38.おっさん捕獲大作戦
「おっさん狩りじゃああああああああ!!」
「「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」」
城塞都市ダナンの街角にて、様々な武器を掲げながら、物騒な台詞を吐く一団がいた。
偶然出来上がったTS薬および子供化薬を使い、大勢のプレイヤーに被害をばら撒いた日から一夜明け、薬の効果が切れたことでアルカディアに平和が戻った……かと思われたが、実はそうではない。
その次に起こったのは、おっさんのテロ被害に対する被害者達による報復活動だ。
おっさんの戦力を考えれば、更なる犠牲が出る事は避けられないだろう。だが何としてもあの傍若無人な不良中年に一矢報いるべしと、プレイヤー達は一致団結した。
今日ここに集まったのは、ギルド【流星騎士団】のギルドマスター・シリウスを筆頭に、いずれも劣らぬ第一線で活躍するトッププレイヤー達だ。どうやら連中、今日こそは本気でおっさんを狩るつもりで殺気を漲らせている様子である。
「アナスタシアさんから連絡がありました。たった今、おっさんがVR空間に没入したようです」
シリウスがそう口にした。彼はアルカディア一の情報屋にして、現実世界ではおっさんと同居している少女、アナスタシア(本名:マリア・フォークナー)に、現実世界でおっさんがログインしたら連絡をくれるように依頼していたのだ。
禁じ手である現実世界の情報を売って貰うのには相当な対価を要求されたものの、これでおっさんがログインしてくるタイミングもバッチリ判明した。
後は、おっさんが先日ログアウトしたのが目撃されたこの場所で待ち構え、襲撃するのみ。
襲撃者たちは思わず武器を握る手に力が入り、おっさんがやって来るのを今か今かと待ち構えながら奥義級アーツや魔法の予備動作や詠唱を開始する。そして数十秒後、遂におっさんが姿を現した。
可愛らしい幼女と化していた姿は既になく、そこに現れたのはいつものボサボサ髪に無精髭、ツナギ姿で地獄級に目つきが悪い、長身痩躯の不良中年だ。
「かかれーっ!」
「「「「「死ねええええええええ!!!」」」」」
襲撃者達はシリウスの号令の下、一斉におっさんに対して全力攻撃を仕掛けた。
「うおっ!?クソが、なんだてめえら!?」
流石のおっさんもログイン直後の襲撃には面食らった様子で、先制攻撃を許してしまう。しかしそこは流石のおっさんと言うべきか、幾度かの被弾を許しながらも即座に派手でアクロバティックな宙返りジャンプで近くの街灯の上に飛び乗ると、それを蹴って大きく跳躍し、民家の屋根までひとっ跳びで飛び移ろうとした。
「今です!」
だがそれを読んでいたのか、屋根の上に潜んでいた伏兵達が一斉に投網を放ち、おっさんを捕らえようとする。
「しゃらくせえ!……何ぃっ!?」
おっさんは右腕の機械義手に仕込まれた高周波ブレードで網を切り裂こうとする。だが、その投網は高い切断耐性を持つ素材で作られた、刃を通さない特別製だ。
網に捕われ、地面に落下するおっさんに襲撃者達が群がる。
「今だ、取り押さえろ!」
「チッ!やめろコラ!離しやがれ!」
「お前らそっち押さえろ!逃がすな!」
「離せコラ!ブッ殺すぞてめえら!」
「三十人に勝てる訳ないだろ!」
「馬鹿野郎俺は勝つぞお前!(天下無双)」
そして十数分後。そこには全身をロープで縛られ、芋虫のような状態で地に這いつくばるおっさんの姿があった。その周囲には、致命傷を負って倒れた者、疲れ果てて座りこむ者など、死屍累々の冒険者達。
「ハァ、ハァ……手こずらせやがって……」
「何人やられた……?」
「14人、死んだ……」
「この人数で囲んでレイド半壊とか化け物かよ……」
「おっさん強すぐる……」
トッププレイヤー三十人の軍団によるおっさん捕獲作戦は、死亡者14名、重傷者10名と崩壊一歩手前まで追い詰められるも、どうにか成功に終わった。
「皆さん、お疲れ様でした。では、このまま監獄まで護送しましょう」
シリウスの指示に、生き残ったプレイヤー一同は気力を振り絞って立ち上がり、数人がかりで捕縛状態のおっさんを担ぎ、歩きだした。
彼らが向かう先は、城塞都市ダナンの地下にある、逮捕された犯罪者プレイヤーが監禁される監獄だ。彼らはそこに、今回の騒動の主犯であるおっさんを放り込もうというのだ。
