40.謎のおっさん、神に挑む
今回長いです。
―前回のあらすじ―
エリアボス・オロチを倒し、その先に隠されていた扉を開け、先へと進んだプレイヤー達。
そこにあったのは、神々の実験場。そして、物言わぬ石像と化していたドワーフ達だった。
オロチを倒した事により封印が解かれ、ドワーフ達が蘇る。
しかし、そこへ突如現れたのは屈強な肉体を持つ、炎の翼が生えた赤い髪の男。
奴こそが炎神イグナッツァ!
かつて地上を滅ぼした七柱神が一柱であり、ドワーフ族の創造主!
そして、あの邪龍オロチの主にして、ドワーフ達を滅ぼし、封印した黒幕!
この男こそが真の敵。冒険者達は再び武器を取り、神と対峙する。
しかし敵はあまりに強大。果たして冒険者達の、そしておっさんの運命や如何に!?
◆
「もう一度問おう。貴様等……下等なサル共が、こんな所で何をしている?」
イグナッツァは冷たい視線で一同を睨めつけ、そう質問をした。人を見下しきった傲慢な態度だ。神族というだけあって、被造物である人間に対する敬意などは欠片も持ち合わせていない様子である。
そんな彼の前に一歩を踏み出したのは、謎のおっさんであった。こちらも傲慢さや不遜な態度では神にも負けていない。
「ピクニックに来たんだよ。ほれこの通り、バスケットも持ってるぜ。ちなみに中身はチキンカツサンドさ」
おっさんはご丁寧にもサンドイッチが入ったバスケットを取り出し、掲げて見せた。ニヤニヤと笑いながら、イグナッツァをからかう気満々といった態度である。
「道化がぁ……!貴様から先に死にたいようだな!!」
イグナッツァは、おっさんの人を舐めきった態度が癪に障ったのか、怒りの表情で吐き捨てた。
両者、一触即発の状況。だが、先に動いたのはそのどちらでもなかった。
「イグナッツァアアアアア!!貴様が!貴様が同胞達をッ!」
悲痛な叫びと共に、イグナッツァに飛びかかり大斧を振り下ろした人物。
それは白い髭の、ドワーフ族の長老であった。
「ふんッ!」
「ぐあぁっ!?」
重い鋼鉄の斧による一撃を、イグナッツァは事も無げに片手で受け止める。
左手で斧を受け止め、握り潰したイグナッツァは……赤い篭手に覆われた右腕を、無造作に振るった!
それだけで、老いたとはいえ屈強なドワーフの男が軽々と吹き飛び、壁に叩きつけられる。何という豪腕か!
「創造主に逆らう愚か者がッ!元はと言えば、貴様等が我々に、神に反逆したのがそもそもの原因であろうが!」
イグナッツァは倒れたドワーフの長老を、ゴミを見るような目で見下ろしながら吐き捨てる。
ドワーフの長老は、倒れながらも顔を上げ、そんなイグナッツァを見上げ、睨みつけた。
「ふざけるな……!わしが何も知らぬとでも思っているのか!貴様達が創世の女神様を裏切り、その力を奪った事がそもそもの原因ではないか!」
「何ぃ!?」
ドワーフの長老がイグナッツァに指を突きつけ、彼を詰る。
どういう事だ?歴史は栄華を極め、神の座へと侵攻しようとした傲慢な人間達を、七柱の神々が罰したと伝えている。だが、長老が言っているのはそれとは真逆の真実だ。
「我らドワーフを含む八種族は、その悪行を正し、女神を救出しようとした。だが貴様等に敗北し、封印を施された!そして歴史は神々に都合の良いように改竄されたのだ!騙されるな、こやつら七柱神こそが諸悪の根源じゃ!」
長老の言葉に、それまで神を畏れ、跪いていたドワーフの民達の目に光が戻る。
つい先程まで、神に許しを請う哀れな子羊であった者達は、狼となって立ち上がり、武器を取った。
その目にあるのは、神に対する怒りと憎悪。そして死ぬまで闘うという覚悟。
「つまり……どういう事だってばよ?」
「俺らにもわかりやすいように教えろください」
「要するにあの赤い色の偉そうな馬鹿が悪なので倒すって事でFA?」
「それでいいんじゃね」
「やっぱ神ってクソだわ」
「把握」
「ということは?」
「いつも通りに?」
「スキルとステータスを上げて」
「物理で殴ろう」
「おk」
彼らの会話を聞いていた廃人達も、イグナッツァを敵と認識。囲んでフルボッコにする決意を固めた。
「クズ共が……!調子に乗るな!!」
イグナッツァは、己に対して分不相応にも敵意を向けてくる者達に激昂した。
手始めに、己を糾弾したドワーフの長老へと手を向け、魔法を放つ。
ほぼ無詠唱で発動した魔法による、巨大な火球がドワーフの長老へと直撃した。
「ぬわーーっ!!」
長老が炎に包まれる。
ドワーフ族は炎の神、イグナッツァにより創造された種族であり、火山洞窟に住まい、鍛冶を生業とする種族。
それゆえに、生まれつき非常に高い火炎への耐性を持つ。
しかし、創造主の前にはそんな物は無力であった。
炎神イグナッツァの放つ魔法は、対象の持つ火炎耐性を貫通するという特性を持つのだ!ドワーフ族であろうと、例外なく焼き尽くされる!
