44.不破恭志郎
―ぜんかいのあらすじ―
丼を神の頭にシューッ!!
超!エキサイティン!!
◆
「ブフォッ!?」
アルカディア・ネットワーク・エンターテイメント社開発室。
開発室長・四葉煌夜はモニターに写る光景を見て、コーヒーを盛大に噴き出した。
「あらあら、大変」
机の上にぶちまけられる黒い液体を、マイペースに拭き取るのは彼の妻、四葉桜だ。
「ゲホッ、ゲホッ……あーくそっ、鼻に入った……」
口元と鼻を抑えながら、煌夜は再びモニターへと視線を向ける。
「何やってんだあの野郎……思わず吹いちまったじゃねぇか」
「あらあら〜、懐かしいわね」
桜もまた、モニターに目を向け、『彼』の若い頃の姿を見て目を細める。
「しかしあの野郎、【Force of Will】を完全に発動させやがったか……」
呟き、煌夜は椅子から立ち上がった。そのまま退室しようとする。
「あら、見て行かないの?」
「ああ……もう勝負は見えたからな」
妻の問いに、煌夜は短くそう答えた。
「当時のあいつ……人喰い鴉に勝てる奴なんぞ、この世に存在しねぇよ」
そう言い残して、煌夜は部屋を出た。
部屋を出て、廊下を歩く。
週末の深夜であるため、人気は無い。社内には彼とその部下達、それから運営チームのゲームマスター達が何名か残っているのみだ。静まり返った廊下に、煌夜の足音だけが響く。
少し歩いた後に、煌夜は休憩室のドアを開け、照明と換気扇のスイッチを入れた。しかる後にスーツの胸ポケットから煙草とライターを取り出し、煙草を一本、口に咥えて火を点けた。
そして自動販売機の読み取り機に、携帯端末をかざしてスイッチを押す。ガコン!という音と共に、栄養ドリンクが取り出し口に放り出される。
煌夜がキャップを開けて、それを口に運ぼうとした時。聴き慣れた着信音が聞こえた。
「何だこの野郎。こっちは忙しいんだよ」
電話を取ると同時に、その相手を口汚く罵る。
「ハハッ、嘘はいけないね。ちょうど今、休憩しようとしていた所だろう?」
だが電話の相手は、それを物ともせずに陽気な口調で語りかけてきた。
アイザック・フォークナー。煌夜にとっては馴染みの相手だ。
こちらの行動パターンなどお見通しだと言わんばかりの友人の言葉に、チッと舌打ちする煌夜だった。
「さて……こうして話すのも久しぶりだね、【クローバー】。ま、お互い忙しい身だからね」
「ああ……そうだな【ジョーカー】。それで用件は……あいつの事か」
懐かしい名を呼ばれ、同じように返す煌夜。それを聞き、アイザックは楽しそうに笑った。
「そう!まさにそれさ。やっぱり彼はアンビリーバブルだね。見ていて退屈しないよ。それに……あの頃を思い出して、懐かしい気持ちになったよ」
途中から、しんみりとした口調になるアイザック。
「……そうだな」
煌夜もまた、ゆっくりと紫煙を吐きながら、頷いた。
「もう、十八年になるのか。俺らも随分と歳食ったもんだ」
そう呟き、懐かしむ。
かつて彼らが、理想に燃える若者であった時。
友と駆け抜けた、闘争の日々――世界を破壊するための戦いを。
◆
西暦2020年初春、ある出来事が世界中を震撼させた。
EUの分裂、そして崩壊。
それに発端とする欧州各国間の紛争。その規模が否応なしに拡大し、泥沼の戦いは瞬く間にヨーロッパ全土を巻き込んだ。それどころかアフリカ、アジア、米国にまで飛び火し、あわや第三次世界大戦の勃発かという事態に陥る。
だが激化していくと思われていたその戦いは、ある時期を境に急激に沈静化し始め、遂には始まりから僅か一年で終戦を迎えた。
後に欧州一年戦争(E1戦争)と呼ばれた、この戦争には謎の部分が多い。
あの堅牢な軍事基地を、内部に侵入し制圧したのは誰なのか?
あの国の高官を暗殺した犯人は誰なのか?その黒幕は?
