36.謎のおっさん、ボスに挑む(3)
カズヤの、二刀流を駆使した獅子奮迅の活躍によって、オロチは大ダメージを受けた。
首を刎ねられ、全身を切り刻まれ、大地に倒れ伏しながらも、オロチは再び立ち上がり、その爪牙を振るい、火炎や冷気のブレスを吐き出す。
それでもおっさんやカズヤを筆頭に、名だたるプレイヤー達がオロチを囲み、間断なく攻撃を浴びせる。
オロチからの反撃は、シリウス率いる盾持ち達が完全に防ぎ、そんな彼らをカエデ達、支援部隊が回復・援護する。コンビネーションは完璧だ。
このままダメージを与え続ければ、犠牲を出す事無く封殺できる。
プレイヤー達はそう考えるが……
「あれ……ボスのHP、増えてね?」
違和感を覚えたプレイヤーが呟いた。
その声に釣られ、オロチの頭上に表示されたHPバーを見やる一同。
それは瀕死をあらわす赤い色に染まっており、あと少しで残りを全て削りきれそうに見える。
しかし……オロチのHPバーは数十人の攻撃を受け続けているにもかかわらず、少しずつ回復しているではないか。一体これはどういう事か?
「……見えたぞ。こいつだ。【超再生】、回復系のアビリティだな。どうやら瀕死状態になると、急激にHPの回復速度が増加するらしい」
おっさんが【神眼】スキルにより、オロチの持つアビリティを見切った。
【超再生】なるパッシブ・アビリティ。HPがレッドゾーンに突入すると、途端にHPの自然回復速度が著しく増加するという、単純ながら強力なアビリティだ。
「ここまで追い詰めといて、何だよそれ……」
「ないわー」
「クソゲー乙」
それを聞いたプレイヤー達からブーイングが飛び出した。
「皆さん、奥義を!一気に決着を付けましょう!」
そんな中、シリウスが叫ぶ。生半可な攻撃では、オロチの自然回復力を上回るダメージを与え、トドメを刺す事はできないと、彼は即座に判断した。
彼の指示に従い、プレイヤー達はそれぞれが持つ、最大威力の攻撃を次々とオロチへと叩き込んだ。
「いいぞ、減ってる!」
「このまま削りきれるか……!?」
それまで回復し続けていたオロチのHPが、徐々に減っていく。ダメージが、回復力を上回ったのだ。
しかしオロチも守りを固め、プレイヤー達の猛攻を耐える。ここを耐え凌げば、最早彼等にオロチを倒す手段は残っていないと判断したのだろう。そしてそれは、恐らく正しい。
次々と飛び出し、オロチに突き刺さる奥義や大魔法。それらを受けて、オロチのHPが減っていく。百万以上あったオロチのHPが、残り五万を切った。
しかし、そこまで。全力での攻撃は、そう何分も続けて行なう事はできず……攻撃の手が緩む。
四万、五万、六万……オロチのHPが、再びじわじわと回復していった。
「くっ……ここまで追い詰めておきながら……!」
シリウスが悔しさに歯噛みしながら、漆黒の魔剣を振るう。
彼自身も使える奥義は全て使い尽くし、もはや打つ手が無い。
周りを見れば他のプレイヤー達も、失敗した事を確信したのか絶望した顔だ。
撤退し、次の機会を待つべきか。
そう判断し、自ら殿軍となって撤退の指揮を執ろうとするシリウス。
しかし、その前に立つ男が一人。
「諦めるのは……まだ早ぇぜ」
ろくに手入れされていない髪に無精ヒゲ、咥え煙草の、黒い革製で統一されたジャケットとパンツ、グローブにブーツに身を包んだ男だ。身長は180cm少々で、体はやや痩せ気味だが引き締まった、無駄の無い筋肉の付き方をしている。殺人的に凶悪なつり目が、巨大なオロチを真っ直ぐに睨む。
ご存知、我らが謎のおっさんである。
「おっさん……どうにかできるんですか?」
その背中に、シリウスが声をかける。おっさんは顔だけで振り向いて、
「任せときな。正直、俺もこの手は使いたくはなかったが……この際仕方ねぇ。俺のとっておきを見せてやるよ」
そう言い放つと、単身オロチの前に立つ。そして……
「ギルド【C】の野郎共に告ぐ!」