「長老っ!」
「おのれ、よくもっ!」
ドワーフの戦士達が剣を、槍を、斧を持ってイグナッツァに斬りかかる。
しかし、神の前にはあまりに無力。あっさりと叩き伏せられ、あるいは焼かれていくドワーフ達。
「無駄だ!貴様等の攻撃など蚊ほども効かぬわ!創造主に逆らった事を後悔しながら死ぬがいい!」
イグナッツァは、そんな彼らにトドメを刺さんと魔法の詠唱を始めた。
大規模な魔法だ。あと数秒もすれば、それが放たれてドワーフ達は呆気なく全滅するであろう。
しかし……
「ぬぅっ!?」
その前に、攻撃を受けたイグナッツァが呻く。詠唱が中断された。
イグナッツァが受けた攻撃は、全部で三つ。
その正体は、一つは魔弾!
おっさんの放った二発の魔弾が、イグナッツァの手を貫通した。
もう一つは、魔法!
カズヤが超高速詠唱により放ったアイスボルト。十発の氷弾がイグナッツァの体に突き刺さる。相棒である子竜ルクスによる、属性ブレスのおまけ付きだ。
そして最後の一つは……矢だ!
大型の和弓から放たれた矢が、狙い違わずイグナッツァの眉間へと命中した。
それを放ったのは、巫女装束を着た黒髪の美女。
「それ以上の狼藉は許しません!」
カエデがアーツを使用し、強力な矢を次々と放ちイグナッツァを妨害する。
それと同時に回復魔法を使い、ドワーフ達の傷を癒す。
全プレイヤー中、最高のスキルレベルを持つカエデの回復魔法により、重傷を負っていたドワーフ達が、みるみるうちに回復していった。
「大丈夫ですか?ここは私達に任せて、お下がり下さい」
振り返り、ドワーフ達に対して微笑むカエデ。
圧倒的な力を持つ神へと弓を引き、一歩も引かぬ凛々しさと、傷ついた者達を癒し、気遣う優しさを併せ持つ彼女の姿は、ドワーフ達の目には聖母のように映った。
「女ァ……!邪魔をするな!」
折角痛めつけたドワーフ達を癒された事に苛ついたのか、イグナッツァはカエデを標的に定めた。一瞬にして距離を取り、無造作に、赤い篭手に覆われた右腕を振るう。
イグナッツァにとっては、軽く撫でるような手加減した一撃。それでも、その攻撃は並のモンスターを遥かに上回る速度と威力をもって、カエデを襲った。後衛プレイヤーにとっては十分に驚異的である!
「遅い!」
だがカエデは、アーツ【クイックチェンジ】を使用し、瞬時に武器を弓から薙刀へと持ち替えた。そして柄でイグナッツァの手刀を弾き返すと、返す刀でアーツを発動、イグナッツァの胸を斜めに深く切り裂いた。
「ほう……!」
思わぬ反撃を受け、イグナッツァがにやりと笑う。
そんな神に対し、カエデは薙刀の切っ先を突きつける。
「随分と気の抜けた攻撃ですこと。やる気が無いのならば去りなさい!」
その構えは、実に堂に入った物であった。
彼女は基本的に、回復・支援魔法や、弓による遠距離攻撃を得意とする、後衛のサポート特化型といったスタイルで戦っている。
それゆえに戦闘能力は低めだと思われがちだが、それは大いなる誤りである!単純に彼女の控えめな性格が、他者のサポートに徹するというプレイスタイルを取らせているだけの話だ。
薙刀を使っての近接戦闘も、おっさんやカズヤ、レッドやシリウスといった超一流の猛者達には一歩劣るものの、十分にトッププレイヤーとして遜色無い実力を秘めている。【戦巫女】の二つ名は伊達ではない!
