表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謎のおっさんオンライン  作者: 焼月 豕
第二部 おっさん荒野を駆ける
21/140

2.謎のおっさん、のんびりしたかった

「フー……」


 おっさんは口に咥えた煙草から煙を深く吸い込み、堪能した後にやがて吐き出した。大層リラックスした様子の彼が居るのは、城塞都市ダナンから少し離れた湖畔である。

 おっさんはここ数日、バイクを駆って荒野を探索していたのだが、たまには休息もは必要であろうと、この静かで人が来ない場所で、のんびりと過ごしているのだった。

 楽しいゲームといえど、毎日毎日同じ事ばかりしていると、いずれは飽きがくるものだ。筆者も若かりし頃は毎日サルのようにMMORPGに興じていた時期があったが、その時のプレイスタイルとしては三日ほどレベリングをした後はインターバルとして一日、金策や生産などに専念する日を設けていた。そのように普段とは違う事をして気分転換をしつつ装備や消費アイテムを充実させて、次の日からまた楽しく狩りを再開する。そんなルーチンワークを行なっていた。


 話を戻そう。

 そういった理由で気分転換をする為に、おっさんは湖畔で釣り竿を握っていた。

 このゲームには無数のスキルが存在し、その中には当然【釣り】も存在する。説明するまでもなく、釣竿を使って魚を釣るためのスキルである。

 リアルで釣りが趣味のプレイヤーや、素材として魚を必要としている料理人など、釣りスキルを所持している者は意外と多い。おっさんもその中の一人である。

 おっさんが使っている釣竿は、彼が【木工】スキルで自作した物だ。頑丈な古木エルダーウッド素材のロッドと、ダンジョンで拾った魔法の糸を使ったリールを組み合わせた物だ。更におっさんはご丁寧にも【細工】スキルでルアーまで作成済みだった

 晴天の下で煙草を吸いながら、のんびりと獲物がかかるのを待つ。こういった時間も時には必要だとおっさんは考えていた。

 今日は一日、ここでゆったりと魚を釣って過ごそう。

 美味い魚が釣れたなら、料理して食べるとしよう。

 焼くか、煮るか、はたまた刺身か天麩羅か。悩み処だ。

 大漁だったなら、近くに居るプレイヤーに分けてやるのも吝かではない。

 うむ、やはり釣りは良い。心が洗われる。

 おっさんは、つらつらとそんな事を考えながら、上機嫌に釣りを楽しんでいた。

 だが、そんな慎ましやかな楽しみは突如として、呆気なく打ち砕かれた。


「ヒャッハー!」

決闘デュエルだァ!」

「PKだァー!」

「おっさんは消毒だァー!」

「そしてバイクを強奪するぜ!」


 奇声を上げつつあらわれたのは、モヒカン率いる奇抜な髪型とファッションセンスの世紀末な五人組だ。彼らはそれぞれ武器を構えながら、一斉におっさんへと襲いかかってきた。

 おっさんはチラリと彼らを見ると、先程まで穏やかだった表情を歪ませ、ただでさえ鋭い目を不機嫌そうに吊り上げ、不埒者共を睨みつけた。


「殺す」


 おっさんは煙草を吐き捨て、短くそう言い捨てた。地獄の宴が始まる。



  ◆



「ったく、ちったぁ空気読めってんだクソガキ共が」


 処刑を終えたおっさんは不機嫌そうに吐き捨て、その場にどっかりと座りこんだ。

 奥義まで使って全力で襲撃者達を殺害し、リーダー格のモヒカン皇帝に至っては死ぬ寸前まで痛めつけた挙句にロープで捕縛し、釣竿を使って湖に放り込んでやったので多少は気が晴れたものの、静かな時間を邪魔されたおっさんは、まだご機嫌斜めな様子である。


「まあいい。釣りの続きだ」


 おっさんは気を取り直して再び釣竿を装備し、釣りを再開しようとした。だがその瞬間、まるで狙いすましたかのようなタイミングでシステムメッセージが表示される。


『メールが到着しました』


「何だってんだクソが」


 まるで何者かの意思によって、のんびりと釣りをして過ごす時間を邪魔されているようだ。そんな気分になりながら、「これが下らない用件なら差出人を釣りの餌にしてやる」と心の中で呟き、メールウィンドウを開いた。


――――――――――――――――――――――――――――――

 from カエデ


 ご無沙汰しております、カエデです。

 突然のメールで失礼しました。

 装備品の製作をお願いしたいのですが、大丈夫でしょうか?

