39.真の敵
エリアボス・オロチの討伐が達成された。
それに伴い、システムメッセージが流れる。
『エリアボス【オロチ】が討伐されました。
それに伴い、荒野エリアの封印が開放されます』
そのシステムメッセージと共に、広い荒野全体を淡く、優しい光が包んだ。厳しい荒野の自然と共に生きる民たちは、何事かと空を見上げる。
やがて光が収まると、そこには……
「おお……これは……」
NPCの老人が感嘆の声を上げる。彼の視線の先には、それまで草一つ生えなかった不毛の荒野であったはずの、ひび割れた大地。
そこに、僅かばかりであるが草花が芽吹いていた。
枯れていた川には水が流れ、枯れ木が息を吹き返す。
少しずつではあるが、荒野に大地のエネルギーが戻った事によって、自然が回復しつつあるのだ。
かつて、地上を滅ぼした七柱の神。
彼らは地上の、大自然の力を利用して巨大な封印を作り出した。荒野から自然の力が失われていたのはその影響であり、封印が解かれたために自然が蘇ったのだ。
そして神たちは己が眷属を地上に遣わし、封印を守護させていたのである。【オロチ】は、その内の一体であった。
「見ろ、溶岩が引いていくぞ!」
ボス部屋の奥にあった断崖絶壁。その下に溜まっていた溶岩の池が、みるみるうちに引いていく。それを見つけたプレイヤーの一人が叫んだ。
そして溶岩が消え、皆が崖下を覗き込むと……
「あれは……扉があるぞ!」
崖の下には広い空間があり、また不自然な金属製の扉があった。
一体あれは何だ?訝しむプレイヤー達。
「折角だ、調べてみようじゃねぇか」
おっさんは皆に向けてそう言うと、ごく自然に崖上から身を踊らせた。
「ちょっ、おっさーん!?」
「おっさんが落ちたぞぉぉぉ!?」
このゲームは高所からの落下でもダメージが発生し、これほどの高さから落ちれば、ただでは済まない。【軽業】や【頑強】といったスキルの中には、落下ダメージを軽減するアビリティも存在するが、それを計算に入れても無事に済むような高さではなかった。
だがおっさんは彼らの心配をよそに、空中で回転しながら崖下へ到達、着地の瞬間にくるりと一回転し、衝撃を分散させた。そして何事もなかったかのように立ち上がる。
「うん、ごめん。心配するだけ無駄だった」
「やはりおっさんはリアル忍者……?」
他にも崖の壁面を蹴りながら降りていくレッドやアナスタシア、ペットの不死鳥に乗って移動するカズヤ、他の追随を許さない圧倒的な耐久力で落下ダメージに平然と耐えるシリウスなどが、次々と崖下へと降りていった。
「……俺達はロープを使おう」
「……おう、そうだな」
一部の例外を除いたプレイヤー達は、【C】の職人達が素早く設置した、機械巻き上げ式のロープを使って無事に降下した。
◆
崖下へと降り立ち、扉の前に立ったプレイヤー一同。
アナスタシアが罠の有無を確認し、安全であると保証。それを受けて、シリウスが扉に手をかける。
何事も無く、扉はギィィィィィ……と音を立てながら、ゆっくりと開いていった。
「これは……!?」
「なんだぁ……こいつは……?」
その先にあった場所は、それまで居た火山洞窟とは全く異なる雰囲気の部屋だった。
広い部屋だ。床や壁、天井に至るまで、白い部屋だ。その材質は金属である事以外は、テツヲをはじめとする【C】の職人達にも詳しい事はわからなかった。
部屋の中には、魔法工学で作られたであろう、魔導機械の装置がある。ジーク達、一流の魔導技師が見ても、その装置の詳細は読み取れなかった。装置は停止しており、動作していない。
奥へ進むと、解剖台のような物や、培養液に漬けられたモンスターの標本、年月を感じさせる古びた資料、書物などが発見された。
「まるで病院……いや、どちらかというと、実験場か……?」
そう、ここは実験場。そう呼ぶのが最も相応しいだろう。
ならば一体、誰が、何のためにこんな場所を作ったのだろうか……?
