32.決戦前夜(4)
「ただいま戻りました……」
疲れた顔でギルドハウスへと戻ってきたシリウスは、鎧姿のまま椅子に腰掛ける。
生放送のゲストとして呼ばれたのはいいが、何故かいつものように騒動に巻き込まれ、それを鎮圧したのはつい先程の事。
バーサーカーと化したアナスタシアは強敵だった。
戦闘中に突然、動きを止めたおかげで何とか制圧できたが、そうでなければ危なかっただろう。
「お疲れ様」
と、彼に労いの言葉と共に、温かいお茶の入った湯呑みが彼の目の前に置かれる。
それをしたのはシリウスがギルドマスターを務めるギルド【流星騎士団】のサブマスター。
団長補佐役のカエデ。巫女服姿で、艶やかな長い黒髪や穏やかな性格で男性プレイヤーに大人気の女性プレイヤーだ。
シリウスにとっては、現実世界における年上の幼馴染で、姉のような存在であり、また片思いの相手でもある。
「ありがとうございます、カエデさん」
軽く頭を下げ、湯呑みを手に取る。
お茶を飲み干して一息ついたシリウスは、改めてカエデに目を向けた。
「準備のほうは順調ですか?」
「ええ、思った以上に順調よ。うちの職人さん達も【C】の人達に触発されたのか、随分と張り切ってるみたいだし」
職人ギルド【C】とは、トップギルド同士という事もあって様々な協定を結んでいる。
それによって流星騎士団が抱える何人かの職人プレイヤー達も、トップ職人の技術指導を受けられたり、【C】のギルドショップで自分達が作ったアイテムを販売して貰ったりといった恩恵を受けていた。
「優秀な職人は貴重ですからね……おっさん達を見ているとよくわかる。
ボス討伐が終わったら、うちも生産設備をもっと充実させないと」
優秀な職人プレイヤーは、ある意味前線プレイヤー以上に重宝される存在だ。
それを別のギルドに取られたり、逃げられないようにする為にはしっかりと働きに報いる必要がある。
「それはいいけれど、そのための資金はどうするの?」
「……エリアボスの撃破報酬に期待ですかねぇ」
カエデからのツッコミに、目をそらしながら答えるシリウス。
彼自身を筆頭に、高品質な装備を要求される盾役や物理アタッカーが多めの流星騎士団は、とにかく金がかかる。
下手にトップギルドになり、新人が続々と入ってきている事もあって、出費がかさんでいた。
「いざとなったら【C】に融資をお願いしますよ……その時はカエデさん、お願いします」
「あらあら、仕方ないわね……」
おっさんとて、カエデが相手ではそう強くは出られまいという考えの元、彼女に依頼するシリウスだった。
その後もシリウスはカエデにサポートしてもらいつつ、ギルド資金や経験値の管理、ギルドメンバーへのミッションの発行などの雑務をこなした。
「それじゃあ少し早いですけど、僕はこれで落ちますね。……期末テストも近いですし、勉強しないと」
「はい、お疲れ様。勉強頑張ってね。……はぁ。椛も少しは北斗君を見習えばいいのに」
ギルドマスタールームで、周囲に他のプレイヤーが居ないためか現実世界の話題が出る。
シリウスは現実世界においては高校三年……つまり受験生であるため、ゲームばかりしている訳にもいかないのである。
幸いにして彼は、常にテストの成績順位が一桁台の優等生であるため、ある程度息抜きとしてゲームをしていても、咎められる事はないのだが。
ちなみに周防北斗の幼馴染であり、鷺ノ宮楓の従妹である鷺ノ宮椛は、家では一切勉強などしない。最新のカプセルベッド型VRマシンでアルカディアにログインしているか、下着姿でベッドに寝そべりながら漫画を読み、ボリボリと音をたててポテトチップスを頬張り、コーラを飲んでいるかのどちらかである。
それでいてテストの点数や順位はシリウスより少し低い程度であり、シリウスにとってはそれが実に遺憾であった。
下手に赤点など取られても、どうせ自分が面倒な事に巻き込まれるだけなので、それよりはマシなのだが。と、半ば諦め顔で考えるシリウスであった。
