番外編・周防北斗の一日
現実世界の話になります。苦手な方は飛ばしても問題ありません。
これまでの話を読んでからのほうが色々とわかりやすいかと思います。
VRMMORPG「アルカディア」。
その世界において、トッププレイヤーの一角に名を連ねる一人のプレイヤーが居る。
PCネームはシリウス。【白騎士】や【王子】といった異名を持つ、聖騎士スタイルのプレーをする美少年である。
今日は、そんな彼の現実の姿……周防北斗としての一日に迫ってみよう。
◆
周防北斗の朝は早い。
いつも通りに五時半で目覚まし時計が鳴り、彼はその音を合図に目を覚まし、ゆっくりと体を起こす。
季節は秋。やや肌寒く、外はまだ暗い。
彼はジャージに着替えると、部屋の中で柔軟体操を行なう。十数分にわたって続けた後、彼はスニーカーを履いて、家を出た。
家を出たシリウスは、人気の無い住宅街を走る。
朝のジョギングだ。
車や人の気配が無い事を確認して、時折ダッシュも混ぜる。
「はっ、はっ、はっ……」
規則正しく息を吐きながら走り続けると、やがて石段が見えてきて、北斗はそれを駆け上がる。心なしか急いでいるようにも見えるが、何故だろう。
北斗は石段を最後まで上り、鳥居を潜る。そこにあるのは立派な神社だ。朝の爽やかな空気と相俟って、荘厳な雰囲気が感じられる。
「おはようございます、北斗くん」
そんな彼に声をかける女性が一人。女性にしては長身で、身長は北斗よりほんの僅かに低い170cmほど。腰ほどまである長い、漆黒の髪が魅力的な、スレンダーな美人だ。
巫女服を身に纏い、手には箒を持っている。境内の掃除をしている巫女さんのようだ。
「楓さん、おはようございます!」
彼女の名は鷺ノ宮楓。
「アルカディア」においてはカエデという名で活動している、こう見えても北斗と同じくトッププレイヤーの一角に名を連ねる者だ。
シリウスにとっては、昔から仲の良い年上のお姉さんであり……彼にとっての想い人でもあったりする。ぶっちゃけて言えばこの朝のジョギング、体を鍛える為というのが半分で、もう半分は彼女に会う為に続けている。
だがそんな彼を誰が責められようか。現実でもゲーム内でも何かと苦労の多い彼にとって、朝一番に好きな女性と会えるこの時間が最大の癒しなのだ。
もっとも、当の本人はそんな少年の純粋な想いには全く気付いていないが。
頑張れ北斗。きっといつか振り向いて貰えるさ。
楓としばらく談笑した後、彼は再び走って家に戻る。
シャワーを浴び、既に起きていた両親と姉に挨拶して、牛乳とプロテインを飲み、朝食を食べる。その席で姉が「で、楓と進展はあった?」とニヤニヤしながら聞いてくるのもよくある事だ。彼女は楓と友人同士だ。北斗は黙秘権を行使した。
朝七時。
北斗は幼馴染の家へと立ち寄る。武家屋敷のような、大きく立派なお屋敷だ。
「いつもごめんなさいね、北斗君」
「いえ……いつもの事ですから」
『彼女』の母親と挨拶をした後に、幼馴染の部屋へ。途中で今年で七歳になる彼女の弟と会った。姉と違って非常に礼儀正しく、聡明な男の子だ。だが姉弟仲は結構良いらしい。
ノック等せずに、幼馴染の部屋に入る。一応女ではあるものの、奴に気を遣うほど無駄な事はない。北斗はこれまでの人生でそう悟っていた。
むしろ、北斗はヤツの事を女と認識していない。
「起きろ椛!」
部屋の主は北斗の予想通り、ベッドの上で惰眠を貪っていた。
上はTシャツ一枚、下はパンツ一丁――ただし男物のトランクスだ――というあられもない姿で、ぐーすかと気持ちよさそうに眠っている。