 もし受けていただけるならば、ご都合のつく時にご連絡をお願いします

――――――――――――――――――――――――――――――


「なんでぃ、巫女の嬢ちゃんからかよ」


 相手によっては真っ当な用件でも殴りに行こうと思っていたが、あの娘が相手なら仕方ねぇ。そう思いながら、おっさんは大儀そうに腰を上げた。



  ◆



「こんにちは、おじ様。わざわざありがとうございます」

「おう。まぁ、いいって事よ」


 町に戻ったおっさんは、メールの差出人と合流した。おっさんの前に現れたその人物、巫女服を着た女性が、おっさんに向かって綺麗なお辞儀をする。

 スレンダーな体型で女性にしては長身な、黒髪ロングの清楚な雰囲気の、この西暦2038年においては最早、絶滅危惧種と言える『大和撫子』と呼ぶに相応しい女性だ。

 彼女こそは【戦巫女】の二つ名を持ち、支援魔法や回復魔法のエキスパートでありながら、薙刀や弓による遠近両方の物理攻撃も得意なオールラウンダー。本人が控え目な正確な事もあって目立つ事は少ないが、縁の下の力持ちとしてパーティーを支えるサポートの達人。名をカエデという。


「それで、ご注文は薙刀か?それとも弓か?」

「短弓をお願いいたします」

「わかった。それじゃ作業場に行くとしようか」


 カエデは元々、射程や威力に優れる長弓を愛用していた筈。それが短弓を求めるのは、新エリアである荒野で活動するにあたって、馬上で利用するのを想定しての事かと、おっさんは推理する。

 そんな事を考えながら、おっさんはカエデを連れて作業場へと向かった。


「おう、ゼリカ居るか!?」

「はぁ……なんですの?」


 相変わらず人の名前をちゃんと呼ばないおっさんに少々むっとしつつも、どうせ言うだけ無駄だろうと諦め顔になりつつ、職人の女性が顔を出した。

 金髪縦ロールの髪型に、女性らしい豊満な体つきを露出の多い大胆なドレスに包んだ彼女は、おっさんの友人でありカリスマ裁縫職人のアンゼリカだ。


「ちょいと仕事を頼みてえ。こいつで弓の弦を作ってほしい」

「あら、珍しい物をお持ちですわね。では……料金は5000ゴールドで如何?」


 おっさんはアンゼリカに魔法の糸を見せると、それを受けて彼女が技術料および手数料を請求する。


「わかりました。ではそれで、よろしくお願いいたします」


 おっさんが了承する前に、カエデがそう言ってゴールドをアンゼリカに渡そうとする。元々カエデの装備を作る為なので、自分が払うのが筋であると考えたからだ。

 だが、それを聞くとアンゼリカは前言を撤回した。


「あら、カエデさんの装備用でしたの?でしたら無料タダで構いませんわ」

「そんな……よろしいのですか?」

「ええ、勿論。貴女の依頼ならこの程度は。うちの子達もだいぶお世話になったようですし、たまにはお返しをさせて下さいな。どうせ素材はおっさん持ちですし」


 彼女の言葉に、うんうんと周りの職人PC達がうなずく。

 カエデはよく初心者や、困っている者の手助けを無償で行なっている。そのため彼女を慕っており、機会があれば恩返しをしたいと思っているプレイヤーは多い。戦闘能力に乏しいが、素材を得るために街の外に出ざるをえない職人プレイヤーの中にも、カエデに助けられた者は多かった。

