†我ハ漆黒ノ不死鳥也† 其ノ八
ここで時間を少し巻き戻そう。
始業式が終わり、四葉杏子はまっすぐ帰宅した。
彼女の自宅はネットカフェを営んでいる。個人経営だがそこそこ大きく、料理が美味しい事とVRマシンが充実している事で人気を集めている名店だ。
杏子の家は一階と二階、そして地下が店舗になっており、三階が居住スペースだ。
杏子はいつも通りに勝手口から中に入り、三階の自室へと戻ると鞄を置き、私服へと着替えた。今日の服装は黒で統一されたパンツスタイルである。
そして彼女はそのまま、一階へと降りていった。
ネットカフェ「クローバー」の一階には広いカフェスペースがあり、店長が淹れるコーヒーと、専属の料理人が作る本格的な料理やスイーツが楽しめることで人気を博している。
「おかえりなさい、杏子さん。今日は早いですね」
「始業式だけだったからね。ただいま九十九さん。お兄ちゃんは?」
「一夜さんなら地下に行ってますよ。しばらくは戻ってこないかと」
杏子に話しかけてきたのは一人の青年だ。中肉中背、優しそうな顔立ちで、コック帽とエプロンを着けている。
彼の名は岬九十九。この店の料理人で、杏子の兄であり、この店の店長である一夜とは友人同士だ。
ちなみにVRMMORPG「アルカディア」においては、クックという名の凄腕料理人プレイヤーとして名を知られている。
杏子はカウンター席に座ると、九十九に向かって注文を出した。
「日替わりランチ、デザートはコーヒーゼリーで」
「かしこまりました」
ほどなくして出てきたランチセットとデザートを平らげた杏子は、周りを見回す。平日の昼間なので客はそれほど多くないが、それでも常連客の姿がちらほらと見える。
杏子はその中の一人の元へと足を向けた。その男は黒いスーツ姿の、見た目三十代半ばほどの男性だ。身長は百八十センチ少々といったところで、やや痩せ型だが無駄の無い筋肉の付き方をしている。子供や気の弱い者が見れば泣き出しそうなくらいに鋭い目つきで人相は悪いが、なかなか整った顔をしている美中年である。
名を、不破恭志郎といった。
「おう帰ったか、杏子」
「あんこってゆーな!エターナルダークフレイム!!」
「ぐわあああ!やられたあああ!!」
杏子が突然両手を突き出して叫んだ。それを受けた恭志郎はコーヒーを飲んでいた手を休め、律儀に叫びながら椅子から転がり落ちる。
「出たー!杏子ちゃんのEDFだ!」
「E・D・F!E・D・F!!」
「ククク……不破さんがやられたようだな……」
「あのお方は我ら四天王の中でも最強……」
「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」
それを見た常連客が歓声を上げる。ちなみに地球防衛軍とは一切関係が無い。
さて、恭志郎に向けて奥義エターナルダークフレイムを放った杏子は、満足そうに笑うと彼の隣の席へと腰を下ろした。それを見て恭志郎も、何事もなかったかのように席に戻った。ちなみに杏子は時々こうした真似を店内で行なうが、やるのは常連客しか居ない時程度である。
「やれやれ。それで久しぶりの学校はどうだったよ」
「あー……ちょっと聞いてよ恭志郎さん。今日うちのクラスに転校生が来たんだけどさ、これがやばいの」
「ほう、どんな奴だい?」
「んっとね……なんか凄い馬鹿っぽい。あと実際凄い馬鹿だと思う」
「どんだけイカれたヤツが来たんでぇ……ああそうだ、頼まれてた空飛ぶ箒だが、昨日完成したぜ」
「まじで!じゃあ後で取りにいくから!」
一緒のテーブルに座って恭志郎と話をする杏子。実の親子のように仲の良さそうな姿である。実際に杏子の両親は昔から忙しく、恭志郎が彼女やその兄の面倒を見ていた事がよくあったため、実の父親よりも恭志郎のほうに懐いている節があった。
