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謎のおっさんオンライン  作者: 焼月 豕
第二部 おっさん荒野を駆ける
66/140

41.大いなる意志の力

「おぉっと……こいつぁ意外だ」


 アルカディア・ネットワーク・エンターテイメント社開発室。濃いブラックコーヒーと夜食のサンドイッチを口に運びつつ、モニターを眺める男が一人。

 VRMMORPG「アルカディア」の生みの親、開発室長・四葉煌夜その人である。


「まさか、あいつがアレを使うたぁな」


 彼の視線の先、巨大なモニターに映っているのはゲーム内の光景。

 彼の息子である四葉一夜が操るキャラクター、カズヤが単身、炎神イグナッツァと対峙している。


「プレイヤーネーム・カズヤのファイル容量が不自然に増大!それと微小ですがラグやノイズが発生、サーバーにも何らかの影響があったと考えられます!」


 ゲーム内の様々なパラメータを監視していた、開発者の男が叫んだ。


「あいつはもっと、こう……一歩引いた感じで、表舞台に出たり、世界の流れを大きく動かすつもりは無いモンだと思ってたが」


 コーヒーを一口啜り、煌夜は息子をそう評する。

 彼のその評価は間違いではない。「カズヤ」は、自分が大舞台で活躍し、目立つ事を避ける傾向にある。

 だがそんな彼に対して、彼の妻である四葉桜は呆れたように、


「わかってないわねぇ」


 と言った。


「あの子は一見クールなように見えるけど……実際はすぐ熱くなるタイプだし」


 画面の向こうで、絶対者たる神へ立ち向かう息子を見つめる眼差しは優しかった。


「良くも悪くも真っ直ぐすぎるのよねぇ。表情に出ないから、ちょーっと分かりにくいかもしれないけど、すごく仲間や家族思いだし。きっとあの、小さな竜の子を傷つけられる事に耐えられなかったんでしょう」


 そう語る妻に、煌夜は拗ねたように


「家族思いって言ってもなぁ……あいつ昔っから、俺に対してはめちゃくちゃ反抗的で辛辣だぞ?」


 そうツッコミを入れるが、しかし、


「あら、それはあなたがお仕事で滅多に家に帰ってこないし、家族サービスも碌にしないからじゃないかしら?あの子達が小さい頃、お世話してたのってほとんど恭志郎さんじゃないの」


 と、見事なカウンターで返され撃沈した。

 軽く落ち込む煌夜だったが、そんな彼に話しかける者達が居た。

 彼の部下である、アルカディア開発室のメンバー達だ。


「すみません四葉室長、よろしいでしょうか」

「おう……どうした?」


 煌夜は居住まいを正し、彼らに向き直る。


「あれは……あの現象は、一体何なんですか?あんな、テイミングモンスターと合体するようなアビリティは仕様にはありませんし、ましてや神の重力を独力で解除するなんて……」


 彼らが指摘したのは、カズヤの異常性についてだ。

 突然、黄金色の光を放ったかと思えば神による束縛から解き放たれ、今はイグナッツァと互角以上に渡り合っている。


「そうだな……折角だから、おめぇらにも説明しとくかぁ」


 煌夜はそう言うと、キーボードを操作し、モニター上にウィンドウを表示させた。

 開発者権限により、彼はプレイヤーの持つスキルやアイテム、ステータスを自由に閲覧できる。彼が表示させたのは、カズヤのスキルリストだ。


「何ですかこの異常なスキルレベル……」

「もうマスタースキル三つも取ってやがる……」

「廃人怖いです……」



 カズヤのスキルリストを見た開発者達が呻き声を上げる。ちなみにシリウスやレッドといったβテスター達も似たような物で、おっさんに至っては、それに加えて生産スキルまで完備しているというブッ壊れっぷりである。

 だが本題はそこではない。煌夜はカテゴリ分けされたスキル群の一番下、シークレットスキルの項目を開き、そこから【Force of Will】を選択した。


――――――――――――――――――――――――――――――

 【Force of Will】


 種別 シークレットスキル

 所有者 全プレイヤー


 【解説】

 大いなる意思の力は、世界の理すら超える。

――――――――――――――――――――――――――――――


「これだけ、ですか……?」


 あまりにも簡潔で、要領を得ない解説文。それを読んだ開発者たちから疑問の声が上がったのも無理は無いだろう。


「あの、四葉室長……これは一体どういった……」


 戸惑う開発者達の質問。煌夜は煙草を咥え、火を点けて紫煙を大きく吸い、ゆっくりと吐く。そうした後に答えた。


「どうも何も、その解説文の通りよ。つまりこのスキル【Force of Will】ってのはだな……使用者の強い意思、願い、渇望……そういった物を読み取り、反映するスキルだ」