この日、哨戒に出た部隊が次々と行方不明になったのは何故か?
某国の大量破壊兵器を起動直後に破壊したのは何者か?
誰が破壊したかわからない戦車。誰が撃墜したかわからない戦闘機。
まるで神隠しにあったように部隊ごと消える兵士達。
厳重な警護をものともせず、ターゲットのみを始末して消える正体不明の暗殺者。
堅牢なセキュリティを易易と突破し、盗み出される機密情報。
各国のテクノロジーを遥かに凌駕する性能の、国籍不明の機体や銃火器。
「まるで悪夢を見ているようだった。正体はわからないが、恐ろしいナニカが裏で暗躍していた」
とは、戦争後に退役した軍高官の証言である。
西暦2020年、およびその前後の数年間は動乱の時代であった。
多くの若者達が戦場へ向かい、戦い、そして散っていった……
また、多くの無辜の民が戦火に巻き込まれ、血と涙を流した時代。
そんな時代に、立ち上がった三人の男達が居た。
若干二十一歳にして、伝説の傭兵と呼ばれた男。【人喰い鴉】不破恭志郎。
彼に盗めない情報は存在しない、スーパーハッカー。【クローバー】四葉煌夜。
科学技術を一人で二百年進めたと言われた天才科学者。【ジョーカー】アイザック・フォークナー。
争い、傷つけあう者達。
至極もっともらしいプロパガンダで戦いを煽る国家。その裏で暗躍する企業。戦場へ向かい、血で血を洗う戦いを続ける男達。二度と帰らぬ男達を想い、涙に暮れる女達。理不尽な暴力に苦しむ、力無き人々。
どうしようもない憎しみと悲しみだけが、世界中に広がっていった。
そして男達は、そんな世界に対して反逆した。
「気に入らねぇ」
そう吐き捨て、たった三人で世界に喧嘩を売った。
そして、彼らは世界を――理不尽な悲しみを生み続ける、この時代を壊すために戦った。
ゆえに、世界の破壊者。
この場で彼らの、かつての戦いについて語る事はないが……彼らが、そして我々が【謎のおっさん】と呼ぶ彼が、一つの世界を、悲しき時代を完膚なきまでに破壊し尽くした事は、紛れもない事実である。
◆
「わぁ……すごいや!」
さて場面を移して、ここは欧州、某国にある民家。
かつて戦火に焼かれた街も、今ではしっかり復興されている。
家のリビングでは、十歳ほどの少年がディスプレイの前で、興奮した様子で歓声を上げていた。
彼の名はハンス。
ジュニアスクールに通う、ごく普通のゲーム好きな少年である。
彼が見ているのは、日本の会社が運営する大手動画サイトだ。
そして画面に映っているのは、とあるオンラインゲームのプレイヤーが放送している、生放送番組。
そのゲームとは遠い東洋の島国、日本で販売・運営されている、世界初のVRMMORPG『アルカディア』。
そして画面内では、カズヤと炎神イグナッツァが熾烈な戦いを繰り広げていた。
ハンス少年が見ているのは、ギルド【アルカディア放送局】が放送しているボス戦の生中継だ。
彼と同じように、多くのゲームファンが固唾を飲んで、この戦いを見守っている。
「あーあ……こっちでも販売してくれないかなぁ」
アルカディアは日本でしか販売しておらず、また日本とうどん公国でしかプレイできない。
ハンスはこの世界初のVRMMORPGの大ファンであったが、日本人ではないためプレイできないのが不満だった。
アルカディアの動画や生放送は、ネット上で多く見る事ができるため、現状はそれで満足している状態だ。
おかげで苦手だった日本語がペラペラ喋れるようになったのは有り難いが、やはり実際にプレイしてみたい。
「大剣二刀流!そういうのもあるのか!」
「出たぞ!ヒテン・リュウオウゲキだ!Yeahhhhhhhhhhh!!」
画面の中では、イグナッツァを相手にカズヤが、二本の大剣を縦横無尽に振るっていた。
大技の炸裂に、思わずテンションが上がって叫ぶハンス少年。
「おいハンス、いったい何を騒いでいるんだ?」
そんな彼の背後から、声をかける者が居た。
「あっ、父さん……ごめんなさい、うるさくして」
その人物とは、ハンスの父親であった。
