†我ハ漆黒ノ不死鳥也† 其ノ七
街から出た黒羽根兄妹は、付近のフィールドにて狩りを始めた。
小型の猪型モンスター【ボア】や、狼型モンスター【ウルフ】、空を飛ぶ巨大な蜂型モンスター【キラービー】等を相手に戦った二人であったが、
「こいつら弱くね?」
「雑魚……」
強力な装備を入手していた事もあり、特に苦戦する事もなくあっさりと勝利。特に妹の黒羽根天使に至っては物理攻撃力に特化している事もあり、街周辺の敵ならばアーツの一撃で仕留める事が出来ていた。
「もうちょっと遠くに行ってみるか?」
「賛成」
かくして二人は街周辺の草原を離れ、森へと足を踏み入れた。
「掲示板によると、草原に出てきたモンスターの上位種とか植物型モンスター、あとはレアだけど妖精型モンスターも時々出てくるらしい」
歩きながらアルカディアBBSの過去ログまとめページを閲覧していた不死鳥が語る。
「あと、熊が出るとか」
「……熊?」
「フィールドボスの中では一番の小物だけど、初心者キラーとして名高いそうな。ある程度の実力を付けて、パーティーを組んで戦えばそこまで苦戦する相手ではないそうだけど」
森へ移動した二人は、そこに出没するモンスターを相手にも順調に勝利を重ねていった。多少強化されているとはいえ、初期段階で多めの経験値を入手しており、また優れた装備を整えている二人の敵ではない。
また彼ら兄妹は個々の戦闘技術は未熟だが、双子ゆえか息の合ったコンビネーションでそれを補っており、見事な連携でモンスターを次々と撃破していくのであった。
ちなみにフィールドボスの熊だが、別に出番はない。熊は少し前に【ホームランシスター】の異名を持つとある女性プレイヤーの手によって星になり、現在はリポップ待ち状態である。
さて、そんな黒羽根兄妹は手応えのあるモンスターを求めて、森の奥深くへと足を踏み入れたのであった。
◆
「うーん、このあたりの敵は結構キツいな……」
「回復薬も残り少ない」
森の一番奥のエリアで狩りをしていた黒羽根兄妹は、その場に座り込んで休憩を取っていた。
「つーかマンドラ大量に沸きすぎだろ……死ぬかと思った」
「うねうね嫌い……」
ここは【マンドラゴラ】という植物型モンスターが多く沸く、初心者の魔法使いやシューターに人気の場所だ。
マンドラゴラは地面に根を張っているため、その場からほとんど動く事は無いものの、長いツタを使った遠距離打撃や、拘束攻撃を仕掛けてくるいやらしい敵だ。
魔法や弓、魔導銃を使ってツタの射程外から攻撃すれば楽に倒せる敵なので、遠距離攻撃メインのプレイヤーには人気ではあるものの、逆に接近戦を好むプレイヤーには嫌われている。
また魔法使いであっても、森の中であるため植物型モンスターであるマンドラゴラを見逃し、うっかり射程内に入ってしまって奇襲を受け、あっさりとやられる事も多い。
「一回死んだ……」
「あれはお前が不用意すぎだろ……」
天使がそんな敵が密集している所に無策で突撃し、ツタで拘束されて抵抗できないままにあっさりと死んだ場面もあった。
幸い特典アイテムの一つである【復活の宝珠】を使ってデスペナルティ無しで復活し、復活後は不死鳥の魔法で遠くから焼いて倒したのだが。
「ほら、俺のぶんの宝珠は残ってるから持っとけよ」
不死鳥が自分の【復活の宝珠】を取り出し、天使に手渡す。
「……いいの?」
「いいよ別に。俺よりお前のほうが死にやすいし……それに忘れてたけど天使さ、金槌を売ったお金持ったままだろ?」
兄の問いに、天使はこくりと頷いた。
「それ持ったまま死んだらまずいだろ……このゲーム、デスペナ結構重いし」
「……盲点」
このゲーム「アルカディア」は、死亡時に課せられるペナルティ……すなわちデスペナルティがなかなか重い事で知られている。
まず、所持している経験値がある程度減る。減少量は、これまで取得してきた経験値や、スキルレベルの合計によって計算される。
ちなみにステータスの上昇やスキルの習得に使用していて、デスペナルティに必要な経験値が払えない場合はステータスが減少する。
次に所持しているアイテムや、お金の一部をその場にドロップする。それらは大抵の場合、そのプレイヤーを殺害したモンスターや敵対NPCに持っていかれる事になる。
ちなみにそれを他のプレイヤーが取り返した場合、それを持ち主の元に返してもいいし、自分の物にしても良い。前者の場合は名声値が上がるが、後者はPKをして直接奪った場合以外は、特にペナルティは無い。
さて、そんなデスペナルティがある以上、初心者プレイヤーが分不相応に大金を持ち歩いているという状況は非常に危険なのである。特に、リソースの大半を攻撃力に割り振っていて、防御が薄い天使のようなプレイヤーであれば尚更だ。
「いったん街に戻って、倉庫に預けようか」
「賛成。ついでに消耗品も補充」
「その後は一旦落ちようか。もう少しで晩飯の時間だし……」
自分達の危険な状況を自覚した二人は、一度街に戻る事を決めた。
だが……それはほんの少しばかり、遅かったようである。
「へへへ……ちょっと待って貰おうか」
「いっひっひ……逃がさねぇぜ」
二人が立ち上がろうとしたその瞬間、突如彼らの周りに現れる十数人の男達!
