†我ハ漆黒ノ不死鳥也† 其ノ三
VR空間へと降り立った黒羽根不死鳥。
興味深そうに周囲を見回したり、己の仮初の肉体に触れてみたりしていた彼であったが、やがて右手でメニューを操作し、VRMMORPG「アルカディア」のアイコンをタップした。
すると無機質であった周囲の光景が切り替わっていく。
『Welcome to Arcadia』
そのメッセージと共に、BGMが流れる。ゲームの始まりだ。
『キャラクターデータが存在しません。キャラクター作成を行ないます』
まずは己の分身である、プレイヤーキャラクターの作成を行なう必要がある。
最初に設定する項目は、ゲーム内で使用するキャラクターネームだ。
不死鳥は、空中をタップして文字を入力していく。
『†黒羽根フェニックス†』
それが彼の入力したキャラクターネームだ。
「本名以外は甘え!」
そう堂々と宣言し、不死鳥は「決定」のボタンを押した。
そして次は目玉である、外見の設定だが……
「ランダム以外は甘え!」
彼は「おまかせ」と書かれたボタンを迷わずに強く押す。
若干十四歳にして、なかなか気合が入ったゲーマーっぷりである。将来が楽しみだ。
「おまかせ」が選択されたことで、ユーザー登録の際にスキャニングされた彼の身体データを元に、AIが自動的にアバターを作り出した。
そして、不死鳥の外見が、その姿へと変化していく。
身長や体型は殆ど変化が無い。だが、元々男性としては長めであった髪は腰くらいまでの長さに伸びていた。顔つきはより一層丸みを帯びた女性的な物となり、もともと中性的な容姿な不死鳥であったが、今はどこからどう見ても幼い少女のようにしか見えない。
『PCグラフィックが自動決定されました』
システムメッセージと共に、そんな彼自身の姿が目の前に表示される。それを見た不死鳥は思わず叫ぶ。
「チェーンジ!チェンジで!」
『外見の変更には課金アイテムが必要ですが、購入しますか?』
「うるせぇ死ね」
『外見の変更がキャンセルされました』
無情なシステムメッセージ。がっくりとうなだれる不死鳥であった。
ともあれ一分足らずでキャラクターが完成し、不死鳥は無事にゲームをスタートした。
『チュートリアルを行ないますか?チュートリアルを最後まで行なった場合、様々な特典が得られます』
次に現れた選択肢付きのシステムメッセージ。不死鳥が「YES」のボタンを押すと、視界が白く染まる。
一瞬の後、彼は神殿らしき場所へと移動していた。
「ようこそ、冒険者よ。貴方が来るのを待っていました」
そして、彼の目の前には一人の女性の姿。
美しい、金色の髪の女性だ。背中には八枚の純白の翼が生えている。
「チュートリアル担当の、イリアと申します。短い間ですが、よろしくお願いしますね?」
彼女こそは、創世の女神イリアその人である。
Ver.2からは、彼女が初心者向けのチュートリアルを担当している。
といってもチュートリアル担当の彼女は言わば分霊であり、本体とは別人と考えていい。そもそも彼女の本体は、未だ天界に幽閉されている状態だ。
要するにイリアの外見と人格を元に作られた、チュートリアル専用のNPCという事になる。
不死鳥はイリアにより、このゲームの説明を受けた。
第一に、このゲームには、よくあるRPGのようなレベルは存在せず、キャラクターの成長は、スキルの習得・成長による物がメインである。所謂スキル制のゲームであるという事。
また、各種パラメータ……力、体力、敏捷、器用度、魔力を直接上昇させる事による成長も可能だ。
スキルポイントやステータスポイントといった物は存在せず、スキルの新規習得や進化、スキル枠の拡張、スキルに付属する必殺技や魔法、特殊能力の習得や強化、各種パラメータの上昇といった成長は、全て一律に【経験値】を消費して行なう。
「まず、基礎的な部分としてはこんな所でしょうか」
「なるほど……ステータスを上げるのにも、スキルを増やしたり技や魔法を覚えるのにも、とにかく経験値が必要って事か」
それを聞き、不死鳥は一瞬でこのゲームの本質を悟った。
「様々な成長に使う要素を【経験値】という一つのポイントに集約させることで、シンプルで、かつ自由度の高いシステムになっている。そして限りある経験値を何処にどう割り振るか……という、各プレイヤーのセンスが問われる、奥深い一面もある」
不死鳥の言葉に、イリアは満足そうに頷いた。
「また、このゲームではあらゆる行動によって経験値を獲得できます。モンスターを倒したり、クエストを遂行するだけでなく、例えば生産スキルでアイテムを作ったり、鉱石や薬草を採集したり、釣りをしたり……料理を食べたり、商売をしたりする事でも経験値を得る事はできますよ」
「そりゃまた自由度が高いな……例えば昼寝をしてても経験値は上がるのかい?」