 煌夜は、戸惑う部下達の顔を見回しながら続ける。


「【自分はこうありたい】とか、【世界はこうあるべきだ】という想い……そいつを、絶対に成し遂げるという意思と覚悟をもって念じた時に、このスキルは発動する。……もっとも、その単純な発動条件こそが一番難しいんだが。ほんの僅かでも迷いや雑念があると、発動できねぇようになってるからな」


 彼はモニターに映る、炎神イグナッツァと戦う息子の姿を指差した。


「そして、その効果は見ての通り。大いなる意思の力により、あいつは世界の理(システム)を超越した。このスキルの効果とは即ち、使用者の意思を、システムが設定した仕様やルールを無視して強引に叶えさせる……という理不尽でデタラメな物だ」


 ちなみに、と煌夜は人差し指を立て、


「【イリーガルウェポン】や【イリーガルスキル】といった、本来の仕様には無いアイテムや、プレイヤーの戦闘スタイルや思考を元に生み出される独自のスキルは、この【Force of Will】が断片的に発動して出来た物であると俺は考えている。これらも本来の、アルカディアの仕様には無い物だしな」


 更に、煌夜はキーボードを操作して画像ファイルをモニター上に表示させた。


「この馬鹿によるフィールド魔改造事件や、破壊不可能オブジェクト破壊事件、喋る魔剣製造事件に関しても、恐らくはこの【Force of Will】が不完全ながら発動していた物だというのが俺達の見解だ」


 煌夜の説明を聞いた職員達が静まり返る。

 やがてそのうちの一人が、おずおずと手を挙げて煌夜に話しかけた。


「四葉主任……貴方はどうして、このような不確定要素……ゲームのバランスを大きく崩すような、出鱈目なスキルを実装したのですか……!?」


 それは、この場に居る者達……四葉夫妻以外の者達が共通して抱いている考えであった。

 面白いとは思う。プレイヤーの意思次第で、不可能を可能とするスキル。浪漫に溢れている。しかしそれは、あまりにも危険ではないか。万が一、悪意ある者がこれを使用したら一体どうなってしまう事か。


「馬鹿野郎」


 だが煌夜は、そんな彼らに呆れたような目を向け、


「誰がこんなクソみてぇなバランスブレイカーを好き好んで実装するか。俺を誰だと思ってやがる、開発主任だぞ?何で自分が丹精込めて作ったゲームを根元から引っ繰り返すような物を作らにゃならんのだ」


 そう吐き捨てた。

 その発言に混乱する開発者一同。このスキルは煌夜が作った物ではない?

 ならばと彼の隣に立つ、彼の妻――四葉桜へと視線が集中するが、彼女もまた笑いながら首を横に振り、否定する。

 では一体誰が!?そんな目線を受けた煌夜は、物凄く嫌そうな表情をした。


「このスキル……これは正確に言えばスキルであって、スキルではない。これは、このゲーム内においてはスキルという形式を取っているだけに過ぎないんだな、これが。

 この【Force of Will】の正体はな……一言で言ってしまえば、VR技術・VR空間その物に内包された、システムの一部なんだよ」


 煌夜により告げられた、驚きの事実。

 それは、この【Force of Will】という、使用者の持つ願い、意思を反映し世界の理をねじ曲げる力が、アルカディアという一つのVRMMORPGだけに留まらず、VR空間そのものに設定されているという事であった!


「VR空間に居る者であれば、条件を満たせればという前提だが、誰もがこの力を使える。そして、アルカディアというゲームはVR技術を使用している。だから当然、アルカディアもまた【Force of Will】の影響下にあるという事だ」


 そして煌夜は、ちらりとモニターへと視線を向けた。彼が見つめる先にいる人物は、カズヤでもおっさんでもなかった。

 

