†我ハ漆黒ノ不死鳥也† 其ノ六
「ギルド【C】の鍛冶工房……ここだな」
工房の重厚な鉄扉を開き、薄暗い内部へと足を踏み入れた二人が最初に感じたのは、金属と油の匂い。そしてカン!カン!と、金槌が鉄を叩く音であった。
扉が開く音に、金槌を振るっていた鍛冶師たちがその手を止め、振り返って入ってきた者達を一瞬だけ見ると、再び作業に戻った。
「おーい、倉庫から石炭取ってきてくれ!」
「チッ、出来がイマイチだな。★×7止まりか」
「なぁ、盾にロケットエンジン積んだら爆発したんだが」
また職人プレイヤーの他に、小柄で筋肉質な体型の、髭が生えた男達……ドワーフ達の姿もある。彼らに装備品の制作や強化改造、修理を依頼している客も多く存在していた。
「クホホホホホッ」
「ぎゃあああ!俺の武器が真っ二つに!?」
「いかん、手が滑った!」
「耐久度があああああああ!?」
「素晴らしく運がないな、君は」
「またかよ畜生ぉぉぉぉぉ!」
強化や修理を依頼するも見事に失敗し、無残な姿へと変わった武器を見て絶叫する者達。強化や修理は成功確率をよく確認した上で行なおう。それとこの三人に鍛冶を依頼してはいけない(戒め
そんな騒がしい工房内を見回すのは、黒羽根不死鳥と天使の兄妹が操るPCである。
そんな彼らへと手を振り、近づいてくる男が一人。
「よう。わざわざ来て貰ってすまねぇな。こっちも色々と忙しくてよ。……それで、ブツは?」
「……ん、別に構わない」
男の言葉に、天使がアイテムウィンドウを操作して【女神の金槌】を取り出し、差し出した。
「……確かに。それじゃ、こいつが代金だ」
男がトレードウィンドウを開き、天使に取引を申し込む。天使は【女神の金槌】を、そして男は大量のゴールドを取引ウィンドウへと移動させた。
黒羽根兄妹は、最高級の生産道具、女神シリーズの一つである【女神の金槌】を入手したが、彼らは生産スキルを所持していないため、他のプレイヤーに売却する事に決めた。
彼らはゲームと連動している巨大掲示板【アルカディアBBS】の取引掲示板にてオークションを決行し、多くの職人プレイヤーが集まり、競うように高値を付けた。
その結果として、目の前に居る男が50M……五千万ゴールドという値段で落札したのであった。
金槌を売却し、それ以外にも不死鳥がガチャで引いたアイテム等、二人には使えない装備品などをそれなりの値段で引き取って貰い、取引が終了した。
「素晴らしい金槌だぜ……ありがとよ。良い取引だった」
「ん。またよろしく」
金槌を受け取った男は、それを満足そうに見て笑った。そして改めて、黒羽根兄妹と目を合わせる。
「さて……順番が逆になったが、自己紹介をさせて貰うとするか」
男は女神の金槌をアイテムウィンドウに仕舞い、長身でがっちりとした体型の、褐色肌の青年が名乗る。
「ギルド【C】のサブマスター、テツヲってんだ。一応、ここの鍛冶屋どものリーダーをやらせて貰ってる。良い取引をさせて貰ったことだし、武器や防具の制作が必要なら俺の所に来な。最高の装備を作ってやるぜ」
◆
黒羽根兄妹は、折角だからと早速、武器の制作を依頼する事にした。幸いにも、資金は先ほどの取引で潤沢にある。
「ふーん……兄貴のほうは格闘と魔法メイン、妹のほうは斧使いの一撃特化型か……。なんか魔王様とモヒカンみてーな構成だな」
テツヲは二人をちらりと見ただけで、そのスキル構成やステータスを言い当てて見せた。
驚いた様子の不死鳥に、テツヲはニヤリと笑って言う。
「【眼力】スキルが高いと、他人のステータスやスキルも見抜けるようになるんだよ。勿論モンスターにも有効だから、お前も鍛えといて損は無いぜ」
職人は目利きが命だからな、鍛えてる奴は多い。そう語るテツヲに、不死鳥は試しに【アナライズ】を使用してみた。
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【キャラクター情報:テツヲ】
測り知れない強さだ。
全てのステータスが自分よりも高い。
STRとDEXが特に高いようだ。
刀の扱いに長けているようだ。
鍛冶の技術に長けているようだ。
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「スキルが低かったり、力の差がありすぎるとそんな風に、殆ど見えないけどな」
彼の言う通りに、ほとんど情報を見る事はできなかった。今後の成長次第では、詳しい情報を見抜く事も可能になるだろう。
「さーて、良い金槌を売ってもらったことだしサービスしとくか。おーい、誰か手ぇ空いてる奴いるか!?」
「あいよー、どうしたんスかテッさん」
テツヲが工房の奥に向かって呼びかけると、作業服を着た男が姿を現した。
「この子達を武器庫に案内してやってくれや。気に入ったのがあれば、好きに持って行かせて構わないからよ」
