26.謎のおっさん、新たな力に目覚める
「何だここは……神殿……いや、祠か?」
扉の先へと足を踏み入れたおっさんが見たのは、これまでの火山洞窟とは全く異なる雰囲気の、石造りの通路だった。
細長い通路を進むと、その先には荘厳な雰囲気の部屋があり。
その中央には台座がぽつんと一つだけ、置いてあった。
そして、その前に立つ男が一人。
身長は190センチにやや満たない程度の、長身痩躯の青年だ。青みがかった灰色の髪は肩のあたりまで伸ばされ、革鎧とブーツ、外套を着用し、背中には二本の長剣を×字に交差する形で背負っている。
男がゆっくりと振り向く。
「騒がしいと思ったら……何だ、おっさんか」
おっさんにとって、その男の顔は見慣れた物だった。カズヤ。【龍王】の二つ名で呼ばれるソロのトッププレイヤー。
「よう、奇遇だな。ところで此処は一体何だい?」
おっさんは手を挙げて彼に応えると、ゆっくりとした足取りで近付いていった。
「知らずにたどり着いたのか……封印された扉があった筈だが」
正規の手順でこの部屋へと入ったカズヤは驚いた顔で言うが、それに対しておっさんはとぼけた顔で、
「扉?ああ、ぶった斬った」
とのたまった。それを聞き、なんとも言えない表情になるカズヤ。
「チートも大概にしろよ……真面目にクエストを進めた俺が馬鹿みたいじゃないか」
「別にズルはしてないさ。ちゃんと開いたって事は、やり方が普通と違うだけで問題は無いってことだ。ほらアレだよ、アリアハンでアバカム覚えて、シナリオ無視して進んでやったぜ的な」
「イオナズンで扉を吹っ飛ばしたようにしか見えんがな」
おっさんは相変わらずアホだな、と呆れ顔になるカズヤであった。
「そもそもクエストを受けてすらいないのに、入ってどうする気だった……」
「ん……特に考えてなかったな。そもそもあの扉の奥に、何があるのか気になっただけだしなぁ。つーわけで教えてくれや」
カズヤの問いに、おっさんはそう回答した。おっさんはよく、細かい事を考えずにその場のノリと勢いだけで行動する。その事をよく知っているカズヤはそれ以上追求する事はなかった。
「おっさん、このゲーム……アルカディアの世界観についてはどれくらい知っている?」
質問に質問で返すカズヤだったが、恐らくこの部屋の秘密に関わる事なのだろう。
「大して知らねぇな……公式サイトにもろくに情報載ってねぇしよ」
「そうか。では大雑把にだが説明しよう」
カズヤが語った内容は、以下のようなものであった。
かつて、この地が理想郷と呼ばれていた時代。
創世の女神と、その眷属の七柱の神は、世界とそこに住まう者達を作った。
火の神はドワーフを。
水の神はエルフを。
風の神は有翼人を。
地の神は獣人を。
雷の神は機械人を。
光の神は龍人を。
闇の神は魔人を。
そして創世の女神は人間を。
それぞれ生み出し、彼らに地上を委ね、いと高き天空より彼らを見守った。
八つの種族は力を合わせ、高度な文明を、地上の全てを支配する巨大な王国を築き上げた。
彼らは平和と豊かさを享受し、それをもたらした神々に感謝した。
だが幾つもの昼と夜が巡り、数百年という年月が過ぎ去った頃。
神話は忘却の彼方へと追いやられ、人々は神への感謝を忘れた。
長い平和な時代と、優れた文明を手にした事により傲慢になった人々は、やがて神々の領域である天空をも我が物にしようと企んだ。
彼らは巨大な塔を作り、天空へと侵攻せんとする。
七柱の神々は怒り狂い、己が生み出した者達へと鉄槌を下す。
ドワーフも、エルフも、有翼人も、獣人も、機械人も、龍人も、魔人も、みな創造主の手によってその殆どが殺され、僅かに生き残った者達も地の底へと封印された。
天高く築き上げられた塔はへし折られ、地上に築かれた巨大な王国は灰燼と化した。
創世の女神は嘆き悲しみ、僅かに残ったか弱い人間達を残して空へと消えた。
女神の悲しみをあらわすように、海と空と大地は荒れ、荒廃した世界だけが残った。
かくして、理想郷は消え去ったのである……
「……といった内容だ。今、俺達が居るのはそれから更に数百年後の世界。僅かに残った人間達は街……つまり俺達が拠点としている、スタート地点の街だな……を作り、細々と生き存えている状態だ。そんな状態から、かつての理想郷を再び取り戻すために、荒れ果てた世界を冒険・開拓するのが俺達の役目だとか」
朗々と唄う吟遊詩人のように、カズヤが語り終える。
「ちなみに魔法や……おっさんが使う魔法工学、および魔導銃などの兵器も、その古代王国時代に生み出された物という設定だ。もっとも、その技術の殆どは失伝しているようだが」