年齢は五十歳ほどか。若い頃と比べれば衰えたものの、がっしりとした筋肉質な体型の男性だ。右頬に大きな切り傷があり、人相はなかなか凶悪だ。
「何を見ていたんだ?……フーム、これはなんだ?アニメーションか?」
息子が何に興奮していたのかと、画面を覗き込むハンスの父。
そこに映っていたのは、狼のような耳と尻尾が生え、巨大な剣を二つ持った端正な顔立ちの男。剣の先から金色の、ドラゴンのような姿のレーザービームを放っている。
それを受けるのは、炎でできた翼が生えた、赤い髪の屈強な大男。まるで現実の物とは思えない光景だ。
「VRゲームだよ、父さん。バーチャル空間で、実際に自分の体を動かして、走ったり戦ったりできるんだ。こっちの剣を持ってる男の人も、プレイヤーが実際に自分の体のように動かしてるんだよ」
ハンスは父親にそう説明する。
すると、父親は機嫌の悪そうな顔と口調で、
「ああ……これがそうなのか。フン……!こんな物は所詮、作り物の世界だろう。随分と派手な戦いだが、所詮は子供騙しよ。こんな物は本当の戦いとは呼べんな」
と、馬鹿にするように吐き捨てた。
やれやれ、まーた始まったよ……とハンスは心の中で溜息を吐いた。
高年齢層の者には、このようにVR技術に対して嫌悪感を持つ者も少なくない。彼の父は特にそうだ。
また彼の父は元軍人であり、あの忌まわしい戦争でも大いに活躍したのだそうだ。その自慢話が始まると長くなる。
「じゃあ父さんなら、あいつに勝てる?」
こういう時は話題を逸らして、上手く持ち上げてやるのが一番だ。ハンスは父の扱いを心得ていた。
そう言ってハンスは、画面に映る炎神、イグナッツァを指さした。
「ハッハッハ!勿論だとも息子よ。俺を誰だと思っているんだい。俺はあのE1戦争でも最前線で活躍して、どんな危険な戦場からでも生還したんだぞ?」
するとハンスの思惑通り、父は上機嫌になって自慢話を始める。してやったりとほくそ笑むハンスであった。
「何といっても父さんは、あの人喰い鴉と戦って、生き残った男なんだぞ?結果的に引き分けに終わったが、あの時邪魔が入らなければ、俺は確実にヤツを仕留めていただろう……よ……」
調子に乗って、かつて軍人だった頃の武勇伝を息子に語るハンスの父。
だが、突然彼の言葉が止まる。
「父さん?」
ハンスが訝しんで父を見上げると、口をあんぐりと開けて、目を限界まで見開いた状態でディスプレイを凝視しているではないか。
ハンスは父の目線を追い、先程まで自身が夢中で見ていた、ゲームの生放送へと目を移した。
そこに映っていたのは一人の男。二十歳ほどの青年だ。
黒い服に黒い髪。顔は整っており、美形といって差し支えないだろう。だが殺人的に凶悪な目つきと口に咥えた煙草が与える、酷くガラの悪いマフィアじみた印象がそれを台無しにしている。
ハンスはこの男を知っていた。
このふてぶてしい表情、身に付けた装備、そして彼が持つ圧倒的な存在感。
どういった理由で若返っているかは解らないが、彼こそは「謎のおっさん」と呼ばれるトッププレイヤーだ。
ハンスがそう確信した、その時である。
「ヒァアアアアアアアアアアアッ!?」
まるで手に刃物を持ち、下半身を露出させた変態的暴漢に夜道で出くわした乙女じみた甲高い悲鳴が上がる。
悲鳴の主はハンスの父だ。先程まで調子に乗って武勇伝を語っていた男の姿は既になく、そこにいるのは恐怖に歪みきった顔で硬直し、生まれたての仔鹿のように足をガクガクと痙攣させながら悲鳴を上げる、哀れな子羊であった。
「父さん!?どうしたの!?」
息子の言葉も耳に入らない様子で、彼は震えながら呟く。
「恐ろしい……!レイヴン……!悪魔……!」
彼の脳内で、十八年前の記憶がフラッシュバックする。
彼が所属する部隊の前に、たった一人で現れた、黒い服を着た男。
一発たりとも当たらない銃弾。まるで幽霊のように弾丸をすり抜け、鳥のように空中を舞い、突然消えたと思ったら別の場所に居る敵。
ノダチと呼ばれる長大なジャパニーズ・カタナが鋭く振られるたびに、味方の兵士が数人同時に吹き飛ばされるカトゥーンのような光景。
