9.謎のおっさん、牛を狩る(3)
「チィーッ!しぶとい野郎だぜ!ならばこの邪毒のギラン様の奥の手を食らわせてやるぜ!」
「おおっ!頼むぞギラン!」
多くのPK達に囲まれながらも、彼らを余裕の表情で捌くおっさんに対し、焦れるPK達。
そんな彼らの中の一人が、懐から毒々しい紫色の液体が入った瓶を取り出した。彼の名はギラン。【邪毒】の二つ名を持つPKであり、高い調合スキルを持ち、毒薬の生産と、それを使いこなす腕前ならば右に出る者は居ない。
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【邪毒のポーション】
品質 ★×9
製作者 ギラン
様々な有毒素材を絶妙な配合で調合したポーション。
敵に浴びせれば大ダメージと共に様々な状態異常を引き起こす。
絶対に自分で飲んではいけない。自殺願望があれば話は別だが。
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「くらいやがれ!」
ギランはポーションの蓋を開け、おっさんに向かってその液体を浴びせようと――
「アイテムなんぞ使ってんじゃねえ!」
その寸前に、おっさんが放った銃弾が大きく曲線を描いてギランの死角から迫り、彼の手からポーションの瓶を弾き飛ばした。
弾き飛ばされた瓶は空中へ。
「てめえで食らってろ!」
おっさんが投擲のアーツ【ペネトレイトスロー】を発動し、左手で投げナイフを投擲し、投げナイフはポーションの瓶へと向かって一直線に飛ぶ。
投げナイフが瓶に命中し、瓶が割れた。
その中身である毒薬が、ナイフの刃に降りかかり、付着した。
そしてアーツの効果により、瓶を貫通し、止まる事なくナイフは進む。その先にはギラン。おっさんはポーションの瓶とギランの体が一直線上に来るタイミングを狙ったのだ。
「ギャアアアア!目がーっ!目があああああ!」
「ギ、ギラーン!」
ギランの眉間を毒薬がたっぷりと塗られた投げナイフが貫通!そして毒薬の効果により猛毒・麻痺・盲目・混乱・恐怖・呪いの状態異常が同時発動!ギラン戦闘不能!
「ならば俺に任せて貰おうか……!」
「お前は影刃のカイン!頼んだぜ!」
黒い衣服に身を包み、顔を覆面で隠した男がおっさんに向かって駆ける。その手に握られているのは、彼の服同様に漆黒の刀身を持つ小振りの刀……小太刀だ。
おっさんが放った銃弾を紙一重でかわし、斬りかかるカイン。だが、当然その一撃はおっさんに見切られている。
おっさんは弾幕結界をもって、カインの一撃を銃弾で弾き飛ばそうとする。だが、カインの攻撃が不自然に途中で止まる!
「【キャンセル】」
「チッ!てめぇ【マルチアクション】使いか!」
「ご名答だ!もはやマルチアクションを使えるのは貴様達だけにあらず!レッドとの戦いの中でヒントを得て、俺達もまた習得に成功したのだ!」
おっさんの迎撃は空振りに終わるが、おっさんは即座にカインに向かって反撃の蹴りを放つ。この距離でおっさんの鋭いキックを回避できる者などそうは居ない。
「【ダブルアーツ】【シャドウステップ】【クイックターン】!」
だがカインはそれに対して二つのアーツを同時発動。
【シャドウステップ】は【アクロバット】スキルの上級アーツであり、あらゆる攻撃や障害物をすり抜けて移動できる、無敵移動技だ。更に同じく【アクロバット】スキルに属するアーツ、【クイックターン】によって体の向きを即座に180度回転させる。
この二つのアーツの連携により、カインはおっさんの体をすり抜けて、蹴りを放って隙ができたおっさんの背後を取る事に成功したのだ!
「貰ったァ!」
そしてカインの小太刀がおっさんの背中を狙う!【暗殺】スキルに属するアーツ、【バックスタブ】!背後からの攻撃に限り、大ダメージ&クリティカル率100%の大技だ!危ない!
「相変わらずカインの暗殺術は見事だぜ……!」
「ああ、奴だけは敵に回したくはねぇな……扱いが難しい【アクロバット】スキルもしっかり使いこなしてやがる……!」
「ワザマエ!」
PK達が口々にカインを褒め称える。
しかし、その時である!
「【トリプルアーツ】」
「!?」
おっさんは更にその上を行った。【キャンセル】で攻撃を途中で止め、更に【バックステップ】により後ろに向かって跳躍。そして【シャドウステップ】によってカインが突き出した刃と、彼自身の体をすり抜けたのだ!三種のアーツ同時発動!
