謎のおっさん、商売をする
正式サービス開始から二週間と少しが過ぎ、この日はサーバーメンテナンスと共に、記念すべき一回目のアップデートが実施された。
その内容は以下の通りである。
まずはNPCに搭載されているAIの向上。よりリアルに、より人間らしくなったNPC達との交流が楽しみだ。
次に新たなスキルやアビリティ、アーツや魔法の実装。それによって新たな戦術が生まれる事が期待される。
それから新たなモンスターと、そのドロップアイテムの実装。
そして……新エリアとダンジョンの実装であった。
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【告知】
ダンジョン【火霊窟】が実装されました。
位置は山道エリアの近くになります。
・1パーティー(最大8人)が一度に入場可能です。
・PTごとに個別のダンジョンが生成されるインスタンスダンジョン方式。
・初心者も安心!三段階の難易度があり、自分に合った物を選べます。
・道中、他のPTに出会う事もあるかもしれません。
協力する場合もあれば、財宝を巡って争う事もありえます。
(中級以上のダンジョンのみ)
・PTの人数や総合的な戦闘能力によって、内部構造や出現する敵が異なります。
・各階層の最後に中ボス部屋があります。
また、最下層の大ボスを倒せばクリアとなります。
・上級ダンジョンを一組でもクリアすれば、次のエリアへの道が開放されます。
最初にクリアし、次のエリアへの道を開いたパーティーには豪華な報酬が!
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プレイヤー達は、我先にとダンジョンへと詰めかけた。
ある者は経験値稼ぎや、自身を鍛えるために。またある者はダンジョンに眠る財宝を狙って。
そしてまたある者は、上級ダンジョンを最初にクリアする栄誉を得るために。
そうして数多くのプレイヤーが己の目的の為に、ダンジョンへと集結した。
初級ダンジョンに関しては、パーティー内での連携をしっかり出来ていれば問題なく攻略できる程度の難易度だった為、多くのプレイヤーが攻略できた。
中級も、多少苦戦しつつもクリアした者達が何組か出てきたようだ。
だが上級は……実装されてから数日が経過しても、まだ攻略したパーティーは存在しなかった。
◆
「中級PT、盾役と回復役を一人ずつ募集してまーす!」
「両手剣使いですけど拾ってくれる方いませんかー?」
「上級いきます!ある程度戦える盗賊系スキル持ち急募!」
多くのプレイヤーがダンジョンの前に集まっている。ダンジョンの手前にはモンスターが出現しない広場があり、彼らはここでパーティーメンバーの募集や準備を行ない、迷宮へと挑むのだ。
その場には、この物語の主役であるおっさんの姿もあった。
彼は一体ここで何をしているのだろう。一人で迷宮へと挑まんとしているのか?それとも、パーティーメンバーを探しているのか?いいや、その答えはどちらも否である。
おっさんはダンジョン前の広場にて荷車を召喚し、それを露店兼作業台へと変形させていた。そして、彼の前に並べられているは武器や防具、消耗品の類だ。
そう、おっさんはこの場で商売をしているのだった。おっさんが作り出した高性能なアイテム達は、ダンジョンに挑もうとするプレイヤー達に飛ぶように売れていった。
そんな彼の隣には料理人クック、裁縫師アンゼリカの姿もあった。
彼らもまた、おっさんと一緒に自分達が作った料理や衣服などを販売し、利益を上げているのだった。
彼らはこう考えたのだ。
「焦って攻略するより、集まった連中を相手に金稼いだほうが美味くね?」
と。
結果的に、彼らの露店は大盛況だった。
高品質な装備品や料理はただでさえ需要が多いし、また迷宮で得た素材や食材を持ち込んで製作を依頼する者や、傷付いた装備品の修理を依頼してくる者も多かった。
「ありがとよクック、おめぇの料理の匂いで人がよく集まってるぜ」
「いえいえ、おっさんには荷車の契約や改造等の初期投資資金でお世話になりましたから、これくらいはお安い御用ですよ。アンゼリカさんも目立つように露店に飾り付けをしてくれましたし」
「お礼を言われるほどの事ではありませんわ。人を集めるためには見た目の華やかさも必要ですもの」
クックが迷宮の入口で料理を作り、販売する。すると迷宮に入る前に高級な料理を食べて英気を養いつつ、ステータス強化などの食事効果を得たい者達が飛びついた。
