37.女体化テロリスト(3)
「おっさん……?が来たぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
何故か途中で疑問符が入ったその叫びを耳にした瞬間、その場に居た者達は一斉に動き始めた。
ここは城塞都市ダナンの露店広場。大勢のプレイヤーが集まり、露店を開いて商売を行なう場だ。何処でだろうと露店を開く事は出来るのだが、多くの露店が一箇所に集まっているほうが、見て回る客の側からすれば有難いし、活気も出るという理由から、今も昔もこの広場は多くの露店と、その客で賑わっている。
そこに現れたのは、ツナギを着た幼女であった。黒髪黒目で小さな身体にデカい態度、可愛らしい顔だが、目つきが凶悪だ。
その正体は、事故によって完成したTS薬と子供化薬を浴びて幼女化したおっさんである。その頭上に視線を合わせれば、「謎のおっさん」という冗談のようなキャラクター・ネームが、小さな頭の上にでかでかと表示されることであろう。
おっさんは露店広場の中央、最も目立つ一等地へと足を進めた。つい先程、そこにあった露店が店じまいをしたところである。グッドタイミングだ。
勿論、その場所を狙っていたプレイヤーはおっさん以外にも少なからず居たが、無謀にもおっさんに割り込んでそこへ滑り込もうとした青年に、鋭い眼光でガン飛ばし&殺気をぶつけて牽制することで、おっさんは無事に場所の確保に成功した。アワレな貧弱一般プレイヤーが白目を剥いてガクガクと震え、やがてその場に倒れたが誰も気にする者はいない。死して屍拾う者無し。
倒れたプレイヤーはそのまま消え去った。プレイヤーが意識を失った事による自動ログアウト処理が実行されたのだ。
おっさんが露店を開き、商品を並べると、周囲にいるプレイヤー達が続々と集まってきた。プレイヤー達は皆、時々しか露店を出さないために、なかなか買えないおっさん製のレアアイテムに興味津々だ。
おっさんは商品を全て並べ終えると、最後に……カウンターの中央に、一挺の魔導銃――形状はリボルバー拳銃型だ――を置いた。
そしてその隣に、小さな魔導銃用のカートリッジが山ほど入った箱を置いた。
何だこれは。何のために用意された物だ。戸惑う客達に目を向けると、おっさんはようやく口を開いた。
「ルールを説明しよう」
ルール?ルールだと?いったい何のだ?
客達はますます混乱するが、度重なるおっさんの無茶振りによって、よく訓練された彼らはすぐに冷静さを取り戻し、まずは話を聞こうと考え、黙って説明の続きを待った。
「お前達にはロシアンルーレットをやってもらう。ここに用意したカートリッジ……中身は勿論TS弾だが、こいつを六つある弾倉に、好きな数だけ入れろ。そして自分に向かって引鉄を引いてもらう」
ざわ……ざわ……
客達がにわかに色めき立つ。
「当然、多く入れれば入れるほど、成功率は下がるが……当然、リスクに見合ったリターンは用意してあるぜ。詳しい内容は……コイツを見な!」
そう言って、おっさんはその場に看板を立てた。そこに書かれていた内容を以下に記す。
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【おっさんチャレンジ・TSロシアンルーレット編】
TS弾を好きな数だけ弾倉に入れて、自分の頭を撃て!
入れた数や成否に応じて豪華特典を用意してあるぜ!