「はい。数多くいるプレイヤーの中には、初期スキルとして習得した【休憩】【瞑想】【釣り】【料理】【読書】の五つを極め、それ以外のスキルは一切習得せず、常に町周辺でのんびり過ごしている方もおりますし。ちなみにその方は他のプレイヤーの方々に【ニート神】と呼ばれ敬われています」
「ひっでぇ二つ名だなオイ」
どうでもいい情報に愕然とする不死鳥であった。
「それと何をするにしても、ただ漫然と行なうよりも、より良い結果を出せるように工夫をしたほうが、経験値やスキルの熟練度を多く入手できますので、そこを意識するとよろしいでしょう」
「……ほう。詳しく」
「例えば戦闘を行なう場合ですが……ただ適当に攻撃を繰り返して倒すよりも、敵の弱点部位を狙う、弱点属性で攻撃する、側面や背面を突く、空中でトドメを刺す、連続攻撃で多段コンボを狙う……等の、優れた行動、難易度の高い攻撃を行なう事で、より多くの経験が積めるわけです。上級者と言われる方々は皆、そういったボーナスを意識して、常に稼げるような工夫をしていますね」
「なるほど……プレイヤースキル重視とは聞いてたけど、なかなか奥が深そうだ」
女神の説明を聞き、不死鳥は納得したように頷くのだった。
「ではそろそろ、初期スキルの習得を行ないましょうか。最初のスキル枠は通常【五個】ですが、貴方はプレミアムパッケージの特典によって【十個】まで選択可能です。【スキル】ウィンドウから、【新規習得】を選択して、好きなスキルを選んでみてください」
不死鳥は言われた通りにスキルウィンドウを開き、ウィンドウの上部に【習得スキル数:0】【残りスキル枠:10】と書いてあるのを発見した。
「どれを選べばいいか解らない場合や、手っ取り早く済ませたい場合は、こちらで用意したオススメのスキルセットがありますので、そちらを選んでいただいても構いません。その場合は【テンプレート】と書かれている項目を選択してください」
「ふむ……いや、折角だけどここはやっぱり、自分で一から選びたいね」
不死鳥は習得可能なスキル一覧に目を通す。現在表示されているのは習得条件なしの、初期段階から選択可能なスキル……ベーシック・スキルと呼ばれる物だけだが、それでもかなりの数がある。
「まずは【格闘】だな。俺は拳一筋、浮気はしないぜ」
不死鳥はまず、【武器スキル】カテゴリから【格闘】を選択した。
「次は……なあイリアさん?火属性の魔法らしき物が見つからないんだけど?【神聖魔法】と【暗黒魔法】はあるんだけど……」
「そちらは【元素魔法】になりますね。火炎・冷気・疾風・大地・電撃属性の魔法はすべて【元素魔法】に属します」
「へぇ、その五属性は一つのスキルに纏まってんのね」
「後に条件を満たせば、特定の属性に特化したスキルに進化させる事も可能ですよ」
「ほほー……じゃ、ゆくゆくはそれを狙ってみるか」
不死鳥は次に【元素魔法】と【暗黒魔法】を選択した。
「この【魔法剣】ってスキルについて教えてくれ」
「武器に一時的に魔法を付与して、物理攻撃を行なった際に一定確率で、自動的に付与した魔法が発動するようになるスキルですね。安定して手数を稼げるので、短剣や片手剣のような軽くて攻撃回数の多い武器とは特に相性が良いです」
「おぉ……良いスキルじゃないか。格闘には使える?」
「はい、【魔法剣】という名称ですが、剣以外にも全ての武器に使用可能ですよ。格闘と併用している方も多く、条件を満たせば【魔法拳】というスキルに進化可能です」
「いいねぇ!よし、習得しよう」
「ただ注意点として、アビリティで軽減は可能ですが、魔法剣は普通に魔法を使うよりも、魔法の威力や範囲は低下します。また接近戦と魔法の、両方の技能が必要になりますので難易度が高く、晩成型のスキルと言えるでしょう」
「なるほど、覚えておくよ」
次に不死鳥は【魔法剣】を習得した。これで合計四つ。
「メインはこんな物かな……後は補助スキルにするか。どれがいいだろ」
不死鳥が【補助スキル】カテゴリを開き、スキルを物色していると、女神が助言を出した。
「魔法系スキルを三つ習得していらっしゃいますし、MP最大値や回復量を上げるアビリティが揃っている【瞑想】、それから魔法の詠唱速度を上げたり、詠唱を妨害されにくくなる【詠唱】スキル。この二つは取っておいたほうがいいでしょう」
「おっと、そいつは必須だな……!助かるよ」
「あとは格闘スキルがメインならば、【受け流し】や【アクロバット】【ダッシュ】のようなスキルは相性が良いと思いますよ」
「ほほう……」
女神のアドバイスを元に、不死鳥は様々なスキルを習得していった。
最終的に、彼が習得したスキルは以下の通りである。
武器スキル
【格闘】
魔法スキル
【元素魔法】【暗黒魔法】【魔法剣】
補助スキル
【詠唱】【瞑想】【アクロバット】