「了解っす!」
「という訳だ。こいつが案内するから、使いたい装備品があったら持っていきな」
「いいんですか?」
「構わねぇよ。それと、武器の制作を依頼したくなったら俺の所に来いよ。いつでも歓迎するぜ」
「はい、ありがとうございます!」
そして二人はテツヲと別れ、武器庫へと案内された。
「あんた達、運が良いっスね。テッさんはアルカディア内でも、うちのギルドマスターと一、二を争うレベルの鍛冶師で、本来ならトップクラスのプレイヤーでないと製造依頼なんて出来ないんスよ」
武器庫へと案内する道すがら、鍛冶師の男はそう言った。
そんな職人とのコネクションが出来た幸運に喜びながら、二人は武器庫へと向かう。そしてその中で、幾つかの装備品を入手したのだった。
不死鳥が入手したのは【炎熱の籠手】。
炎鉄素材の赤い金属製のガントレットで、格闘や受け流しのスキルを強化し、火炎属性の追加ダメージを与える事のできる高性能な格闘武器だ。
実はこれは、炎神イグナッツァの持つユニークアイテム【炎神の籠手】をモデルにテツヲが作った品であり、武器庫にあるアイテムの中でもトップクラスの性能を誇る。
天使が手にしたのは両手斧【サイズミックアクス】。
非常に巨大で重厚な刃を持ち、使用者のSTRとVITを底上げしつつ、攻撃時に大地属性の追加ダメージを与えつつ、相手の防御力をある程度貫通する強力な斧だ。
こちらはボスモンスターのレアドロップ品を【C】のギルドメンバーが強化改造した品であり、やはり強力な武器だ。初心者の天使には少々扱いが難しいかもしれない。
「武器は良いのが貰えたけど、防具は俺達に合うのが無かったな」
高性能な金属鎧は幾つか置いてあったものの、黒羽根兄妹は二人とも【鎧】スキルは持っていないため、装備してもその性能を十全に発揮できない。
そのため、二人とも服は初期装備のままであった。
「問題ない。さっきガチャで当てた」
だが天使はそう言うと、装備ウィンドウを開いて服を変更する。
すると、彼女の服装が白い、煌びやかな羽衣へと変わる。そして、彼女の背中には白い二つの翼が生えた。
「【天使の羽衣】。ウルトラレア」
非常に軽く、魔法に対する耐性もかなり高い女性用の防具だ。また防御力もそこそこ高く、最大の特徴として背中に生えた翼によって特殊アビリティ【浮遊】が使用可能になり、短時間だが宙に浮かぶ事ができる。
「おぉ、いいねぇ!……ところで天使さんや、俺のは無いのかね」
不死鳥がそう尋ねると、天使は首をかしげながら自身が着る羽衣を引っ張り、
「……着る?」
「着ません」
「きっと似合う」
「似合わないし女性専用だろソレ!?」
「ちっ」
「舌打ちすんな」
「仕方ない……。代わりにこれをあげる。これもUR」
そう言って天使が差し出したのは、一着の服だった。
「おっ、そうそう。こう言うのでいいんだよ」
受け取った不死鳥は、早速それに着替えた。
「どうだ?かっこいいだろ?」
「かわいい」
「えー……」
不死鳥が着替えた服は、首元に黒い羽根の装飾がされた、漆黒のレザーコートとお揃いのズボン。見た目は普通の服のようだが防刃、防弾、抗魔法と様々な能力が付与された一級品であった。
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【レプリカ・レイヴンコート】
素材 合成革
品質 ★×8
防御力+80 魔法防御力+100 AGI+10
切断・貫通属性に対する耐性25%
火炎・冷気・電撃属性に対する耐性10%
着用者の格闘と銃スキルを強化する
【解説】
鴉の羽で装飾された漆黒のコート。
とある冒険者が愛用している品のレプリカである。
本物には劣るが、それでも下手な鎧よりもよほど高性能。
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ちなみに、プレイヤー間での通称はおっさんコート。
モデルとなったプレイヤーのファンや、銃と格闘がメインのガン=カタ使い達がとても欲しがっている品である。
また、オリジナルを着ているプレイヤーがあまりにも有名すぎるため、着ていると凄く目立つという副作用も存在する。
「それじゃ、装備も揃った事だし……そろそろ冒険に行くか!」
準備を終えた不死鳥が、元気よく声を上げる。天使がそれに頷いた。
「楽しみだなぁ!さ、行こうぜ!」
「アックス(了解)」
「え、まだ続いてたのそれ!?」
二人は連れ立って、街の出口へと早足で歩いていった。
これから黒羽根兄妹の、初めての冒険が幕を開けるのだ。
だが……そんな二人を物陰から見つめる者達が居た。
「……見たな?」
「ああ」
「よし、ボスに報告だ」
果たして彼らの正体は?そしてその狙いは一体……?
