27.謎のおっさん、錬金する
ギルド【C】本拠地の一角、おっさんの自宅兼工房にて。
おっさんは工房の中央に立ち、床へと手をかざした。すると高級な絨毯の上に光の線が浮かび上がり、魔法陣を描いた。不可思議な幾何学模様。【錬成陣】という、錬金術を行使する際に現れる陣。
それを確認したおっさんは、アイテムストレージから取り出したアイテムをその中央へと置く。それは赤いインゴット(金属の延べ棒)。炎鉄だ。
床に置かれたそれに、おっさんが手を伸ばす。
「【魔素抽出】……っと」
おっさんが先日習得したスキル【錬金術】の初期習得アビリティ、【魔素抽出】を使用すると、床に置かれた炎鉄のインゴットは淡く光り……小さな赤い光の群れとなって、おっさんの手の中に吸い込まれていった。
『火の魔素×8を入手しました』
炎鉄のインゴットが消え去り、代わりに【火の魔素】というアイテムがおっさんのアイテムストレージへと収納されていた。
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【魔素抽出 Lv1】
種別 生産/アクティブ/ベーシック
習得条件 【錬金術 Lv1】(自動習得)
消費MP 対象アイテムの品質×10
【解説】
アイテムを破壊し、錬金術に使用するための魔素を抽出する。
抽出できる魔素の種類はアイテムの属性に依存する。
一度に抽出できる魔素の数はアイテムのレア度、品質に依存する。
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この【魔素】と呼ばれるアイテム達が、錬金術というスキルを使うために重要な物らしい。
おっさんは幾つかのアイテムを消費し、更に幾ばくかの魔素を抽出した。
「次はこいつか」
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【魔素合成 Lv1】
種別 生産/パッシブ/ベーシック
習得条件 【錬金術 Lv1】(自動習得)
【解説】
素材アイテムを製作する際に、魔素を材料として加える事ができる。
一度にアビリティレベルの2倍の数だけ魔素を加える事ができる。
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おっさんは炉の前に立ち、鍛冶スキルに属する【精錬】のアビリティを使用した。最高級の炉に、炎鉄のインゴットを投げ入れる。品質は★×9だ。そして、それと共に火の魔素も二つ。
やがて、完成したインゴットが炉の中から姿を現す。
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【烈火鉄のインゴット】
種別 金属
品質 ★×3
製作者 謎のおっさん
【解説】
炎鉄よりも強い火炎属性を持つ金属のインゴット。
属性のバランスが崩れており、品質は低い。
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「ダメだな」
それを見て、ぽつりと不満そうに呟くおっさん。
新しいアイテムは出来たものの、品質が著しく低い。折角の新素材も、これでは良質の装備を作るのは難しいだろう。
打開策を考えるおっさんは、解説の「属性のバランスが崩れている」という点に注目した。
「【精霊の目】」
おっさんが【神眼】スキルに属する上級アビリティを発動させると、彼の両目が薄緑色に輝いた。
一定時間、目視した対象の持つ属性や、各属性への耐性を看破する能力を得るアビリティだ。
その目でもって烈火鉄のインゴットの情報を確認すると、火属性が極端に高く、逆にそれ以外の属性が非常に低くなっていた。
次に通常の炎鉄を見ると、やはり火属性は高いものの、土や雷の属性もそれなりの値だ。
「ナルホドね。各属性のバランスを取りつつ、必要な所を上げていく必要がある訳かい。……となると、満足のいく物を作るにはもっとレベルを上げてやる必要があらぁな。魔素も大量に必要そうだ」
おっさんはスキルレベル上げと魔素の確保の為に、MPポーションを大量に使用しながら、倉庫から引っ張り出したアイテムを次々と分解していくのだった。
それから数日後。
「……お?」
「あ?」
ギルド【C】の敷地内を歩いていたおっさんは偶然にも、とあるプレイヤーと遭遇した。
クック達料理人チームが経営するレストランから出てきたのは一人の男。
上半身はトゲトゲした装飾のついた露出の激しいデザインで、下半身は所々が破けた革パン。背中には両刃の斧、バトルアックスを背負っている。
そして何よりも特徴的なのはその髪型。天を突かんとばかりに頭の中央で逆立った巨大なモヒカン。
頭上に表示されるキャラクターネームは「モヒカン皇帝」。
PKギルド「世威奇抹喪非漢頭」のギルドマスターである。
そして彼に続いて数人の男達が続々と扉から出てくる。彼の仲間であるPKプレイヤー達だ。
巨大なハルバードを担いだ、バンカラ風のファッションに身を包んだサブリーダー格の男「リーゼントキング」。