そしてクックは客達に、さりげなく隣にあるおっさんやアンゼリカの露店を紹介した。
プレイヤー達がそちらを見れば、そこにあるのは高価だが、それに見合う強力な特殊効果付きの、★×6や7の装備品だった。
これから難易度の高いダンジョンに挑むからには、それらがあれば非常に心強い。おっさんとアンゼリカは素材持ち込みのオーダーメイドや、傷ついた装備の修理請負も行なうため、冒険を終えたプレイヤー達もダンジョン内で入手した素材や、破損した装備を手に集まるのだった。
こうして三人はこの数時間で、莫大な利益を得た。このまま商売を続ければ、一日で一人頭、二十万ゴールド以上の金額を稼ぐのも可能だろう。
更に生産スキルや【商売】スキルのレベルも鰻上りであり、三人は内心、笑いが止まらなかった。
「最前線が一番物がよく売れるからな。特に装備品や料理、薬の類はな」
「いやはや全く、ダンジョン様々ですね。調合スキルも取るべきですかね」
攻略などガン無視で金稼ぎに走る三人であった。
攻略は後からでも出来る。だが商売で最大限の利益を上げられるのは、未だ上級ダンジョンがクリアされておらず、人が大量に集まる今しかないのだ。ゆえに、今はこのまま順調に商売を続けようではないか。
おっさんがそう思っていた時、周囲に集まるプレイヤー達が、突然にわかに騒ぎだした。
おっさんが彼らの注目する方へと目を向けると、人だかりが二つに割れる。その間を歩いてくる、一人の男が居た。
歳は二十台半ばほどか。長身の、恐ろしく整った顔の美丈夫だ。髪は青みがかった灰色で、瞳の色は海のような青。
左右の腰には二振りの片手剣を差し、そして小さな……全長50cmほどの大きさの、竜の子供を連れている。
彼こそは【龍王】の二つ名を持つβテスター、カズヤ。
βテスト当時における攻略貢献度ランキングは、おっさんに僅かに劣る2位であったが、戦闘・生産の両面で活躍したおっさんとは異なり、彼は純粋な戦闘型であり、その戦闘能力だけで八面六臂の活躍を見せた。
事実β当時、戦闘に関する貢献度だけで言えば彼はおっさんよりも上であった。
「おう、カズヤじゃねぇか。そりゃ当然、お前らβ組も来てるわな」
おっさんがその名を呼ぶとカズヤは頷き、おっさん達の前へと立った。
「久しぶりだなおっさん。クックとアンゼリカも一緒か」
「どうも。相変わらず注目を浴びているようで」
「あらカズヤさん、先日注文された服の着心地はいかがかしら」
「別に好きで目立っている訳ではないのだがな……服の方は良い出来で助かっている」
彼らは一通り挨拶を交わし、それが済んだ後、カズヤがおっさんへと声をかけた。
「おっさんに用件が二つある。一つは剣の製作を頼みたい」
そう言って彼は複数の鉱石や宝石を取り出した。
おっさんはそれを受け取り、鑑定を行なう。
「ミスリル鉱に高品質のアクアマリンか。こんなモン、どこで拾ったんだ?」
「フィールドボスのドロップや上級ダンジョンの宝箱、幾つか発見した」
どうやら彼もまた、ボスの討伐や上級ダンジョンの探索を既に進めているようだった。しかも、単独でだ。
相変わらずやりやがるぜ、とおっさんは感心した。
「成る程ね……こいつなら魔法剣を使うお前さんの武器としてはピッタリか。良いだろう。ただし相応の金は払って貰うぜ?」
「ああ」
素材は相手持ちとは言え、鍛えたスキルと技術を駆使して生産を行なうのだ。扱う物が強力である分、それなりの技術料や手数料は取らねばならない。さて、どれくらい吹っかけたものか……とおっさんが考えていると、
「前金で全額、払わせて貰う」
カズヤは一切表情を変えずに、金貨がたっぷりと詰まった袋をおっさんの前に置いた。その総額は五万ゴールド。
「……おいおい。随分と大盤振る舞いじゃねぇか」
このレベルの素材を扱うにしても、現在の相場では適正価格はせいぜい二万ゴールド程度。つまりカズヤの提示した額は相場の倍以上である。
吹っかけようとしていた事も忘れて思わず指摘するおっさんだったが、それに対して彼は平然と言った。
「神器級を作ったと聞いた」
「……ほう?」
おっさんが、僅かに口元を吊り上げる。
「おっさんの技術は信頼している。金額は、これから作られる物に対する期待を込めさせて貰った」
「……ほほーう」
こらえきれず、ニヤリ……と笑うおっさん。つまり目の前のこの男は、
「相場の二倍以上払ってやるから、俺にも作ってみせろ」
と、言外にそう言っているという事だ。
(この野郎、冷静なツラして言ってくれるじゃねえか)
だが、面白い――と、おっさんは燃え上がった。ここで提示された金額にビビるようなおっさんではなかった。