彼らは隠密スキルに属する、姿を隠すアビリティ【ハイディング】と、足音を消すアビリティ【スニーク】を併用し、ひっそりと黒羽根兄妹に接近、包囲していたのだ!
彼らの隠密スキルはその道を極めたプレイヤーから見ればお粗末な物だが、初心者の二人が相手ならば十分に通用する物であった。
「誰だ!?」
不死鳥と天使は即座に背中合わせになり、お互いの背中を守る。そして不死鳥は、男達を睨みつけて誰何した。
その問いに、男達の一人……赤い布を頭に巻いたガラの悪い男がいやらしい笑みを浮かべ、答える。
「俺達は……ギルド【赤い手】!!」
赤い手!
それは初心者であろうと容赦しない、悪逆非道のPKギルド!
メンバーは全員、鮮血の如く赤い手袋を装備しており、その手袋を嵌めた手には曲刀や斧、鉈や双剣などの武器をそれぞれ手にしていた。
悪名値が高い犯罪者PCである【赤い手】の構成員達は、通常であれば街の中に入れば衛兵に追われる身だ。
だが、実際は団員全てが直接PKとして手を下している訳ではない。普段は一般プレイヤーとして過ごしていながらも、彼らに雇われて街中で情報を集めたり、街に入れないPK達の為にアイテムを調達する者達も存在しているのだ。
黒羽根兄妹が街を出る際に、物陰から二人を監視していたのはそんな男達であったのだ!
「おめぇら、随分と金を持ってるみてぇじゃねーか。死にたくなけりゃあ有り金全部置いていきな」
「俺達は優しいからな。大人しく金を置いていくなら命とアイテムは勘弁してやるぜ」
部下からもたらされた情報により、黒羽根兄妹が五千万という分不相応な額のゴールドを所持している彼らは、喜び勇んで二人を追跡した。
そして初心者二人を相手にするには過剰な戦力をもって、二人を今まさに包囲しているのであった。
「ふざけやがって!誰が降参なんかするか!」
不死鳥は吐き捨てると、【魔法剣】スキルで自らの拳に元素魔法【ファイアボルト】を付与し、【ダッシュ】スキルを使って一気にPK達との距離を詰めた。
「面白ぇ、やろうってのか!」
「返り討ちにしてやるぜ!」
先頭に居たPKプレイヤーが不死鳥を迎え撃つ。
だが不死鳥は、駆けながら既に魔法の詠唱を終わらせていた。
「【ダークミスト】!」
魔法が発動する。黒い霧がPKにダメージを与えつつ暗闇の状態異常を与え、その視界を奪った。その隙に不死鳥は、敵の懐に入り込むと顎に痛烈なアッパーカットを見舞った。
「【ライジングアッパー】ッ!」
そして、それと共に魔法剣が発動し、炎の矢がPKを燃やす。思わずダウンするPK。
「ちぃっ!まさかもう【マルチアクション】を使いこなせているとはな!だが所詮は初心者!攻撃が軽いんだよォ!」
思わぬ連続攻撃に怯むPKであったが、キャラスペックの差ゆえか不死鳥の攻撃は、彼のHPを一割程度しか削れていない。
起き上がり、反撃しようとするPKであったが、そんな彼の目の前にあったのは……
「【グラウンドスマッシュ】」
不死鳥に続き、彼に迫っていたのは黒羽根天使が操るPC。その手に握られているのは重厚な刃を持つ、巨大な両手斧であった。
全力で振るわれた斧が、PKの体を高く打ち上げる。
そして宙に舞った彼を……既に上空に跳躍していた不死鳥が迎え撃った。
「「ユニゾンアタック!!」」
不死鳥が、PKの体を全力で蹴り飛ばしながら、疾風属性の元素魔法【ウィンドバースト】を同時発動。凄まじい勢いで再び吹き飛ばされたPKの先には、既に天使が待ち構えていた。
絶好のタイミングでフルスイングされた両手斧によって地面と水平に吹き飛んだPKは、他のPK達に勢いよくぶつかって、彼らを巻き込んで倒れる。その様はまるでボーリングのボールとピンのようであった。ストライク!