「奥に扉があるぞ!」
広い部屋の奥に、扉を発見したプレイヤーが仲間を呼ぶ。
先程と同じようにアナスタシアが扉を調べ、シリウスが開いた。
「石像……?」
その扉の先にあったのは、更に広い空間。
そこには、十を超える数の石像が、無造作に置かれていた。
それらの石像は、人の姿をしていた。
男はずんぐりむっくりとした体型で、濃い髭を生やしているのが特徴だ。女も背が低く、小柄な者ばかりである。
その石像たちは、どれも恐怖に怯えた表情をしている。
「ドワーフだ」
カズヤが一言、呟いた。
「ドワーフ……?」
「このゲームにドワーフなんて居たのか?」
「確か公式の設定であったぞ。確か昔、神を怒らせた事によって滅んだとか」
ざわめくプレイヤー達。そんな彼らを前に、カズヤがよく通る声で説明を行なう。
「その通り、確かにドワーフを含む七つの種族は、神の手によってそのほとんどが死滅した。しかし、僅かに生き残った者達はここに、こうして封印されていたのだろう」
カズヤがドワーフたちの石像の前に立つ。
すると、石像が光に包まれ……
「恐らく、あのオロチが封印を守っていたのだろう。そして、俺達の手でオロチは討伐された。という事は……」
石像が、否、石化していたドワーフ達が、ゆっくりと元の姿に戻っていく。
「ドワーフを縛っていた封印は解かれ、ここに復活を果たしたという訳だ」
「……ここは。お前達はいったい……?」
髭を生やしたドワーフの男が目を開き、きょろきょろと周囲を見回す。見覚えの無い場所や、百人近い冒険者たちの姿を前に困惑しているようだ。
彼と同じように、復活したドワーフ達は何が起こったのかわからないといった表情である。そんな彼らを集め、カズヤが説明を行なう。
ドワーフを含む七つの種族が、神の手によりほとんどが殺され、地上は一度滅んだ事。
生き残った彼らもまた、神の手によって地の底に封じられた事。
そして、それから数百年の時が経過している事。
巨大な竜が守っていた封印が解かれた事で、ドワーフが蘇った事。
それらを、カズヤはドワーフ達に一つ一つ話していった。
「へぇ……そういう世界観だったのか」
「勉強になりますなぁ」
公式サイトに殆ど情報が載っておらず、それらの情報はゲーム内の書物やクエスト等で断片的に明らかになるため、興味が無い者は殆ど知る事がなかったゲームの世界観。
カズヤの口から語られる事で、それらを知った者も多かった。
「そ、そうだ……思い出したぞ……確かにあの時、我らの同胞はヤツの手にかかって……」
「なんという、なんという事だ……」
「恐ろしい……おお……」
カズヤの話を聞いて何事かを思い出したのか、わなわなと怒りに震える者、怯え出す者。
そんな彼らを嘲笑うかのように、部屋全体に声が響いた。
「貴様等、こんな所で何をやっている?」
その場に居た全員が、声が聞こえた方向へと視線を向ける。
するとその場に、ゴウッ!と音を立て、炎が広がった。
そして業火と共に、そこに一人の男が現れる。
全身に紅蓮の炎を纏った、赤い髪の男だ。長身で、全身が筋肉に覆われている。
そして背中には、燃え盛る炎でつくられた翼が生えている。
「う……あ……あ……」
「貴方様は…………!?」
「ひっ……!お許しを……!お許し下さい……!」
その男の姿を目にした瞬間、ドワーフ達は恐怖に駆られ、その場に膝をついた。まるで子供のように許しを請いながら蹲る。
「何だ、こいつは……!?」
突然現れた、炎を纏う謎の男。
彼が放つプレッシャーに、冒険者達は武器を抜き放ち、警戒を顕にする。
「……成る程。こいつがそうなんだな?」
おっさんもまた、二挺の魔導銃剣を腰のホルスターから抜き、油断なく構えながら、隣に立つカズヤへと問いかけた。
カズヤはその問いに頷く。
「ああ、そうだ。こいつがドワーフ達を封印し、オロチにその封印を守らせていた黒幕にして……俺達の真の敵!」
カズヤの声を聞きながら、おっさんは【神眼】スキルのアビリティをフル活用し、目の前に立つ敵の情報を読み取らんとする。
だが、おっさんの目をもってしても、詳しい情報は一切読み取れない!それほどの実力差があるという事なのか!?
「炎を司る七柱神……炎神イグナッツァだ!」
絶望的な戦いが、始まる。
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【イグナッツァ】
種別 七柱神/ユニークエネミー
種族 神族
HP 不明
STR 不明
VIT 不明
AGI 不明
DEX 不明
MAG 不明
耐性 不明
弱点 不明
【解説】
世界を支配する七柱の神、その内の一柱。
炎を司る神であり、ドワーフの創造主でもある。
圧倒的な攻撃力を持ち、超高威力の火炎属性魔法を操る。
非常に豪快で苛烈、そして自尊心が高い武人肌の性格。
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(2014/7/22 誤記修正)




