24.職人たちの戦い(2)
火山洞窟にはギルド【C】に所属するメンバー以外にも、多くのプレイヤーが存在していた。最新のエリアであり、難易度は高いがその分収入も多い狩場なので、ごく当たり前の事ではある。
「火山は美味いけど、街から遠いのが難点だな」
「消耗品が切れたり、装備の耐久値が減るたびに戻るのもな……」
火山洞窟を探索しているプレイヤー達からは、そのような内容の不満がよく出た。
【転移の羽】という、拠点への瞬間移動を可能とする消耗品も存在するが、定価で一個2000ゴールドと少々割高だ。往復するたびにそれを使っていると結構な額になる。
そこでギルド【C】の者達が行なったのは……
「衣服や革鎧の修理ならば任せなさい。ああ、それと耐火性の高い素材への切り替えも今なら格安でやりますわよ?」
「作業中は代わりの服を貸し出しますので、こちらへどうぞ~」
「素材の持ち込み・委託生産も歓迎してまーす」
「素材の買取はこちらです!サラマンダー、ファイアドレイク、バジリスク、その他火山周辺のモンスターの素材を高価買取実施中です!」
アンゼリカ率いる裁縫チームは、冒険者たちの衣服や鎧の修理・強化を現地で行なっていた。
裁縫というスキルのイメージからか女性プレイヤーが多い。更に自分達が作った華やかで美しい衣装で着飾った女性達の姿は人目を引き、すぐに話題になった。
そんな時に、あるパーティーが彼女らの近くを通りかかった。リーダーのアンゼリカは彼女が引き連れている裁縫師たちを指揮しつつ、自らもその腕を存分に振るっていたが……突然立ち上がると、彼らの元へと猛然と駆け寄った。
「そこの貴方!そんな貧相な鎧を着て何処に行くつもりですの!?」
アンゼリカがプレイヤーの一人を呼び止める。革鎧を着て、両手剣を背負った少年だ。剣はなかなか良い物を使っているようだが、鎧はお世辞にも良い出来とは言えず、傷も多い。攻撃力を重視し、防御面は軽視している事が一目でわかる。
呼び止められた男がぎょっとして振り向いた時には、既に彼は腕をアンゼリカに掴まれて引きずられていた。
「ここの敵の攻撃は強力です。アタッカーでももう少し防具にも気を配るべきですわ。第一、この私の前でこんなダサくてショボくて傷だらけの鎧を着るなどど……到底許せる物ではありませんわ!貴女達!」
「イエスマム!」
「はーい、脱ぎ脱ぎしましょうね~」
アンゼリカに連行された少年は、たちまち裁縫師達に囲まれて鎧を剥ぎ取られる。
「ちょっ、お前ら助けて!」
彼はPTメンバー達に助けを求めるが、仲間達の反応は冷ややかであった。
「諦めろ。手遅れだ」
「無理wwwサポシwwwww」
「姉さん方、折角なんでこの攻撃バカの矯正をお願いします」
「女の子に囲まれて脱がされるとか羨ま死刑」
アンゼリカは少年から剥ぎ取った鎧を手に取り素早くパーツごとに分解していった。そして表面を火蜥蜴の革とドレイクの鱗を使って強化し、裏地も通気性に優れ、刃を通しにくい高級生地に変える。また見た目も格好良くするために全体に装飾を施していった。
そして僅か五分後、何の変哲も無いハードレザーメイル(品質★×4)は、高い火炎耐性と切断・衝撃耐性を誇るスケイルアーマー(品質★×7)へと変化を遂げていた。
「えっ……防御力が2.5倍くらいに増えて耐性とかも色々追加されてるんですが何これ怖い。あと何だこれ、めっちゃ動きやすいんですが」
出来上がった鎧を再び裁縫師たちの手で着せられて、改造前との性能差に愕然とする少年だったが、それを作った本人は不満そうな顔である。
「元がショボかったせいで出来がイマイチね。次は一から作ってあげるから、素材が集まったらまた来なさい」
「う、ういっす……あざっした……」
開放された少年は仲間と合流し、狩りへと戻っていった。ちなみにその後の狩りで、彼は攻守共に大いに活躍できたそうな。
「しかし、いつまでもこの場所で作業を続ける訳にもいきませんわね……」
周囲を見回しながらアンゼリカが呟く。ここは洞窟内であり、比較的安全な場所に陣取っては居るものの、モンスターが沸き出てくる事もある。そういったモンスターに対処するため、チームメンバーの何人かは常に手を開けておくようにはしていたが。
更にこの場所は、ゲームである為過度のストレスを感じないよう、マイルドに緩和されてはいるものの、火山洞窟だけあってかなり暑いのだ。
はしたないとは思いつつもアンゼリカはドレスの胸元を開けて、手にした扇子で扇ぐ。彼女の豊満な白い谷間が露わになったが、幸い近くに居るのは女性プレイヤーだけなので問題ない。彼女らもアンゼリカ同様に暑そうにしており、少々だらしない格好になっているのも仕方のない事だろう。
だが、そんな彼女らに声をかける男が一人。
「随分と暑そうじゃのう。大丈夫か?」
アンゼリカが首だけを動かして、その声の主を見る。
「あら、ゲン爺じゃない。そちらは順調かしら?」