「クックック……!この俺を相手に、よく言ったものだ!いいぞぉ、気に入った!気高く、美しい女よ!ならば望み通りに、少しだけ本気を出してやろう!!」
イグナッツァが、篭手に包まれた右手を固く握る。
そして、その拳に炎が集まり、凝縮されていく。
イグナッツァが地を蹴り、一瞬で彼我の距離を詰める。そのスピードは、先ほどの手を抜いていた動きとは明らかに異なっていた。
(速い……!)
「【ヴォルカニック・インパクト】!!」
カエデは咄嗟に回避を試みるが、到底間に合うタイミングではない。一瞬で目前に迫ったイグナッツァの、紅蓮の炎を纏った拳が、カエデの華奢な体を容赦なく貫き……
「させるものかあああああっ!!」
だが、それを許さぬ男がここに居る!
ギルド【流星騎士団】団長!最強最硬の聖騎士!魔剣使い!アルカディアのメイン盾!不憫枠の苦労人だが、決める時はバッチリ決めるぜ!我らが王子、シリウスの華麗なインターセプトだ!
左手におっさん特製の超高性能な騎士盾、右手には魔盾カオスアヴェンジャー。二つの盾を構え、シリウスはイグナッツァの奥義【ヴォルカニック・インパクト】を真正面から受け止めた。
「邪魔だ小僧ォ!」
イグナッツァが力を込める!凄まじい高熱と衝撃、だがシリウスは硬い鎧と強靭な肉体、そして不屈の意思でそれに耐える!
「カエデさんには……指一本たりとも触れさせない!」
防御アビリティを総動員してシリウスが耐える!耐える!並の盾役ならば一撃で蒸発するほどの攻撃を受けながらも、シリウスは一歩も退かない。何故ならば、彼の後ろには守るべき女が居るからだ!
「ほう……ならば、貴様が見ている目の前で、その女を惨たらしく殺してやりたくなったぞ!」
悪趣味な笑みを浮かべ、イグナッツァがシリウスを挑発する!その間にも、イグナッツァはますます右腕に力を込めていった。
だが、その言葉を聞いた瞬間、シリウスの端正な顔が怒りに歪み、目の前の神を射殺さんばかりに睨みつけた。
「…………さい……!」
「あぁ~?なんだとぉ?」
シリウスが何事かをぼそりと呟く。そして、二枚の盾を持つ腕に力を込めた。そして圧倒的な攻撃力を持つ拳を押し返す……押し返す!
「うるさい黙れ!お前なんかにやらせるものか!カエデさんは僕が守る!」
そして遂に、【反射盾】を使い、シリウスは炎神の拳を跳ね返した!イグナッツァが持つ火炎無効能力により、ダメージを返す事はできなかったものの、体勢を崩す事に成功する!
「何だとッ!?」
その事実に驚愕するイグナッツァ。一瞬の隙が出来る。だが一瞬でも、シリウスにとっては十分過ぎた。怒りで高まりまくったテンションに任せ、シリウスが咆哮する!
「いいかよく聞け!カエデさんは……俺の嫁だああああッ!!」
カオスアヴェンジャーが、元の姿……魔剣カオスジェノサイダーへと形を変える。それを右手でしっかりと握ったシリウスは、奥義【七星氷牙斬】による、冷気属性を付与された七連斬をカウンターで叩き込んだ!
