16.謎のおっさん、狙い撃つ(3)
「……何でバレるかねェ」
しばらく固まった後に、レッドは一言、そう呟いた
己の正体を知る者は、リアルでの付き合いがある二人――幼馴染のシリウスと、従姉のカエデだけであった筈だ。
生真面目なあの二人が口外するとは考えにくい。ならば何故だ。
「ンなモン、見りゃあわかるっつーの。おっさんの目には何でもお見通しよ」
脳内で自問自答を繰り返すレッドに対して、おっさんはあっさりとそう言ってのけた。
レッドの装備している、トレードマークでもある赤いローブ。それはβテスト終了時に獲得したユニークアイテムであり、装備者の体型を完全に隠し、声のトーンなども変える事ができる強力な隠蔽効果を持っている。これを装備している以上、まず見破る事はできない筈。
「チッ……βテストの時か……」
βテスト中も、同じようにローブで身を隠していたが、当時装備していた物は何の変哲もない、普通のローブだ。胸に晒を巻く等して上手く体型を誤魔化したり、声をなるべく低く抑えたりといった工夫はしていたが、おっさんにはバレていたということか。
そこまでレッドが考えた所で……
「ま、確かに見破ったのはβテストで最初に会った時だがな。別に今だって……顔はイマイチよく見えねえが、体型くらいなら丸分かりだぜ」
おっさんは自信満々にそう言ってのけた。
スキルのアシストに依らぬ、持ち前の観察眼と洞察力、集中力。更に【慧眼】を経て更なる高み、【神眼】へと進化した眼力スキル。
それらの力によって、ユニークアイテムで強化されたレッドの隠蔽スキルですら看破する。
「オイオイ、そりゃ流石にハッタリが過ぎるんじゃねェの?」
が、それを知らぬレッドはそう反論する。
それに対して、おっさんは意地の悪い笑みを浮かべる。
「なら、証拠を見せてやるよ」
「へぇ?なら見せて貰おうじゃねェの。どうする気だい」
おっさんは笑ったまま、その目を細めて力を込める。そうしてローブに包まれたレッドの体をじっと見つめ……やがておっさんはレッドの胸を指差し、それからゆっくりと下に下ろしていく。
「上から96・59・85。どうよ?」
「ちょっ……!?」
スリーサイズをピタリと言い当てられて当惑し、思わず腕で体を隠そうとするレッド。そんな彼女に対して、おっさんは自慢げに胸を張る。
「ちなみに俺はスキル無しで……つまり現実世界でも、服の上からスリーサイズを正確に測定する事ができる」
「マジかよ……おっさんマジパネェ……」
「指先一つで服の上からブラのホックを一瞬で外す事もできる」
「待て、その技ちょっと詳しく教えてくれお願いします」
レッドにとっては是非習得したい技であった。私も習得したい。
◆
「まあ兎に角、バレてんなら仕方ねーなァ……っと」
そう呟いてレッドはローブを脱ぎ、アイテムストレージへと格納した。ローブの下からあらわれたのは、ローブ同様に赤い髪と目をした少女。
やや幼さを残した、非常に整った顔立ち。ややつり目がちだが、意志の強そうなぱっちりとした目に、桜色の小さな唇。ボリューム感のある艶やかなセミロングの髪。
背は女性にしては高い部類に入るだろう。全体的に細身な所謂モデル体型。大きくくびれた腰に、すらっとした長い脚。それでいて出るべき所はどーんと大きく自己主張している。
中身があのレッドとは思えない程の完璧な美少女だった。
「はー、脱いだらなんかすっきりしたぜ」
口調は相変わらずの男言葉だが、声はローブ着用時の中性的な声と比べると随分と女性らしくなっていた。それを見て、おっさんは珍しく驚いた様子で黙り込んだ。
「………………」
「いっひっひ。なんだ、見とれちまったかい?まあ俺様ってば見た目だけなら超美少女だからな」
「自分で言うかよ。……しかしまあ確かにな。俺ぁ今まで生きてきて世界中の大抵の場所には行って、色んなタイプの美女とも出会ってきたモンだが……お前くらいのとなると片手で数えられる程度しか覚えがねぇな」
「へぇ、そいつぁ光栄だ」
レッドがうっすらと微笑む。