「なるほどね……随分と詳しいじゃねぇか」
おっさんは煙草の煙をゆっくりと吸いながら、今聞いた話を脳内で整理する。
「あ、一本くれ。長く話していたら疲れた」
「はいよ」
おっさんはカズヤに煙草を一本と、コーヒーをアイテムストレージから取り出して渡した。ついでに自分のぶんのコーヒーも取り出す。
「今の話と、扉のメッセージにあった【断片を集めよ】って言葉から考えるに……お前さんがこの場所に集めた物は、その古代王国時代の遺産か何か、かい?」
コーヒーをすすって一息ついた後に、おっさんがそう尋ねる。カズヤはああ、と短く応えて頷いた。
「話が早くて助かる……流石に探偵業なんてやってるだけあって名推理だな」
「よせやい。こちとら旅行に行っても殺人事件に巻き込まれた事も無ぇヘボ探偵でい」
冗談めかして言うカズヤに対して、しかめっ面で言うおっさんだった。
ちなみに殺人事件の件は、実際はおっさんが未然に(無意識のうちに)妨害しているため何も起こらなかったり、事が起こりそうな場所を抜群の危機察知能力で回避しているだけである。
「そして、これが俺が集め……この場でつい先ほど完成させた物だ」
そう言って、カズヤが取り出した物は……一冊の本であった。
彼は荒野の各エリアに眠る遺跡を探し、その内部を探索して、この書物の断片を集めていた。
カズヤはゆっくりと口を開き、そしてさらりと爆弾を投下する。
「クエスト名、そしてこのアイテムの名は【究極魔法の書】。
かつて失われた究極の魔法が記された書物であり――
【使用した者にユニークスキルを付与する】効果を持っている」
ユニークスキル。
その名の通り、その者だけが持つ唯一無二のスキル。
そんな物が存在すれば著しく公平性を欠き、ゲームバランスを崩壊させる要因になるゆえに、本来オンラインゲームにあってはならない代物である。
以前から、その存在の噂だけは様々な場所で囁かれていたが……実際に目にし、習得できた者は今まで居なかった。
それが、目の前にある。
カズヤはウィンドウを操作し、それをおっさんの前に示した。
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【精霊魔法】
種別 魔法・ユニークスキル
所有者 カズヤ
【解説】
究極魔法の一つ。かつて滅んだエルフ族の長が編み出した魔法。
精霊と契約し、その絶大な力を振るう事ができる。
このスキルの習得には通常のスキル枠を消費しない。
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【究極魔法の書】
種別 書物・ユニークアイテム
耐久度 2/7
【解説】
失われた古代王国時代の禁呪が記された魔道書。
使用する事で、七種のユニークスキルのうち一つを習得可能。
既に習得されたスキルを他の者が習得する事はできない。
プレイヤー一人につき、一回のみ使用可能。
一回使用するごとに耐久度が1減少し、0になった時に消滅する。
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「こいつぁ凄ぇや。ところで随分と耐久度が減っているようだが?」
「俺が一回使って、後はペットに覚えさせた」
さらりと言い放つカズヤであった。まさかのユニークスキル5種を自分とペットで独占という暴挙!この男も何気におっさんと同類である。
「なるほどね……」
おっさんは目の前に示された情報を見て、考える。
そしてカズヤの目を見て、たった一言。
「いくらだ?」
おっさんの言葉を受けたカズヤもまた、簡潔に返す。
「それに見合う対価を要求する」
既にユニークスキルを習得したカズヤには、他の六種類の究極魔法を習得することは出来ない。
そのため、それらは別のプレイヤーが習得する事になるが……言うまでもなく、ユニークスキルの持つ魅力は絶大だ。
それを握っている以上、他のプレイヤーに使わせるとしても、それ相応の対価を要求するのは至極当然の事である。
その上で、おっさんはこう言ったのだ。
「使わせろ。幾ら払えばいい」
そしてカズヤはこう言ったのだ。
「お前が決めろ。それに見合うだけの物を提示してみせろ」
と。
それが見合う物では無いと彼が判断すれば、この話は無かった事になるだろう。
おっさんは少し考えた後に、一つのアイテムを取り出した。
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【Cカード(ブラック)】