「告白キタ━(゜∀゜)━!」
「俺の嫁発言きたわぁー!」
「王子SUGEEEEEEEE!!」
「ヒューッ!末永く爆発しろ!」
その勇姿に、集まったプレイヤー達から喝采が上がる。ついでにギルド【アルカディア情報局】が今この瞬間にも生中継を行なっている某大手動画サイトでは、視聴者達による祝福のコメントやもげろコールで画面が埋め尽くされた。
「よく言ったぜシリウス!結婚式のスピーチは俺に任せろよ!」
そんな幼馴染の姿に触発され、レッドが燃える。シリウスの攻撃で体勢が崩れたイグナッツァへと怒涛の追撃をかけた。
「ナイスガッツだ、シリウス。見直したぞ」
「ククク、やるではないか!それでこそ我が好敵手よ!」
「おかげで視聴者数・コメント数共にウナギ・ライジングデース!」
カズヤやエンジェ、アナスタシアも、次々と追撃をかける。ちなみに当のカエデはと言うと、シリウスの発言に顔を真っ赤にしていたが、どうやら満更でもない様子である。
「余所見してんじゃねぇよ、バーカ!」
おっさんも負けじと、倒れたイグナッツァに対して熱い死体蹴りを敢行!容赦なく魔弾を急所へと撃ち込んでいった。
モヒカンズや戦乙女といった有力ギルドの猛者達もまた、イグナッツァへと交互に攻撃を仕掛け、全身全霊のフルボッコ祭りが開催される。
このまま全員で囲んで殴り倒す、そのように考えていたプレイヤー達であった。しかし。
「貴様等……調子に乗るなあああああッ!」
イグナッツァが立ち上がり、雄叫びを上げる。
そして、彼を中心に大爆発が起こった。
魔法防御や火炎耐性を貫通する、高威力・広範囲の爆発。
それらは一撃で、全プレイヤーのHPを半減させた。後衛プレイヤーの中には、その一撃で瀕死になった者も居る。
ただの一撃。イグナッツァは一瞬で、プレイヤー達に傾きかけた流れを変えてみせた。
「虫ケラ共が……!少しはやるようだが、そろそろ遊びは終わりだ……!」
その台詞と共に、イグナッツァの纏う空気が一変する。
いよいよ本気を出してくるか。警戒するプレイヤー達。
しかし、いくら警戒したところで、意味は無かった。
「被造物ふぜいが……己の無力さを思い知るがいい!」
イグナッツァを中心に、黒い波動が全方位に放たれる。
すると、それを浴びたプレイヤー達やドワーフ達は、ただ一人の例外も無く、成す術なくその場に膝をついた。
「何だ、こいつは……!?」
指一本動かせず、その場に膝を付く。それはおっさんとて例外ではなかった。いったい何が起こったのかと、おっさんは視線を巡らせる。
そこで、おっさんは視界の隅に、ある物を発見した。
それは、自分にかけられた支援効果や、状態異常の一覧を表示する小さなウィンドウ。
その中に、見覚えの無いアイコンが存在していた。
おっさんは詳細を確認しようと、目に力を込めてそれを凝視する。
――――――――――――――――――――――――――――――
【状態異常:神の重力】
神が発する圧倒的なプレッシャーにより、行動を封じられる。
この効果が持続している間、一切の行動を取る事が出来ない。
被造物であるヒューマン・ドワーフ・エルフ・ウィング・
ビースト・エクスマキナ・ドラグーン・デモニスは、
この力に対して抵抗する事ができない。
――――――――――――――――――――――――――――――
「……こいつぁ酷ぇ」
おっさんのいう通り、全くもって酷い効果である。
一切抵抗ができない束縛効果。こんな物を使われては、どう足掻いても勝ち目が無いではないか。
つまりイグナッツァは、本当に遊んでいたのだ。
その気になれば、いつでもこの能力を使って蹂躙する事が出来たのだから。
とは言え、プレイヤー達の奮闘によって、イグナッツァにこの力を使わせるまで追い詰めた事は確かではあるが。
「クズ共……貴様等は楽には殺さん……!徹底的に甚振ってから殺してやる」
イグナッツァが部屋全体に炎を放つ。それによって、その場に居る全プレイヤー及びNPCの、HPが1になるまで減少した。絶体絶命の危機。
「……なぁ、カズ坊よ」
「……なんだいおっさん」
相変わらず身動きが取れない状況ではあるが、言葉を発する事はできるようだ。おっさんは隣に居るカズヤへと話しかけた。