鷺ノ宮椛。一応は名家のお嬢様ではあるものの、男口調で喋り、性格はずぼらで粗暴でフリーダム。シリウスにとっては親友であると共に頭痛の種でもある。
北斗は鞄からハリセンを取り出し、それで椛の頭をひっぱたく。スパーン!と気持ちの良い音がした。毎朝の恒例行事だ。
「んあ……?おう、おはよう北斗」
「おはよう椛。さっさと着替えて学校行くよ」
起こさない限りいつまでも寝ている幼馴染を起こして、学校まで連行するのもまた彼の役目だ。正直誰かに代わって欲しいと思う北斗だった。
「服取ってくれー」
「はいはい……」
北斗はクローゼットを開け、中から椛の制服を取り出して手渡す。クローゼットの中は、制服以外は見渡す限り男物の服だらけだ。
「下着取ってくれー」
「それくらい自分でやってくれませんかねぇ……」
文句を言いつつも北斗は箪笥の引き出しを開ける。
「色は?」
「今日は黒の気分かねー」
言われた通りにレース付きの、アダルトチックな黒い下着を手渡す。普通ならばどぎまぎしそうな状況だ。もしこれが楓の下着であったならば、北斗は真っ赤になって狼狽えるだけであろう。だが椛の下着など今更北斗にとってはどうでもいい。繰り返すが北斗は椛を女と思っていなかった。
「じゃあ僕は外に出てるから。二度寝するなよ?」
「へいへい……」
とは言っても一応は女性の着替えを見るような真似は、紳士としてあるまじき行為だ。北斗は素早く部屋の外へ出た。
その後、北斗は椛と共に通っている高校へと向かう。通学中に話す話題は、専らゲーム……アルカディアの話題だ。
「そういえば、ローブ着るのやめたんだって?」
「あー……まァな」
椛は返答するが、珍しく歯切れが悪い。
「どういう心境の変化?」
北斗がそう聞くや、椛は爆弾発言を投下する。
「あー……実はな……好きな人が出来た、ッつーか……再会したっつーか……」
真っ赤な顔でごにょごにょと呟く椛。
見た目だけなら完璧な美少女の彼女が、実に珍しく女の子らしい仕草を見せた事に北斗は驚いた。
「椛が恋……だと……!?それより再会って、もしかして誘拐された時の人の事?その人もアルカディアやってたのかい?」
北斗がそう尋ねると、椛はこくんと頷いて、
「実はあの人の正体……おっさんだった」
「ブッ……!ゲホッ、ゴホッ……おっさんって……あのおっさん?」
「おう……考えてみりゃ、あれから十二年経ってるし、当時二十過ぎくらいなら大体あれくらいの歳だろ。あの理不尽なまでの強さも、言われてみりゃあそっくりだし」
「あー……マジかー……」
北斗が見た限り、おっさんの年齢は35歳弱くらいか。実際は若く見えるだけでもう少し上という可能性もあるが、まあ三十代だろう。
歳の差が二倍くらいあるけど、大丈夫かな……?と不安になったり、まさかあの椛が恋をする事があるなんて……と困惑したりはしたものの、これでこの手のかかる親友が少しでも女らしくなってくれたら。そんな風に思うシリウスだった。
◆
時間をすっ飛ばして放課後。
帰宅部の彼は、いつもならば椛も通っている道場で稽古をするか、家に帰ってゲームをするかだが、今日に限っては寄り道をしたい気分だった。
「ラーメンが食べたい」
誰に言うでもなくそう呟く。
今日は無性にラーメンが食べたくなる日であった。両親も、姉も今日は遅くなるので夕飯は一人で食べる事になる。ならばラーメンを食べに行こう。
そう北斗は決意した。
栃木・新潟・秋田・青森・鹿児島あたりの人々はたくさんラーメンを食べる。
