謎のおっさん、狩る
ほぼ説明回。
サービス開始より一夜明けた月曜日、VRMMORPG「アルカディア」は、本日も満員御礼だ。
真っ昼間からログインし、ゲームを楽しむプレイヤーの姿、多数。ある者は夏休みの真っ最中の学生であり、ある者は正式サービスに合わせて有給や連続休暇を取得した社会人であり、またある者は万年夏休みのニートである。働けニート。
さて、初日から大いに目立ち、(悪い意味で)有名になったプレイヤー、【謎のおっさん】もまた、そんな真昼間からログインしているプレイヤーの一人であった。
有名になったと記述したが、元々おっさんはβテスター達にとっては知らぬ者が居ない程の有名人であり、その奇行についても今更とりたてて騒ぐ程の事でもなかったが。
ここで視点を【謎のおっさん】の元へと移そう。
おっさんは城塞都市ダナンを出てすぐのフィールド、【始まりの平原】に居た。
ダナンを囲む城壁、その東西南北それぞれの門から一歩足を踏み出せば、一面に広がる草原が見渡せる。そこが始まりの平原だ。
そこでおっさんは何をしているのだろう。他の多くのプレイヤー同様に、街周辺の雑魚モンスターを狩っているのであろうか?
いいや違う。おっさんはモンスターが多く出現する地帯から離れた場所で、ひとり鶴嘴を振るっていた。
彼はアビリティ【採掘】を使用して、鉱石を掘っているのだ。
アビリティとは、スキルに付属する様々な技能である。
例えば【鍛冶】スキルには【剣製造】【槍製造】【採掘】【鉱石精錬】などのアビリティが内包されており、武器スキル【片手剣】であれば【ソードマスタリー】【片手剣クリティカル上昇】などのアビリティを習得できる。
それらのスキルに付属した各種アビリティを反復使用する事で、プレイヤー達はスキルの熟練度を得る。そうする事で習得したスキルのレベルを上げる事が可能になる。
そうやってスキルを鍛える事で、アビリティの新規取得・強化や、ステータスへの+補正、派生スキルの習得といった様々なメリットを享受できるのだ。
また、そうやって活動する事で得られるのはスキルの熟練度だけではない。プレイヤーはそれ以外にも、経験値を入手する事ができる。
実はこのゲーム、経験値の入手方法はモンスターを倒したり、クエストをこなしたりといった、従来のRPGでお馴染みの物だけではない。
例えば採集や生産をしたり、あるいは楽器の演奏や料理を食べる等、あらゆる行動がキャラクターの糧となるのだ。
そうして得た経験値は、ステータスの上昇やスキル枠の拡張、新規スキルの取得、アビリティやアーツ、魔法の取得……等々、ありとあらゆるキャラクターの成長へ使われる。
ちなみに、よくあるRPGのようにレベルという概念は無い。どちらかというと、TRPGのように好きな能力値や技能に、自由に振り分けるタイプが近いだろう。
また、よくありがちな……というよりも、オンラインゲームにはほぼ必須と言っていい、ステータス値や習得スキル数の上限のような物は、このゲームには一切存在しない。
経験値をどう使い、どのように成長するかは完全に自由。プレイヤーの判断とセンスが問われるゲームである。
余談だがβテスト時、そのようにあらゆる制限を取っ払った前のめりな開発チームの姿勢を賞賛すると共に、テスター達はこのゲームをこう呼んだ。
【インフレオンライン】と。
さて、おっさんだが……彼はひたすら無心に鶴嘴を振るって、鉱石を掘っていた。フィールド上には採掘ポイントと呼ばれるポイントが点在しており、そこでは各種生産素材を収集可能である。
とはいえ街のすぐ近くのフィールドにある採掘ポイントである為、あまり良い物は採れない。採れる物は石ころ、銅や錫、鉛、鉄、ごくまれに銀。
大して経験値も入らず、【鍛冶】スキルに加算される熟練度も、あまり多くはない。
だが塵も積もれば山となる。三十分ほど掘りまくり、鶴嘴の耐久度も限界に近付いてきた頃には結構な量の経験値を得る事ができており、鍛冶スキルのレベルもそれなりに上がった。
「よし……こんなもんか」
おっさんは呟き、耐久度が尽きかけたピッケルをアイテムストレージへと仕舞った。
そしてメニューからスキルウィンドウを開くと、採掘で得た経験値を使って、スキル枠を拡張すると共に、新たに幾つかのスキルやアビリティを追加習得した。
『【短剣】スキルを新規習得しました。アビリティ【ナイフマスタリー】を自動習得しました』
『【武器防御】スキルを新規習得しました。アビリティ【ウェポンガード】【パリィ】を自動習得しました』
『【精巧】スキルを新規習得しました。アビリティ【デクスタリティブースト】を自動習得しました』
――――――――――――――――――――――――――――――――
【短剣】
種別 武器スキル/基本スキル
【効果】
種別:短剣の武器を装備している時、あなたは以下の効果を得る。
①SLv1毎に、攻撃力が1%上昇する
②|SLv5毎に、クリティカル率とクリティカルダメージが1%上昇する
【ステータスボーナス】
SLv1毎に、AGI+1 DEX+1
SLv5毎に、AGI+2 DEX+2
【解説】
基本的な武器スキルの一つ。
短剣を扱うためのアビリティやアーツを習得できる。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【武器防御】
種別 補助スキル/基本スキル
【効果】
あなたは以下の効果を得る。
①SLv1毎に、武器防御成功時に受けるダメージを1%減らす(最大30%)
②SLv5毎に、ジャストガード・ジャストパリィ判定の時間を少し延長
【ステータスボーナス】