その挑戦、真正面から受けて立つ!おっさんの瞳が、ギラギラとした輝きを放つ。
「上等だ。高い金出して貰ったんだ。他の素材は俺が出してやる」
そう言っておっさんは大きく息を吸い込む。そして……
「さあさあ、てめえら注目しな!とくと拝んでオドロきやがれ!龍王様直々のご注文が入ったぜ!今から俺がこの場で!神器級の剣を作ってみせようじゃねえか!」
大声でそう宣言するおっさん。それを聞いたプレイヤー達が足を止め、彼の近くに集まってきた。
ここまで大きく宣言しておいて、失敗したら大恥である。だが、おっさんは一切怯まない。むしろますます燃え上がった。
男は逆境の中でこそ、より強く輝いて更なる進化を遂げる。その瞬間を括目して見よ!と、観衆の視線を受け入れた。
「形状は?」
「両刃の片手用直剣」
「ロングソードな。了解……っと」
おっさんはまずミスリル鉱石を精錬し、インゴットへと加工した。そしてそれらを芯用と刃用の二つに分けて鍛えていく。曲がらない為の硬い刃と、折れない為の柔軟な芯を作る為だ。
「ゼリカ!柄と鞘を作るのに革が必要だ。手伝え!」
「人使いが荒いおっさんですこと。代金はいただきますわよ?それと細工は手伝わなくても?」
「そっちは俺がやらあ。裁縫が必要な部分だけ頼むぜ」
アンゼリカの手も借りて、おっさんは武器を作っていった。
完成した刀身は反りの無い、細く薄い両刃の物だ。刃渡りはおよそ90センチメートルほど。
鍔には雄々しいドラゴンの頭の装飾がされ、その口には冷気属性の魔力を秘めた、大粒の宝石【アクアマリン】が嵌め込まれている。
おっさんは自前の素材で柄を作成し、それにアンゼリカが加工した最高級の革を巻いた。そして最後に刀身に合わせた柄を作り、鞘にも装飾を施し、仕上げに刃を研ぐ。
「完成だ」
おっさんが作業を完了させると同時に、光が奔る。そして二度目となる、神器級完成のシステムメッセージが流れた。
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【氷龍】
種別 剣
品質 ★×8(神器級)
素材 ミスリル
耐久度 24/24
製作者 謎のおっさん
【装備効果】
物理攻撃力 +40
魔法攻撃力 +30
DEX+10 MAG+20
【特殊効果】
使用者の魔法の詠唱時間を短縮する Lv2
使用者の冷気属性の魔法を強化する Lv5
物理攻撃時、冷気属性の追加ダメージを与える Lv5
【解説】
青白いミスリルの刃を持つ直剣。片手で扱うのに向いている。
物理攻撃力も高いが、ミスリル素材特有の魔法能力強化が特徴。
冷気属性を持つ宝石を使った装飾により、冷気属性と特に相性が良い。
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完成した剣は、魔法剣士であるカズヤにピッタリの剣だった。
「ほらよ、おめぇの剣……【氷龍】だ。受け取りな」
神器級武器の誕生を目の前で見たプレイヤー達の歓声を聞きながら、おっさんが剣を手渡す。それを受け取ると、カズヤそこで初めて薄く笑った。
「期待以上だ。五万ゴールドでも安かったかもしれないな」
「へっ、満足して貰えたようで何よりだ。……それで、用件は二つって言ったな。もう一つは何だい」
おっさんが問いかける。
その質問に対し、カズヤは口を開く。
「ついさっき、単独で上級ダンジョン、最下層のボスに挑んだ」
「ほーう。一人でたどり着いたか。ま、お前なら出来るだろうな」
だが、未だ上級ダンジョンがクリアされたとのアナウンスは流れていない。
それはつまり……
「で、負けた……と」
「ああ。かなりの強敵だった。なんとか脱出してきたが、タイミングを誤れば死んでいただろうな」
カズヤとて、おっさんと並ぶ程の凄腕のプレイヤーだ。生産スキルにリソースの半分ほどを割いているおっさんと比較すれば、キャラスペックだけならおっさんよりも上を行くだろう。
それが敗北したとなれば、ボスは相当な強敵であろう。
「そういう訳でおっさん、貴方の力を借りたい。俺とPTを組んでくれないか」
この日、βテスト攻略貢献度、上位2名のプレイヤー……【正体不明】謎のおっさんと、【龍王】カズヤによる、たった二人だけのダンジョン攻略PTが結成されたのであった。
次回よりダンジョン攻略になります。
【生産テロリスト】と【トップブリーダー】が……
間違えた。
【正体不明】と【龍王】が上級ダンジョンに挑む!お楽しみに!
(2015/2/28 改稿)