◆
おまけ
「テツヲさん?なんだか随分と上機嫌ですね」
「おっ、わかる?わかっちゃう?ウヒヒヒヒ」
ギルド【C】の拠点にて、テツヲに話しかけたのは彼と同じサブマスターの一人である職人の少女、ユウであった。
そんな彼女の質問に対して、テツヲが緩みきった顔で気持ち悪い笑みを浮かべ、ユウが軽く引いた。
「いやー、遂に手に入れたんだよコレ!【女神の金槌】!」
テツヲは先ほど取引で入手した金槌を取り出し、ユウに見せた。
50Mゴールドは彼にとっても決して安い買い物ではなかったが、それだけの額を支払うだけの価値はあった。
「今まで使ってたのも悪くはなかったけど、やっぱコレ性能が段違いだわ。よかったらユウちゃんも使ってみる?」
テツヲは手に入れた激レア生産道具を自慢しつつ、彼女にもその性能を実感して貰おうと勧めた。だが……
「あ、私はもう持ってるので……」
何と、ユウがそう言いながら申し訳なさそうに取り出したのは、テツヲが持つ物と全く同じ……【女神の金槌】ではないか!
テツヲはそれを見て困惑した。
「ちょっ……何で持ってるし!?まさか自力で当てた?」
「いえ、実は師匠に貰ったんです」
さらりと言ってのけるユウ。
その言葉に愕然とするが、しばらくして気を取り直したテツヲは猛然と駆け出し、ギルドマスターの部屋へと突撃した。
廊下を走り、階段を三段飛ばしで駆け上がり、最上階の大きな扉を勢いよく開け放つ。
「おっさん居るかゴルァ!!うおっ!?」
バンッ!と大きな音を立てて扉を開きながら叫んだ瞬間、眉間に向かって銃弾が飛んできた。テツヲは咄嗟に、それを腰に差した刀を抜いて切り落とす。
「うるせえぞ馬鹿野郎。静かにしろ」
部屋の主がそう言い放つ。
その男――謎のおっさんという名のプレイヤーは高級なソファに背を預け、右手に拳銃を所持していた。先ほどの弾丸はそれによって放たれた物だろう。
「見ての通り、俺は忙しいんだ」
そう語るおっさんの前にある机には、ガラスの容器に盛られたフルーツパフェと、コップに入ったアイスコーヒーがあった。
そして彼の両隣には犬耳と尻尾のアクセサリを付けた金髪の少女と、赤い髪の少女がそれぞれ座っている。どちらも整った容姿の美少女であり、バストは豊満であった。
「どこが忙しいってんだテメッコラー!」
美少女を両脇に侍らせておやつタイム中のおっさんの姿に、半ギレでテツヲがツッコミを入れながら斬りかかった。
だが……その動きが途中で止まる!
「ハッ……!?これは錬金術トラップ!?」
見れば、ギルドマスタールームの床全体に巨大な、魔法陣のような物が描かれているではないか!これは究極魔法の一つ【錬金術】を使用するための錬成陣だ!
テツヲの両足は【フリージングマイン】を踏んだ事により凍りつき、拘束されていた。
「さて……お前がここに来た理由はわかっている。大方ユウにくれてやった【女神の金槌】の件だろう」
動けないテツヲを見やって、おっさんが淡々と言う。まるでこちらの考えなど全てお見通しだと言わんばかりの姿に、テツヲは冷や汗を浮かべた。
「あれは一週間ほど前に、俺がガチャで当てた奴から買い取った物だ。そして不要になったから、昨日ユウにくれてやったまでの事よ」
そう語るおっさんは、アイテムウィンドウを操作して一つのアイテムを取り出した。それは……
「とまあ、このように既に複製済みよ」
オリジナルの【女神の金槌】と瓜二つの金槌であった。
それを見てテツヲが口を開きかけるが……
「だったら何故それを言わなかったのかと思っているな?理由は簡単だ。コレな、一つ作るだけでとんでもない量のレア素材と労力を消費するんだよ。ぶっちゃけ既存品を買ったほうが安い。流石にガチャのトップレアだけの事はあらぁな」
ただでさえ希少で高価な素材を幾つも使用して製錬し、膨大な時間をかけて品質を高めて作った品だ。確かにオリジナルと遜色の無い物を作る事には成功したが、コストを考えれば割に合わない物だった。
「そんな訳でおいそれと作れる物じゃねーんだ。言わなかった理由は納得がいったか?」
おっさんの言葉にテツヲは納得し、頷いたが最後に一つだけ聞いた。
「しかしおっさん、だったら金槌、俺にくれてもよかったんじゃ……」
その質問に、おっさんは無慈悲にもこう返した。
「可愛い弟子とむさ苦しい野郎、プレゼントするならお前はどっちを選ぶ?」
テツヲはその問いに、返す言葉を持たなかった。
酷いスランプに陥ってました。
遅くなって申し訳ねぇ。




