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謎のおっさんオンライン  作者: 焼月 豕
第一部 おっさん大地に立つ
17/140

謎のおっさん、ダンジョンに挑む(4)

あけましておめでとうございます。

今年も拙作をよろしくお願いします。

 戦いのはじまりを告げたのは、一発の銃弾だった。それは赤いローブを着た人物、レッドの手に装備された長銃から発射されて、真っ直ぐにおっさんの額に向かって飛ぶ。

 しかし、それはおっさんに命中する前に弾き落とされた。そう……他でもないおっさんの手によってだ。優れた反射神経と動体視力をお持ちの方ならば視認できたかもしれないが、おっさんは発射された銃弾を、己の手に握られた銃から発射された銃弾で撃ち落としたのだ。


「知らなかったのかレッド。俺に飛び道具は効かねぇんだぜ。流石に何百発も一気に撃たれれば話は別だがな」

「いやいやァ、ただの挨拶代わりさ。噂の【矢落し】も見たかったしなァ」


 レッドが言った、この【矢落し】なる技だが、これはアーツやアビリティではない。いわゆる「システム外スキル」と呼ばれる物だ。

 おっさんは銃口の向き。射手の目線や筋肉、骨の動き、呼吸、殺気。魔導銃の動作するかすかな音。空気の振動。それらのありとあらゆる情報を察知・計算した上で、一瞬にして銃弾の弾道を予測したのである。

 来る事がわかっている弾丸など、避けるも撃ち落とすも、おっさんにとっては容易い。卓越した予測能力と精密な射撃による飛び道具の無効化。これこそがおっさん七大兵器の一つ、【矢落し】である。


「ケッ……見世物じゃねぇってんだよ。見物料は高くつくぜ!」


 そして二人は同時に、弾かれたように動き出す。おっさんの右手には黒い魔導銃剣【ブラックライトニング】、左手には聖銀製のククリが握られている。対するレッドの手に握られているのは、黒い双剣だ。

 レッドの剣をおっさんがククリで華麗に受け流し、おっさんの銃剣による刺突をレッドが紙一重で回避する。更にレッドは左右一対の双剣を連続で素早く振るって攻撃するが、おっさんはそれをかわし、受け流し、時には銃弾で弾く事で狙いを逸らす。

 だがおっさんの攻撃もまた、レッドの双剣に阻まれて、あるいは凄まじい反射神経によって紙一重で回避されて、直撃は一つも無い。至近距離で幾度も刃や銃弾を交わし合いながらも、お互いに無傷のまま戦いは進んだ。


 単純な力やスピード、反射神経ならばレッドが上だ。だが見切りや体捌きといった技術や経験による戦闘勘によって、おっさんはその差を埋める。今のところ、総合力では互角といったところか。


「ハッ、少しはやるようになったじゃねぇか……だが、このままだと埒が明かねぇな」

「そうだな、それじゃあ……第二ラウンドと行こうかァ!【クイックチェンジ】!」


 目で追えないほどの斬撃の嵐を繰り出しながら、二人は会話を交わす。そして、どうやら戦局が動くようだ。その切欠を作ったのはレッドであった。

 【クイックチェンジ】の効果によって、レッドの手にある双剣が消滅してアイテムストレージへと送られ、それと同時に新たな武器がその手に装備される。新たに装備されたのは……両手持ちの戦槌バトルハンマー。非常に重いため攻撃速度は遅いものの、強烈な衝撃属性の打撃攻撃を可能とする威力重視の武器である。


「ヒャア!こいつでミンチにしてやるぜ!」

「ハッ……当たるかよ、そんな大振り!」


 レッドがハンマーを大きく振るい、強烈な打撃を繰り出す。だが思い出していただきたい。左右一対による攻防一体と素早い連続攻撃が可能な双剣を使って、レッドはおっさんと互角であったのだ。

 ハンマーは威力こそ高いが、前述の通り非常に重く、扱いにくい武器である。当然そんな物を正面から振った所でおっさんには当たらず、あっさりと回避される。更におっさんは、反撃の銃弾をレッドに向けて二発、三発と放つ。レッドは回避しきれず、遂に銃弾のクリーンヒットを受けた。

 【クイックチェンジ】は便利だが、一度使うと一定時間の間は使えない。レッドがハンマーを持っている間に、おっさんは速度で攪乱しようと考えた。


 それに対してレッドはハンマーを大きく、大上段に振りかざす。より一層、威力を重視した構えだ。

 一体レッドは何を考えているのか。攻撃が当たらぬからといって、一か八かの一撃必殺にかけたのであろうか?まさかそんな破れかぶれの一撃が、おっさんに通用するとでも、本気で思っているのだろうか?

