謎のおっさん、指導する
「あの、すみません!」
適当に狩りを切り上げて街に戻ろうとするおっさんを、その声が引き止めた。声の主は近くで狩りをしていた、短剣と革鎧を装備した、小柄な赤毛の少年だ。
おっさんは振り返り、彼に向かって言う。
「どうした少年?俺に何か用かい」
「は、はい!あの、貴方の戦い方を見て凄いと思ったので……よかったら指導をお願いできないでしょうか!」
真正面からおっさんと向かい合った少年は、やや痩せ気味ながらも無駄の無い筋肉が付いた184cmの長身に、鋭い眼光で見下ろされてビビるが、勇気を出しておっさんにそう言った。
ちなみに、おっさんの目つきが悪いのは生まれつきであり、本人は別に睨んだり威圧する気は一切ない。
「指導ねぇ……」
ふむ、とおっさんは顎に手を当てて少考するが、別に大した用事も無かったし良いかと結論付けると、その頼みを快諾した。
「ま、新人に色々教えてやんのもβテスター義務ってヤツか。いいぜ、付き合ってやるよ」
おっさんがその言葉を発すると同時に、周囲のプレイヤーがわっと歓声を上げて、おっさんの周りに集まってくる。どうやら彼らも赤毛の少年と同じことを考えていたらしく、様子を伺っていたようだ。
俺にも!私も!と声を上げる彼らに、調子のいい連中だと少々呆れはしたが、一度受け入れた以上は最後まで付き合ってやるのが人情ってモンか、と自らを納得させるのであった。
「あー、それじゃあ実演しながら解説するぞ」
おっさんは集まったプレイヤー達を一箇所に纏めると、モンスターと相対して実際に戦いながらコツを説明する事に決めた。
「まず、このイノシシ型モンスターだが、よく見りゃ気付くと思うんだが攻撃パターンは三種類しか無ぇ」
言いながらスモール・ボアに近付くと、その顔面に向かって無造作に蹴りを放った。
モンスターにダメージが発生し、当然蹴られたモンスターはおっさんに対して敵対行動をとり始める。
「一つ目がこの、正面に向かって牙を突き上げる攻撃だ。こいつは敵が近距離・正面に居る時によく使ってくるから、横か後ろに下がって避けりゃいい」
その教えのまま、おっさんは太い牙を勢いよく突き上げてきたスモール・ボアの攻撃を、素早いサイドステップで回避しつつ側面に回り込んだ。
「で、次にこの、前足を大きく上げてから勢いよく振り下ろす攻撃だ。これはこいつの周囲360°を攻撃する範囲攻撃だが、予備動作が長ぇし範囲も大して広くねえ。落ち着いて後ろに下がるかガードしな」
おっさんは解説しながらバックステップ。更に何度かそれを繰り返して、スモール・ボアから大きく距離を取った。
「最後の三つめは、この突進だ。敵が離れた場所にいるとこうやって一直線に突っ込んでくるから、直前でガードするか、横に跳んで避けるかすりゃあいい。突進後は隙もでかいしな」
おっさんはスモール・ボアの突進が当たる寸前に、最小限の動きでひらりと回避した。まるで闘牛士のような華麗な回避に、ギャラリーから歓声が上がる。
おっさんの解説通り、スモール・ボアは突進を終えた後はしばらく静止し、隙が出来ていた。おっさんはその間にスモール・ボアを魔導銃で射殺すると、プレイヤー達に向き直った。
「さて、このようにモンスターの行動はある程度パターン化されていて、それを覚えちまえば対処するのは簡単だ。これを踏まえた上で、防御に使えるテクニックを幾つか教えてやろうじゃねえの」
おっさんはそう言うと、プレイヤーの一人に近付いて声をかける。
「つーわけでアンタ、ちょっとその盾を貸してくれねえか」
「あ、はい。どうぞ……」
おっさんはプレイヤーの一人から小型の盾【ウッドバックラー】を借りると、【盾】スキルを習得してそれを装備した。
「さて、それじゃあ実践だ。まずモンスターの攻撃を、普通に盾で防御してみよう」
おっさんが再び近くにいたスモール・ボアに攻撃し、それにスモール・ボアが反撃の牙を剥く。
「【シールドガード】!」
おっさんが盾を構え、盾スキルの基礎防御アビリティ【シールドガード】を発動させた。
その後、スモール・ボアの攻撃がおっさんに命中し、ガキィン!という音と共に牙と盾がぶつかり合い、おっさんに少量のダメージが与えられた。
「お前らが今まで防御スキルを使ってた時って、こんな感じだったろう?」