「まー俺はこんなナリして、この口調と性格だからな。おかげで現実じゃ変な目で見られる事も多くてな。おまけに身内は女らしくしろだの何だのと毎日毎日うぜぇのさ。このゲーム性別変えられねぇし、ゲームの世界でまでそーいう面倒は御免でね」
「それでローブで姿を隠してたって訳かい……で、何でそんな男みてーな言動してんだお前?俺が見た限りだが、別に精神が男って訳でもなさそうだが」
「おっと……ズバッと踏み込んできたねェ」
レッドにとって、己の内面に無遠慮に踏み込まれる事は新鮮だった。今までは腫れ物を扱うような対応ばかりで、それに辟易していたとも言える。
「生憎デリカシーとか言う言葉とは無縁でな。何だお前、俺に気を遣われてぇの?」
「ハハッ、まさか。逆に有り難いね。……で、理由か。ん~……まあ、おっさんになら良いか」
そう言ってレッドは語り始めた。
それは今から十年以上前、彼女がまだ六歳だった頃の話。
◆
鷺ノ宮椛――レッドのリアルでの名前だ――は、古くから代々伝わる伝統ある名家、鷺ノ宮家の一人娘であった。
厳格な家で生まれ育ったお嬢様であるはずの彼女は、どういう訳か暴れん坊のガキ大将へと育つ。両親や、従姉の鷺ノ宮楓、幼馴染の周防北斗が何を言っても頑として聞かず、逆に反発して更に酷くなる有様だった。
そんな彼女はとても無鉄砲で怖い物知らず。その日も家族や使用人の目を盗んで家を抜け出し、好奇心の赴くままに探検に出かけた。
――結果、誘拐された。
名家ですごいお金持ちの一人娘である彼女の事を付け狙っていた誘拐犯によって、連れ去られ、港にある現在は遣われていない倉庫に監禁された。
勝気で喧嘩自慢の彼女は当然ながら抵抗したものの、所詮六歳の小娘が複数の大人を相手に勝てる筈もなし。
彼女は拘束されたまま、声を殺して泣いた。
だがその涙は恐怖による物ではない。こんな下種共にむざむざと敗北を喫した、己の無力さが許せなかったからだ。
力が欲しい。こいつらを倒せる力が。そう彼女は願った。
その時。倉庫の扉から破壊音。頑丈な扉が無理矢理こじ開けられ、吹き飛ばされる。黒塗りの車が、扉をブチ破って侵入してきたのだ。
よほど頑丈なのか、傷一つついていない装甲車らしき物は、倉庫の中で華麗にドリフトをして停車。そして、その運転席がゆっくりと開く。
「何じゃワレぇ!」
「舐めくさりやがって、どこの鉄砲玉じゃコラァ!」
誘拐犯たちが瞬間湯沸かし器の如くヒートアップして、ドスや拳銃といった得物を懐から取り出す。それに対して、運転席から降りてきた男はニヤリと笑って、挑発するように仰々しいポーズを取る。
「通りすがりの善良な一般人さ。だからそんな恐ェモン向けんなって。話し合おうぜぇ?」
見た目は二十歳そこそこの若い男だ。なかなかに整った顔つきで、一見すれば優男に見える。だが彼はこの状況下においても一切怯む事はなく、むしろその表情には余裕も見える。そうでありながら、その鋭い目は油断なく、この場全体を観察していた。
「ふざけた野郎だ!畳んじまえ!」
六人の誘拐犯たちが一斉に彼に向かって踊りかかった。
そこからの彼の戦いぶりは凄まじかった。武器を持つ四人と、格闘技の経験がある二人、合計六人の男を同時に相手にしながらも、素手の一撃で逆に叩きのめしていく。
拳を叩きつけた者は、逆にその男の拳により腕を破壊され、
刀で斬りつけた者は、あっさりと躱されて反撃の蹴りで沈み、
拳銃で撃とうとした者は、一瞬で距離を詰められて殴り倒される。
数の暴力など、何の意味も持たない。
ありとあらゆる物を寄せ付けない、絶対的な強さ。
鷺ノ宮椛の目に、心に、それは深く焼き付いた。
「よう、無事かいお嬢ちゃん」
六人の誘拐犯をロープで縛って拘束した後、その男は椛に声をかけ、彼女の拘束を解いた。
「お嬢ちゃんじゃねえ!あたしの名前は鷺ノ宮椛だ!」
涙の跡をぬぐいながら立ち上がり、椛はそう怒鳴った。それを見て、男は「威勢のいいこった」と言って笑った。
「それだけ元気なら大丈夫だな。もうすぐパパとママが迎えに来るから、大人しくして待ってなよ、お嬢ちゃん」
男は椛の頭を軽く撫で、そして背中を向ける。そんな彼の背中に向けて、椛は声を張り上げる。
「お嬢ちゃんとか呼ぶなって言ってんだろ!それとこっちは名乗ったぞ!あんたの名前も教えろ!」
