番外編・PK達の顛末
PK達とレッドが主役の話。おっさんは出てきません。
険しい岩山の中腹。開けた場所に幾つかの山小屋や、洞窟があった。
適当に洗われて微妙に汚れが残った洗濯物が、これまた適当にロープに吊るしてあったり、麻袋いっぱいに詰め込まれたゴミが乱雑に積まれていたりと、生活臭が感じられる。
ここは山賊団のアジト。
荒野に点在する村を荒らして回る悪名高き山賊たちが暮らす拠点だ。PC達にとっては敵の根城ではあるが、一部の悪名値が高い犯罪者PC――例えばPKプレイヤー――にとっては、安全に過ごせる拠点でもある。
悪名値が著しく高くなったプレイヤーは指名手配され、町に住むNPCに見つかると衛兵を呼ばれ、追い回される羽目になる。
商店なども利用できなくなるため、必然的に町で過ごす事は出来なくなる。それに代わって犯罪者PC達の拠点となるのが、こういった犯罪者NPC達が作った拠点なのだ。
闇カジノやブラックマーケット、奴隷市場など、そういった犯罪者にしか利用できない施設があるのも特徴のひとつだ。
さて、そんな山賊団のアジトに滞在するPK達の集団があった。
彼らは巨大牛をおっさんにけしかけ、隙を作って山賊達と共に襲撃・殺害しようとした者達であった。
先の作戦の結果は失敗。
腕利きのPK達はおっさんに敗北。何とかおっさんを追い詰める事はできたものの、残った者達は双剣使いの少女によって逆に倒される始末。
共に出撃した山賊達もほぼ全滅。山賊団はその勢力を大きく減らしていた。
「フィールドボスもあっさり倒されたか……」
「どうするんだよブルーノ……予想以上にやべぇぜ、あの中年」
「つーか何だよこれ、チート過ぎんだろ……」
彼らの前に開かれたウィンドウ……ゲーム内でウェブサイトを閲覧する為のブラウザに映っているのは大手動画サイトに投稿された動画。
動画内ではおっさんが巨大牛を相手に無双していた。凄まじい速度と精密な攻撃。次々と出てくるトンデモ兵器の数々。それらを駆使し、反撃の暇さえ与えずフィールドボスを封殺するおっさんの鬼気迫る戦いぶり。
それを見てPK達は恐怖した。あのレッドと一対一で戦って勝利した事といい、強いとは思っていたがまさかこれ程とは。
ちなみにこの動画は、土遁の術によって地中に潜み、一部始終を観察していた犬耳忍者によって撮影・投稿されたものである。
彼女はこっそりと(おっさんにはバレていたが)撮影を行ないつつ、おっさん達が負けそうになったら助けに入ろうと備えていた。
おっさんのHPが残り一桁まで減った時は思わず飛び出しそうになったが、ナナとアーニャの奮戦を見たアナスタシアは、自分の出る幕ではないと判断。そのまま密かに見守る事にしたのだった。
「おっさん攻略の参考になるかと思って見てみたのはいいが……」
「無理だろコレ……」
「レッドの野郎と違って話は通じるみてーだし、ここは詫び入れておいた方が……」
「こっちから喧嘩売らない限りは、PK相手でも取引はしてくれる様だしな……」
動画を見た結果、PK達の戦意はダダ下がりであり、再び戦って痛い目を見るよりは、下手に出ておいて戦力の回復を図り、もっと弱い相手を狙う方針に切り替えようという意見が相次いだ。
元々この者達は、勝てるかどうかわからない相手とギリギリの戦いをするよりも、確実に勝てる相手を集団でボコって美味い汁を吸うのが好きなゲス野郎がほとんどである。そういった方向に話が進むのは必然的であった。
(チッ……腰抜け共が……)
PK達のリーダー格、【処刑人】ブルーノは心の中で舌打ちをする。【邪毒】ギランや【影刃】カインといった腕利きのPK達も、ブルーノ同様に苛立っていた。
ブルーノは椅子を蹴り飛ばして立ち上がると、大声で叫び、軟弱なPK達に喝を入れた。
自分達はPK。善良なプレイヤーに襲いかかり、殺害してアイテムを略奪する、他人に迷惑をかけるだけのクソ犯罪者だ。それは否定できねえ。
だが悪人にも……否、悪人だからこそ、そこには一種の美学が必要だ。
弱い者だけを食い物にし、自分達より強い相手には媚びへつらう。そんな男を誰が恐れるってんだ。
