5・謎のおっさん、着替える
「アンゼリカは居るか?」
「姐さんなら、今の時間は露店出してんじゃねぇかな?」
「そうか、邪魔したな」
作業場の裁縫ブースに顔を出し、問いかけたのは謎のおっさんであった。返ってきた答えに頷くと、彼は踵を返した。
「俺が居ない間、わからない事があれば鍛冶はテツヲ、魔法工学はジークに聞け。じゃあ、ちょっと出てくるぜ」
「はーい、いってらっしゃいませー」
弟子のユウそう言い残して、おっさんは作業場を出た。そして、街の露店エリアへと足を伸ばす。
◆
「ふふふ、さあ観念してこれを着るのよ!」
「ちょっ、やめて!離してー!」
「ふぇぇぇぇぇ!誰か助けてくださぁぁぁい!」
「コラ、暴れるな!パンツが脱がしにくいだろうが!」
そこでおっさんが目にしたのは、一人の女性が二人の少女を捕まえ、服を無理矢理脱がそうとしている場面だった。
その女性は年齢は二十代前半くらいであろうか。上質な生地を使って作られ、宝飾をあしらったドレスを着、長いプラチナブロンドの髪をロール状に巻いた髪型の、貴族のような格好をしている。長身で、女性らしい豊満な体つきをしている。
そこだけ見れば上流階級のような豪奢なメージがあるが、その女性は嫌がる二人の美少女を捕まえ、無理矢理その衣服をはぎ取ろうとしていた。
紛う事なき変態である。
「おうゼリカ、何やってんだオメーは」
おっさんが呆れた顔で声をかけると、彼女――おっさんが探していた人物であり、トップ裁縫師のアンゼリカである――は動きを止め、顔を上げた。
同時に、彼女に捕まっていた二人の少女、ナナとアーニャもおっさんに気付く。
「あら、おっさんじゃない。見ての通りアタシ今忙しいんだけど?」
「おっちゃん良い所に!ちょっとこの人止めて!」
「助けてくださいぃぃ……」
おっさんは呆れたように首を横に振り、またこいつの悪い癖が出たかと溜め息を吐いた。アンゼリカは自分の作った衣服を可愛い美少女に着せるのが趣味なのだ。それが高じて、時折このように暴走する。
彼女自身に言わせると、趣味ではなく生き甲斐との事だが。
「おう、離してやれ。さっさと仕事の話をすっぞ」
「嫌よ!アタシはこの子達に可愛い服を着せるの!インスピレーションがビビッと来たのよ!こんなチャンス滅多に無いんだから!」
おっさんがやんわりと止めるが、アンゼリカは耳を貸さない。それに対しておっさんが軽くキレる。
「そっちの二人は俺のダチでな、あまり手荒な真似をされると……」
「ならおっさんからも二人を説得してちょうだい!」
「俺に喧嘩売ってると判断させて貰うが、良いんだな?」
おっさんは二挺の魔導銃剣を抜き放ち、瞬時に彼我の距離を詰めた。左の銃剣をアンゼリカの首にピタリと当て、右の銃口を彼女の額へと向け、殺人鬼の如き鋭い目つきで彼女を睨みつけながら全力で殺気を放つ。
アンゼリカは即座に少女達から手を離し、両手をそのまま上に上げた。
「ぼ、暴力反対、話し合いましょう」
「最初からそうしてりゃ良いんだよ」
余談だが、おっさんが全開で放った殺気の余波でナナとアーニャは震えながら半泣きになり、周囲に居た露天商や買い物客たちは荷物をその場に残して一目散に逃げ散った。
おっさんの悪名値が少し上がった。
◆
「あー心臓止まるかと思ったわぁ、勘弁してよおっさん。アンタ睨んだだけで人殺せるんじゃない?」
「無ぇよ。どんなチートだそりゃ」
「グッとガッツポーズしただけで神器が完成したりとか」
「全盛期のメジャーリーガーと一緒にすんな!」
いつか出来そうだから怖い。
意外と余裕そうなアンゼリカと向かい合って、おっさんは商談に入る。
ちなみにおっさんの後ろには、彼に隠れるようにしてナナとアーニャも居る。
「で、注文してた物が出来たって聞いたんだが?」
「はいはい。これね」
アンゼリカが取り出したのは上下でセットになった服だ。
黒い革製のライダージャケット&パンツ。コカトリスとサラマンダーの革を贅沢に使い、毒や石化といった状態異常への耐性と、火属性への強い耐性を持つ。関節や急所はミスリル製のプロテクターで覆い、防護力と魔法防御力を高めた逸品だ。品質は★×8。
「良い出来だな。幾らだ」
「素材は全部おっさんの持ち込みだし、良い仕事が出来たからね。上下セットで15kでいいわよ」
「おう、ありがとよ」
おっさんはアイテムストレージを操作し、装備を変更した。
おっさんの着ている服が瞬時に変わり、ツナギから黒いライダージャケットとライダーパンツへと変更される。今後は生産等の作業をする時はツナギ姿に、外で冒険や戦闘をする際はこちらの服を着る事になるだろう。
「ところでその子達、おっさんのお友達なんでしょ!?ならおっさんからも説得して貰えないかしら?アタシの作った服を着て貰いたいのよ!」
アンゼリカの発言に、ナナとアーニャがおっさんの後ろに隠れる。先ほどの彼女の暴走がトラウマになっている様子だった。
「あーらら、脅えてんじゃねーか……自業自得だ馬鹿野郎」
「酷いわ!鬼!悪魔!おっさん!」
「全く反省の色が見られんな。今後こいつらに近寄らせないようにしないとな」
「うぅ……反省してます……タダで提供するから何卒お許しを……」
アンゼリカが土下座して頼み込む。美少女に自分の作った服を着せるのが生き甲斐であるアンゼリカにとっては死活問題であった。
「やれやれ……まあ本人も反省してるようだし、着てみたらどうだ?コイツはアホだが裁縫師としての腕前とセンスは俺が保証するぜ。トップクラスの裁縫師だけあって、作る物の品質も値段も最高クラスだ。それがタダで貰えるのはチャンスだろうしな」
「まぁ……おっちゃんがそう言うなら……」
「そうですね……服には罪はないですし……」
おっさんの説得に、ナナとアーニャはアンゼリカの服を着る事を承諾した。それを見たアンゼリカが顔を上げ、おっさんは彼女に向かってニヤリと笑った。
「貸し一つだぜ」
「おじさん……優しいおじさん……!ありがとうございます……!忘れません……!このご恩は一生……!」
「やれやれ、調子の良い奴だぜ……」
変態裁縫師アンゼリカ、満を持して登場。
おっさんの改造ツナギやカエデの弓の弦を作ったのも彼女です。
当初の予定ではたまに暴走するけど、もう少しマトモな女性だったのですが、おっさんを初めとする変態技術者どもに負けないように、より濃いキャラとなって登場しました。
あと、おっさんの服がようやくツナギ以外になりました。
今後はおっさんにも時々着替えて貰おうと思います。
え、そんな事よりナナとアーニャの着替え?なぁにぃ~、聞こえんなぁ~。




