謎のおっさん、取引する
(ふえぇ……どうしてこんな事に……)
僧侶の少女、アーニャは心の中でそう呟く。
僧侶といっても、スキル制を採用しているVRMMO「アルカディア」には、職業の概念などは無い。
彼女はスキル構成が【鈍器】【神聖魔法】【回復魔法】【支援魔法】などの、一般的なRPGで言うところの僧侶っぽい構成であり、また服装もそのような格好をしている為、便宜的にそう呼んでいるだけの事である。
とは言え特定の組み合わせの、複数のスキルのレベルを上げる事で取得できる【称号スキル】という物があり、その中には職業名のような物もあるのだが。
さて、そんな彼女……アーニャであるが、前述の通りRPGに出てくる僧侶のような服装だ。
前面に十字架が描かれた青い法衣と、セットになっている帽子。首には十字架の首飾り。
その法衣であるが、何故か下半身には深いスリットが入っており、白いニーハイソックスに包まれた健康的な脚がチラリと見えている。
この服をデザインした方は、多くの男性プレイヤーから賞賛を送られるであろう。ハラショー。
彼女自身は亜麻色の髪をセミロングにしており、服の上からでもわかる豊満な胸と、腰のくびれから安産型の大きなお尻、スリットから覗くふとももにかけてのラインが素晴らしい、わがままボディの持ち主である。背の高さは平均的で、言わずもがな美少女だ。
話を戻そう。
彼女はとても怯えていた。その理由は、彼女の前に立つ男性にあった。
ファンタジーな世界観に全く似合わぬ白いツナギ、ボサボサの黒い頭髪、不精ヒゲに口に咥えた煙草。そして非常に凶暴そうな、その瞳。
今もっともホットな(色んな意味で)話題のPC。
噂のナイスガイ、【謎のおっさん】である。
「おう、そこの嬢ちゃん」
アーニャが街を歩いていた時、突然背後からそう声をかけられた。
振り向いたその先に居たのは、悪名高きモヒカン殺し。
彼がゲーム開始時にやらかした暴挙については、既に多くのプレイヤーの間で話題になっており、アーニャもそれを知っていた。
そして当然のように彼女はビビった。膝がガクガクと、まるで生まれたての小鹿のように震えている。
「ななな、なんでしょうか……?」
一体この男は自分に何の用があるというのか。
決闘でもしたいのか。それとも恐喝か。あるいはひょっとして、何かいやらしい事をするつもりなのでは?
嫌な想像が頭の中をぐるぐると駆け回る。
「何びびってんだオメー……まあいいか。嬢ちゃん僧侶っぽい格好してるけど、【ブレッシング】は使えるかい」
【ブレッシング】とは、【神聖魔法】と【支援魔法】の、二つのスキルを上げる事で習得できる、自分や味方に祝福を与えて一定時間、全ステータスと暗黒属性耐性を上昇させる便利な魔法だ。
複数のスキルが必要ではあるが、比較的低いレベルで習得できる。アーニャも既にそれを習得しており、使い勝手の良さから愛用していた。
「は、はい……使えます……。MLvはまだ5ですけど……」
コクコクと頷くアーニャ。
「おっ、そりゃ良かった。悪いんだけどよ……」
そう言って、おっさんは慣れた手つきでウィンドウを操作し、
「コイツに【ブレッシング】かけてくれねえかい?」
アイテムストレージから、水の入った瓶を幾つか取り出した。
「この、水の入った瓶にですかぁ……?」
意味がわからない、といった風にアーニャが訊ねる。
「おう、知らねえ奴も多いんだがな。魔法やアーツは物にも使えるんだぜ。この水が入った瓶に対して使うんだって思いながらやってみな」
半信半疑ながら、アーニャは言われた通りに【ブレッシング】を唱える。するとおっさんが手に持った、水が入った瓶が淡い白光に包まれる。【ブレッシング】のエフェクトだ。
「おっ……出来た出来た。ありがとよ」
「ふぇぇ……ほんとに出来ちゃいましたぁ……」
言われた通りにやったら本当にできてしまった。
「ま、こんな風にな。このゲームじゃアイテムに魔法使って変化させたりも出来る訳よ。ほれ」
おっさんが手に持った水をアーニャへ向けて差し出す。
それに恐る恐る触れると、アイテムの説明が書かれたウィンドウが出現した。
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【聖水】
種別 消耗品
品質 ★×5
属性 神聖
【効果】
キャラクター1体が対象。対象は以下の効果を得る。
①10分間 全ステータス+25
②10分間、暗黒耐性+25%
【解説】
祝福を受けた水が入った瓶。
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「ふぇぇ……スキルでこんな事ができるんですね……」
彼女が使える【ブレッシング Lv5】そのままの効果を持った水を見て、感心したように呟くアーニャ。
「ちょうど製造の素材でこれが欲しかったんだが、知り合いで使える奴がログインしてなくてなぁ……ありがとよ嬢ちゃん。助かったぜ」
そう言っておっさんは人の好さそうな笑顔を浮かべた。
そして聖水をアイテムストレージに仕舞い、新しく何かを取り出す。
「こいつは礼だ。よかったら使ってやってくれや……ああ、聖水は情報が出回ってないから、存在自体を知ってる奴が少ねぇし、支援魔法を取ってないヤツには便利なアイテムだ。金策に困ったら、作って露店で売ってみるといいぜ」
そう言っておっさんは、手に持った武器……片手鈍器をアーニャへと渡し、作業場の方へと走り去っていった。
呆気にとられてそれを見ていたアーニャだったが、しばらくして我に返る。
「思ったより怖い人じゃないのかも……?」
口調は荒っぽいが、あまり怖くはなかった。
それに色々と知らない事も教えて貰ったし、聖水を作ったお礼に武器も貰った。
最後に見せた笑顔も、それまでの強面とのギャップで気のいいおじさんのように見えた。
「あっ、そういえば武器、もらっちゃった……いいのかな」
手には渡されたメイスの、ずっしりとした重み。
最初に支給された初心者用メイスを使っている身としては、有り難いが……いいのだろうか、と思いつつ、なんとなしに貰ったメイスの情報を見ると……
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【改良型アイアンメイス】
種別 鈍器(片手用)
品質 ★×6(精巧級)
素材 鉄/鉛
耐久度 18/18
製作者 謎のおっさん
【装備効果】
攻撃力:衝撃+24 魔法+10
【付与効果】
[雷刃2]物理攻撃時、雷属性の追加ダメージを与える Lv2
[治癒1]HP自然回復速度上昇 Lv1
[空き]
【解説】
鉄で作られた、扱いやすい片手鈍器。
中に鉛が仕込まれており、重い一撃を食らわせる事ができる。
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「……ファッ!?」
無垢な新参プレイヤーの少女の手に突然、現時点で世界トップクラスの武器が渡った瞬間であった。
(2013/12/7 誤記修正)
(2015/2/15 加筆修正)
(2017/1/21 加筆修正)