峰で打たれたゆえか辛うじて息はあるものの、地面に倒れて小刻みに痙攣している仲間達が半分。残りの半分は、半狂乱になりながら遁走するか、物陰で頭を抱えながらガタガタと震えている。
彼の自己防衛本能が無意識のうちに改竄していた記憶が、今はっきりと蘇った。
「神よ……!お助けください……!どうかあの悪魔を退けて下さい……!」
あまりの恐怖に失禁嘔吐土下座の鮮やかな三連コンボを決め、神に祈るハンスの父。
その姿は十八年前の当時、ヤツと出会った時と全く同じ姿であった。
なお余談だが、この時世界中で十数名の人間が、同様にパニック症状を起こして病院に搬送されたと言われている。その原因は明らかにされていないが、患者達には元軍人や傭兵であるという共通点があった事が後に明らかになった。
彼らは一様に、居るかどうかもわからない、神という名の曖昧な物にすがった。
だが彼らの祈りは、画面の向こうで恐怖の象徴たる人喰い鴉と戦っている神には届かない。
「母さん早く来て!父さんがおかしくなったよぉ!」
「ああ、窓に!窓にぃ!」
◆Skill Window◆
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【Fow:世界の破壊者】
種別 ユニークアビリティ/アクティブ
所属スキル 【Force of Will】
消費MP 0
クールタイム 効果終了から24時間
【効果】
効果時間中、使用者の行動はいかなる効果によっても束縛されない。
効果時間中、システムにより設定されたあらゆる制限を無効化する。
効果時間中、攻撃対象の防御力・魔法防御力・耐性を全て無効化する。
効果時間中、使用者が全盛期の状態に戻り、外見が変化する。
【解説】
気に入らない世界を破壊し、面白い世界に作り変える。
その意志が形になった物。破壊と再生の力にして理不尽の権化。
所有者の存在自体が悪い冗談のような物であるため仕方ないとも言う。
このアビリティの元となった意志が生まれたのが約十八年前である為、
効果時間中は使用者の外見が、当時の姿に立ち戻る。
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【レイヴンアーツ Lv1】
種別 イリーガルスキル/武器
元スキル 格闘→CQC
所有者 謎のおっさん
【解説】
かつて伝説の傭兵と呼ばれた男が振るった、戦場の格闘技。
古武術をベースに柔術、中国拳法などがミックスされたカオスな代物。
スキルレベル1ごとにDEX+5のボーナスを付与
スキルレベル5ごとにSTR+10 AGI+10 DEX+10のボーナスを付与
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【レイヴンアイズ Lv1】
種別 イリーガルスキル/補助
元スキル 眼力→慧眼→神眼
【解説】
かつて伝説の傭兵と呼ばれた男の卓越した眼力。
視線のみで敵を威圧し、恐怖させる。
また弱点を見抜く能力もズバ抜けて高い。もはや魔眼の一種。
スキルレベル1毎にDEX+4 MAG+2のボーナスを付与
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【不破流鏖殺剣 Lv1】
種別 イリーガルスキル/武器
元スキル 剣→大剣→大剣・極
【解説】
古流剣術・不破流剣術の一派、不破流鏖殺剣を元に作られたスキル。
本来は太刀を使用する流派。高威力の範囲攻撃を得意とする。
大剣と太刀に関するアーツ・アビリティを習得可能。
スキルレベル1毎にSTR+7のボーナスを付与
スキルレベル10毎にSTR+20のボーナスを付与
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遅くなりました。
今更明らかになりましたが物語の舞台は西暦2038年(現在11月)、おっさんは39歳です(見た目は実年齢より幾分か若く見える模様)