「こいつはひょっとして、いわゆる負けイベントって奴かねぇ?」
「多分そうじゃないか?」
げんなりした表情で、おっさんがカズヤに尋ねる。それに答えるカズヤもまた、おっさん同様に嫌そうな顔をしている。
「で、この状況だ……何かイベントが起こって、超強ぇNPCとかが助けに来てくれんのかな?」
「……かもしれんな」
「コンシューマのスタンドアロンRPGじゃあるめぇしなぁ」
「ここで吟遊クソGM乙と言っても、誰も文句は言わないと思うぞ」
二人は、揃って溜め息を吐いた。
「桜にゃ悪いが、これクソゲーだわ」
「全くだな。我が母ながら恥ずかしい」
そして開発者に対して悪態をつく二人であった。
◆
一方、プレイヤー達の行動を観察していたアルカディア・ネットワーク・エンターテイメント社の開発室では。
「酷い!息子がグレたっ!やっぱり忙しくてあんまり構ってあげられなかったのがいけなかったのかしら……」
よよよ、と涙を拭う素振りをしながら、友人と息子にディスられた悲しみを表現するのは開発室長補佐、四葉桜だ。そんな妻を気遣いながら、開発室長・四葉煌夜がディスプレイに映るプレイヤー達に向かって怒鳴った。
「あーっ!てめぇら何俺の嫁を泣かせてんだ!仕方ねぇだろ、この後のグランドシナリオの導入的に、そういう展開にせざるを得なかったんだよ!」
と、そんな時に画面の向こう側では、彼の娘である四葉杏子――が操るPC、エンジェが口を開いていた。
「二人共、母上の事ばかり口に出しているが、父上の事はどうでもよいのか?」
エンジェがおっさんとカズヤに問う。だがその二人からの回答は、
「あのハゲの事なんぞどうでも良いに決まってんだろうが。奴がクソな事なんぞ今更口に出すまでもねぇし、あいつの事なんざ考えたくもねぇや」
「全くだな。あんな足が臭い馬鹿の事など考慮に値しない」
と、桜に対する物よりも遥かに辛辣であった。
「何だとてめえら!ハゲてねぇし足も臭くねぇよ!なぁ桜!?」
「えっ……うーん、どうかしらね?」
「えっ、何その反応。俺ちょっとショックなんですけど」
嫁の反応に軽く欝る煌夜であった。
◆
さて、そんな一幕がありつつも、依然として状況は大ピンチである。
何しろこちらは全員、HPが1。そのうえ一切の行動ができない状況だ。
そろそろイベントが起こって、事態が進展するかといった所だろうか。好転するか悪化するかはさておいて。
「……気に入らねぇな」
おっさんが、いい気になっているイグナッツァを殺人的な目つきで睨みつけながら呟いた。
戦う事すら許されず、一方的に蹂躙されるのみ。
敵は己が強者である事を誇示するように勝ち誇り、自分は身動きができずに、狩られる事をただ待つのみ。
しかし、いくら動こうとしても体は言う事を聞いてくれない。
イグナッツァがこちらを見る。
そして、誇示するかのように、ゆっくりと右手を掲げた。
その手の先に炎が集まる……その時。
「キュイーッ!」
鳴き声と共に、イグナッツァへと攻撃を仕掛けた存在があった。
それは見知らぬNPCなどではなく、この場に集った多くのプレイヤー達にとって、見覚えのある存在だ。
「ルクス……!やめろ!」
そう、圧倒的な力を誇る神に対して戦いを挑んだのは、カズヤがいつも連れている相棒。子竜のルクスであった。
神の被造物である人間達とは異なり、モンスターであるルクスは【神の重力】の影響を受けていない。ゆえに、この場で唯一動く事を許されている。
主の危機に、幼い竜はその小さな体で神へと挑んだ。しかし、それは余りにも無謀な挑戦。
「邪魔だ!」
爪や牙、ブレスでイグナッツァを攻撃するルクス。その攻撃により、神のHPがほんの僅かばかり減少する。
しかし、ただの腕のひと振りで、ルクスは床に叩き落とされ、倒れた。基本的なステータスの差が、あまりにも大きすぎた。
「ルクス、もういい!立つな!」
カズヤはそんな子竜を送還しようとする。しかし【神の重力】の影響により、テイミングスキルを使用する事もままならない。
「キュッ」
小さく鳴き声を上げ、立ち上がるルクス。回復魔法で自らの負った傷を回復させ、再び子竜は神へと立ち向かった。
「鬱陶しいわ!」
