番外編・斧祭り2039夏の陣
「ええい、納得いかん……!」
ギルド本城の玉座から勢いよく立ち上がり、わなわなと震えながら奥歯をギリッと鳴らし、そう声を上げる一人の男がいた。
190㎝を超える身長に、がっちりとした体格の大男だ。顔を見れば、逆立った髪の毛にもっさりとした濃いヒゲ面。更に上半身裸で虎柄のマントを羽織り、片手で巨大なグレートアックスを担いだ筋肉モリモリのマッチョマンだ。
彼の名はゴンザレス。
古参の大手脳筋ギルド【バーバリアンズ】のギルドマスターであり、脳まで筋肉で出来た荒くれどものカリスマだ。
「なぜ、斧はこんなにも不人気なのだ……!」
怒りと共に振り下ろしたグレートアックスが、城の床を爆砕する。いつもの事であり、この城の床はあちらこちらが割れているが誰も気にする様子は無い。
ともあれ彼は怒っていた。
街やフィールドを見渡せば、どいつもこいつも装備しているのは剣や槍、弓や魔導銃といった武器ばかり。何故斧は使われないのか。
「それが気になって他のプレイヤーに聞いてみたが、その結果は受け容れがたい物だった……!」
拳を握りしめて、男泣きに泣くゴンザレス。彼が語るところによれば……
質問:なぜ斧を使わないのか
回答①:でかくて重く、取り回しが難しいから
回答②:見た目がダサいから、悪役っぽいから
回答③:剣に比べて汎用性に劣るから、弱いから
複数のプレイヤーから回答してもらった結果、上記の三つの意見が大多数を占める結果であった。
「畜生……!」
「馬鹿な……なんてこった……!」
「こんな事があっていいのか……」
その悲惨な結果に、バーバリアンズに所属するプレイヤー達がざわめく。彼らは全員が上半身裸で、斧を装備していた。
「野郎ども!こんな事があっていいのか!俺達はこの、斧に対する偏見や間違った認識を、そのままにしておいていいのか!?」
『いいや、良いわけがないッ!!』
ゴンザレスが拳を振り上げ、ギルドメンバーに問う。
彼らは声を揃え、否と答えた。
「ならばどうする!俺達はこの状況を、どうするべきだ!?」
『革命を!一心不乱の革命を!!』
拳を高く突き上げ、男達は叫ぶ。それに応え、ゴンザレスは斧を天高く掲げた。
「よし!ならば行くぞ!斧革命の始まりだ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおーッ!!』
その時である。突如、大広間の扉が勢いよく開け放たれたのは!
「話は聞かせて貰ったぜ!」
「ぬうんッ!何奴だ!?」
扉を開け放ち、入ってきた男に誰何するゴンザレス。そんな彼に闖入者は、ふんぞり返って名乗りを上げた。
「俺の顔を見忘れたか、ゴンザレスよ!泣く子も黙る凶悪PK、【巨人殺し】のモヒカン皇帝たぁ、この俺の事よ!」
「おお、モヒカン!モヒカン皇帝ではないか!」
入ってきた男こそ、ギルド【世威奇抹喪非漢頭】のギルドマスターにして、強力かつ有名なトップクラスのプレイヤーのみを専門で狙うプレイヤーキラー、モヒカン皇帝であった。
天を衝く髪を誇示しながら、愛用のバトルアックスを高々と掲げてニヤリと笑うモヒカン。ゴンザレスもまた、彼に向かって笑みを返した。
脳筋かつ斧愛好家同士とあって、彼らの間には深い友情があった。また、お互いにトップクラスの腕前を持つ腕利きのプレイヤー同士という事もあり、ライバル関係でもある。
「その話、俺達も一枚噛ませて貰おうじゃねえか!俺も斧の不人気っぷりには常々、どうにかしなきゃいけねえと思っていたところだ。……野郎どもッ!」
『応ッ!』
モヒカンの合図に応じて、数十人の男達がどかどかと大広間に入ってくる。特徴的なヘアスタイルと世紀末ファッションの、【世威奇抹喪非漢頭】のギルドメンバーだ。更にその同盟・傘下ギルドのメンバーも一緒だ。