「俺の背後に立つんじゃねえ!」
逆にカインの背後を取り、おっさんは手袋に仕込んだ金属製の極細ワイヤーを、カインの首に巻きつけ、締め上げた。
そして左手でカインの首を吊りながら、右手の魔導銃剣でアーツを発動する。
使用したアーツは、お返しの【バックスタブ】。銃剣を根元まで突き入れる。更にその状態で追撃の【零距離射撃】【クアドラショット】により零距離四連射!
「あ、暗殺で俺の上を行く、だと……!グワーッ!」
「カ、カイーン!」
その攻撃でカインのHPが削り切られた。カイン戦闘不能!
「だらしねえ野郎共だぜ!俺に任せな!」
「て、てめぇはトレイン職人……MPKのゼット!」
トレインとは、大量のモンスターを引き連れたまま逃げ回る迷惑行為の事である。それが起こる原因としては、大量のモンスターに囲まれ、逃げ回った末に進路上に居る他のPCを巻き込んでしまうという物が大半であろう。
が、このゼットは違う!この男はそれを故意に引き起こすMPKの常習犯だ!更にゼットは一流の盾役さながらにヘイト管理に長け、タゲを取るも他人になすり付けるも思いのまま。己の手を汚さず、あえてモンスターをけしかけて他人を殺す技術を磨き抜いた、他のPK達すらドン引きするレベルのゲス野郎である!
ちなみに読者の皆様方は、前回フィールドボスが都合良く現れた事に疑問を持ちはしなかっただろうか。それは偶然だろうか?否!全てはこの男の企みである!PK達が山賊達を上手く焚きつけておっさん達を襲撃するのに合わせて、ゼットはわざわざ遠くからフィールドボスを引っ張ってきたのだ。
しかしフィールドボスの攻撃を上手く捌きながらここまで釣り、タイミングを合わせて上手くおっさん達を襲わせた事といい、絶妙なタイミングで他人にタゲをなすり付ける技術といい、普通にプレイしていれば優秀なコントローラーになれたであろうに。
「オラァ!こっちだ!」
挑発スキルにより、ゼットが巨大牛のタゲを取った。牛はゼットのほうへと向きを変える。牛のタゲを取ったゼットは、素早く移動を行ない、その進路を誘導する。
「ご苦労なこった」
その間、他のPK達がおっさんへと襲いかかる。当然のごとくその攻撃は無効化されるものの、彼らの目的はおっさんの足止めだ。
だが、おっさんは呆れたようにゼットを揶揄する。
ゼットへと向かって突進する巨大牛。その進路上に居るおっさんと彼に群がるPK達も当然、攻撃に巻き込まれかける。
しかしおっさんは勿論、PK達もその程度の突撃をむざむざ食らったりはしない。全員回避成功!そしてターゲットとなっているゼットも当然回避!
「俺にそんな手が通じるとでも思ってんのか?」
おっさんの問いに、ゼットはニタァ……といやらしい笑いを浮かべて、
「あぁ、勿論アンタに通じるとは思ってないとも。だ・か・らァ……」
【ダッシュ】スキルのアーツを複数使用し、ゼットが素早く駆ける。おっさんに背を向けてまで、彼はどこへ行こうというのか?
ゼットの目線の先――そこに居るのは、山賊と戦っているアーニャだ!
「――糞がッ!俺とした事が!」
持ち前の勘で、おっさんはゼットの狙いに気付く。
おっさんは両手の魔導銃剣をゼットの背中に向け、全力で攻撃。その際、PK達の攻撃を受ける事になるが、それらは致命的な物のみを避け、残りは上手く急所を外して受ける。
しかし、少しだけ遅かった。
「【ヘイト・トランスファー】!」
おっさんの攻撃がゼットに届くよりも僅かに早く、アーニャを射程内に捉えたゼットがアーツを発動した。
それは、自身が受けているモンスターの敵愾心を、他者に全てなすり付ける奥義。
その発動から一瞬遅れて、おっさんの攻撃がゼットに届き、そのHPを削りきる。しかし、ゼットが受けていた巨大牛の敵愾心は、全てアーニャへと譲渡されてしまった後である。
「ブモォーッ!」
巨大牛が咆哮!アーニャに向かって一直線に突進!彼女は山賊達に囲まれながらも奮戦しているが、果たして山賊達と戦いながら、巨大牛の突進を避けきれるだろうか!?
(無理だな)
おっさんは冷静に判断を下した。
アーニャはあの攻撃を避けられない。
これまでは彼女らに攻撃が向かないように誘導し、なおかつPK達の攻撃を捌きながら逆に倒してこれた。だが一瞬の油断を突かれ、仲間が危機に陥った。
(俺のミスだ)
おっさんは奥歯が砕ける程に強く噛み締める。
だが、悔やむのは後だ。おっさんはすぐに動きだした。
(なら、俺がどうにかするしかねえよな!)