 情けは人の為ならず。結果的にカエデの善行は、カエデ自身の利益となって彼女へと返ってくるのだった。


「よし、それじゃ弦のほうは頼んだぜ」

「よろしくてよ」


 おっさんは改めてアンゼリカに弦の製作を依頼し、自身は木工スキルで弓の製作を始めた。

 硬くて強いハードウッドと、柔軟でしなやかなエルダーウッドの二種類の木材を使用し、更に、糸状にした軽鉄ライトメタルを丁寧に貼り付けていった。

 弓の形状は、大きくM字型に湾曲している。馬上での扱い易さを重視し、連射性能に優れた湾曲型短弓(コンポジットボウ)だ。

 それにアンゼリカから受け取った弦を張り、無事に弓が完成する。


 品質は★×8。

 おっさんは木工に関しては鍛冶や魔法工学ほどには得意ではなかったが、運良く神器級の武器が完成したようだ。

 AGIへのボーナス値が非常に高く、それもあって非常に速射性に優れた弓だ。風属性の追加ダメージを与える効果もあり、馬上でなくとも手数で勝負できる良い弓だった。

 ランダムに付けられたその弓の銘は、【ハヤテ】。奇しくも使い手となる女性『カエデ』と似た字面の名前になった。


「あらあら、これは……本当にありがとうございます」


 カエデは受け取った弓を眺めて、嬉しそうに微笑んだ。普段は清楚で大人びた彼女だが、その笑顔は童女のように無邪気であった。


「それで、代金はどれほどになりますか?」


 さて、どうするかとおっさんは少し考え込む。

 仕事の対価として料金はきっちりと取る主義のおっさんではあるが、他の職人たち同様、目の前の女性から金を取るのはどうにも気が引けた。

 おっさんは特にカエデに世話になった訳ではないが、見知らぬ者にも分け隔てなく手を差し伸べる彼女のプレイスタイルには好感を持っていたし、頭のおかしい奴が大半を占めるトッププレイヤー達の中で、彼女のような善良で控え目な

 特に金にも困っていない。むしろおっさんはかなりの資産家だ。

 やがておっさんは口を開き、カエデに質問を返す。


「そうだな……お前さん、料理スキルはどれくらい上げてる?」

「えぇと……基本の【料理】がレベル52、発展スキルの【上級料理】が9ですね」


 非常に高かった。クックには少々劣るだろうが、それに次ぐ程ではなかろうか。

 ちなみに、おっさんの現在の料理スキルのレベルは45。【上級料理】の習得条件となるのが料理レベル50なので、そろそろ上げるのが少し苦労しそうな頃合いだ。


「素晴らしい。それじゃ、ちょいと付き合って貰えるかね?丁度これから釣りをしようと思っててな。釣った魚を料理できる奴を探してたのさ。代金はそれでどうだ」

「えぇと……そんな事でよろしいのでしたら幾らでも。でもおじ様、確かご自分で料理できるはずでは……?」

「まあまあ、そんな事ぁどうでもいいじゃねぇか。さ、行こうぜ」


 おっさんはバイクを召喚し、カエデを後ろに乗せて湖へと向かう。

 一人で釣りを楽しむ時間は邪魔されたが、結果的にはこれで良かったと、おっさんは思う。

 友人が無邪気に喜ぶ顔が見れたし、それが清楚な美人であれば尚更だ。報酬なんぞそれで十分。更に彼女の手料理まで食べられるとあればお釣りが出るというものだ。


「男ってのは幾つになっても、美人の笑顔にゃ勝てねぇのかもな」

「おじさん?何か言いました?」

「いいや、なんでもねぇよ。飛ばすぜ!しっかり捕まってなぁ!」


 とりあえず、湖に戻ったら気合を入れて大物を釣らねぇとな。そう心の中で呟きながら、おっさんは湖への道をバイクで駆けるのだった。

2017/6/22 加筆修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