◆
杏子はその後、自室に戻りVRMMORPG「アルカディア」にログインした。彼女が使っているVRマシンは店にある物と同じ、最新鋭の物だ。
不破恭志郎が操るキャラクター……謎のおっさんから空飛ぶ箒を受け取った、杏子が操るプレイヤーキャラクター・エンジェ。彼女は今日はギルドメンバーの勧誘をする予定だったと、城塞都市ダナンの中央広場へと向かった。
はてさて有望そうな新人は居るものかと、広場に数多くいるプレイヤーを見渡す。【眼力】スキルの進化系の一つである【魔眼】スキルを使い、広域アナライズを行なうのも忘れない。
そうして広場に居るプレイヤーをチェックしていた彼女は、
「げっ……!」
見覚えのある、特徴的な二人組の姿を見て思わず呻き声を上げた。
男女の二人組。顔立ちは似通っているが、それ以外はまるっきり正反対の二人だ。
男のほうは、中学二年生の女子としてはやや小柄な部類に入るエンジェと比べても、更に小さい少年だ。童顔で線も細く、まるで少女のような外見である。
女のほうは逆に、かなり大きい。エンジェの兄であるカズヤよりはやや低い程度の背丈に、中学生離れしたプロポーションで、表情に乏しい事もあって大人びて見える。
まさか奴らか、いやきっと他人の空似ではないのか。そう思いつつエンジェは彼らのキャラクターネームを確認し、
†黒羽根フェニックス†
†黒羽根エンジェル†
(馬鹿だーっ!?)
その特徴的すぎる名前を見て、思わず声に出して叫びそうになるのをぐっとこらえた。
間違いない、奴らだ。奴らがこの世界に居る。装備やステータスを覗き見る限りでは今日始めたばかりの初心者か。
(ええい、こんな所にいられるか!私はギルドハウスに帰るぞ!)
現実世界においては教室の隅で目立たないように過ごしている為、彼らが自分の顔を覚えている可能性は低いものの、万が一の可能性という物がある。
エンジェは黒羽根兄妹に見つからぬよう、そっとその場を後にした。
だがその数分後、突然流れたシステムメッセージにエンジェは噴き出した。
『おめでとうございます!†黒羽根エンジェル†さんがガチャでGRアイテム、【女神の金槌】を引き当てました!』
「ちょっ……!」
ギルドハウスに戻ったエンジェは、そのメッセージを見て驚愕した。
最初はいきなりゴッドレアを引き当てた少女、黒羽根天使の豪運に驚いただけであったエンジェだが、ふと思い立ってブラウザを開き、アルカディアBBSへとアクセスする。
「……これか。どうやらテツヲが落札したようだな」
目当てのスレッドはすぐに見つかった。女神の金槌を売りたいというスレ主(言うまでもなく黒羽根天使の事だ)に対し、購入依頼が殺到。最終的にオークション形式で最も高い値段を付けた物が競り落とす事になり、落札したのはこのゲームで最大手の生産・商売ギルドである【C】のサブマスター。トップ鍛冶師のテツヲであった。
ちなみにエンジェが率いるギルド【魔王軍】に所属する職人たちもオークションに参加していたものの、資金力の差にあえなく撃沈した模様である。
「……ふむ。少し気になるな」
エンジェの明晰な頭脳は、すぐにとある問題へと辿り付いた。
それは右も左もわからない初心者が、いきなり分不相応な額のゴールドを手にした事、そしてそれが他の多くのプレイヤーへと知れ渡ってしまった事だ。
何かよからぬ事を企む輩が出てもおかしくはない。
そう考えたエンジェは、溜め息を吐いて立ち上がった。
「魔王様、どちらへ?」
「ふん……たまにはソロ狩りでもしようと思ってな。少し留守にする」
「はっ!お気をつけて!」
