38.開発室にて
「終わったか」
濃いブラックコーヒーを啜りながら、誰にともなく一言、呟く男が一人。
ここはVRMMORPG「アルカディア」の開発・運営を行なっているアルカディア・ネットワーク・エンターテイメント社の一室。
男の前には、吸殻が山のように積まれた灰皿とコーヒーカップ、それから高性能の最新コンピュータと、巨大なモニターがあった。モニターに映っているのは、「アルカディア」のゲーム内映像。オロチの亡骸と、歓声を上げるプレイヤー達の姿。
「お疲れ様、あなた。……あら、勝ったのね、あの子達」
モニターを眺めながら新たに煙草を一本取り出し、咥えたところで男は声をかけられた。女性の声であり、彼にとっては聴き慣れた声だ。
声の主は四葉桜。彼の妻であり、同僚でもある女性。彼らは夫婦でこの会社に勤務し、日々アルカディアというゲームの開発を行なっている。
肩書きは開発主任とその補佐。責任は大きいが、世界初のVRMMORPGの開発者という名誉ある仕事だ。忙しすぎて、なかなか家に帰れないのが玉に瑕だが。
男の名は、四葉煌夜という。
前述の通り、世界初のVRMMORPG「アルカディア」の開発責任者であり、またVR技術、そしてVRMMORPGというジャンルの第一人者でもある。
そして、現実世界においては、四葉一夜と四葉杏子の父親でもある。
「我ながら相当酷ぇ難易度にしたから、もう半月くらいは持たせられると思ったんだがなぁ……まーたあのアホがやらかしやがった」
顔をしかめながら、煌夜はモニターの一点を指差した。
そこにあるのは一人のプレイヤーの姿。その頭上に表示されているキャラクターネームは「謎のおっさん」。
「あのアホ……って、ああ。恭志郎さん?」
「そうだよ、不破恭志郎!謎のおっさんとかいう巫山戯た名前でプレイしてるクソ探偵。冗談は顔と存在だけにしやがれってんだ。ったく、あのアホはいつもそうだ。こっちの計画とか予測とか、そういった物を全部ひっくり返して台無しにしやがる」
「あらあら……まあ、あの人のやる事ですからね」
彼ら夫婦は現実世界において、おっさんとは長い付き合いだ。カズヤやエンジェが幼少の頃からおっさんと交流があるのも、そのおかげである。
ちなみにおっさんは、アナスタシアの父親とも親友同士だ。本人達は否定しているが、煌夜も入れた三人で三馬鹿トリオを結成していた。
「例えばこれだ。フィールドの改造!湖に釣り用の桟橋作ったり、川に橋かけたりするのなんざ、まだ可愛い方だ。現状、システム的にフィールドオブジェクトの上書きが出来ねぇ仕様になってるのは置いといてな!だが新しく町を一個丸ごと作るってのはどういうこった!」
煌夜がマウスとキーボードを操作すると、モニターに次々と映像が表示された。そこにはおっさんがフィールド上に作って設置した、数々の施設や装置が映っている。
「戦闘面でも色々おかしい所が多々あるが、そこはあいつがやる事だから別にいい。おかげであのクソバカ用と他プレイヤー用で、モンスターのAIを二種類用意する羽目になって俺の睡眠時間がマッハなのも、まあ良い。だが何なんだ?あいつの作る、この訳わかんねぇアイテムの数々は!?」
次に表示されたのは、おっさんが生産を行なっている場面。そして、彼が作り出した様々なアイテムの詳細なデータだ。
「おかしいだろ!?どう考えてもバランスとかガン無視の構造!物理法則やシステムルールを何それ美味しいのと言わんばかりに無視しておいて、何でそれがきっちり形になってる!?このメメント・モリとかいう頭の悪い兵器を筆頭に、全体的に意味わかんねぇ事になってやがる」
それらのアイテムは、システムが設定したルールに則って考えれば、明らかにアイテムとしての体裁を成していない物が数多く存在していた。
本来であれば生産に失敗するか、あるいは著しく品質の低い物が出来上がる筈。しかしおっさんが作るそれらは、多くが高品質で、他のプレイヤーには作れないユニークな物だ。
「耐久度無限で破壊不可能なはずの扉を平然とぶった斬ったりするしよぉ……なんで一夜もよりによって、あの馬鹿に【錬金術】なんて渡すかね……まるっきりキ○ガイに刃物じゃねぇか……」
おっさんがクエストをガン無視で扉を切断、破壊するシーンや、ユニークスキル【錬金術】を駆使して様々なアイテムを生産する映像が映し出される。これを見た時は、開発スタッフ一同が頭を抱えた物だ。
「……恐らくは、あの力の影響でしょうね」
それまで黙って夫の愚痴を聞いていた桜が、ぽつりと呟いた。
煌夜はその言葉に顔を上げ、妻の整った、実年齢よりもだいぶ幼く見える顔を見つめた。
「あのチカラ……って、まさか、【FoW】の事か……?いや、それは……しかし、そう考えれば辻褄も合うのか……?」
桜の言葉を聞き、ぶつぶつと呟きながら考え込む煌夜。
「まだ断片的、それも無意識に使っている程度でしょうけどね。……だけど、その力を自覚すれば。ひょっとして、あの人ならば完全に、使いこなす事ができるかもしれないわ」
モニターに映るおっさんの姿を眺めながら、桜は優しく微笑んだ。
「そうなれば、もしかしたら……この先にある戦いも、勝てるかもしれないわね」
彼女の言葉に、煌夜は引きつった顔で苦笑する。
「おいおい、マジか……?それはちょっと、いやかなり不味いな……」
そして、すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、酸味に顔を顰めながら口を開いた。
「何せ、この後の戦いは……絶対に勝てないようになっているからな」
さらっと色々暴露回。
感想で「扉に破壊不能付けとけよ」というツッコミを多くいただきましたが、実は付いてました。ようやくネタばらしできた……。
あと、番外編や小ネタ含め60話以上やって、ようやく主人公の本名が明らかになるのは我ながらどうなんだろう、と思わなくもない。
彼らが語っていた意味深な色々については、もう少しばかりお待ちください。