 隙だらけのレッドに対し、おっさんは素早くククリによる斬撃を食らわせる。そして銃剣を突き入れ、そのまま零距離で銃弾を放つ。レッドのHPが全体の六割程度まで減少した。それを確認したおっさんは、レッドの反撃が来る前に素早くバックステップで距離を取り――


「【クイックチェンジⅡ】」


 その瞬間、レッドの手にあるハンマーが消える。そして代わりに現れたのは……巨大な処刑鎌であった。


(モーションキャンセル……更に連続でクイックチェンジだと……!?)

「かかったなおっさん!死ねえ!」


 レッドは何らかの効果によって戦槌のモーションを強引にキャンセルし、武器を連続で持ち替えた。そしておっさんの首を目掛けて、巨大な処刑鎌の刃を振るった。

 ちょうど距離を取ろうとバックステップをした直後であった為、おっさんの体は空中にあって、回避は不可能である。もう一瞬後には、死神の刃がおっさんの首を刎ね飛ばすだろう。

 また双剣とは違い、重く巨大な刃は銃弾をぶつけて弾く事も難しいだろう。もはや逃げ場無し、このままおっさんはレッドの斬首攻撃を受けて敗北してしまうのか?


「ちぃぃぃぃッ!」


 目前に迫る死の気配。ゲームの中の出来事であり、実際に死ぬわけではないが、目の前の死神めいた人物によって振るわれるそれは、まるで現実と錯覚されるほどの殺意が込められていた。

 それに前にして、おっさんが切り札の一つを切る。

 人は死に直面した時、異常な集中力により時間を非常に遅く感じられるという。いわゆる走馬灯という物がそれだ。脳のリミッターが解除される事で、通常とは比べ物にならない程の思考速度を得るためだ。

