番外編・謎のおっさんとFPS(前編)
西暦2039年の二月。世界初のVRMMORPG「アルカディア」のサービスが開始されてから、およそ半年が経過したある日の事。
「アルカディア」を発表したANE社に続き、様々なメーカーがVR技術を使用したゲームを開発に着手。そして半年の遅れを経て、ようやくそれらが次々と発表されていった。
またVR技術は、軍事や医療といった様々な分野の発展に大いに貢献したりもしたが、その事は特に関係ないので、割愛する。
さて、そんなVR技術を利用してのオンラインゲームであるが、やはり主流なのはMO・MMORPGだ。
しかし、オンラインゲームのジャンルはそれだけではない。
その日、遂にVR技術を使った、本当の意味でのファーストパーソン・シューティングゲーム……
VRFPSが発表された。
自らの身体を操って行なう、リアリティ抜群の銃撃戦。
日本だけでなく、世界各国での同時発売。
定期的に大会が開かれ、成績上位者による世界大会もあり。
更には、ゲーム内で稼いだお金をリアルマネーへと変換できる。
現実のように身体を動かして銃を撃つという過激さや、前述のリアルマネー両替のシステムによって、腕利きのプレイヤーであれば莫大な収入を得る事ができるという点から、十八歳未満(国によって多少上下する)は購入・プレイする事はできないが、それでも世界中のFPSファンはこのゲームに飛びついた。
これは、そんな世界初のVRFPS「WAR AGE ONLINE」……通称WAOにおける物語である。
◆
「そらそら、逃げろ逃げろ!命乞いをしろォ!」
「素人が、戦場に迷い込んだのか?」
「そんな糞AIMで俺達に勝とうなんざ百万年早ぇんだよ!」
廃墟風のフィールドにて、口汚く罵声を飛ばしながら、手にした銃器で敵対プレイヤーを容赦なく射殺していく男達の姿があった。
彼らこそは、このゲームのランキング上位の常連であるトップランカー・クラン【ウォードッグ】のメンバーである。
全員男性であり、年齢はばらばらだが二十代後半~三十代前半の者が多い。四十を超えた中年男性の姿も何人か見える。
彼らは卓越した腕前で、サービス開始と同時にトップランカーへと躍り出た強者達だ。その強さの秘密は彼らのクランが、とある条件を満たしたメンバーのみを集めた選りすぐりの精鋭部隊という点にある。
その秘密とは……彼ら【ウォードッグ】のメンバーは全て、現役の、あるいは退役した軍人や傭兵であるということだ!すなわち戦場のプロ。銃器の扱いにも、対人戦闘にも程度の差はあれど慣れている。少なくとも一般人の素人とは比べ物にならない程に!
サービス開始直後、おっかなびっくりな一般人プレイヤー達を嘲笑うかのように、彼らは鍛え抜かれた技をもって無双の活躍を見せ、大量のスコアを稼いでみせた。
サービス開始からいくらかの時間が過ぎ、他のプレイヤー達との差は縮まりつつあるものの……いまだ経験の差は歴然であった。
倒したプレイヤーに対して罵倒や死体撃ちを平然と行なう等、素行やマナーの悪さが目立つ事で彼らを嫌うプレイヤーは多く、精鋭を集めて討伐隊が組まれた事もあった。
だが結果は惨敗。彼ら【ウォードッグ】は個々の実力もトップクラスだが、何よりも各プレイヤー間の連携がズバ抜けていたからだ。
結果として彼らに敵対した者達はことごとく射殺され、その後も執拗に追い回されて心を折られた者も多い。
結果としてWAOにおいては、今日も彼らのような無法者が好き放題に暴れまわっているのであった。実に殺伐としていることだが、戦乱の時代を描いた世界観的には、正しいのかもしれない。
◆
「ウォーエイジ・オンラインねぇ……」
現実世界の東京にて。
不破恭志郎は自宅兼事務所の一室にて、葉巻を口に咥え、椅子に深く腰掛けながら呟いた。彼の視線の先には大画面のモニター。表示されているのは一通のメールだ。
寝癖が付いたままの、乱雑な黒髪に無精髭。着崩した、しわの付いたワイシャツ。濃いブラックコーヒーがなみなみと注がれたカップ。キューバ産の葉巻き煙草。殺人的に凶悪な目つき。
酷く危険で退廃的な雰囲気の男である。控えめに言っても危険人物にしか見えない。
彼、不破恭志郎は私立探偵である。
現実世界においては物探しや人探し、調査やボディーガードといった探偵らしい仕事から、要人護衛にカウンターテロ、警備会社やPMC(民間軍事企業)への指導といった特殊な仕事まで様々な仕事をこなす。
ちなみにそんな彼であるが、近所の住人からは何でも屋のような扱いをされており、家電の修理や子守、草野球チームの選手兼監督なども行なっている。
そして、彼の仕事の場は現実世界だけではない。
VR空間、第二の現実とも呼べる、人類が新たに生み出したフロンティア。