スイカの如くボリューム感溢れるビッグなアフロ頭にサングラス、ツーハンドソードを装備した「アフロ元帥」。
両腰に一つずつの片手鈍器、背中に朱槍を背負う、傾奇者のような派手な陣羽織と天高く結い上げられた巨大な髷が特徴的な「征夷大将軍」。何か色々と間違っている。
くすんだ金色の髪を、まるで竹箒を逆さまにしたかのような奇抜な髪型にセットした、トゲトゲしい逆毛頭のライフル使い、「逆☆毛☆王」。
モヒカンの友人であり、モヒカンズのサブマスター達だ。どうでもいいがこいつら、どいつもこいつも無駄に名前が偉そうである。
「ヒャッハー!決闘だァ!」
おっさんを見るなり、決闘申請をおっさんに向かって飛ばすモヒカン。そんな彼に対して、おっさんは挑発的に笑う。
「飯食って腹いっぱいになったから次は喧嘩の時間ってか。遊んでやってもいいが、ちったぁマシになったんだろうな?」
「ヘッ、たりめーよ!以前の俺と同じだと思うなよ!」
「そいつぁ楽しみだ。モードはどうする?」
「デスマッチモードに決まってんだろぉぉぉがぁぁぁぁあ!」
『【モヒカン皇帝】から決闘を申し込まれました。受けますか?』
眼前に表示されるシステムメッセージ。おっさんは右手の人差し指でYESをタッチ。
それと同時にカウントダウンが開始され……
『決闘開始』
その文字と共に両者が動く。
「行くぜ!俺の必殺アーツを受けてみやがれ!」
モヒカンが両手に握った斧を大上段に構え、【グランドスマッシュ】を発動する。
全力で斧を叩きつけて大ダメージを与えると共に、地面を揺らして土属性付き範囲ダメージも与える二段攻撃技だ。
おっさんはそれを紙一重で見切り、躱しながらモヒカンの懐にするり、と踏み込む。そして彼の顔面に向かって掌底を叩き込もうとして……
「ヒャッハアアアアアアア!」
何と、モヒカンは【グランドスマッシュ】の軌道を途中で止め、強引に別のアーツ……回転しながら両手斧を振り回して、自分を中心とした範囲攻撃を繰り出す【ヘヴィトルネード】へと切り替えたではないか!
「チッ」
手を引きつつ、おっさんは舌打ちしつつ、バックステップで瞬時に距離を取った。やろうと思えば離脱する前に掌底を当てる事は出来たが、それをすればモヒカンの攻撃を完全に躱せない可能性があった。
仮に相打ちになった場合、素手の攻撃と両手斧のアーツでは、こちらのほうが受けるダメージが大きい。リスクとリターンを天秤にかけて、おっさんは安全策を取ったのだ。
「成る程。少しはマシになった」
「ヘッ、まだまだこっからよ……!」
読者の皆様は覚えていらっしゃるだろうか。今から二ヶ月と少し前、正式サービスが始まった日に出会い、決闘を行なった二人の男を。そう、今まさにここで干戈を交える男達、おっさんとモヒカンである!
あの日、モヒカンは全く本気を出していないおっさんを相手に、成す術なく敗北した。今の二人の攻防は、あの日の焼き直しのようであった。
だが見よ、今のモヒカンはレアスキル【ダブルアクション】を使いこなし、おっさんのカウンターを見事に切り返して見せたではないか。
男子三日会わざれば刮目して見よ!もはや、かつて一度のぶつかり合いで無様に敗北したモヒカンとは別人である!
「ならば、俺の新しい技を見せてやろう!」
おっさんがそう宣言すると共に、地面に巨大な、光の線で出来た陣が現れる。【錬金術】スキルを使用する際に現れる錬成陣だ。
【錬金術】スキルは生産スキルとの組み合わせによって、独特なアイテムを作り出す技法ではある。しかし、それは一側面に過ぎない。
変わり種ではあるが【究極魔法】の断片が一つ。当然、戦闘に使える技術も多く内包している!
「【ファイアフィールド】!」
おっさんが、火の魔素を一つ取り出して陣の中央に投げ入れる。すると、錬成陣を構成する光の線が、赤く発光したではないか。
おっさんが使ったのは、地面に巨大な錬成陣を描き、魔素を消費する事で、一時的に広範囲の属性を変質させる、【錬金術】スキルの魔法であった。
そしておっさんは、二挺の魔導銃剣、ブラックライトニングとクリムゾンゲイルを抜き放ち、モヒカンに向けてトリガーを引いた。
【フレイムショット】。火炎属性の弾丸を放つアーツを放つ。だが炎の大きさや勢い、そして威力は通常のフレイムショットより遥かに大きいではないか。
その秘密は、ファイアフィールドによってフィールドの属性が火炎属性に変わった為、火炎属性の攻撃の威力が上がっている事。
そして、おっさんの魔導銃剣に装填された魔弾だ。おっさんが錬金術を使って作成した、属性付き魔弾の試作品。当然いま装填されているのは火炎属性のものだ。
ブーストされた魔弾による連続攻撃を受け、劣勢になるモヒカン。だが彼とてこの二ヶ月半ほどの間、多くのモンスターやプレイヤーと戦って経験を積んできたのだ。
どういったスキルによる物かは不明だが、少なくともおっさんが何かをして、火炎属性の攻撃の威力を上げているのだと瞬時に判断!奴がその属性の攻撃ばかりを繰り返すのがその証拠!