SLv1毎に、VIT+1 DEX+1
【解説】
武器を使って敵の攻撃を受け止めたり、弾いたりする技術。
――――――――――――――――――――――――――――――――
【精巧】
種別 補助スキル/基本スキル
【効果】
なし
【ステータスボーナス】
SLv1毎に、DEX+1
SLv5毎に、DEX+2
【解説】
器用さを上げるためのスキルであり、特別な効果は無い。
鍛えることで精密な動きが出来るアビリティを習得できる。
――――――――――――――――――――――――――――――――
準備は整った。
おっさんは採掘ポイントから少し歩き、モンスターが出没する地域へ辿り着く。周囲を見渡せば、そこにはモンスターと戦闘を行なうプレイヤー達の姿が見える。
正式サービスから入った初心者達が、まだぎこちない動きで雑魚モンスター相手に剣や槍、斧を振るったり、魔法を放ったりしている。
「そんじゃ、やりますかね」
おっさんもまた、彼ら同様に手近な敵に狙いを定める。
おっさんがターゲットにしたのは小型の猪をデフォルメしたようなモンスター【スモール・ボア】だ。
おっさんはまずウィンドウを操作してアイテムストレージを開くと、武器を実体化させて装備した。
右手に現れたのは、金属製の拳銃――このゲームでは【魔導銃】と呼ばれる武器だった。
我々のよく知る銃とは異なり、これは魔力で弾丸を射出する銃だ。STRでダメージを算出する近接武器とは異なり、射撃武器はダメージ計算に、主にDEXを用いる。
そのため、スキルレベルを上げる事でDEXにプラス補正値が入る生産スキルとは、相性が良いと言えるだろう。
弓や長銃タイプの魔導銃に比べると射程・威力ともに劣るが小型で扱いやすく、片手で使える、おっさんがβテストの頃から愛用している武器だ。
おっさんは腰のホルスターから魔導銃を抜き放つと、狙いもつけずに即座に発砲した。
狙い違わずイノシシの頭に魔力弾が命中し、【Head Shot!!】の文字と共にボーナス経験値が入る。
前話にておっさんが語ったように、クリティカルやバックアタック、オーバーキル、ヘッドショット等、戦闘で優れた行動を取ることによって、ダメージの増加等と共にボーナス経験値を得られるのだ。
撃たれたイノシシは怒っておっさんへと向かってくる。
それを、おっさんは左手に持った武器で迎撃した。
短剣だ。おっさんは右手の拳銃と共に、左手にそれを装備していた。
おっさんが先程、採集スポットにて鉱石を採集していたのは記憶に新しい。おっさんはそれを素材にして、携帯溶鉱炉と金床を使って、習得したばかりの短剣スキルを使用するための武器を、その場で作成していたのだ。
その性能は以下のようなものだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
【アイアンナイフ】
品質 ★×6(精巧級)
素材 鉄
耐久度 15/15
製作者 謎のおっさん
【装備効果】
攻撃力:切断+14 刺突+13
【付加効果】
[精密1]……クリティカル率+5%
[空き]
【解説】
平凡な作りだが、丁寧に鍛えられた鉄製の短剣。
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品質は十段階評価のうち、6。まだスキルが低い割には良い出来だ。
店売り品に比べると品質ボーナスにより、攻撃力や耐久度が増しており、また通常の品には付いていない、クリティカル率上昇の効果も付いているのが分かるだろう。
モンスターのドロップ品や、プレイヤーが作成した高品質な武器には、オプションスロットと呼ばれる物が追加されており、そこに様々な追加効果が付加される。
そして、その数と質はアイテムの品質に比例して増すと言われている。
今回のこのナイフの場合はオプションスロット数が2個、片方は空きスロットになっており、もう片方にクリティカル率を上げる[精密]が付加されている。
「遅っせえんだよ……っと」
イノシシの突進をすれ違うように回避しつつ、おっさんはナイフを一閃し、その顔面を切り裂いた。そしてすれ違いざまに魔導銃のトリガーを引きノールック背面射撃。イノシシの背中に銃弾を撃ち込んでトドメを刺した。
「プギィィィィ……」
断末魔と共にモンスターの遺体が消滅し、その場に戦利品がドロップされる。
ボアの毛皮と、ボアの肉。
前者は裁縫、後者は料理の素材となる。
おっさんはそれらを拾うと、即座に次の獲物へと目をつけた。
銃で撃つ。反撃を回避。蹴りを入れる。
蹴り上げた反動で後ろに飛び、銃弾を放つ。
別の敵を撃つ。回避。ナイフで刺す。
牙をナイフで弾く。膝蹴りを額に叩き込む。
ひたすらに効率化された動作で、おっさんはモンスターを狩りまくった。
モンスターは皆、おっさんの魔導銃と短剣、格闘のコンビネーションに翻弄されて、彼に一撃も当てる事ができないまま絶命した。
「ちょっ、何だあの動き……」
「敵の動きを、完全に見切ってやがる……」
「やばい、おっさんの癖に華麗だw」
周囲のプレイヤーは戦いの手を止め、常人離れしたおっさんの戦いぶりに注目していたが、当のおっさんは全く意に介さず、モンスターを乱獲し続けるのだった。
「温いな……準備運動にもなりゃしねえ。ま、街周辺のフィールドならこんなモンかね」
大量に稼いだ経験値とドロップ品を前に、おっさんは煙草に火を点けながらそう呟くのであった。
やべえ。
現時点でおっさんと世紀末ザコとモブしか出てねぇ(今更
(2013/12/10 脱字・誤記修正)
(2015/2/11 加筆修正)
(2015/2/25 表記修正)