すれ違ったギルドメンバーに声をかけ、エンジェはギルドハウスから外に出る。そしておっさんに貰ったばかりの空飛ぶ箒、【マジカルブルーム】に跨って宙に浮かび、そのまま空を飛んでいった。
そしてエンジェは森の奥で【赤い手】のPK達に襲われていた黒羽根兄妹を発見し、挨拶代わりにPK達に火球を連続でお見舞いしつつ、その場に割って入ったのであった。
◆
「チッ、小娘が……魔王なんて名乗ってる癖に、正義の味方気取りかよ?」
【赤い手】のPKの一人が、そう言ってエンジェを煽る。だが当のエンジェは気にする様子もなく、馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「下らんな。我が何処で何をしようと、他人にどうこう言われる筋合など無いわ。ましてや貴様のような下郎が我が行ないに口を挟むなど百年早い。身の程をわきまえよ」
そう返しながら、先ほどと同様に先手必勝の火球を杖の先から放つエンジェ。爆発に巻き込まれて三人が即死した。
「【インフェルノスフィア】だと!?てめぇ、何でさっきから奥義をポンポンと連発してやがる!詠唱時間やクールタイムはどうした!?」
それを見たリーダー格のPKが泡を食って叫んだ。
【インフェルノスフィア】とは、元素魔法の奥義であり巨大な火球を放って広範囲を焼き払う大魔法である。相殺され不発に終わったが、かつて上級ダンジョンの地下でエンジェがカズヤに放った物だ。
エンジェはそれに対し、冷ややかに笑って答える。
「馬鹿め。今のは【インフェルノスフィア】ではない……ただの【ファイアボール】だ」
「「「「「なん……だと……!?」」」」」
エンジェの回答に、【赤い手】のメンバー達の顔に絶望が広がった。
ちなみに【ファイアボール】は、元素魔法の中でも初歩的な魔法であり、小さな火球で小範囲の敵に火炎属性ダメージを与える魔法だ。
だが魔法関連スキルを軒並み極め、ステータスのMAG値が2000を優に超えるエンジェが放つそれは、威力・範囲ともに並のプレイヤーが放つ奥義に匹敵するか、あるいは上回る。
「ちぃっ!だが所詮は魔法使いだ!囲んで叩けば!」
「そうだ!行くぞてめえら!一斉にかかれぇ!」
四方八方からエンジェに襲い掛かるPK達。だがエンジェは、そんな状況にも一切怯まない。
右手に握った杖でPK達の武器を颯爽と受け流し、左拳や脚による格闘技、そして付与された【魔法拳】で的確に反撃を行なう。
そうしながら、同時に魔法の詠唱を進めていたエンジェの魔法が、程なくして発動する。
「まずい、てめぇら下がれ……っ!?」
「遅い!【アイスコフィン】!」
エンジェに攻撃を仕掛けようとし、逃げ遅れたPK達が一瞬にして巨大な氷に閉じ込められ、戦闘不能に陥った。
「馬鹿な……あれが魔法使いの動きか!?全く隙が無いじゃないか!」
「あ、あれは……天○魔闘の構え!?」
驚くPK達を前に、エンジェは平然とした様子で言う。
「魔法使いは接近戦に弱い……確かにその通りだ。だがこの我が!そんなわかりきった弱点を、いつまでも克服していないとでも思ったのか?当然対策済みだ!」
冷や汗をかきながら絶望する男達に、エンジェは更に追い打ちをかける。
「そしてついでに言うなら……接近戦は苦手とは言っても、貴様等のような雑魚が相手ならば魔法無しでも遅れは取らん。魔王を甘く見ない事だ」
数十人のPK達はあっという間に、両手で数えられる程度にまで減っていた。
こうして魔王エンジェの手により、ギルド【赤い手】の戦力は、その大部分が崩壊させられたかと思われた。
だがその時、冷ややかに見下ろすエンジェの顔を見上げ、【赤い手】のリーダー格の男が激昂し、雄叫びをあげながらエンジェに斬りかかる!