【縮地】及び【シャドウステップ】を同時発動し、おっさんは彼を囲むPK達の包囲を脱出すると、アーニャの元へと駆ける。
アーニャは自身に向かって突撃する巨大牛に気付き、回避しようとするものの、既に彼女の回避能力で間に合うタイミングではない。
だがその前に、おっさんがアーニャの元へと辿りつく。おっさんはそのまま、アーニャを抱えて離脱を試みようとするが……
「逃がすか!」
逃がしてたまるかとPK達が迫る!銃弾、矢、投げナイフといった飛び道具が無数に飛来し、逃げ道を塞ぐ。アーニャを抱えて手が塞がっている為、撃ち落とす事は不可能だ。
「チッ……上手く着地しろよ!」
「ふぇぇぇぇ!?」
おっさんは舌打ちを一つすると、抱えたアーニャを遠くに向かって放り投げた。そして素早く武器を抜くと、飛来する飛び道具を撃ち落とす。そして敵の標的を自らに変えるべく、巨大牛の頭に向けて銃のアーツを放つ。
「その首貰った!」
そこに迫るはPK達の首領格。
巨大なギロチンアックスを使う重戦士、【処刑人】ブルーノだ。
前方からブルーノのギロチンアックスによる重い一撃が。
そして背後に迫る巨大牛。もはや一刻の猶予も無い。
左右に回避しようにも、無数の飛び道具が迫りそれもままならない。
まさしく絶体絶命の危機である。
「上等だクソガキャアアアア!」
おっさんは覚悟を決め、吼えた。
「死ねぇ!【撃滅のアースクラッシャー】!」
ブルーノによる両手斧の奥義!真っ直ぐに振り下ろされる重厚な斧が空を裂き迫る!おっさんは紙一重で直撃を回避!
だが振るわれた大斧は大地を揺らし、砕いた。衝撃波と派手に打ち上げられる土が、おっさんを打つ!
勝った。
このタイミングで直撃を回避されたのには驚いたものの、ブルーノは勝利を確信する。
しかし、その彼の目の前で、おっさんもまた奥義を発動させていた。
「【鉄血のダブルクロス】!」
左右の手に握られた魔導銃剣。その先端の銃剣が、ブルーノの体を十字に切り裂いた。そして、その十字をなぞるように撃ち込まれる、至近距離からの十字砲火。それはまさに、血と鉄によって刻まれた二重の十字架。
「トドメだ!」
そしておっさんは、その中心に二つの銃剣を突き立て、引鉄を引いた。
ブルーノのHPが0になり、死亡する。
だがその寸前に……
「強ぇな……俺の負けか……」
「おう」
「だが……俺達の勝ちだ」
ニヤリと笑ってそう言い残すと、ブルーノの体が消滅した。
「そいつはどうかな」
おっさんはそう答えると、すぐさま回避行動を取った。迫り来る大量の銃弾、矢、投げナイフ。それらを撃ち、斬り、払い落としながら、おっさんは跳んだ。
だが既に、巨大牛の突進はおっさんを捉えている。おっさんが避ける方向へと向きを変えながら、巨大牛はおっさんに向かって突撃する!
「だめぇぇぇぇぇ!」
「おっちゃん!避けてぇぇぇ!」
アーニャとナナの悲痛な叫び。
「チッ……!こりゃ流石に避けられねぇか……」
回避は不可能と見て、おっさんは咄嗟に防御姿勢を取る。
そして遂に、フィールドボスの巨体がおっさんに接触する。
「ぐはっ……!糞が!もうちょっとVITも上げとくべきだったか!」
衝撃と共に、おっさんの体が宙に舞った。
おっさんの防御力は低い。おっさんは力、敏捷、器用さを重視するスタイルで、HPや防御力に影響する体力は重視していないのだ。防具も動きやすさを重視した軽装だ。
吹き飛ばされながら、おっさんのHPがどんどん減っていく。
なんとか直撃を避け、防御をしてもこのザマだ。もし直撃していれば即死もありえただろう。更に強い衝撃を受けた事により、『スタン』の状態異常が発生しており、身動きが取れない。
結果、おっさんは受身も取れずに地面に激突。落下による追加ダメージが発生する。
おっさんは倒れながら目を動かし、自分のステータスを確認した。
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HP 6/2580
MP 320/1400
状態 攻撃力強化Lv3 防御力強化Lv3 スタンLv5
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ギリギリで生き残ったが、酷い有様だ。HPは既に1桁。攻撃がかすっただけで死にそうだ。更にスタンにより、あと数十秒は身動きが一切取れない。
PK達がトドメを刺しにくるのが早いか、それとも牛が先に来るか。
どちらにせよ絶体絶命の大ピンチである。果たしておっさんは、この苦境を乗り越える事ができるのか!?
(続く)
PK達は書いてて楽しかったです。
個人的に邪毒のギランがお気に入り。
(2014/2/16 誤字・表記ミス修正)