◆
図書館の最上階にある一室で、カズヤは高級そうな椅子に座り、古びた書物のページをめくっていた。
街にある図書館。そこで読める本の中には、その多くが明かされていない、このゲームの世界観について書かれた物や、隠されたスキルや奥義、魔法の手がかりとなる物、クエストのキーとなる物など、有益な物が多い。例えば究極魔法クエストの発端となった書物なども、カズヤがこの部屋で見つけた物だ。
図書館は、上の階ほど希少な書物が置いてある。
そのため三階以上の本を読むためには、実績や名声値が一定以上必要であり、また魔力パラメータや魔法スキルレベルが一定以上なければ読めない魔道書、対応する武器レベルやパラメータが要求値を満たしていなければ読めない奥義書などがあり、素人には手出しできない領域だ。
カズヤは最上階に出入りできる数少ないプレイヤーの一人であり、時折その一室で、こうして書物を読みあさっていた。
「兄上ー、あったぞ」
そんな彼に声をかけてきたのは、トップギルド【魔王軍】を率いる銀髪の少女、エンジェ。現実世界においてはカズヤの実妹である。今日もゴスロリ風の黒い衣装を着て、眼帯で片目を隠していた。
彼女は抱えていた何冊かの分厚い本、そのうちの一冊を兄に向かって差し出す。
「ああ、ご苦労」
カズヤはずっしりと重い書物を受け取り、もう片方の手で妹の銀髪を優しく撫でた。
「構わぬ。物のついでだ。しかし兄上はまた珍しい……というより、よくわからない奇矯な本を集めておるな。俗人にはわからぬ深慮による物なのであろうが、一体何が目的なのやら」
エンジェは兄の前にある机、その上に積まれた本のタイトルをしげしげと眺める。
「古代王国の興亡」「七柱神と創世の女神」「封じられし七種族の謎」「龍人族とドラゴン族の関連性についてのレポート」「錬金術と魔法工学の起源」「精霊との交信」……等々。
彼が読んでいる本は、その大部分がこのゲーム、「アルカディア」の世界観や歴史に関わる物だった。
一方エンジェが集めている本は、やはり魔法に関する魔道書、スキルブックの類が多い。
「暗黒魔法大全」「元素魔法スキルの派生系について」「全く、魔法少女は最高だぜ」「効果的な瞑想」「悪魔召喚書」「ウドンノミコン」「古代エルフカラテ ~魔法と弓、そして格闘技を組み合わせた新たなる戦術~」等である。何かおかしな物が幾つか混ざっている気がするかもしれないが、気のせいである。
妹の問いには答えず、再びカズヤは書物に目を落とす。
エンジェはやれやれ、と肩をすくめるポーズをして、自分の本を抱えると、カズヤの膝の上に座った。彼女にとって、兄が集中し始めると周りの事が見えなくなるのはいつもの事だ。
「うむ、なかなか快適である」
満足そうに頷き、エンジェもまた、本棚から借りてきた古代エルフカラテについて書かれた書物を開くのだった。
◆
「何やってんだかね、アイツは」
おっさんがインターネットブラウザを眺めつつ、やれやれと溜め息を一つ吐く。それから煙草を一本取り出して咥えた。
VRゲーム空間内では今おっさんがやっているように、ブラウザ・ウィンドウを空中に呼び出してインターネットを楽しんだり、攻略サイトの閲覧、掲示板の書き込み等が可能である。
おっさんは動画サイトの生放送を視聴していた。アナスタシアが乱心し、シリウスが止めに入り、戦闘が始まる。動画内には「アナスタシアご乱心www」「殿中!殿中でござる!」「アナ公落ち着け、ハウス!」「だが気持ちはわかる」「メイン盾きた!これでかつる!」「そんな事よりおうどんたべたい」などと、コメントが忙しなく流れている。
「おう、後でログアウトしたら作ってやるから落ち着きやがれ。流石にクックが作った奴ほど美味くはねーだろうがな」
おっさんが、ここには居ないアナスタシアへと向けて語りかける。
【ウィスパー】や【個人チャット】と呼ばれる、特定のプレイヤーのみと会話をする為のシステムだ。