弱者からは恐怖心を、強者には敵愾心を向けられてこそのPKじゃねえのか。
負けて死ぬのは仕方ねぇ。戦う以上はそういう事もある。
だが妥協して、周りにナメられたらそれこそおしまいだ。
ブルーノがそう主張し、ギラン達一部の者達がそれに賛同して檄を飛ばす。
だが、多くの者達は俯き、あるいはバツが悪そうに目を逸らすばかり。
(クズ共が)
骨があるのはギランやカイン達、一部の者のみ。所詮は弱い者いじめをして、楽して稼ぎたいだけの軟弱者ばかりか。
そう考えて失望するブルーノだったが……
パチパチパチ……
PK達の後方から拍手の音。そして中性的な声が上がる。
「いやァ、流石は【処刑人】。良い事を言う。ちょっと感激しちまったぜ。いやはや全くもってその通り、悪党ってのはそうじゃなきゃいけねぇよなァ」
「ほう……?まだ骨のある奴が残ってたか。誰だ?」
ブルーノが誰何する。背の高いPK達に遮られ、その後方より声を上げた者の姿は見えない。その姿を確かめようと、PK達は一様に背後へと振り向いた。
その瞬間。
最後尾にいたPK達、三人の首が一斉に宙を舞った。
「おっと誰だと来たか。おいおいブルーノよぉ……もう俺様の声を忘れちまったのかい?」
その人物は、PK三人を一瞬で斬殺した凶器――巨大な大鎌を振りかざし、大仰なポーズを取りながら名乗りを上げた。
「PKだと思ったかぁァァァ!?ざぁぁぁんねぇぇぇん!レッドちゃんでしたァァァァァ!イヤッフゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「う、うわあああああ!レッドだああああああ!?」
「こ、こいついつの間に!?」
「逃げろ、殺される!!」
「て、てめぇら何ビビってんだ!囲んでボコれ!」
ハイテンションな叫びを上げて襲いかかるレッドに対し、恐慌して逃げ惑い、あるいは破れかぶれの攻撃を行なうPK達。
しかし、彼らの末路はどれも一緒であった。
「いきなり行くぜェ!【マルチウェポンデストロイ】!!」
大鎌を振り回して首を刎ねる。双剣と蹴りのコンビネーションによる連撃でズタボロにする。ハンマーを脳天に振り下ろして叩き潰す。散弾銃を至近距離からブッ放して全弾命中させて射殺。長弓で矢を五本同時に放って逃げる敵の背中を撃ち抜く。大剣で縦に真っ二つに叩き斬る。槍を地面と水平に投げ放って串刺しにする。
素早く跳び回りながら次々と武器を切り替えながら攻撃を繰り出し、レッドは次々とPK達を葬っていった。
そして残ったのはブルーノ・ギラン・カインの三名のみ。
「レッドォォォォォ!またテメェかああああああ!」
ブルーノが怒りの咆哮と共に、両手斧を構える。
先日まで使っていたギロチンアックスは、おっさんに倒された際に運悪くドロップしてしまったため、既に手元には無い。今使っているのは予備の武器で、性能は数段劣る。
だが、その程度の事で退くつもりは毛頭なかった。ブルーノは斧を構えながら、怒りの表情でレッドを睨みつける。
ギランやカインも同様に、それぞれ投げナイフや双剣を両手に構えてレッドと対峙した。
「この野郎……何だっていつも俺達の邪魔をしやがる!そんなにPKが気に入らねぇのか!」
思わずそう問いかけるギラン。それをブルーノが止める。
「よせギラン。確かにこいつの事は気に入らねぇが、所詮俺達はPKだ。他人のやる事を非難する権利なんざ無ぇ」
「けどよブルーノ……!」
そんな彼らをよそにレッドは戦闘体勢を解き、顔を覆い隠すフードの下で首をかしげながら、その場で考え込む仕草をしていた。
「何でって言われてもなァ……ン~……理由ねぇ……?」
「……おい、ちょっと待てテメェ何考え込んでやがる。まさか何の理由も無しにPKに喧嘩ふっかけて回ってるとでも言いてえのか……?」
そんな問いかけにも無言で、レッドは更に深く考え込む。それに対し、ブルーノ達もまた無言で答えを待った。奇妙な沈黙が場を支配する。
やがてレッドは答えが出たのか、顔を上げ、口を開く。
「強いて言うなら……愛だな!」
「………………なんだって?」