おっさんが、低いがよく通る声で叫ぶ。
通常の発言と共に、ギルドチャットもONにした状態でだ。
その場に居た【C】の精鋭達は勿論、この場に居ない、ボスレイドに参加していない者達も、突然のギルドマスターの呼びかけに、生産をする手を止めて聞き入った。
「知っての通り、俺は今エリアボスの討伐を行なっている最中だ。ところが残念な事に、ヤツを倒すには少々火力が足りず、このままでは討伐が失敗しそうだ」
おっさんの言葉にざわめく【C】の職人達。
無敵のおっさんを筆頭に、精鋭プレイヤーをかき集めた討伐隊の力をもってしても、なおボスを倒すには至らないというのか。
不安になる職人達。だがそんな彼等に、おっさんは笑って宣言した。
「そこで、てめぇらの出番よ。トッププレイヤー達が集まっても倒せなかったクソ凶悪なボスを、倒す手段が俺にはある。が、それにはギルドメンバー全員の協力が必要だ」
おっさんの言葉に再びざわめく職人達。
ギルド【C】の職人達は、おっさんを筆頭にトップ職人たちの薫陶を受けているだけあって、高い戦闘能力を持つ者も多い。
しかし、それはあくまで職人としては、だ。いくらなんでも戦闘メインのトッププレイヤー達と共に、エリアボスに殴り込みをかけられるような者は、ごくひと握りしか居ない。
だが、そんな彼らの力があれば、おっさんはボスを倒せると言う。果たしてその根拠は?
「まあ、細けぇ事はいい。大事なのはだ……そんなボスモンスターにトドメを刺すのが、剣士でも魔法使いでもない。よりにもよって生産職人しか居ねぇようなギルドだって事だ」
おっさんの言葉に、職人達は己がボスに挑む姿を想像する。
自分達は職人であり、戦闘は専門外だ。
通常のモンスターなら兎も角、ボスに挑むなど無謀その物。
それは生産スキルを中心に鍛えている職人ゆえ、仕方がない。
元より好きでやっている事だ。後悔など無いに決まっている。
だが……
「正直に言ってみ?お前ら、一回くらいは超強ぇボス相手に大立ち回りとか、やってみたかっただろ?」
それでも、やはり思ってしまうのだ。
己が作り上げた武器や防具を身に纏い、強敵を打ち倒す者達。そんな彼らが羨ましい。彼らのように、自分も思いっきり戦ってみたいと、そんな思いが時折、どうしようもなく膨れ上がる事がある。
それでも自分は職人だから……と己を説得し、納得させてきたのだが、
「というわけで、この俺がチャンスをやろうじゃねぇか」
そんな所に、この悪魔の囁きだ。
だが一向に構わない。
何故ならこのギルドに所属しているのは、魂を悪魔に売り渡した馬鹿だらけだ。既に覚悟は完了している。
職人達は作業を中断し、荷物をまとめた。
工房に鍵をかけ、ギルドショップのシャッターを下ろし、【本日臨時休業】の札をかけた。
買い物に来たプレイヤー達が、突然閉店したギルドショップと完全武装した職人達の姿に、すわ何事かと色めきたった。
「Are you ready?guys!」
「「「「「「「「I'm ready!!」」」」」」」
「オーケィ!なら行くぜ!【エマージェンシーコール】!」
おっさんが虚空に手をかざし、ギルドスキルを使用した。
ギルドスキル【エマージェンシーコール】。ギルドマスターのみが使用可能であり、離れたところに居るギルドメンバー達を、一瞬にしてギルドマスターの元へと召喚する大技だ。
おっさんの要請に応え、五十名を超える、ギルド【C】の誇る職人達が姿を現した。
「おっさん!今更職人なんぞ呼び出して、何をするつもりだ!?」
オロチを攻撃していたプレイヤーの一人が、おっさんに向かって叫んだ。
「そいつは見てのお楽しみ……ってな。さて、と……」
おっさんは、集まったギルドメンバーの顔を見回し、宣言する。
「始めようじゃねえか。ギルド【C】、一世一代の“祭り”をな」
おかしい。風邪が治らない。
丈夫な体とじっくり執筆できる時間が欲しい。