ここで、監獄エリアについて軽く説明しよう。
悪名値が高くなりすぎたり、迷惑行為や問題行動を起こしたプレイヤーが投獄されると、一定の期間、監獄エリアから外に出る事が出来なくなる。
監獄エリアの更に下層にはダンジョンが広がっており、投獄されたプレイヤーはそこでモンスター退治をして、得た経験値やゴールド、アイテム等を寄付することで悪名値を減らし、ノルマを終えれば解放される。
また、生産スキルを持つプレイヤーならば、指示されたアイテムを作成・寄付する事を懲役とすることも可能だ。
ちなみに、そうして寄付された経験値やゴールド、アイテムは、クエストの報酬として主に初心者プレイヤーに還元されている。
「おいシリウスよ、自分はピンピンしてんのに仲間が半分近くも殺られたようだが、今の気分はどうだい」
捕縛され、監獄に向かって運ばれている最中に、おっさんはおもむろに口を開くと、シリウスに向かって話しかけ始めた。
「……最悪ですね。全くもって最悪です」
おっさんに背中を向けたまま、シリウスはそう吐き捨てた。
盾役にとって、自分が無事なのに仲間が倒されるのは最大の恥辱。幾らおっさんのような化物が相手だからといっても、14人もの仲間を護り切れずに倒されたのは非常に遺憾であった。
更にその犯人であるこの男は、そんなシリウスの心情を分かり切った上で、あえて挑発するようにそんな質問をしてきたのだ。屈辱の極みであった。
「そうかい、そいつぁ愉快痛快。で、その仇がこうして無抵抗な状態で寝転がってんだぜ。トドメは刺さねえのかい?」
おっさんは更にニヤニヤ笑いながら、シリウスの背中に語りかける。その姿を見てプレイヤー達は、悪魔が人間を誘惑する姿とは、まさしくこのようなものか、と思った。
「死に戻りして自由になりたいのでしょうが、その手には乗りませんよ」
確かに、この場でおっさんにトドメを刺せば、多くの経験値やゴールドを得る事が出来、更に運が良ければプレイヤー・キル時のアイテムドロップにより、おっさんのレアアイテム・コレクションの中から有用な激レアアイテムを入手できるかもしれない上に、彼らの溜飲も下がるだろう。
だが、それと引き換えに死に戻りで自由の身になったおっさんには逃げられ、下手をすればその後の報復によって、得た以上の物を失うリスクもある。
ゆえに、そんな挑発に乗る訳にはいかなかった。シリウスは冷静になれと心の中で唱えながら、監獄への道を黙々と進む。
「ところでシリウス、カエデ嬢ちゃんとの関係はどこまで進んだんだ?ちょっとおっさんに教えてみ」
そこに、おっさんがそんな言葉を投げかけてくる。正攻法での挑発が失敗したと見て方向転換を図ったようだ。
「もうヤったのか?ん?ABC兵器を使用したのか?」
追撃の下世話な質問に、思わずおっさんを囲むプレイヤー達が噴き出しかけた。
「……ちょっと何言ってるのかよくわからないですね……!というかおっさん、貴方自分の立場が分かって……」
シリウスは額に青筋を浮かべながら、思わず振り返っておっさんに抗議しようとして……
「来いよ小僧。下らねえ能書きなんぞ垂れてねえでかかって来い。それとも俺が怖いのか?まさか!トップギルド流星騎士団の団長にして無敵のメイン盾、シリウスさんともあろう御方が!縄で縛られて抵抗できない中年男一人が怖いと!そうおっしゃる!?なんてこった、聞きましたか奥様、こいつぁとんだタマ無しチキン野郎ザマスよ!」
そんな、ガトリング砲の一斉掃射の如き罵倒を受け、シリウスの忍耐は限界に達した。
「野郎……ッ!ぶっ殺してやる!!」
「落ち着けシリウス!あんな安い挑発に乗るな!」
「おい止めろ!暴れんな!」
「誰かおっさんの口を塞げ!これ以上喋らせるな!」
シリウスがキレた事で、一気に混乱が広がった。おっさんは当然、その隙を見逃さない。
「とうっ!」
全身を縛られて拘束されていたおっさんは、その状態のまま全身のバネを使い、跳躍した。そしてそのまま腹から地面に着地すると……
「フハハ!縛っとけば逃げられないとでも思ったかアホ共が!」
そのまま縄で縛られた体を芋虫のようにウネウネと動かしながら、おっさんはその場から逃げ去った。
「げぇっ!?なんだあの動き、きめぇ!」
「芋虫かよ!?」
「だが速いぞ!?つーか、なんであの動き方であんなスピードが!?」