 おっさんは、それを意図的に引き起こす。己の意志で脳のリミッターを外す事で得られる神速の思考速度。そして、それによって起こるのは擬似的な時間停止。

 おっさんは大きく身体を沈めて、ギリギリで処刑鎌による攻撃を回避した。


「……んん?おっかしいなァ。完璧に仕留めたと思ったんだけどな。流石はおっさんって所か」


 完璧なタイミングでの奇襲をかわされたレッドが首を傾げる。そんなレッドに、おっさんは声をかける。


「ようレッド、さっきの動きは何でぃ?あれがマルチアクションとかいうスキルの効果か?」

「お?何だおっさん、知ってたのか。だがそれを訊くって事は、まだ習得はしてないみてーだな?」

「おう。あいつケチだから教えてくれねーんだよ。だからお前が教えてくれよ」


 そう言って、おっさんはカズヤを指差した。レッドはそれを見て笑いながら言う。


「俺に勝てたら教えてやろうじゃねえか。その代わり、おっさんが勝ったら俺に何をしてくれる?」

「その前提がまず有り得ねえが……いいぜ。もし俺がおめーに負けるような事があれば、何でも言う事を聞いてやらあ」

「言ったな?後で泣いても知らねーぜ!」


 両者が再び動き出した。レッドは鎌を小さく振るって、おっさんの首を狙う。おっさんはそれをダッキングして回避し、レッドの懐へと飛び込んだ。


「「【クイックチェンジ】!」」


 レッドとおっさんが、同時に武器を持ち替える。

 レッドは至近距離での戦闘用に、再び武器を双剣に変更した。そしておっさんは、武器を……装備していなかった。

 右手、左手どちらも徒手空拳。おっさんが選択したのは短剣でも、魔導銃剣でもなく……素手による格闘だった。


「ふっ!」


 おっさんは短く息を吐き、右拳を真っ直ぐに突き出す。おっさんの鋭い中断突きを、レッドは剣で受け流そうとするが……


「遅ぇッ!」


 そのまま流れるようにおっさんは体を捻り、背中からぶつかるように、レッドに体当たりをした。これは鉄山靠てつざんこうと呼ばれる技だ。

 それを受けながらもレッドは反撃を繰り出そうとする。おっさんは背中をレッドに向ける形になっており、このままレッドの反撃を受ければ大ダメージ必至である。

 だが当然、おっさんがそれを考慮に入れていない筈がない。おっさんはその瞬間、力強く床を踏み鳴らす。それと共に肘を下から突き上げるように、レッドの鳩尾へと叩き込んだ。裡門頂肘りもんちょうちゅうという技である。

 今まさに攻撃しようとした所に無防備状態でそれを受け、レッドは後方へと倒れ込む。おっさんの【カウンター】スキルによる、カウンター成功時のクリティカル率・ダメージ増加の効果もあって大ダメージが発生した。

 ちなみに、おっさんが繰り出したこれらの技はアーツでは無い。


「チッ……何だっけそれ、太極拳?」

「八極拳だ」

「それだ。中国拳法とか予想外すぎるぜ、ったく!」


 レッドがぼやきながら立ち上がり、再びおっさんに襲いかかった。両手に握られた双剣を、同時に振るっての左右同時攻撃だ。おっさんはそれを、突き出した両腕を小さく回転させて受け流した。更にレッドの足に己の足を添え、軽く内側から押してやる。

 レッドの体勢が崩れる。

 そしておっさんは、レッドの体に手を添える。


「踏み込みが甘えッ!」


 いかなる技術によるものか、レッドの体がその場で半回転する。おっさんは頭から落ちるレッドに、無慈悲にも追撃の蹴りを叩き込む。

 しかしレッドも流石というべきか、逆さまに落ちながらもその蹴りを剣でガード。もう片方の手で器用に体を支え、そのままバック転をしておっさんから距離を取った。


(回し受けに……ありゃぁ合気か?アナスタシアが言ってたのはマジだったか。仕方ねぇな、ここは回復して仕切り直しだ……!)


 中国拳法といい合気といい、一体どこで身に付けたのか。名は体を表すとは言うが本当に謎のおっさんだ。そう思いながらも、レッドは素早くアイテムストレージからポーションを取り出し、片手で栓を開けた。大きく減少したHPを回復させる為に、虎の子の高級HPポーションを使おうとしたのだ。

 レッドがその中身を体に振りかけようとする。ポーションは飲むのが一番効果が高いが、物によっては味が不味かったり、また飲むのに時間がかかる為、直接体にかけて使用される事が多い。

 そうやってレッドはHPの回復をしようとした。だがその寸前に、レッドの手の中で、突然ポーションの瓶が砕け散り、中身が床にぶち撒けられる。


「アイテムなんぞ使ってんじゃねえ!」


 その原因は勿論おっさんだ。おっさんは素早く銃を抜き放ち、レッドの手に握られたポーションを的確に撃ち抜き、破壊したのだ。

 アイテムは、アイテムストレージ内にある時は只のデータに過ぎない。だが使用する時にはストレージから取り出し、実体化させる必要がある。

 そうやって取り出し、実体化した瞬間に狙い撃ち、破壊する事でアイテムの使用を無効化する。これがおっさん七大兵器の一つ、【アイテム封じ】である!


 そして今、レッドはポーションを使おうとした為、右手に剣を握っていない。おっさんはその隙に、銃弾を彼に向かって連続で放った。


「ちぃぃぃぃッ!」


 レッドは更に大きく後方へと飛び、体勢を立て直さんとする。おっさんはそれを追いながら銃弾を放ち続けた。


「まだだぜおっさん!その程度の銃撃なんざ!」


 レッドは後退しながら、双剣で銃弾を全て弾き落とす。そうしながらレッドは、おっさんを一撃で仕留めるための隙を伺い続けた。


(流石はおっさん、正攻法じゃ分が悪いぜ。だが……!)