「うおおおおッ!!野郎ブッ殺してやらああああッ!」
流石にリーダー格だけあって、その身のこなし、攻撃の鋭さは他のPK達とは一味違う。だがしかし、破れかぶれの攻撃が通用するほどエンジェは甘くない!彼の攻撃は、エンジェの杖と一瞬で発動した防御魔法によって易々と受け止められた。
「下らん。何の真似だ……!?」
容易く最後の攻撃を防ぎきり、トドメの魔法を放とうとするエンジェ。だがその顔が、相手の表情を見て驚きに染まる。
【赤い手】のリーダー格の男の顔に浮かんでいたのは、怒りでも絶望でもない。
それは「企みが上手くいった」という満足感と、「憎い相手を騙してやった」という意地の悪さが混ざり合った物で……
「へへへ……かかったな。今だぁ!!」
「ちっ……!」
男の声に、隠密状態を維持したまま隠れていた男が飛びかかる。まだ隠れていたPKが残っていたのだ。リーダー格の男は破れかぶれの特攻をするように見せかけ、実際はこの男が奇襲を行なうための囮となったのである!
慢心ゆえの油断か、それに見事に引っかかったエンジェは咄嗟に詠唱を止め、奇襲に備える。
だが、その奇襲はエンジェを狙った物ではなかった!
「あ……」
その対象は……黒羽根天使!麻痺状態に陥り、仰向けに倒れて動けない兄を守るように斧を構え、立ち塞がっていた彼女の背後から、短刀を構えた暗殺者が飛びかかる!
元々、PK達の狙いは彼女だった。突然乱入したエンジェに勝てないと理解するや、PK達は狙いを切り替えた……否、元に戻した!
エンジェの一瞬の隙を突き、天使を殺害してゴールドを奪って逃走する。その策が今まさに成就しようとしていた!
「貰ったァ!!」
反撃しようとする天使だったが、熟練の短剣使いと初心者の斧使いでは攻撃のスピードが段違いである。天使の斧が相手を捉えるよりも先に、短剣が彼女の体を抉るほうが遥かに速い。不死鳥はいまだ麻痺状態で動けず、エンジェの助けも間に合わない。
すれ違いざまに短剣でガラ空きのボディを突き刺され、元より防御力の低い天使のHPが、一瞬でゼロになった。
それを確認し、その場にドロップされる大量のゴールドを回収しようとする短剣使い。だが、
「うおっ、危ねぇ!?」
「……くっ」
だが、そんな彼を斧が襲う。咄嗟に直撃は回避したものの、短剣を弾き飛ばされた短剣使いは驚きに目を見開いた。
その攻撃の主は……確かに殺害されたはずの黒羽根天使!
「……チッ、【復活の宝珠】か!!」
そう、天使は兄である不死鳥より譲渡された【復活の宝珠】を使用して、即座にデスペナルティを無効にして復活したのだ。
「なら、もう一回ブッ殺してやらあ!」
「……負けない」
予備の短剣を取り出し、再び天使に踊りかかる短剣使い。
エンジェはそれを助けようとするが、生き残ったPK達が必死にそれを妨害する!
「チッ、どけ貴様ら!」
「やらせるかよ!てめぇら、防御を固めて時間を稼げ!」
魔法の射線を遮り、自ら盾となる者やエンジェに組み付いて動きを妨害しようとする者。彼らも千載一遇の大金強奪チャンスを前に必死であった。
そして天使と短剣使いの戦いの結果は。
先ほどとは違い、やや善戦したものの、やはり結果は変わらなかった。
斧による渾身の一撃を躱され、隙が出来たところを短剣が狙い打つ。
「これでトドメだァ!」
アーツが発動し、刀身に赤い光を纏いながら短剣が迫る。
天使は、迫りくるそれを、ただ見つめる事しか出来ない。
そして、刃が彼女の体に突き刺さる……筈であった。
だがその寸前に、刃の前に躍り出て、割り込んだ者があった!
「不死鳥……?」
その男の名は、黒羽根不死鳥!
彼は凶刃をその身で受けながらも、振り返りながら笑って言った。
「……よかった。間に合った」
「……あ」
そして、不死鳥がゆっくりと、地面に、倒れる。
「お兄ちゃん……っ!」
森の奥に、少女の悲しい叫びがこだまする。
(作者による身も蓋も無いコメント)
どうせ鬱展開とか無いから平気平気。
どうあがいても最後はハッピーエンド。
大丈夫、月豕のコメディーだよ。
(2014/10/18 誤字修正)