恐るべきおっさんの芋虫走法に、ますます混乱が広がった。その間におっさんは交差点を右折し、彼らの前から姿を消した。
そこに運良く――その人物にとっては運悪く、かもしれないが――プレイヤーが一人、通りかかった。
たまたま通りかかっておっさんと遭遇した十代後半くらいの青い髪の少年プレイヤーは、縄で全身を拘束された人相の悪い不審な中年男性を見て、驚愕と困惑に満ちた表情を浮かべる。
おっさんは迷わず、その少年に話しかけた。
「おい、そこの少年。良い所に来たな。ちょいとこの邪魔なロープを切ってくれねえか」
「えっ……」
「勿論タダでとは言わねえ。俺の拘束を解いてくれれば、とても良い物をお前にくれてやろうじゃないか」
おっさんの言葉を聞き、少年の心に迷いが生じる。おっさんの言う事が本当なら、彼を拘束しているロープを切るだけで、何か良い物が貰えるらしい。
だが、本当にそれを信じていいのか。それに、なぜ縛られているのかは知らないが、拘束されている危険そうな人物を解き放って大丈夫なのか。
そんな少年の迷いを読み切ったおっさんは、彼の背中を押すべく賭けに出た。少年には悪いが、ここで時間をかけてしまえば追手に追いつかれてしまうだろう。最早一刻の猶予も無いゆえ、仕方がなかった。
「逆に言う事を聞かなければ、お前を地獄のおっさんランドに連れ去ってやる」
「やるます!!」
おっさんの言葉の意味はよくわからなかったが、それがとても恐ろしい事だと言葉ではなく魂で理解できた少年は、迷いを振り切って抜剣すると、おっさんを拘束していたロープを断ち切った。
こうして拘束を解かれ、立ち上がったおっさんは少年を見下ろすと、アイテムストレージから一振りの剣を取り出し、取引要請を出してきた。
「ありがとよ。これは約束の礼だ」
少年はおっさんから受け取った剣を受け取る。それは今使っている剣と比べるとかなり重く、そして見た事もないような力強い輝きを放っていた。
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【バルムンク】
品質 ★×10
種別 片手剣
素材 ピュアミスリル
【装備効果】
攻撃力:切断+250 刺突+200 衝撃+120 魔法+150
防御力:物理+50 魔法+50
【付与効果】
[ユニーク]このアイテムは世界に一つしか存在しない。
[不滅]このアイテムには耐久度が存在せず、破壊されない。
[伝説の武器]このアイテムは強化時の性能上昇率が高い
[魔法武器10]【詠唱】【魔法剣】スキルの効果に+補正
[竜特攻10]種族:ドラゴン/龍人に対する与ダメージが100%増加
[復讐10]自分の残りHPが少ないほど与ダメージが増加する。
[不撓不屈]装備者のアビリティ【食いしばり】の回数を+1する。
【武器専用アーツ】
邪竜殺し
奥義アーツ。クールタイム180分。消費MP800。
敵単体が対象。対象に切断300%のダメージ。
更に以下の条件を一つ満たすごとに最終ダメージが50%ずつ増加。
・対象が【種族:ドラゴン】である
・対象が【サイズ:特大】である
・対象が【種別:ボスモンスター】である
・対象が【属性:暗黒】である
・対象が【アライメント:悪】である
【解説】
邪竜を殺した不死身の英雄が使っていたと言われる、伝説の剣。
その伝承から、非常に強力な対竜特攻を持つ。
また、かつての所有者の伝承を引き継いだのか、装備者に対して
防御力の上昇と、僅かながら死ににくくなる効果が与えられる。
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「えっ……?何この……何?」
突然伝説の剣を手に入れた少年、困惑……!圧倒的困惑……!
流石にこんな大層な物は受け取れないとおっさんに返そうとするが、既に彼の前からおっさんは姿を消していた。
後にバルムンクを自在に操り【対闇竜用決戦兵器】【ドラゴン絶対殺すマン】等と呼ばれる事になる初心者の少年は、ただ呆然と、
「うわああああ!おっさんが戻ってきたああああ!」
「クソッ!誰だこいつを解き放った馬鹿は!?ぎゃああああ!」
「畜生負けるものか!もう一回ふん縛ってブタ箱に叩き込んで……ぐわあああああ!」
「ひぃぃぃぃぃ!もうだめだああああ!」
と、少し離れた場所から聞こえる怒号や悲鳴を、棒立ちのまま聞いていた。