普段は他の武器を使う者達も、今この時は全員、利き手に斧を握っていた。
「おお……お前達が手を貸してくれるなら百人力だ!」
思わぬ援軍に沸くバーバリアンズ。だが更に、そこに加わる者がいた。
「話は聞かせて貰った。その話、私も乗らせてもらう」
声の主は女性だった。新たに入ってきた女性プレイヤーは、あどけない顔に対してグラビアアイドル顔負けの抜群のスタイルを持ち、そして何より特徴的なのはその身長だ。女性にしては、という枕詞が不要な程の、180㎝を超える長身。頭上には、†黒羽根エンジェル†という珍妙なプレイヤーネームが表示されている。
彼女こそは稀少な女性の斧使いであり、この場に集ったマッチョ・ガイ共にも負けぬ程の脳筋STR特化プレイヤー。斧使い達にとってはアイドル的存在だ。
「君は……!エンジェルたん!」
「斧仲間の危機と聞いて駆け付けた。力を貸す」
心強い味方の登場に、彼らのテンションはマックスまで上昇した。
盛り上がる男達の輪の中、ゴンザレス、モヒカン皇帝、†黒羽根エンジェル†の三人がそれぞれ、愛用の斧を掲げ、ぶつけ合わせる。
「アックス!」
「「アックス!」」
歓声と共に、その場に居た全員が斧を掲げた。
後に言う、斧園の誓いである。
かくして、彼らは走り出した。斧革命が幕を開ける。
野を駆け、山を越え、立ちはだかるモンスターを斧で薙ぎ倒して進み、彼らが辿り着いたのは城塞都市ダナンの地下に広がる、広大な【地下墓地】エリアだ。
アンデッドや悪魔タイプのモンスターが跋扈する危険な場所であり、奥にはアンデッドのフィールドボスも出現する。
「う、うわあああ!ダメだ、支えきれない!」
「畜生、さっきの連中トレイン押し付けていきやがって!」
「誰か助けてくれ!このままじゃ全滅する!」
その地下墓地の一角に、アンデッドモンスターの群れに囲まれて今にも全滅しそうなパーティーがいた。六人組のパーティーで、最初は順調にモンスターを狩っていたものの、大量のモンスターを引き連れて逃げて来たパーティーにモンスターを押し付けられた事で戦況は一変。
幸い盾役が優秀で、とっさにヘイトを自身に集めてカバーリングに入った為、いまだ死亡者は出ていないものの、どう考えても回復が追いつかない。このまま盾役が落ちれば、後はそのまま残りのメンバーも数の暴力に蹂躙されるであろう。もはやこれまでか。誰もがそう思った、その時だった。
「アックス!」
「アックス!」
「アックス!」
「アックス!」
「アックス!」
突如、割り込んできたのは数十人もの斧を持った一団であった。割って入った彼らは手に持った斧で、次々とアンデッドを殲滅していく。
特に骨系モンスターは、衝撃属性に弱いため斧の攻撃がよく通る。幹部クラスが斧を豪快に振るってアーツを放てば、その一撃で倒れる事もあった。
「す、凄ぇ……あっ、だけどゴーストが!」
それを目撃した一般パーティーの一人が感嘆の声をあげるが、物理攻撃が効きにくい幽霊タイプの敵がいる事に気付き、声をあげる。
だが、その心配は杞憂であった。
「問題ない!竜巻トマホーク!」
ゴンザレスの合図と共に、一同が一糸乱れぬ動きで手斧を装備して、回転をつけて投げ放つ。一斉に投げつけられた手斧は嵐を巻き起こしながら敵を消し飛ばし、ブーメランのように持ち主の手に戻ってきた。
「怪我はないか!アックスヒール!」
「ああ、感謝すr……待て何だ今の!?」
「アックス!」
「アックス!」
「お、おう……」
そして、程なくしてモンスターは全滅した。
「無事で何よりだ。では我々はこれで失礼する。アックス!」
ゴンザレスの合図と共に一同が敬礼し、地下墓地の奥へと向かって進んでいく。