先程よりも強く、イグナッツァの太い腕がルクスを殴り飛ばす。
吹き飛ばされたルクスは、カズヤの目の前に落下した。そのHPがレッドゾーンまで減少する。
「矮小なトカゲ風情が邪魔をしおって……興醒めだ。まずは主諸共、灰にしてやろう!」
イグナッツァが火球を放った。
炎が、カズヤとルクスを共に飲み込まんと迫る。
「キュー……」
ルクスはよろよろと立ち上がると、カズヤ守ろうとするかのように、巨大な火球の前へと立ち塞がり、その小さな両手を広げた。
無論、そうしたところで神が放つ炎を受け止められる筈もなく。
炎は無慈悲にも、子竜とその主を飲み込んだ。
「ククク……ハハハハハハハハ!!」
立ち上る火柱を前に、イグナッツァが哄笑する。
プレイヤー達やドワーフ族は、その無慈悲な光景に怒り、イグナッツァを睨みつけた。
やがて炎が収まる。
どう考えても助かる可能性はゼロ。炎が消えた、その場には何も残っていない。
……筈であった。
「……馬鹿な。貴様、なぜ生きている……!?」
そこにいたのは、二本の長剣を携えた長身痩躯の青年。
そして、その相棒たる子竜の姿も共にあった。
二人の体は、黄金色の光に包まれて、眩く輝いていた。
「何だ、その輝きは……!?」
イグナッツァがそれを見て、狼狽する。
どう考えても、あの攻撃を受けて助かる術は無かったはずだ。
それに何故、この男は神の重力の影響化で、こうして立ち上がっているのだ!?
「本当は、この力を使うつもりは無かった……」
カズヤが口を開く。そして、傷ついた子竜を抱き上げた。
間違いなく、彼は神の重力の中で、自由に動く事が出来ている。
「この世界全体の大きな流れを、乱すつもりも無かった。だが、こいつにここまでさせておいて……引き下がる訳にはいかない。俺は……」
カズヤは抱き上げた子竜の頭を、優しく撫でた。
そして、目の前に居る敵を、凄まじい殺気を込めて見据える。
「イグナッツァ、貴様をここで斃す!」
カズヤが、その力を開放する。
彼の体が、太陽の輝きに似た黄金の光を放つ。
その瞬間、その場に居たプレイヤー達の視界にノイズが走る。
「何だ……!?」
「なんだこれ、ラグか?」
そして、彼らの視線の先、光を放つカズヤの体の周辺に、文字が浮かび上がっていた。
その文字の内容は、以下の通り。
【Force of Will】。
やがて光が収まる。カズヤは先程と同じく、そこに立っていた。
だがその姿は、皆が知る彼の物とは少しばかり異なっていた。
「【FoW:絆の紡ぎ手】。そうか、これが俺の……」
彼の頭には、二本の角が生えていた。そして皮膚は白銀色の鱗で覆われ、指先には猛獣のような鋭い爪が生えている。髪と瞳の色は金色へと変化しており、体格は一回りほど大きくなっている。
「あれは、まさか……!」
「ペットのドラゴンと……合体したぁ!?」
そう、彼と共に居た子竜、ルクスの姿がいつのまにか消えており、代わりにカズヤの姿は、まるで人と竜が合わさったような物へと変貌していた!
「馬鹿な……龍人族だとォ!?一体何者だ、貴様は!?」
驚愕するイグナッツァの問いには答えず、カズヤが己の中に居る存在へと、優しく語りかける。
「ああ。共に行こう、ルクス」
龍王、覚醒す。これより神への反逆の狼煙が上がる。
そして……
「成る程、成る程……こりゃ面白ぇ」
おっさんは、そんなカズヤの姿を見て……何かを悟ったような様子でニヤリと笑うのだった。
【キャラクター名鑑:シリウス】
テーマは騎士、あるいは勇者。
苦労人だったりヘタレだったりKYだったりしますが、誰かを守る事にかけては真剣そのもの。
未熟ながらリーダーの資質もあり、先頭に立って勇敢に戦い、成長していく少年漫画の主人公的なキャラクターをイメージしました。
そして不憫枠。
【キャラクター名鑑:カズヤ】
テーマは英雄、あるいは主人公。
二刀流・魔法剣・テイマー・長身イケメン・ソロプレイヤーと主人公的な要素をこれでもかとブチ込んだ存在。
仮におっさんが居なければ間違いなくこいつが主役と断言できる。
多分おっさんが居なかった場合でも、こいつが代わりに何とかしている筈。
こうして書くとおっさんの異常さがよくわかりますね




