謎のおっさん、ダンジョンに挑む(1)
薄暗い迷宮を進む、二つの人影があった。
一人はツナギ姿の中年男性。身長は180cmを少し超える程度。それなりに整った顔をしているが、ろくに手入れしていない髪と無精髭、そして凶悪な目つきがそれを台無しにしている。
左右の腰には変わった形状のガンベルトが一つずつ。更に左腰には、くの字に曲がった短剣を挿していた。
彼の鉄板の仕込まれた長靴が、石畳に硬い足音を響かせる。
もう一人は長身の青年だ。背は隣の中年男性よりも5cmほど高い。非常に端正な顔立ちの美丈夫だ。歳の頃は、二十歳を少し過ぎた程度だろうか。
派手さはないが高級な生地を使った、金糸で龍の刺繍がされた、魔法強化能力を持つ黒い服を着ており、背中に二本の片手用直剣を、×字に交差させて背負っている。
相棒の幼竜をはじめとするテイミングモンスターは、今は召喚してはいない。パーティーで戦う際の、連携の妨げになる可能性を考慮しての事だ。
謎のおっさんとカズヤ。
彼らはダンジョンの通路を歩いていた。
「上級ダンジョンは全3階層。各フロアの最後にボスが居る。俺が先程潜った時は、一階層を突破するのに15分ほどかかった」
「じゃあ全部で45分、ラスボス戦も入れりゃ1時間ってとこか?6人PTならもっと早く回れそうだな」
「人数が多くなれば、それだけ道中の敵も増えるようだがな。戦力次第では人数が増えた方が難しくなる可能性もある」
「そりゃ難儀だな……っと、着いたか」
話をしながら二人が通路を歩くと、やがて正面へと鉄の扉が見えた。上級ダンジョン、その第一の部屋だ。
おっさんが扉に手をかけ、押す。するとギィィィィ……と音を立てて、扉が開く。広い部屋があり、その中央には箱が置いてあった。RPGなどでよく見る宝箱だ。
「おっと、こいつぁ幸先いいじゃねえか」
「待ておっさん、罠があるかもしれない……」
おっさんは宝箱へと向かい、無造作に箱を開けようとする。カズヤがそれを止めようとするが、時すでに遅し。おっさんは既に宝箱へと手をかけていた。
その瞬間、「カチッ」という音と共に、罠が発動する。カズヤの予想は当たっていたのだ。だが既に罠は発動しており、もはや止める術は無い。
よく見れば部屋の壁には小さな穴が無数に開いており、そこから矢が高速で放たれる。それらは宝箱を開けたおっさん目掛けて、前後左右から同時に飛来!
「……おっさん、少しくらい警戒してくれ」
「悪い悪い。まあいいじゃねえか、これくらい。おめーなら楽に叩き落とせるだろう?」
その瞬間、おっさんは二挺の魔導銃剣を、カズヤは二本の片手剣をそれぞれ瞬時に抜き放った。暢気に会話を交わしつつも、おっさんの銃弾とカズヤの剣舞が飛来する矢を全て叩き落とした。いきなりのデストラップであったが、二人はそれを事も無げに無力化する。
「それにしても、いきなり殺す気マンマンか。このゲーム作った奴は絶対ろくでもねえ奴だな」
「それに関しては異論は無い」
そう言って宝箱の中身を回収し、二人は次の部屋へと向かうのだった。
◆
カタカタと音を鳴らして、錆びた剣を持つ白骨が迫る。そのモンスターの名は【スケルトン】。ファンタジーを代表するアンデッドモンスターだ。その総数は八体。彼らは一斉に、おっさんとカズヤへ向かって走り寄る。
「ここは俺に任せてくれ」
「そうかい?なら任せようじゃねえか」
カズヤが二本の剣を構えて、八匹のスケルトンの前に出る。当然のようにスケルトン達は彼へと殺到し、武器を振るおうとするが……
「【サンダーストーム】!」
カズヤが【元素魔法】スキルに属する、電撃属性の範囲攻撃魔法を放った。初歩の魔法で威力はあまり高くはないが、その分詠唱速度が短くMP消費も少ない。だがそれにしても、カズヤの詠唱速度は恐ろしく速かった。
直後、カズヤは残ったスケルトンに向かって、先程おっさんが作った片手剣【氷龍】を大きく振るった。前方扇型の広範囲を攻撃し、更に疾風属性の追加ダメージを与える片手剣のアーツ【空裂斬】だ。
カズヤの剣が横薙ぎに振るわれると共に、風の刃がスケルトン達をまとめて切り裂く。同時にカズヤの剣が青い光を放つと、スケルトン達に氷の矢が降り注いだ。