「どうだっ!」
妹のすぐ傍に着地し、勝ち誇る不死鳥。
だが、そんな彼を見てPK達は不敵に、ニヤニヤと笑った。
「へっへっへ……やってくれるじゃねぇかルーキー」
「こいつぁ偉いハリキリボーイがやって来たモンだぜ」
「あっさりとやられやがって、情けねぇ奴らだ」
目の前で仲間がやられるのを見ながら、余裕の態度を崩さないPK達。
彼らのリーダー格の男が、スッ……と右手を挙げた。
「ぐあっ……!?」
「不死鳥!?」
突然、不死鳥が仰向けに倒れる。
(何だ……!?いきなり攻撃を受けた!?)
倒れながら、不死鳥は状況を確認する。
まず、先ほどまで全快だったHPが一気に二割近くも減っている。そして、見れば彼の足には太い矢が刺さっているではないか!
「弓矢で撃たれた……!?げっ、しかも麻痺!?」
そして、彼の視界の隅には状態異常にかかっている事を示すアイコンが表示されていた。一つはHPが徐々に減少する毒。そしてもう一つは、一定時間身動きが取れなくなる、麻痺。
弓矢を構えながら隠密状態で潜伏していたPKの一人が、リーダーの合図によって不死鳥を狙撃したのだ。しかも強力な毒薬が塗られた矢を使ってである。見えているPK達にのみ注意を向けていた不死鳥は、それに気付けずに狙撃を受ける羽目になった。
「金を持ってるのはお嬢ちゃんの方だったな……へへへ、坊やはそこでじっとしてな。まずはお嬢ちゃんの方からだ」
「てめえら……ッ!!天使、逃げろ!」
怒りに震えながら、不死鳥は妹だけでも逃がそうと声を張り上げた。
だが、天使はそんな兄を庇うようにして斧を構え、その場を動かない。
「天使!俺の事はいいから早く!」
「やだ。不死鳥は私が守る」
そんな二人を包囲するPK達が、武器を構えながらじりじりと包囲を狭めていく。
まさに絶体絶命!最早これまで、二人は無慈悲なPK達によって殺害され、所持金を奪われてしまうのか!
否、天は二人を見捨ててはいなかった!
その時突然、上空より巨大な火球が降り注ぎ、地面に着弾すると同時に爆発!PK達のおよそ三分の一を飲み込み、そのHPを一瞬で消し飛ばした!
「何だぁ!?」
突然の攻撃に驚くPK達。だが攻撃は終わらない!再び先程と同じ火球が上空より飛来し、更に五名のPKが爆発に巻き込まれて即死!
「て、敵襲!?」
「ちぃぃっ……誰だ!?何処の鉄砲玉だ!?」
混乱しながらも、PK達は火球が飛んできた方向……すなわち彼らの頭上を見上げた!その彼らの目に映った人物とは……
「ククク……フハハハハ……ハーッハッハッハッハァ!!」
高笑いを上げるその人物は、輝く銀髪に赤い瞳。眼帯で片目を塞ぎ、黒いマントの付いた服を着た小柄な少女であった。
彼女は右手に黄金の魔法杖を持ち、童話に出てくる魔女のように箒に腰掛けながら、宙に浮かんでいた。そんな少女の姿を見たPK達の顔が、驚きと絶望に染まる。
「げぇっ……!」
「な、なんでアイツがこんな所に居やがる……!」
悪逆非道のPK達ですら恐れおののく一人の少女。そう、彼女こそは……
「誰だ、だと?下賤な野蛮人どもが、よくもこの我に向かってそのような口を利けたものよ!だが知りたいならば答えてやろう。我の寛大さに感謝し、跪いて咽び泣くがよい!」
少女は箒の上で、ふんぞり返りながら名乗りを上げる。
「控えよ下郎共!我が名はエンジェ!闇の軍勢を総べる漆黒の王、ギルド【魔王軍】が長、魔王エンジェである!」
\魔王様/




