してやる!いいか覚えておけ!俺の名は、ギルド【赤い手】のサブマスターにしてボスの右腕……」
叫びながら突撃する男。そんな彼の長台詞を、不死鳥はばっさりと切って捨てる。
「【赤い手】には自己紹介を長くやらないといけないルールでもあるのか?悪いが今から死ぬ三下の名前なんて、覚える気はさらさら無いぜ!」
「な、何だとぉぉぉ!?」
「一撃で決める!秘奥義【フェニックスダイブ】!!」
黒い炎を全身に纏った不死鳥が、急降下突撃を行なう。
激突、そして爆発。直撃を受けた男のHPが、一気に消し飛ばされた。
男が倒れる。そしてその隣に、華麗に着地する不死鳥。
「ば、馬鹿な……てめえ、一体、何者……だ……」
倒れながら、最後にそう言い残す男。
彼に向って不死鳥は不敵に笑い、決めポーズを取りながら
「何者だ、と聞かれたならば答えてやろう!我が名は漆黒の不死鳥!黒!羽!根!フェニーックス!」
と、高らかにいつもの名乗りを上げるのであった。
【キャラクター名鑑:†黒羽根フェニックス†】
作中トップクラスのバグキャラであり無敵の熱血シスコン兄貴。
ユニークアビリティの効果時間中であれば何度死んでも甦る。
ただし妹を護って戦う時にしか発動しない。でもこいつらいつも一緒に居るから、発動チャンスは割と多いんじゃないかと思う。
後の最強の一角にして炎神イグナッツァの後継者。
気を付けろ、こいつの前で妹を泣かせるとこっちの火炎耐性ブチ抜いて燃やしながら殴ってくるし、殺してもすぐ生き返って殴ってくるぞ。
(2014/10/19 誤字修正)