 レッドはローブの下に隠された武器を意識しながら耐える。強力な隠蔽効果を持ち、内部に様々な武器を仕込んだローブ。これがレッドの所有するユニークアイテムの正体である。

 正面からの射撃ではレッドにトドメを刺す事は不可能。【バレットカーニバル】のような奥義でも使えば話は別だろうが、それはダンジョンのボス相手に温存したい筈だ。おっさんは勝負を決めるために、必ずまた接近してくる。そこを隠し武器で奇襲する。レッドはそう考えていた。だが……


「悪いなレッド、これで詰みだ!」


 おっさんが、二挺の魔導銃剣から弾丸を放った。レッドはそれを弾き飛ばそうと双剣を構える。しかし、それは弾くまでもなく、最初から外れていた。弾丸はあっさりと、レッドの横を素通りしていく。


(……射撃を外した?おっさんが?)


 レッドはおっさんが攻撃をミスするのを初めて目撃した。百発百中の腕前を誇るおっさんが、この土壇場でミスをするだと?それとも何らかの狙いがあって、わざと外した?と、レッドは訝しんだ。だがレッドは、その答えをすぐに理解する事となった。


「がッ!?」


 突如、背中に衝撃が二つ。

 ハッ……!とレッドが振り返ると、彼は壁を背にしていた。


「【跳弾】アビリティ……!」

「正解だ!随分と察しがいいじゃねえか」


 レッドとて銃を使う身。すぐに正解にたどり着いた。

 銃スキルのアビリティ【跳弾】。使用してから一定時間の間、弾丸が壁や床などのオブジェクトに当たった際に跳ね返り、その跳ね返った弾丸が敵に命中する事によってダメージを与える事が可能になるアビリティだ。

 だが跳ね返った弾丸の弾道など、まず予測不可能。ほぼ運任せで「当たればラッキー」的なアビリティの為、好んで習得・使用している人間など殆ど居ないはずだ。

 おっさんが、更に銃弾を次々と発射する。それは壁を、あるいは床を、あるいは天井を跳ね返り、四方八方からレッドを襲った。


「マジか……ッ!?」


 まるでどこに撃てばどう跳ね返るか、完全に理解しているかのように――否、事実理解しているおっさんに驚愕しながらも、レッドはそれらを回避し、あるいは剣で弾いていく。

 だが――その回避した先には、既に跳ね返った弾丸が先回りしているのだ。


(跳弾の弾道も、俺の回避する場所も、全部予測済みだと……!)


「へへへ……とんでもねぇな。冗談キツいぜおっさん……俺は夢でも見てんのか?」

「いいや、悪いが現実さ。いや現実リアルじゃねぇな。ゲームだった」


 恐怖を覚えるレッドに対し、おっさんは飄々とした顔だ。


「ま、俺に奥の手を幾つか使わせたんだ。少しはやるようになったじゃねえか。後は劣勢になった時の対応が甘ぇのと、反射速度に頼りきりなのを何とかしてから出直してきな」

「ご忠告どうも……そのうちまた挑ませて貰うぜ。例のスキルについては、ホームポイントに戻ってからメールで送っとく」


 そう呟きながら、己のHPが0になるのを見届け……レッドの体は四角いポリゴンとなって四散した。


「ハッ……しかし、随分と切り札を切らされたな。俺もヤキが回ったもんだ」


 戦闘体勢を解き、おっさんは魔導銃剣をホルスターに納めた。

 勝つには勝ったが、そこそこ本気で戦わなければ厳しい相手だった。手の内も幾つかばれたし、次にやる時にはもう少し苦戦するだろう。

 面倒な事だ。そう考えて、やれやれとため息を吐くおっさんであった。

ちょっと時間がかかりました。

今後もおっさんの戦闘は基本B級なノリになります。


【おっさんの秘密兵器】

・合気

・八極拳(New!)

・飛び道具を全て叩き落とす(New!)

・消費アイテムの使用を封じる(New!)

・跳弾の跳ね返る方向を計算できる(New!)

・相手の回避する方向を予測および誘導する(New!)


(2014/1/1 誤字修正)

また、新年になったのであらすじを修正しました。


(2015/3/1 改稿)

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