そして、どうやらこの地面に描かれた魔法陣により、広範囲にその影響があるのだと推測し、モヒカンは己の取るべき手段を定める。
「だったら利用させて貰うぜぇ!」
連続で叩き込まれる銃弾へ向かって恐れずに踏み込んで、モヒカンは【クイックチェンジ】を使用して武器を換装する。
メインで使っている、アダマンタイト製の攻撃力重視のバトルアックスから、火炎属性の追加ダメージを与える炎鉄製の真っ赤な斧へ。
「【灼熱のバーニングスマッシュ】だオラァ!!」
斧と、そして己の身に紅蓮の炎を纏い、モヒカンが走る。奥義アーツがおっさんに迫る。
爆炎を纏ったままおっさんに強烈な体当たりをかまし、態勢を崩し、そこに斜め下から全力で振り上げた斧の一撃をお見舞いする。吹き飛ぶおっさん。
「まだだ!汚物は消毒だァー!」
ついにおっさんに一撃を入れたモヒカンだが、そこには一切の油断も慢心も無い。あの男がこの程度でやられる訳が無いという、ある意味での信頼がそこにはあった。
モヒカンは火炎放射器(先日、Cのギルドショップで購入した物だ)を左手で構え、おっさんに向けて炎を噴射させて追撃を行なった。
土煙と炎でおっさんの姿が隠れるが、やがてその中から姿をあらわすおっさん。
モヒカンはそのHPがどれくらい減ったかを確認すべく、ちらりと彼の頭上を見るが……
「なっ……大して減ってねぇだと!?」
見れば、おっさんのHPは未だ、3/4ほども残っているではないか。
確かにモヒカンから見れば、おっさんは格上のプレイヤーだ。だが彼は防御にはあまり重きを置いておらず、軽装だ。幾らなんでもトップクラスの攻撃力を持つ両手斧の奥義、しかもブーストされた物を直撃されて、これだけ残っているのはおかしいではないか。これは一体どういった理由による物か?
「足元を見てみな」
その疑問が顔に出ていたのだろう。驚くモヒカンに対して、地面を指差すおっさん。そんな彼から目を離さないようにしながらも、ちらりと一瞬だけ地面を見る。
「なっ……!?」
すると……おお、なんという事か!燃え盛る炎のごとき赤色だった錬成陣は、いつのまにか凍てつく氷河のごとき青白い色へと変貌していたではないか!
更に、モヒカンの足は凍りついており、地面にくっついて動かない。
「いつからフィールドが火炎属性だと錯覚していた?」
「なん……だと……!?」
モヒカンが錬成陣の色を確認してから、攻撃に移るまでの間。モヒカンの視線までもを冷静に観察していたおっさんは、その盲点を突いて【アイスフィールド】をコッソリ発動。フィールドの属性を冷気属性へと変化させていたのだ!そのおかげで火炎属性の威力は半減!
そして、同じくおっさんが発動させたのは以下の魔法だ!
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【フリージングマイン Lv3】
種別 魔法/アクティブ/アドバンス
消費MP 50
習得条件 【錬金術 Lv15】【罠 Lv15】
【解説】
錬金術によって氷の罠を錬成する。
踏んだ者に冷気属性のダメージを与えつつ、
更に一定時間、移動不可の状態異常を与える。
冷気属性のフィールドの上でのみ使用可能。
魔法使用時、水の魔素を三つ消費する。
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【高速錬成 Lv3】
種別 魔法/パッシブ/アドバンス
習得条件 【錬金術 Lv18】
【解説】
錬金術スキルに属する魔法を高速で発動できる。
錬金術発動時間 -15%
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これにより、おっさんは己の足元に氷のトラップを設置し、モヒカンの動きを止めたのだ。
「くっ……自分が有利だと思い込まされてたって事かよ……!」
己が有利な状況であると信じている者ほど、虚を突かれ罠にかかりやすい。踊らされていた事を悟り、歯噛みするモヒカン。
「ガハハ、惜しかったな。ま、そこそこイイ線いってたと思うぜ?」
もっとも、俺に勝つにはまだまだ未熟だがな。
そう言い放ち、おっさんは冷気属性の魔弾を装填。
移動が出来ないモヒカンに向かって【ペンタショット】による五連撃を叩き込んだ。
HPが0になったモヒカンが倒れ、小さなポリゴンの群れとなって四散する。
「新技の良い練習になったぜ……じゃあなガキ共、また来いよ。敷地内で他の客やギルドメンバーに手ぇ出さねえ限りは歓迎してやらあ」
そう言って、おっさんはモヒカンズの男達に背を向けて、歩み去るのだった。
錬金術は生産にも戦闘にも使える便利魔法。
ただしどっちにも魔素を大量消費するのでアイテムを沢山分解する必要があり、上位の技になるほど更に消費量が増えるため一般人が使うとお財布がマッハで薄くなる仕様。
あと久しぶりにモヒカンが書きたくなってこんな感じに。一話のリベンジですが、彼もだいぶ成長したものだと思います(しみじみ)