木工職人のゲンジロウだ。手には伐採・戦闘のどちらにも使える長柄斧を、肩にかつぐようにして持っている。齢六十を過ぎた老人だが、その体は無駄の無いしなやかな筋肉が付いており、暑さにも負けず元気そうである。
「うむ。良質な火炎樹が伐採できたわ。しかしお主ら、その格好は女子として少々はしたなくないかのう。わしは兎も角として、若い連中には少々目の毒じゃろうて」
そう言ってゲンジロウが後ろを指差すと、そこには気まずそうに目を逸らす木工職人たちの姿。
それを見て、恥ずかしそうに身嗜みを整える裁縫職人たちだった。
アンゼリカも苦笑しながら居住まいを正す。
「失礼。ところでゲン爺。ちょっと相談があるのだけど……」
「ふむ。お主らの様子を見るに、作業をするための環境を整えたいといった所かの?」
アンゼリカは先ほど考えた事を相談しようとするが、ゲンジロウはそれを察していたようであった。
「話が早くて助かりますわ。それで、どうかしら?」
アンゼリカは一瞬だけ、驚きに目を見開いた後に笑って尋ねた。ゲンジロウは少し考えた後に、すぅっと息を吸い込んで、大声で周囲に呼びかけた。
「おぉい、坊主、近くにおるかぁ!?」
その声が響き渡って数秒後、声に応えて姿を現した男が一人。
「おう、何だい爺様よ」
ボサボサ頭に咥え煙草、ツナギを着た鋭い目つきのナイスガイ。ご存知、謎のおっさんだ。多くのプレイヤーに一目置かれている彼も、最年長プレイヤーの前では坊主呼ばわりであるが、彼はそれを笑って受け入れていた。
彼の後ろには弟子のユウも居る。おっさんはユウと二人で行動していたようだ。
「一つ提案があってのう。この洞窟には冒険をしにやって来た連中も大勢おるじゃろう?わしらもそれを相手に修理や売買を行なっておる訳じゃが」
「おう、良い事じゃねぇか。テツヲやジーク達は武器の修理や改造やってるし、クック達も料理作ったりポーション売ったりと忙しそうだしな」
「うむ、そこでだ。それをじっくりとやる環境を整えたいのじゃよ」
ゲンジロウがそう言うと、おっさんは全てを察して頷いた。
「オーケーだ。どうせやるなら」
「徹底的に、じゃな」
二人の男がニヤリと笑った。
そして一時間後。
火山洞窟の入口のすぐ横に、大量の木材が積まれていた。
「師匠!素材の準備終わりました!」
「ゲン爺、こっちも全部オッケーだぜ!」
ユウと木工職人たちが報告する。その声に、自ら書いた図面を見ていたおっさんとゲンジロウが顔を上げる。
「よし、じゃあ始めるか」
「うむ……ユウちゃん、それから小僧共、よく見ておれよ」
おっさんとゲンジロウは素材の山の前に立ち、それぞれ作業道具を持ち、スキルを使用する。
「行くぜゲン爺!」
「おう!」
「「【ユニゾンクリエイト】!!」」
二人の体が眩い光を放つ。二人の職人が息を合わせて作業を行なう事で、その効率と完成した物の品質が跳ね上がる。それがユニゾンクリエイトだ。
ただし、二人の連携が悪ければ逆に一人で作業をするよりも効率が落ちる事もあるデメリットを抱えてはいる。しかしおっさんとゲンジロウのコンビネーションは完璧だった。
彼らは木工の高レベルアビリティ【ハウジング】を発動する。あっというまに、一軒の作業小屋がその場にできあがる。
巨大なギルドマンションやショッピングモールを作り上げた職人にとって、この程度の小屋を作るなど朝飯前であった。
「出来たぜ。工房ほどじゃねえが修理や生産は十分出来る筈だ」
「後は出張販売所も付けておいたぞい。消耗品や、ここで採れた物を使って作った物を売れば良い儲けになるじゃろう」
かくして、火山洞窟の入口にギルド【C】の出張販売所が完成した。
火山洞窟の冒険を行なうプレイヤー達にとっても、現地で修理や消耗品を行なえる店の存在は非常に有難い物であり、大勢のプレイヤーが利用した。
また、そんな彼らの要望もあって宿屋や食堂も建てられ、更に規模は拡大。
それに伴い、ユウと商人プレイヤー達は、おっさんの指令を受けて荒野の村に暮らすNPCを従業員として雇い入れた。
痩せた大地に住み、貧しく、常に盗賊やモンスターの驚異に晒されている民達にとっては渡りに船であり、大勢のNPCが店員として雇われた。
そんな彼らが暮らす家も建てられて、洞窟の入口に村が出来上がった。
また、荒野に住む遊牧民達もその流れに乗って集まり、馬屋や馬車の定期便といった商売を始めた為、街と火山洞窟の間、ひいては荒野全体の交通の便が良くなった。
更に、とある赤い服を着た女に所属していた集団を壊滅させられ、食い詰めた元盗賊が多数。彼らもちゃっかり警備員や作業員として雇われ、荒野全体の治安が向上した。
その結果として、火山洞窟の探索効率が非常に向上した事は言うまでもない。
アンゼリカ&ゲン爺メイン回。
技術と資産を武器に市場を潤すのが職人・商人の戦いである。
おっさん以外も割とやりたい放題(今更)
(2014/5/10 誤字修正)