そんな彼女の声に、男は顔だけで振り向くと、意地の悪そうな笑いをその顔に浮かべ……
「ハハッ、嫌だね」
「なんだと!?」
「俺は良い女と、自分より強い奴の言う事しか聞かねぇのさ。つーわけで、大人になって良い女になってから出直してきな」
「ふざけんな!誰がそんなもんになるか!あたしは……俺は!絶対あんたより強くなって、ブン殴って言う事聞かせてやるからな!」
椛の答えに、男は楽しそうに笑った。そして……
「そりゃ楽しみだ。じゃあな、お嬢ちゃん」
男は車に乗って立ち去った。やがて警察と共に家族が迎えに来て、椛は無事に保護された。
怖い目に遭って、これで少しは大人しくなるだろうと周囲の者たちは思ったが、それとは逆に、椛はますます男のような振る舞いが目立つようになる。
だが以前のように誰彼構わず喧嘩を吹っかけるような真似はしなくなり、武術や剣術といった習い事に対しては真面目に取り組むようになった。女らしさからは、ますます遠のいていったが。
そんなこんなで鷺ノ宮椛は、あの男の背中を追い、強さを求めて成長していった。余談だが、次期当主となる弟が生まれた事もあって、今となっては両親は、椛の事は半ば諦め気味に放任している状態だ。
◆
レッドが語り終える。無論、自身の本名や、家の事などの個人情報はぼかしての事だが。
「とまァそんな具合で、憧れっつーか目標にしてる人が居るのさ。俺の口調はその人の真似っつーか……ま、元々男みてーではあったんだけどな」
「成る程。で、その男をブン殴る事は出来たのかい?」
レッドの話を聞き終わり、おっさんは納得したように笑いながら聞く。そうすると、レッドはまるで苦虫を噛み潰したような表情になり、
「それがブン殴るどころか、どこの誰だかもわかりゃしねぇ。親に聞いても教えてくれねーし、独自に調査しちゃァいるんだが、全然尻尾すら掴めねェんだ。ガキの頃の事で、顔もよく覚えてねーのも痛ェな」
そう言って、レッドは苛ついたように頭を掻いた。
それを見て、おっさんはニヤニヤと笑った。その様子に、レッドが拗ねたように頬を膨らませる。
「ンだよ、ニヤニヤしやがって」
「いや悪ィ悪ィ……さて、それじゃ種明かしとしますかね」
そう呟くと、おっさんはこらえきれないと言うように笑って、
「なかなか強くなった……それに良い女になったじゃねーか、椛」
「んなっ……はぁっ!?」
レッドが目を白黒させる。何故自分の本名を。さっきの話の中では、その名前は口に出していなかった筈だ。なぜ知っている。まさか。
そんな彼女の姿を見て、おっさんはいたずらが成功した子供のように笑って、
「ブン殴るって言った奴の顔くらい覚えとけよバーカ。俺はさっき、お前の顔見て一目でわかったぜ?」
そう言っておっさんはレッドに背を向ける。そして顔だけで振り向いて……十二年前のあの時と同じ、意地の悪そうな笑顔を浮かべて。
「が、まだまだ半分。俺を唸らせるにはチト足りねぇな。俺の名前のほうは……俺に勝てたら教えてやるよ。楽しみにしてるぜ、お嬢ちゃん?」
そう言い残し、おっさんが立ち去る。あの時と違い、乗っているのは車ではなく魔導バイクだが。
レッドは混乱したまま、それを見送る。この時の彼女の心情はいかばかりのものか。それを我々が知る事はできない。
ただ一つつだけ言える事は……今日この時を境に、レッドが自身のトレードマークである赤いローブを着る事が無くなったという事だけである。
それともう一つ、全くもってどうでも良い話ではあるが……おっさんにくっついて回る美少女がまた一人増えた、一体何者だ、あとおっさん爆発しろ、と掲示板が大いに盛り上がり、更にその正体がレッドであると知れ渡った後は阿鼻叫喚のカオスが出来上がり、掲示板のサーバーが落ちる程の騒ぎになった。
初期からプロットとしてはありましたが、ようやく形にできました、この話。その割には凄い難産でしたが。
どうやらおっさんは別の物まで狙い撃っちゃった様子?
もうレッドがヒロインでいいんじゃないかな(錯乱)
ちなみにレッドは女性陣の中で一番戦闘力が高いです。二重の意味で。
(2014/3/23 加筆修正)