ちゃんと聞こえたようで、動画内のアナスタシアの動きがピタリと止まった。
そこをすかさずシリウスが取り押さえたのを確認し、おっさんはブラウザを閉じた。
「さーて、それじゃ続きをやりますかね」
そう呟いて、椅子から立ち上がるおっさん。
工房の中央に立ち、広げた両手を床に押し付ける。
錬成陣と呼ばれる、【錬金術】スキルを使用する際に現れる陣が床に展開された。
素材を錬成陣の中央に置き、それらに手をかざし、複数の素材を混ぜ合わせながら、慎重に魔素を入れていく。
少なすぎても、多すぎても駄目だ。
【神眼】スキルのアビリティ【精霊の目】で属性値を注意深く確認しながら、少しずつ合成を進めていく。
「水、風、火、土、雷、光、闇、火……もう一丁光……よし、こんなもんか」
最後に再び錬成陣に手を置くと、錬成陣が輝きを放つと共に合成が完了する。
色を失い、消えゆく錬成陣の中心に置かれているのは、赤みがかった金色に光り輝く金属のインゴットだ。
アイテム名は【ヒヒイロカネ】。
「……よし。コツは掴めたな」
ここ数日で試行錯誤しながら開発を進めていた新素材が、ようやく完成した。品質も上々。
実はこのヒヒイロカネなる金属、自然界には存在せず、かつて滅んだ古代王国と共に製法も失われた幻のアイテムで、一部の強力な装備用としてデータは存在するが、プレイヤーの手に渡るのはまだ先になる筈であった。
その失われた製法とは、すなわち機械人族と共に滅びたはずの錬金術による物。
おっさんはそれを、ノーヒントで見つけ出した。
「よっしゃ、まずはこいつを量産しねーとな」
おっさんはギルド倉庫から、必要な素材をまとめて取り出した。後で使おうと思っていた希少金属素材がゴッソリと姿を消したのを見てテツヲ率いる鍛冶師達が悲鳴を上げたが、そんな事は些細な事である。
倉庫から素材を取り出したおっさんは、再び錬金術を用いて合成を繰り返す。
そして大量の素材と魔素を消費して、幾つかのヒヒイロカネを作り出した。
そして、作り上げたヒヒイロカネを使って、武器を製作していった。
どれほど時間が経ったか。工房の扉を叩く、ノックの音が聞こえた。
「誰だ?」
おっさんが誰何する。
「ユウです。今大丈夫ですか?こっちの仕事は大体終わったので、生産を見学させてほしいんですが」
訪ねてきたのは、ギルド【C】のサブマスターであり、おっさんの直弟子である職人、ユウであった。
おっさんは一瞬考えた後に……悪戯を思いついた少年のような顔でニヤリと笑い、言った。
「お前が本当にユウならば、合言葉を言え」
「何ですかそれは。聞いた事ないですよそんなの」
「なーに、簡単なクイズだ。お前なら答えられるはずだ」
「はぁ……まあいいですけど」
どうせまた、いつもの「急に面白い事思いついたからやってみるぜ」的なノリであろうと推測し、了承するユウ。
クイズという事は、生産に関する問題でも出されるのだろうか。
「では問題だ」
「どうぞ」
そう考え、ユウは今までアルカディアを職人としてプレイし、覚えた知識や技術を総動員して問題に答えんとする。
「武器の製作注文が入った。依頼人は魔法使いだが、打撃系の物理アーツも多く習得しており、打撃武器としても優秀な杖を希望している。さて、どうする」
「鍛冶スキルを使用して、金属製の杖を作ります」
「なるほど。それならば物理攻撃力は木製の杖よりも高くなるだろう。だが肝心の魔法補助具としての性能は大幅に下がるぞ。そこをどう解決する?」
「ミスリル素材を使用します。金属素材の中では最も魔法と相性が良いため、それで解決できると思われます」
「良いだろう。だがミスリルで作った武器はその分、物理攻撃力は抑え目になるな。それに対する解決手段を用意できるか?」
「打撃に使用する先端部分にはアダマンタイトを使用します。既に我がギルドではミスリル・アダマンタイト合金の製法が確立されており、これらの素材を繋ぎ合わせる事は問題なく可能かと」