「勘の良い奴は気付いたか?そう、こんな訳のわからねぇ物をVR空間全体に仕込みやがた、ファッキン・ブルシット野郎の名は……」


 彼の視線の先には、一人の女性プレイヤー。

 金色の髪に青い瞳。童顔で背は低いが、それとは対照的にグラマーな肢体。犬の耳と尻尾のアクセサリを付けた、忍装束を着た少女。

 犬耳忍者、アナスタシア。

 現実世界における名はマリア・フォークナー。アメリカ人女性、十七歳。

 現在は日本に留学中であり、都内の高校に通う高校二年生。その容姿と明るいキャラクターで人気者だ。

 日本の文化やサブカルチャーに興味津々で、特に忍者や侍がお気に入り。

 現在は父の親友で、都内で探偵業を営む不破恭志郎の家に下宿中。四葉一夜・杏子の兄妹とは少し歳が離れているが、幼馴染の関係。

 そして、彼女の父親の名は……


「アイザック。VR技術の生みの親、アイザック・フォークナーだ」



  ◆



 一方、アメリカ・某所にて。


「Wow!wonderful!!」


 薄暗い部屋の中で、モニターを眺めながらピザを食らい、巨大なカップを傾けてコーラをガブ飲みしている白衣姿の白人男性が一人。

 身長は二メートル近くもある巨漢だ。彫りの深い顔には、よく整えられた髭が生えている。ただし金色の髪はろくに整えられておらず、アンバランスな印象。

 彼こそがVR技術の生みの親。天才科学者アイザック・フォークナーその人だ。


「やったぜカズヤ!やっぱアイツは天才だぜ!Foooooooo!!」


 彼が見ているのは、やはりゲーム内の映像。彼にとっては親友の息子にあたる青年が、彼が作り出した【Force of Will】を見事、発動させたところである。

 彼はそれを見て、テンションを上げてはしゃぎ回る。子供のように手を叩きながら大爆笑だ。


「コウヤは今頃悔しがっているかな?だけどすまないね、我が親友。このシステム、【Force of Will】は僕の望みの為にも、そして人類の新たなステップの為にも、どうしても必要なのさ」


 そして急に真顔になり、そう言ったかと思えば、再び笑い転げて椅子から転がり落ちる。どうにも精神の起伏が激しい人物のようである。


「という訳で君には今後も色々と迷惑をかけるかもしれないが、許してほしい!科学の発展のためには犠牲は付き物だからね!まぁ別にストレスのせいで君の毛髪の後退が激化しようと、僕の知った事ではないのだがね!」


 ひとしきり笑った後、彼は立ち上がり、椅子に座り直して再びモニターを見つめ、ピザを一切れ手にとって、口に運んだ。


「モグモグ……あぁ、しかしマリアは相変わらず可愛いなぁ。ゲームのアバターとはいえ、キュートさは全く損なわれていない。あぁ僕の天使!なぜ日本に行ってしまったんだ!」


 次に彼はモニターに映る、娘が操るキャラクターを見つめて叫ぶ。呆れるほどの親馬鹿っぷりである。


「あぁ全く、これも全てキョウシローのせいだ。そうに違いない。僕の愛する娘を横取りし、独占する悪い奴だ。まぁ、多忙な僕に代わっていつも娘を気にかけてくれている点だけは大いに評価するがね。はて、そういえば彼はどうしているかな……っと。おや?」


 アイザックが、画面をスクロールさせる。そして彼は、親友の姿を見つけ出し……ひどく満足そうな笑みを浮かべるのだった。


「フフフ……やっぱり君は最高だよ、キョウシロー。次に君が何をやらかしてくれるのか、この僕の頭脳をもってしても全く予想が付かない」


 そして、彼の視線の先にいる、おっさんは……



  ◆



 『アルカディア』のゲーム内、火山洞窟最下層、神の実験場。

 そこではカズヤとイグナッツァが、死力を尽くしてぶつかり合っている。


「ぶぇっくしょい!えーいチキチョーめ」


 そんな中、緊迫感を吹き飛ばすようなドでかいクシャミをした男が一人。

 彼の頭上に表示されているキャラクターネームは、謎のおっさん。


「……誰か俺の悪口を言ってやがるな?犯人は誰だ。煌夜のハゲ……いや違ぇな。この感じはあいつだ。アメリカに居る、そびえ立つクソ野郎に違いねぇ」

「マスター、パパがどうかしたノ?」

「いーや、なんでもねぇよ」


 妖怪じみた直感で、海の向こうの悪口へと反応するおっさん。彼はカズヤとイグナッツァの戦いを見つめながら、先程から高速で思考を巡らせていた。


「ふむ……成る程ね。【Force of Will】。大体わかってきたぜ」


 おっさんは先程カズヤが見せた、【Force of Will】が発動する光景を見て、それがどういった物かを延々と考えていた。

 過去の煌夜やアイザックとの会話。カズヤの変化。様々な点から思考を巡らせ、おっさんはそのスキルの正体に迫っていた。


「それじゃあ俺も、そろそろ動くとしますかね……」


 そう呟くおっさんの瞳に、強い光が宿る。

 果たしておっさんは、不可能を可能にできるのだろうか。

幕間回です。

それと煌夜・アイザック・おっさんの変人中年トリオ回。

「「「あのアホ共と一緒にすんな」」」

と本人達は言っていますが、否定しているのは本人達だけという現実。

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