流石よくわかってる。他の都道府県ももっと見習うべきだ。
山形県に至っては二位の栃木にダブルスコアの大差を付けてのラーメン消費量日本一である。マジぱねぇ。お前らラーメン好きすぎだろう。
そんなどうでも良い事を考えながら北斗は電車に乗る。
目指すは横浜。
◆
「ふぅ~」
満腹になったお腹を撫でつつご満悦の北斗。
ラーメンを食べ終えた北斗は家に帰ろうと駅を目指す。
行きはラーメンの事しか頭になかったが、帰りは周囲を見渡す余裕が出来ていた北斗は、道中でとある店を発見した。
ネットカフェ『クローバー』
聞かない名前だ。チェーン店ではないのだろうか。
それほど大きな店ではないようだが、外から見た限り、店の外観は清潔性を保たれており、好感が持てる。
だがそれよりも、北斗の目を惹きつけた物は店のドアに貼られた貼り紙。
そこにはこう書いてあった。
『新開発のカプセルベッド型VRマシン導入!体に負担をかけずに長時間ダイブ可能で、ヘッドギア型よりも高性能!』
『どの店よりも早く導入!大人気VRMMORPG・アルカディアをプレイ可能!』
『ベッド型は10台限定となっております。満席の場合はご利用できませんのでご了承下さい。ご予約承り中』
それを見た瞬間、北斗は迷わず店に入った。
「いらっしゃいませー!」
入口近くに居た、制服を着た店員が北斗にそう声をかけてきた。
彼がそちらを見ると、その女性店員と目が合う。
「えっ……」
北斗はその姿に見覚えがあった。小柄な体。幼いが整った目鼻立ち。ツインテールの髪型。ゲーム内とは違って銀髪ではないし眼帯も付けていないが、その姿はまさしく……
「あっ……」
相手もまた、北斗の顔を見て驚き、硬直する。彼もまたゲーム内とは異なり金髪碧眼ではなく、鎧も身に纏ってはいないが、相手の少女にとっては見慣れた相手だ。
「も、もしかしてエンジェさ……」
「闇に呑まれよ!」
北斗が彼女――エンジェのプレイヤーであろう少女に声をかけようとした瞬間、彼女は大きくバックステップをして距離を取り、威嚇するように両手を前に突き出して叫んだ。
「何をしている」
「あ痛ぁっ!?」
そして、そんな少女の頭に、背後からチョップを振り下ろす男が居た。長身で、身長は185cm程か。恐ろしく整った顔の美丈夫である。
「カズヤさん……!?」
カズヤ。【龍王】の二つ名を持つ、ほぼソロ専門のプレイヤー。謎のおっさんや北斗、椛と共に、誰が最強か?という議論があれば必ず名の上がる男。
「……シリウスか、こちらで会う事になるとはな」
冷静沈着な彼が、北斗を見て珍しく、少しばかり驚いた表情を見せる。そして彼は、懐から名刺を取り出すとシリウスへ手渡した。
ネットカフェ『クローバー』店長 四葉一夜
「見ての通り、この店を経営している。こっちは妹の杏子、家業の手伝いだ。という訳で……」
そう言って自己紹介を終えると、一夜は姿勢を正して綺麗に一礼。
「いらっしゃいませお客様。ご来店誠にありがとうございます」
そう言って、男の北斗ですら思わず一瞬見とれるほどの微笑みを浮かべたのだった。
◆
幸運にも、カプセルベッド型ダイブマシンは一台だけ空いていた。
ベッドに寝そべると、ふかふかして気持ちがいい。これならばダイブから戻った後に、ずっと同じ姿勢をしていて体が痛いという事もないだろう。
ダイブをするとカプセルが閉じ、ログアウトしたら自動的に開く。
「――アクセス」
北斗はキーワードを口にし、VR空間へとダイブした。
………………
数時間後。北斗はログアウトし、現実世界へと戻ってきた。