ギルド【C】ギルドショップの会員カード。
一部のVIPのみに支給される最高ランクのカード。
【サービス内容】
買物の際、25%の割引サービス(常時)
秘密商店の利用権(常時)
ギルドオークション手数料無料(常時)
ギルド工房利用権(常時・無料)
ギルド採集施設利用権(常時・有料)
ギルド宿屋スイートルーム利用権(常時)
ギルドマスターのオーダーメイド権(月1回)
サブマスターのオーダーメイド権(月3回まで)
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「うちの店の会員カードだ……通常はアイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナの五種類しか扱ってねぇが……そいつは俺が認めた奴にだけ渡す特別製よ」
ちなみに、トップギルドのマスターであるシリウスやエンジェに渡してあるのは、「通常の」最高ランク品であるプラチナカードだ。
カズヤはトッププレイヤーとは言え、ほぼソロ専門の根無し草。それを考えれば、いかに特別扱いであるかが分かるだろう。
「それに加えて……今後お前の頼みを無条件で、なんでも一回だけ聞いてやる。どうだ」
おっさんがそう言うと、カズヤは手に持った本をおっさんに手渡した。
「いいだろう。しかし、アンタが何でも言う事を聞くとは……随分大きい空手形だな」
おっさんは素直に人の言う事を聞くような男ではなく、自分の意に沿わなければ、誰の言う事だろうと頑として聞かない我儘さがあった。
それをよく知っているカズヤは意外に思いながらも、ユニークスキルが手に入るとなれば、流石のおっさんでもそこまでやるかと思う。
「まあ、おめぇが相手がからな。こう見えても、俺はおめぇの事を高く買ってるんだぜ?少なくとも、俺の知ってる奴の中じゃ一番デキる奴だってな」
そう言って、おっさんは受け取った本を眺めつつ……ニヤリと笑った。
「おっと。俺自身を入れりゃあ、残念ながら二番目だな」
「言ってろよ……ああ、本はその祭壇の前に立って使え。そうすればスキル習得用のイベントが起きる」
おっさんは言われた通りに、祭壇の前に立って書を開いた。
祭壇には七つの大きな魔石が等間隔に嵌め込まれており、その内の五つは色を失っているが、おっさんが書を開くと残る二つ、金色と黒の魔石が光り輝いた。
『汝、失われし秘術を求めし者よ……』
そしてイベントメッセージで何やら小難しい台詞が流れるが、特に面白い何かがある訳でもないので割愛する。おっさんもどうせ真面目に聞いてはいない。
『汝が求める力に手を伸ばせ……』
最後にそのメッセージと共に、二つの魔石に文字が浮かび上がった。
金色の魔石には『創造』。
黒色の魔石には『死』。
(これはまた、どちらも俺にお似合いのが残ったもんだ)
おっさんはそれを見て独りごちる。
職人としてのプレイスタイルから見れば前者に惹かれる。だが、己の本質を表す物としてはむしろ後者のほうが近いか。
悩んだ末に、おっさんは金色の魔石に手を伸ばした。
魔道書が金色の光を放ち、魔石の文字がおっさんの腕に吸い込まれるようにして消えた。
『【錬金術】スキルを習得しました』
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【錬金術 Lv1】
種別 魔法・ユニークスキル
所有者 謎のおっさん
【解説】
究極魔法の一つ。かつて滅んだ機械人の長が編み出した魔法。
創造と分解の力。戦闘と生産の両方に使える特殊な魔法。
このスキルの習得には通常のスキル枠を消費しない。
初期習得アビリティ:【魔素抽出】【魔素合成】
ステータス補正:スキルLv1毎にMAG+5 LV5毎にDEX+10
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ちょっといっぺんに色々情報出しすぎたかもしれません。
あと何気におっさんのリアル情報が少しだけ明らかに。
ちょっとずつ(プレイヤー視点では)謎の部分が少なくなっていくと思います。
錬金術についての詳細は次回!
それと最近、読書家になろう(http://dokusyoka.com/top/)様にて当作品を紹介していただきました。まさかの出来事に私の喜びが有頂天。
数あるVRMMO物の中でもキワモノな本作を紹介するその度胸!この月豕、敬意を表さずにはいられないッ!
というわけで宣伝返しでした。他にも色んな作品が紹介されてるので是非どうぞ。
(2014/5/18 誤字修正)