VR技術が世に出てから幾許かの時が流れ、そこには多くの人々が集まり、様々なコミュニティを築いていった。
そうなれば当然、トラブルも起きる。
そして様々な利益を生み出す、今後著しい成長が望める市場ゆえに……よからぬ事を企む輩、VR犯罪者という者達も、少なからず現れていた。
VR空間に対する法の整備や、警察の対応も十分とは言い難い。何の対策も講じなければ、VR空間は犯罪者の温床となっていた可能性も高かったであろう。
恭志郎はそこに目を付けた。
VR空間内におけるトラブルの解消や、犯罪者の制圧を生業とする男。
世界初の「VR探偵」として、彼は日々活躍しているのであった。
だが読者の皆様もご存知の通り、この男は酷く気まぐれで、我が儘で、適当な性格の持ち主である。ゆえに、気が向いた時しか仕事をしないのが玉に瑕だ。
さて前置きが長くなったが、彼が目を通していたメールだ。
差出人は、近所に住む大学生の青年だった。いわゆるオタクであり、気が弱くて大人しいタイプの青年だ。
少し前に、恭志郎は彼に家庭教師として雇われた事があった。ただし教えたのは勉強ではなく、ゲームの技術。とことん手広く、様々な仕事に手を出す男であった。
青年が所属するサークルが大規模な対戦ゲームの大会に参加するにあたり、その対策として恭志郎に指南を依頼したのだ。結果として、彼らのサークルは初参加にして全国大会のベスト8入りという快挙を成し遂げた。
そのメールの内容は以下の通りである。
◆
title:お願いがあります
不破さん、こんにちは。鈴木です。この間は大変お世話になりました。
おかげで大会でも優秀な成績を残す事ができました。
メンバーの技術も大きく向上し、皆も不破さんに感謝していました。是非また、いつでも遊びに来て下さい。歓迎します。
さて本題ですが、一つお願いしたい事があります。
僕達のサークルは今、世界初のVRFPS「WAR AGE ONLINE」でクランを作って活動しています。
最初は自分の体(仮想の物ですけど)で銃を撃つ事の刺激が強く、怖かったですけど今は皆、夢中になってプレイしています。
ですが最近、とあるマナーの悪いクランに目をつけられてしまい、毎日のように粘着され、戦場に乱入されて一方的にやられてしまい、部員の皆もすっかり萎縮している状態です。
何とか一矢報いたいと思ってはいるのですが、僕達と彼らでは腕前の差がありすぎて……
我ながら情けないですが、僕達に力を貸していただけないでしょうか。
彼らに勝てるように、僕達に訓練をつけてほしいのです。
どうか、よろしくお願いします。
◆
恭志郎はメールを読み終えると、その差出人に連絡を取るために、携帯端末を手に取った。
「……おう、俺だ。メール読んだぜ。……ああ、いいだろう。その依頼、引き受けた。これが、俺にその敵対クランをブッ殺して欲しいとかいう下らねぇ頼みなら断ったがな。自分達の力で立ち向かいたいっていう気概が気に入った。料金は格安に負けといてやるぜ。……おう。それじゃ、そうだな……昼過ぎくらいににゲーム内で待ち合わせるか」
依頼を了承する意を伝えた恭志郎は、電話を切る。
「さて、それじゃ手始めに、そのWAOとやらについて調べねぇとな……っと」
そして、独り言を呟きながら別の相手へと電話をかけた。
ほどなくして、電話をかけた相手が応答する。
「……何だこの野郎。こっちは次のアップデートの準備で忙しいんだが」
電話の相手は、恭志郎の古い友人であった。名を四葉煌夜という。
「WAOっつーVRFPSについての情報が欲しい。あとついでにクライアントも用意してくれ」
「おい……忙しいつってんだろうが。つーか他社製品じゃねぇか。なんで俺が……」
「うるせえ、いいからさっさとやれ」
「クソが、貸し一つだぞ」
「俺がいくつお前に貸してると思ってやがる。その調子で俺の為に働いて、さっさと完済しろよ」
「……勝ったと思うなよ」
「もう勝負ついてるから」
通話を終え、数分もしない内に煌夜からメールが届いた。
恭志郎はその文面に目を通し、添付ファイル――WAOのクライアントだ――をVRマシンへと転送した。最新モデルの超軽量かつ高性能なヘッドギア型端末だ。
「どれ……まずは実際に入って、キャラ作成とかもやっとかねーとな……っと、その前に朝飯作ってマリアを起こしてこねーとな……」
恭志郎は煙草を口から離して揉み消した後に、億劫そうに立ち上がる。そしてキッチンへと向かう為に部屋を出るのであった。
フェニックスのほうがやや難航しているのと、おっさんが書きたくなったので前々から温めていた番外編を投下する事にしました。
その結果が複数の番外編を同時進行するという暴挙。
それと私も詳しくは知りませんが、プロゲーマーによるゲームのレッスンサービスは実際にあるらしいです。