「【魔法剣】スキルか……」
おっさんが呟く。彼が言ったようにカズヤが最後に放った氷の矢は、【魔法剣】スキルによる物だ。本来であれば、魔法を使用するには詠唱を行なう必要があるのだが、この魔法剣は話が別だ。
自身が習得している魔法を武器に付与することで、物理攻撃時に一定の確率でその魔法が自動的に発動する。すなわち、物理攻撃と同時に魔法による追撃が行なえる事になる。それが魔法剣の最大の特徴である。
そう聞くと便利なスキルのように見えるが、実際に使いこなすには接近戦と魔法の両方の能力を伸ばす必要があり、扱いの難しいスキルである。
「相変わらず、やるじゃねえか」
八匹のスケルトンを一瞬で葬り去ったカズヤに、おっさんが賞賛の言葉を投げかける。
「それほどでもないさ。おっさんだって、この程度の相手なら楽勝だろう」
「まあな。しかしお前、さっき魔法とアーツを連続で使ってるように見えたが……あれはどうやったんだ?」
おっさんが疑問を投げかける。
本来であれば、アーツや魔法を放った後には硬直時間が発生し、その間は身動きが取れなくなる。そのためアーツや魔法は強力だが、使いどころを間違えれば自分の首を絞める事になる。
しかし先程のカズヤはサンダーストームを放ちながら空裂斬の予備動作を済ませており、魔法とアーツの高度な連携をやってのけた。しかしそれは、アルカディアのシステム上ありえない現象だ。
だが実際にやってのけた以上、そこにはシステムの縛りを抜ける為の、なんらかの秘密がある事は明らかであった。
「まあ手伝って貰っているし、教えてもいいか……。【マルチアクション】というスキルの効果だ」
「……ほう。詳しく」
「アーツや魔法の硬直時間を無視し、連続で行動可能になるアビリティが入っている。それ以外にもアーツの動作を途中でキャンセルするアリビティとか、とにかく動きの自由度が増すスキルだ」
「神スキルじゃねえか。それで習得方法は?」
「そこまでは秘密だ。まあ、おっさんなら自力で見つけられるだろう」
「チッ……流石にそこまでは教えてくれねえか。まあいい、すぐに自力で習得してやるから見てやがれ」
カズヤはおっさんの追及に【マルチアクション】なるスキルの存在を教えたが、流石にその条件までは教える気は無いようだ。
恐らくはおっさんの【カウンター】のような稀少スキルである事は疑いない。その習得条件のヒントを掴もうと、おっさんはカズヤの動きを観察する事を決めた。
◆
やがて第一階層を攻略した二人は、階段を降りて次の階層へと向かった。
すると、突然システムAIによるアナウンスが流れる。
『他のダンジョンのプレイヤーと合流しました。この階層に限り、複数のパーティーが同時に攻略を進めるエリアとなります』
ごく稀に起きるというイレギュラーな事態が発生したようだ。
「確か、こう言う場合はどうなるんだったか……」
おっさんが呟く。するとその回答が、すぐにシステムメッセージによりもたらされる。
『この階層は通常より強力なモンスターや、豪華な宝箱が多数存在します。またこの階層に限り、他PCへの攻撃・殺害による悪名値上昇のペナルティが解除されます』
その言葉の指し示す意味とはつまり、協力して攻略するも、宝を巡って争うも全て、プレイヤーの判断次第。そしてこの場に限り……PKに対するペナルティは一切適用されない。
「随分とまあ、意地の悪い仕掛けじゃねえか。このゲームを作った奴は絶対ろくな奴じゃねえな」
「全くだ。根性曲りのクソ野郎に違いない」
ペナルティの一切無いこの場において、他人を蹴落としてでも財宝を手にするか否かは、各プレイヤーの意志に全てが委ねられる。また自分にその気が無くとも、相手もまたそうである保証など一切ないのだ。
「相手に協力する意思があるならば攻略を優先したい。いいか?」
「おう、構わねえぜ。だが逆に向こうがやる気なら……」
「ああ。その時は容赦はしないさ」
方針を確認し、二人は次なる階層へと歩を進めるのだった。
次回、第二階層にて二人と出会うプレイヤーは、果たして何者であろうか。
(続く)
ダンジョン編長くなるので分割です。
(2015/2/28 改稿)