挑戦一回につき商品を一個購入可能で、失敗したら再挑戦は不可能だ。
【1発装填】
成功:1割引+【チキン野郎】の称号をプレゼント
失敗:1割引+【負け犬】の称号をプレゼント
【2発装填】
成功:3割引
失敗:2割引
【3発装填】
成功:5割引
失敗:3割引
【4発装填】
成功:7割引or掘り出し物購入権獲得
失敗:4割引
【5発装填】
成功:9割引orオーダーメイド権獲得+【豪運】の称号をプレゼント
失敗:5割引+【無謀な挑戦者】の称号をプレゼント
【6発全部装填】
成功:奇跡を起こした褒美だ。一つだけ何でも願いを聞いてやる
失敗:当ったりめーだ馬鹿。クソして寝ろ
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「読んだな?よし。では挑戦しろ」
椅子にどっかりと腰掛けて尊大に言い放つおっさんに、質問をするプレイヤーが一人。
「あの、これ挑戦しないで普通に買い物をするって選択肢は……」
「あると思うか?」
「デスヨネー……」
愚かな質問をした男が、すごすごと引き下がる。そんな彼を見て、よく訓練された客達は失笑を浮かべた。
「馬鹿な奴だぜ。おっさんの店で普通に買い物をしようなんてよ」
「臆病者はさっさと失せな」
「ここは修羅の領域。狂気に身を委ねなければ生き残れんぞ」
常連の古参プレイヤーともなればご覧の有様である。こいつらはむしろ逆に、おっさんのイカレポンチっぷりに慣れすぎだが。
「よっしゃあ!まずは俺から行くぜ!」
「ほう、良い度胸だ小僧。さて……何発行く?」
「……5発だ!」
「グッド。よく言った、その勇気に最大限の敬意を示そう」
先陣を切った男は、場の盛り上げ方という物をよくわかっていた。ここで勢いよくトップバッターに名乗りを上げておいて、装填するのがたったの一発などという日和った真似をすれば、興が覚めるという物だ。
ゆえに、ここは全力でアクセルを踏むべき。彼もまた、おっさんの店に訪れるに相応しい兵であった。
「確率は六分の一……つまり六回に一回は当たる計算だ!そして俺は昨日、ドロップ率1%の激レアボスドロップ武器【蒼氷神剣】を入手したばかりのラッキーボーイだぜ!14%も当たる確率があって、外すワケが無ぇ!」
男の口上に、周囲のボルテージは鰻上りだ。そのテンションに任せて、彼は引鉄を引いた。ちなみに六分の一は正確には、およそ16.7%である。
「ば、馬鹿なぁー!」
そして無情にも、銃口からはTS弾が発射された。むさくるしい男が一瞬で華奢な少女へと姿を変え、その場に膝を付いてがっくりと項垂れた。
「はい、五割引アンド称号プレゼント~。で、何を買うんだい?」
「……蒼氷神槍ください」
「……あっ(察し」
少女(元男)は震える指で、展示されている青白く透き通った。神秘的な氷の両手槍……【蒼氷神槍】を指差した。これは先ほど話に出た【蒼氷神剣】と同じボスモンスターが、同じく1%の確率でドロップするレアアイテムだ。彼は槍使いだった。
「……俺、何故か槍以外のレア武器はよく出るんスよね……。肝心のレア槍とか一度も拾った事ないっすけど」
「素晴らしく運が無いな君は」
不運な槍使いは、蒼氷神剣を売り払って得たゴールドの六割ほどを支払い、おっさんから槍を購入した。
ついでに称号スキル【無謀な挑戦者】が、いつのまにやらスキル欄に追加されていた。
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【無謀な挑戦者】
種別:称号スキル
【効果】
活性化中、以下の効果を得る。
①瀕死状態の時、攻撃力が上昇し防御力が低下する
②格上の敵に与えるダメージが上昇する
【解説】
分が悪い勝負に果敢に挑戦し、敗れた者の証。
その勇気だけは賞賛に値する。
称号スキルは習得する際にスキル枠を消費しない。
称号スキルは習得しただけでは効果を発揮せず、活性化する必要がある。
同時に活性化できる称号スキルの数には制限がある。
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ネタかと思ったら何気に使えるスキルだった。
思わぬ収穫に喜びつつ、背後から聞こえる阿鼻叫喚に対して聞こえないフリをしながら、蒼氷神槍の試し斬りをしようとその場を後にする槍使いであった。
なおその日、街周辺のフィールドにて、激レアボスドロップアイテムの槍を使いこなす少女の目撃談があったそうな。噂を聞きつけてその少女を探す者達も居たが、終ぞその少女を見つける事は出来なかったという。
メリークリスマス。
諸事情あって大変お待たせして申し訳ない。