最後に、†黒羽根エンジェル†がアイテムストレージから予備の斧を六本取り出して彼らに手渡した。
「アックス」
「アックス。……ハッ!?」
一方、更に奥地では大量のモンスターを引き連れ、他人になすり付ける嫌がらせ行為……通称トレインを行なっている悪質なプレイヤーがいた。
「ゲッヘッヘ、次はどいつにモンスターをプレゼントしてやろうかな……っと。ん……?なんだこの音……?」
ドドドドドドドドド……と、大地を揺るがす轟音が聞こえて訝しむ彼だったが、次の瞬間。凄まじい勢いで駆け寄ってくる斧を持った集団を目撃して仰天した。
「居たぞ!こいつがトレイン野郎か!」
「捕まえろ!根性叩き直してやる!」
「ついでにモンスターも殴り倒すぞ!」
「おいトレイン野郎、お前も斧を使って心を入れ替えろ!斧はいいぞぉ!」
「お前にアックス!」
トレイン犯は突然現れたマッチョ達に巻き込まれ、捕らえられた後に斧を押し付けられ、強引に戦列に加えさせられた。逃げ出そうにも全方位を斧を持ったタフガイに囲まれているため、それも不可能である。
「アックス!」
「アックス!」
「アックス!」
そして彼らは、いよいよ地下墓地の最奥まで辿り着く。
そこはフィールドボスが出現する場所であり、最上位アンデッドモンスターの【髑髏の聖騎士】【髑髏の賢者】【髑髏の王】のいずれかが出現する。出現するボスモンスターは日替わりで変化する。
「我らの安息を妨げる者よ、汝らの力を示してみよ」
妖しい光を放つ鬼火が部屋を照らし、幽霊馬に乗った騎士が現れる。朽ちかけてはいるが立派な装飾がされた鎧や兜を身に纏い、聖剣を手にした聖騎士だ。だがその体は既に骨だけになったアンデッドモンスター。
今日は【髑髏の聖騎士】が出現する日だった。
「……ムッ?」
現れたボスモンスター、髑髏の聖騎士の前に、ゴンザレスが一人歩み寄る。
そして彼は、アイテムストレージから一振りの斧を取り出すと、髑髏の聖騎士へと差し出した。それも、ただの斧ではない。サブウェポンではあるが別のボスモンスターのレアドロップであり、フル強化済みの業物だ。時価にして1000万ゴールド程か。
髑髏の聖騎士はそんな斧を取り出してきた男を見て、彼の後ろで斧を掲げる者達を見た。そして……
「良かろう」
髑髏の聖騎士は、聖剣を鞘に納めた。そしてゴンザレスの差し出した斧を受け取る。死して尚、誇り高い騎士の魂が、彼らの中にある斧への愛を感じ取ったのだろうか。
斧を器用に片腕で回転させ、肩に担ぐ髑髏の聖騎士。その姿は剣を振る姿に劣らず、堂に入ったものだった。流石は武芸百般を極めた古代の騎士といったところか。
「存分に参られよ」
その姿を見て、奮い立たぬ斧使い達ではない。
「アックス!」
『アックス!!』
彼らの戦いは終わらない。斧を世に広めるため、今日も戦い続けるのであった。
作者は斧が大好きです。
昔ラグナロクオンラインというMMORPGをプレイしていた頃、私のジョブはブラックスミス(鍛冶師)で両手斧を振り回しておりました。
ですが当時、斧は不人気でブラックスミスは片手鈍器+盾が主流、勿論他のジョブで斧を使う人などまず居ない状態。
悲しみに包まれた私は、フレンドやギルドメンバー、更に通りすがりの人まで巻き込んで全員斧装備で最高難易度のダンジョンに突撃するというイベントを開催。
ナイトが斧を振り回し、アサシンが片手斧で二刀流をする謎の集団がモンスターを撲殺しながらダンジョンを突き進み、遭遇したボスモンスターも斧軍団でどうにか殴り倒しました。
次の日からしばらく変態集団の親玉扱いされた事も含めて懐かしい思い出です。
つまり何を言いたいかというとお前にアックス。