4.謎のおっさん、弟子を取る
(どうしてこうなった……)
心の中でユウは頭を抱える。
彼女の目の前には一人の男性PCが居た。
はぼさぼさの黒髪に無精ヒゲが特徴的な、ツナギを着た男。一見だらしなさそうに見えるが、真っ直ぐに立つ姿勢は綺麗で、無駄な力が一切入っていない。
太めの眉と殺し屋のような鋭い目つきからは、強靭な意思が感じ取れる。
ご存知、謎のおっさんである。
なぜ彼女がおっさんの前に居るのか。
それを語るためには、少々時間を遡らねばならない。
◆
謎の変態技術者たちの暴挙を目撃し、SAN値が少々削られたユウであったが、彼女は気を取り直すと作業場の奥へと向かった。
そして、キョロキョロと周りを見回した。
何せこのゲームを始めたばかりで勝手がわからないのだ。
すると、彼女に声をかける人物が居た。
「初心者さんかな?よかったらアドバイスしようか」
服の上にエプロンを着けた、穏やかな雰囲気の男性だ。
先ほどおっさん達を見た経緯から少し警戒していたユウだったが、彼の温和そうな雰囲気に警戒を緩める。
「あ、ありがとうございます!今日始めたばかりでよくわからなくて……
よかったらお願いしていいですか?」
「ああ、勿論。僕はクック。よろしくね」
「あたしはユウです!よろしくお願いします!」
そしてユウは、クックから生産についての説明を受ける。
作業場の案内、設備や生産用アビリティの使い方、採集のコツ……
クックの専門は料理で、ユウの習得しているスキルとは別ではあったが、生産トッププレイヤーによる親切でわかりやすい説明で、ユウは一通りの知識を身につけた。
「……と、こんなところかな。何かわからない事はない?」
「凄くわかりやすかったです!あ、あと一つ聞きたい事が……」
「ん、何かな?」
「【弟子入りしてみよう】ってクエストが来てるんですが……」
ユウはクエストウィンドウを開いて、クックに見せた。
それは今回の、第二陣の参加と共に行われたアップデートで追加された、【師事システム】を体験するためのクエストだった。
同じスキルを持つ二人のプレイヤーが、それぞれ師匠と弟子となり、師匠が弟子の指導を行ない、成長を手助けするシステムだ。
既存プレイヤーと新参プレイヤーの間には、能力面で大きな隔たりがある。それを埋めやすくすると共に、古参と新参の交流を促進させる為に用意された。
師匠になる為には、弟子の持つスキルと同じ、あるいはその上位スキルを所持しており、一定のスキルレベルが必要となる。
師匠はスキルレベル次第で複数の弟子を育てる事は可能だが、弟子となる側は一人の師匠にしか弟子入りする事はできない。
といった内容を、クックはユウに説明した。
「こんな感じかな?実装したばかりだから僕も詳しくないんだけど」
「なるほど……弟子入りすると、色々コツとか教えて貰えたり、師事しているスキルの成長が早くなったり、アビリティやアーツ、魔法の習得とかランクアップに必要な経験値が下がるんですね」
ユウがふむふむ、と頷いた。そして、
「私、鍛冶と魔法工学を専門にやっていく予定なんですけど……」
少し図々しいかな、とも考えたが、思い切って訊いてみる。
「誰か、師匠になってくれそうな人を知ってたりしませんか?」
その質問を聞いたクックは、笑って頷いた。
「ああ、よく知ってるよ。その人は、その二つのスキルに関しては間違いなくトップクラスの職人だよ。よかったら紹介しようか」
そして、話は冒頭へと戻る……
◆
クックがユウに紹介した人物は……もう皆様おわかりだろう。謎のおっさんその人であった。
「お前さんが俺に弟子入りしたいって言う物好きか」
殺し屋の如き鋭い目で正面から見据えられ、ユウは萎縮する。
それに構わず、おっさんはユウを観察する。
「鈍器、鍛冶、魔法工学、眼力、商売か。悪くねぇ選択だ」
「えっ、なんで!?」
習得しているスキルを言い当てられてユウが驚く。
おっさんはそれに対して答えを明かす。
「俺は眼力スキルはかなり鍛えてるんでな。ちょっと前に進化して【慧眼】ってスキルになった所だ。まあこいつのお陰で、格下のスキルや装備の情報なんぞ筒抜けって訳だ」