おっさんの質問に、盾持ちたちがうんうんと頷く。その中で疑問を抱いた一人が声を上げる。
「って事は、そのやり方は間違いだったって事ですか?」
「別に間違いって訳じゃねえが、もっと良いやり方があるって事さ。まあ見てな!」
おっさんが再びスモール・ボアに相対する。スモール・ボアが一瞬のタメの後、再び牙を突き上げる動作を行なった。その瞬間。
「ここだ!【シールドガード】!」
パァン!という乾いた音と共に、攻撃が命中したおっさんの盾が発光するエフェクトが発生し、スモール・ボアが体勢を崩した。
対して攻撃を受けたはずのおっさんはHPが全く減っておらず、その頭上には【Just Guard!!】の文字が一瞬現れて消えた。
「「「「「おおおおおおおおおっ!?」」」」」
プレイヤー達から賞賛と疑問の入り混じった声が上がる。おっさんはすぐさまそれに応えた。
「これが【ジャストガード】だ。攻撃が命中する直前、ギリギリのタイミングを狙って防御スキルを使う事で発生するバトルボーナスで、敵の体勢を崩せる上にダメージ軽減率も大きく上がる。もちろん他のバトルボーナス同様に、追加で経験値も貰えるから美味しい事づくめって訳よ」
解説しながら、おっさんはウッドバックラーを持ち主に投げ返し、自前の短剣を装備した。
「さて、次に盾を使わねえ連中!特に大剣とか斧とか両手槍使う連中はよく見とけ、必須技能だぞ!」
おっさんの言葉に、両手武器使いのプレイヤー達が目を見開いて、その動きに注目する。
おっさんは軽快なステップを踏みながら、スモール・ボアの攻撃を待ち構えて……
「ブモォッ!」
「ふっ!【パリィ】!」
スモール・ボアが攻撃する瞬間、それを迎え撃つかのように右手の短剣を鋭く振るい、弾き返した。先程のジャストガード成功時と似たようなエフェクトが発生するとともに、【Just Parry!!】の文字。そして同じように、スモール・ボアが大きく体勢を崩し……
「【シャープストライク】!」
間髪入れずに、おっさんが鋭く踏み込みながら全力で短剣を突き刺す単発アーツ【シャープストライク】を発動させ、一撃でスモール・ボアを絶命させた。
「ジャストパリィで体勢を崩した所にアーツで一撃必殺!もうお前らもわかってると思うが、アーツは強力な代わりに隙がでかい技も多い。鈍重な両手武器なら特にだ!だがこうすりゃあ、体勢が崩れた所にノーリスクで綺麗に一撃入れられるって寸法よ!わかったか!」
「「「「「すっげええええええ!!なんて便利なテクニックなんだあああ!!」」」」」
両手武器使い達はおっさんが披露したテクニックを見て、急ぎスキルウィンドウを開いて武器防御スキルを習得した。
「ま、ざっとこんな所だな。序盤はしっかり相手の動きを見極めて、それに対応することを覚えるこった。そうすりゃ安全に戦えるし、そうこうしてる内に戦い方も上達すんだろ。つーわけで俺の講義は以上だ。また何か聞きたい事があったら声かけな」
「「「「「押忍ッッ!ありがとうございましたッッ!!」」」」」
言い残し、町に戻っていくおっさんを、教えを受けたプレイヤー達は頭を下げて見送った。
「あ、危なーい!そこの人、避けてえええ!」
と、その時である。通りすがりのプレイヤーが相手をしていたスモール・ボアが突進を繰り出し、そのプレイヤーを吹き飛ばしつつ直線状に居たおっさんに向かって突っ込んでいった。
流石のおっさんもクールに去ろうとした直後に背後から奇襲されるのは予想外だったのか、その突進を背中にモロに食らって顔から地面に倒れ伏した。
「「「「「…………………………」」」」」
無言。静寂がその場を支配した。
おっさんがゆっくりと起き上がり、地獄の鬼も裸足で逃げ出すような殺人的な目つきで無礼なアンブッシュを仕掛けたファッキン・スモール・ボアを全力で睨みつけた。
凄まじい殺気に、じりじりと後ろに下がるスモール・ボアと、固唾を飲んで見守るプレイヤー達に向かって、おっさんは言った。
「気が変わった。追加で攻撃のやり方も実践講義してやる」
おっさんはスモール・ボアに全力で殺戮的空中コンボを叩き込んでオーバーキルした後に、その場を後にした。
その自称・攻撃の講義のほうは、高度すぎて全く参考にならなかった。むしろおっさんが怖くてまともに見ていられなかったと、後に教えを受けたプレイヤーの一人が語ったそうな。