思わぬ答えに唖然とするPK三名。
愛。愛だと?この男はそう言ったのか。聞き間違えではないのか。
「少し昔話をしよう。俺は昔から気性が荒く、子供の頃から毎日喧嘩ばかりしていた。全力でブン殴って、ブン殴られて、全力で他人とぶつかり合いたい。そんな衝動を抱えただまま、図体ばかりがデカくなった。だが成長し、大人に近づくにつれてそれも難しくなった。周りの人間は皆、俺と違って真っ当に大人になっていき、俺のような暴れん坊は避けられるようになった」
「おい、なんかこいつ唐突に語り始めたぞ……」
レッドは両手を大きく広げ、まるで演説をするかのように声を張り上げて語り始める。それに対してげんなりしつつも、一応大人しく話を聞くブルーノ達。
「俺様はこう見えても、結構古くて金持ってる……いわゆる名家の生まれって奴でなァ。家族や親戚に使用人共は口を揃えて、家の名に相応しい振る舞いをしろだの何だのと口うるせぇ事ばかり言いやがる。数少ない友人も俺を心配する事はあっても、俺と本気で喧嘩をしてくれる奴は誰一人として居ない。俺は抑圧された気持ちを抱えながら、退屈な日々を過ごしていた」
「お、おう……おめーも結構大変なんだな……」
「そんな時に出会ったのがこのゲーム。そしてお前たちPKだ。さっきの連中みてぇに弱い者いじめをしたいだけの連中が大半だが、中にはそうじゃねぇ奴も居る。そう、お前たちだ!」
ビシッ!と効果音が出るほどの勢いでレッドはブルーノ達を指差す。
「どいつもこいつもギラギラした目で、強い奴と戦いてぇ、全力でブッ殺して、ブッ殺されるのが楽しくて仕方がねぇ!そう無言で訴えてきやがる!ようやく見つけた、俺が全力で暴力を振るえる相手……俺と同じ人種を!
この気持ち、まさしく愛だ!愛しているんだ、お前達をぉぉぉ!」
哄笑しながら、レッドは大鎌を取り出し、そして構えた。
それに対し、ブルーノ達PK三人組は……
「「「うっわぁ………………」」」
ドン引きであった。
先ほどまでレッドに抱いていた怒りはどこへやら。すっかり毒気を抜かれたように脱力していた。
「ちょっ、オイオイ何だよテメェらその態度はよォー、つれねぇなぁ」
「いや、んな事言われてもな……」
「新手のヤンデレかよ……怖いです……」
「つーか男に愛してるとか言われてもキモい以外にどう反応しろってんだよ……」
レッドが拗ねたような声を出す。それに対して口々に言い返すPK達。
「何だよー、武器構えろよお前らー。殺し合おうぜー?」
「「「ごめん、ちょっと今日は勘弁」」」
彼らはすっかり戦う気を無くしていた。少なくとも今戦うのは勘弁して貰いたい。今まともにやり合ったら、目の前の狂人が喜んで愛だの何だのと叫ぶのは目に見えている。ぶっちゃけキモいので相手にしたくなかった。
「チッ、つまんねぇの!もういいよバーカバーカ!帰る!」
彼らのやる気のなさを感じ取り、レッドはすっかり拗ねた様子で転移の羽を使い、その場から消えた。町へと転移したのだ。
その姿を見て「ひょっとしてあいつ、こっちが相手にしなければ襲ってこないんじゃ……」と、思わず考えてしまうPK達であった。
◆
~後日談~
「助けてくれシリウス!最近PK達が相手してくれねぇんだ!」
「そんな事を僕に言われても困るんだけど!?」
「おかげで暇なんだよ!だから決闘しようぜ!」
「僕は暇じゃないよ!?おっさんかカズヤさんの所行けよ!」
「冷たいぞ北斗!俺達幼馴染で親友だろ!?」
「ゲーム内ではプレイスタイルが正反対なんだから馴れ合うなって言ったのはお前だろ!?つーか周りに人が居ないからってリアルネームで呼ぶなあああああ!」
この後滅茶苦茶付き纏われた。(シリウス談)
ヤンデレッド爆誕。そしてそれに絡まれるシリウス哀れ。
ちなみにこの二人は作中でレッドが言った通り幼馴染という設定。
ちなみに主要キャラに関しては現実での、プレイヤーとしての設定もちゃんと決めてあります。
おっさんに関しては……「謎のおっさん」のままで居てもらうために、現実のプレイヤーの設定は殆ど出さない可能性も大いにありますが(笑)