「良い回答だ。しかしながら今度はアダマンタイトを使用した事により、先端部分で魔力の流れが阻害されてしまうな。こいつは重大な欠陥だぜ」
「では、神魔石の粉末を金属に混ぜたらどうでしょうか」
「よし、入れ」
鍵が開く音がして、扉が開く。ユウは工房の中に足を踏み入れた。おっさんが出迎え、彼女の頭を優しく叩く。
「なかなか面白ぇアプローチ方法だ。だが、おめーはちと色々と回りくどいな」
「どうも。じゃあ師匠なら、どうするんですか?」
「俺なら……こうだ。最高の素材を使って最高の仕事をすりゃあ、最高のモンが出来る。たったそれだけの単純な話よ。こんな具合にな」
ユウの質問に対し、おっさんは先程作った武器を取り出した。
ユウは手渡されたそれを【鑑定】スキルを使用して観察し――目を見開いた。
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【麒麟】
種別 杖
品質 ★×10(伝説級)
素材 ヒヒイロカネ
製作者 謎のおっさん
攻撃力+90 魔法攻撃力+240
防御力+20 魔法防御力+80
STR+20 VIT+20 AGI+20 DEX+20 MAG+60
【特殊効果】
魔法の詠唱速度を増加 Lv5
魔法のクールタイムを減少 Lv5
魔法使用時の消費MPを軽減 Lv5
火炎/冷気/疾風/大地/電撃属性魔法を強化 Lv8
神聖/暗黒/混沌属性魔法を強化 Lv10
召喚魔法を強化 Lv10
物理攻撃時、神聖属性の追加ダメージを与える Lv6
物理攻撃時、暗黒属性の追加ダメージを与える Lv6
武器防御成功時、被ダメージを減少する Lv3
このアイテムは耐久度が存在せず、破壊されない
【武器専用アーツ】
エレメンタルバースト(杖75~)
【武器専用魔法】
麒麟召喚(召喚魔法80~)
【解説】
伝説の精霊【麒麟】の名を冠した魔杖。
伝説の金属を用いて作られた、緋金色に輝く杖。
その性能は通常の杖とは一線を画す。
非常に高い魔法攻撃力と魔法強化能力を持ち、
また白兵戦においても下手な剣よりずっと強力。
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「わかるか?いちいち作業の手順なんぞを口で説明する必要は無ぇって事よ。ただ作ったモンを持ってきて、『これが正解だ』って言えばいい。百聞は一見に如かず……ってな」
「……なんですかこれは」
「何って、エンジェに明日のボス戦用に頼まれてた新作に決まってんだろ。それからこっちの【白龍】と【黒龍】。左右で一対の片手剣で、こいつらはカズヤ用だな。更にこれがレッド用の鎌、【クリムゾン・リーパー】だ。こいつは何と攻撃力は勿論、攻撃範囲拡大と首狩り強化がそれぞれレベル10で付いた対人究極兵器でよ……おっと、驚くのはまだ早ぇ!肝心の俺の銃だが、まずこれまでのオートマチック・タイプから六種の魔弾カートリッジをリロード無しで切り替え可能なリボルバー・タイプに変更したんだ。言わば魔導銃剣の第三世代機プロトタイプだな。更に新機能として……」
おっさんの講釈を聞きながら、凄まじくトチ狂った性能の武器を目にしたユウが虚ろな目で呟く。そんな弟子に対して、おっさんは次々と新作の武器を取り出して、見せびらかすのであった。
あと二分割の予定でしたが書いたり消したりプロット直したりしている間に一本に纏まりました。
これでもだいぶ削って短くした、はず。
それと、うどん公国と古代エルフカラテに関しては本編で詳細が明らかになる予定はありませんのでご了承下さい。
何故かうどん公国に対する感想欄の食いつきが凄かったので念のため。
「謎のおっさんとうどん戦争」とか「謎のおっさんとMMO劇場版 おっさん式CQC VS 古代エルフカラテ」とかが始まる予定はございません。ないったらない。