【ダッシュ】【感知】【眼力】
「では次に、経験値を使ってステータスを上昇させてみましょうか。ステータスウィンドウを開いて、好きな能力値に割り振ってみてください」
不死鳥がステータスウィンドウを開くと、そこにはHPとMP、そしてSTR、VIT、AGI、DEX、MAGの五つのステータスが表示されていた。
HPとMPは100、五つのステータスは全て1であった。
「なんか経験値、最初から二万とか持ってるんだけど」
「プレミアムパッケージ特典ですね。初心者の方にはかなり大きいボーナスですが、慣れてくればそれくらいは簡単に稼げるようになりますので、気にせずパーッと使っちゃって大丈夫ですよ。さっきも言った通り、スキル関係にも使いますので、ある程度は残しておいた方がいいと思いますけどね」
「なるほど。じゃあ5000くらいパーッと使っちゃうか。プレミアムパッケージ万歳」
ちなみにおっさん達、第一陣のプレイヤーが初期状態で持っていた経験値は500である。かなりの差があるが、MMORPGにおいて後発プレイヤーが先達者に追いつくのは相当困難である事を鑑みれば、後発プレイヤーに対してこういった初期ボーナスが付与されるのも已む無しといったところであろう。
ちなみにイリアが言った通り、トッププレイヤー達にとっては二万程度の経験値は簡単に稼げる値である為、あくまで早くゲームに慣れ、追いつきやすくする為の初期ブースト程度に過ぎない事をここに付け加えておく。
さて、不死鳥は経験値を消費してステータスを上昇させた。
重視したのはAGIとMAG。次いでSTRだ。スキル構成もあって、手数と攻撃力を重視して防御は最低限という前のめりなスタイルである。
「上昇させるたびに、必要な経験値は増えていくわけね。まあ当然か。……ところでステータスの隣に【+○○】とか書いてあるけど、これは?」
「それは【補正値】ですね。スキルレベルを上げる事で、そのスキルに応じたステータスにブーストがかかる仕様になっていますので。他にも装備品によるボーナス等もあります」
不死鳥は改めて、ステータスの補正値を確認する。先ほど習得した十個のスキルだけでも、それなりの補正がかかっていた。
それを見て、不死鳥は女神に質問を投げかける。
「ん……それなら、ステータス上げるのに経験値を使うよりも、スキルをたくさん取ってボーナス狙ったほうがお得に見えるんだけど?」
「基本的にはそうですね。ただ、スキル枠は最初は簡単に拡張できますが、一つ増やすごとに必要な経験値は倍々で増えていきますので……。それに、補正値を抜いた【基本値】が一定基準を超える事が、習得条件になっているスキルも多いですから」
「あぁ……良いスキルを取るためにも、ステータスを上げる必要はある訳かぁ」
よく考えられてるな、と納得しつつ、不死鳥はステータスウィンドウを閉じた。
「あ、ところでこれ……スキル習得数とか、ステータスに上限とかってあるの?」
ふと気になり、不死鳥はイリアに確認する。返ってきた答えは……
「ありませんよ?」
「ないのっ!?」
いとも簡単に答えるイリア。その回答に不死鳥は驚愕した。
通常の場合、この手のオンラインゲームではバランスを取るため、各ステータスの値やその合計値、スキル数などには制限がかかっている物だが……
「【極限の自由度】が売りですから。経験値さえあれば際限なく強化が可能というのがポイントですね。尤も強化すればするほど必要な経験値も跳ね上がりますから、そう簡単にはいきませんけどね」
そう言って女神はふふっ、と笑い、
「まあ、そのおかげで一部のトッププレイヤーの方々の戦力がおかしい事になってるせいで巷じゃ【インフレオンライン】なんて揶揄されていたりしますけどね!」
と、ドヤ顔で言ってのけた。
既に運営・開発チームも開き直っている。廃人向けコンテンツの敵モンスターも大概おかしい戦闘力になっているので、バランスは取れているから問題は無い。ないったらない(迫真)
「コホン。では最後になりますが……習得したスキルを使って、実際に戦闘をしてみましょうか」
「おおっ」
イリアの言葉に、不死鳥の目が輝く。
チュートリアルとはいえ初めての戦闘である。僅かな不安と、それを超える期待に不死鳥は武者震いをした。
「準備はいいですね?では――参ります」
イリアがNPC専用アビリティ【モンスター召喚】を使用すると地面に魔法陣が現れ、光を放った。
不死鳥はそれを目にし、拳を固く握って構えを取るのだった。
また忙しくなって時間が空いて申し訳ない。
「そういえばおっさんチュートリアルやってないじゃん」と気付いたので、まさかの第二部終了後にスピンオフ番外編でチュートリアル開始というおかしな事態に。
冗長に感じるかもしれませんが、システム的な事のまとめ・おさらいも兼ねてたりします。