もっとも情報を得る為には集中して凝視する必要があり、相手との実力に差が少なかったり、相手が【隠密】などの隠蔽効果があるスキルを持っている場合は情報を得る事は難しいのだが。
「鈍器以外なら教えてやれるが、どうするんだ?」
おっさんにそう問われて、ユウは悩む。
クックに紹介された手前、ここで断るのは失礼ではないだろうか。
それに彼によれば、このおっさんは間違いなく、自分が目標としているトップクラスの職人プレイヤーだとの事。弟子入りするメリットは大きいと考えられる。
だが、この男はさきほど見た変な連中の首魁だ。
もし弟子入りしたら、自分もああなってしまうのだろうか。
ぐるぐると悩むユウを見て、おっさんはやれやれ、と呟いた。
「一回作業するところを見せてやる。それを見て決めろ」
そう言っておっさんは鍛冶台へと向かった。ユウは慌ててその後を追う。
「さて……やるとするか」
おっさんが取り出したのは真っ赤な色のインゴット。
【炎鉄】と呼ばれる火属性を持つ金属だ。上級ダンジョンにて、ボスのイフリートがドロップしたアイテムである。
おっさんはそれを熱し、叩き、一本の剣へと鍛え上げていく。
強い火属性を持つ炎鉄は、叩くたびに炎を吹き上げるが、おっさんはそれを意に介さずに、その鋭い目で炎鉄をじっと見つめている。
叩くタイミングを見逃さず、一切の迷い無く、必要な力加減と角度でハンマーを振り下ろす。
迷えばそれだけ質が落ちる。高い集中力と精密さ、そして失敗を恐れず、迷わない精神力が求められるのだ。
ごくり、とユウは唾を飲む。
彼女の視線の先でハンマーを振るうおっさんは、氷のような無表情で、その手つきは機械のように精密だ。
だがその瞳はギラギラと輝き、全身から鬼気迫るようなオーラを発している。
熱さと冷たさの、相反する二つの性質を両立させ、コントロールしている。
そんな印象を受けながら、ユウは一瞬たりとも目を離さないように、おっさんの作業を凝視するのだった。
そしておっさんは、更に剣全体に特異な細工を施していった。
それは従来の鍛冶スキルには無い技術だ。
少し前に、おっさんの鍛冶スキルは遂に進化の条件を満たした。
進化先の候補は三つ。
一つは【上級鍛冶】。従来の鍛冶スキルをそのまま発展させた、正当進化系。更に品質の良い、幅広い分野の金属製品を作ることができる。
二つ目は【刀鍛冶】。刀剣類の制作に特化したスキルになる。それ以外の装備も勿論作れるが、刀剣類以外は上級鍛冶ほどには上手く作れないだろう。
そして三つ目は【魔導鍛冶】。
希少スキルであり、鍛冶製品に対して魔導機械技術を盛り込む異端の技。
おっさんは迷う事なくこれを選択した。
かくして、おっさんは新たな武器を完成させた。
それは真っ赤な刀身を持つ巨大な大剣……グレートソードだ。
だが、刀身の根元から鍔の部分にかけて魔導機械で作られた機構が埋め込まれ、柄には何らかの操作を行なうためのスイッチが付いており、更に刀身全体に黒い、魔術的な紋章が刻まれている。
おっさんは完成した剣を鞘に収めた。
「さて、こんな感じだが……どうだったよ?」
おっさんに話しかけられて、ユウはハッと我に返った。
鬼気迫るおっさんの作業、出来上がった見事な出来栄えの刀身、そして見た事もない謎の技術によって作られた、機械仕掛けの大剣。
ユウはそれらに打ちのめされ、そして魅了されていた。
(よし、決めた)
ユウは目の前のおっさんの弟子になろうと決めた。
彼の技術を学び、最高の職人になるのだ。
そう決めて、ユウは口を開こうとする……だがその時。
「あっ、おっさん何その剣、新作!?」
「おうよ、炎鉄製の魔導機械剣だ!見ろよコレ、何と火炎放射器が内蔵されてんだぜ!?」
目ざとく集まってくる職人達。
おっさんがそれに応えて剣を鞘から抜いてスイッチを操作すると、剣の先からゴォォォォッ!と炎が勢いよく噴射される。まさかの火炎放射器付きであった。
「わけがわからないよ……」
やっぱり弟子になるのやめようかなぁ、と思うユウだった。
結局だいぶ悩んだ末に弟子になった模様。