従来のヘッドギア型でもラグ等は無いが、今回試したベッド型はその分、別方向に力を入れたようだ。まずはビジュアル。視界がいつもよりクリアで、草一つ、砂の一粒までもがきっちりと、現実と変わらぬ程の精度だったのには驚いた。
サウンドも非常に高音質な物に変わり、また触感や匂い、ゲーム内で食べる食事や飲み物の味といった物までもがいつもよりリアルに感じられた。
五感で感じる物全てが、従来の物に比べ、より洗練されている。
北斗はそのように感じた。
精算を済ませて店を出た後に、北斗はその場に立ったまま考え込んだ。
人によってはどうでもいいと思うかもしれないが、あの感覚は素晴らしい。はっきり言って、あのベッド型のダイブマシンが凄く欲しい。
だが発売されたばかりで品薄、しかもべらぼうに高い。
置く場所も無い。
だがどうにかして手に入れたい……そう考えていた所に、背後に人の気配。
「悪いが、ちょっと通してもらっていいかい」
声をかけられる。低い声だ。男性、恐らくそれなりに年配の方だろう。たった今店から出てきた所のようだ。そういえば店を出てから、入口の前に立ったままだった。思い出して慌てる。
「す、すいません!」
道を空けて、頭を下げる。相手の男は「おう」と一言だけ応えて、店の前に停めてあったバイクに跨り、ヘルメットを被った。
見ると、その男には連れが居た。小柄な少女だ。染色しているような不自然な色ではない、綺麗な金髪。それに小さな体には不釣り合いな、メリハリの効いたボディ。外国人だろうか。その少女は男の後ろに乗って、しっかりとしがみつく。
彼らが乗っているのは大型のバイクだ。北斗が見た事が無い車種だった。
男と少女はバイクに乗って走り出す。その姿はすぐに見えなくなった。
ヘルメットのせいで顔は見えなかったが、彼らの背中を見て、知っている誰かに似ていると思う北斗だった。
◆
家に帰ってきた北斗は宿題をこなし、風呂に入る。
その後はゲームの時間だ。
お馴染みのヘッドギア型ダイブマシンを頭に被り、ベッドに寝転がってダイブしようとした所で……携帯電話から音が鳴る。メールのご到着だ。
「タイミング悪いなぁ……」
苦笑しながら起き上がり、携帯を手に取る北斗。誰からのメールだろう。楓さんからだったら嬉しいんだけど。そう思いながらメールを開く。
from:鷺ノ宮椛
「チッ」
親友からのメールに舌打ちをかます男、周防北斗。
メール内容を見ると、「今から家に来い」の一文のみであった。再び舌打ちをした後に、仕方なく腰を上げて北斗は鷺ノ宮家へと向かった。
そして、彼が椛の部屋へ行き、見た物は……
「おう、見ろよ北斗!カプセルベッド型ダイブマシン買っちゃったぜ!さっき少し試したけど超クールだぜコレ!なぁなぁ、お前も使いたい?使いたいだろォ?上手にお願いできたらちょっとだけなら使わせてやるぜェ北斗ちゃんよォ~」
まさに北斗が、欲しいが手が出なくて悩んでいた物に寝そべり、物凄い良い笑顔をこちらに向けている幼馴染の姿であった。
「このブルジョワめ!でてけ!」
「えっ、ここ俺の部屋なんだけど……」
「うるせーバーカ!バカ椛!謝れ!謝れ!早くあやまっテ!」
「お、おう……なんか知らねーけど悪ィ」
北斗、軽くキレる。
これも大体三日に一度くらいある恒例行事であった。
以上をもって周防北斗の一日の観察を終えるとしよう。
お楽しみいただけたなら幸いである。
久々の休みだったからいっぱい書けたよ!やったね!
あと、やっぱりシリウスは凄く動かしやすいと思いました(小並感




