24.謎のおっさん、風になる(4)
「ヒャッハー!決闘だァ!」
違法改造魔導バイクに跨り、ギルドメンバーを率いて乱入してきたモヒカン。彼は血のように赤い刃のバトルアックスを振りかざすと、それを豪快に振り回した。
手始めに【C】のギルドメンバー二名を一振りでクラッシュさせたモヒカンは、その勢いのままにおっさんの横に並び、斬りかかる。
「おっさん覚悟しなぁ!」
「チッ……うざってえ!」
モヒカンの一撃は、おっさんの頬を僅かに掠めるに留まった。おっさんは回避と同時にモヒカンが運転する魔導バイクに蹴りを放ち、僅かにぐらつかせた。
その隙におっさんは加速し、逃げ切ろうとするもモヒカンの仲間達、リーゼントとアフロが連続でおっさんに襲いかかり、足止めをする。そこに、再びモヒカンが斧で斬りかかる見事な連携だ。
「おっ、その斧カーネイジアックスじゃねえか。しかも良い感じに強化されてんな」
「おうよ。流石におっさんには分かるかい」
モヒカンの連続斧攻撃を避けつつ、おっさんは目敏く彼が振るう斧に目をつけた。モヒカンが装備しているのは、東部の大密林に出没するフィールドボス、オーガロードが極稀にドロップするトップレアアイテムの斧、カーネイジアックスだ。
バカ高い攻撃力とクリティカル率を誇り、複数の攻撃的な特殊効果を持つ優れた武器だが、呪いがかかっており使用者にも反射ダメージを与えるデメリットを持つ、扱いが難しい武器だ。
だがモヒカンが装備しているそれは、柄を神霊樹で作った物に交換し、聖骸布を巻く事で呪いを最大限に防止していた。更に刃を鋭く研ぎ、最大耐久度をやや減らす代わりにクリティカル率とクリティカルダメージを強化した改造品だ。
流石のおっさんも一目置かざるをえない、良い品であった。
「おめぇも少しは出来るようになったじゃねえか。良い武器だ」
おっさんに褒められ、モヒカンは満更でも無さそうな表情を浮かべる。だが、その直後に彼は絶望へと叩き落とされる事になった。
「だから俺にくれ」
おっさんは突然そのような理不尽な宣言を行なうと、右手の指の先端からワイヤーを放ち、モヒカンの斧へと巻きつけた。
「【ぬ す む】!」
「ちょっ……!?」
【窃盗】スキルに属するアビリティ、【盗む】。
読んで字の如く、その効果は対象のプレイヤー/NPC/モンスターが所持するアイテム一つを盗み、自分の物にしてしまうアビリティである。
成功率は窃盗スキルのレベルやアビリティレベルによって上昇する以外にも、使用者のDEXパラメータが高いほど増加し、また対象のDEXパラメータが高いほど減少する。
とは言え元々の成功率は低く、またモンスター以外に使用すると悪名値が著しく上昇するといったデメリットも存在するのだが……
「俺の【窃盗・極】のSLvは47、【盗む】のALvは13だ。更に俺のDEXは補正込みでおよそ16800!おめぇのDEXとの差は約四倍だ。それにより、【盗む】の成功率は……78%ってところかね?」
シーフ系プレイヤーもビックリな成功率である。仮にもトッププレイヤーの一角であるモヒカンから、八割近い確率でアイテムを盗めるプレイヤーなど、アルカディア全体でもおっさんを含めて五人もおるまい。
『【モヒカン皇帝】から【カーネイジアックス改】を盗みました』
『プレイヤーから品質★×9のアイテムを盗んだ事により、悪名値+90000』
『【窃盗・極】のSLvが48になりました』
「あばよ小僧!こいつは俺が有効に活用させてもらうぜ!」
「ちょっ……待ちやがれおっさんコラァ!泥棒ー!……クソっ、追うぞ野郎共!」
モヒカンから斧をかっぱらったおっさんは、加速しながらコーナーに突入する。通常ならば安全に曲がるために減速しなければならない所だが、おっさんは見事なドリフト走行でコーナーを曲がりきった。各ギルドのメンバー一同も、僅かに遅れてそれに続く。
真っ先にコーナーを抜けたおっさんは、一気に加速して後続を突き放そうとするが、その時だった。
「イヤッホオオオオオオオウ!」
叫びと共に、上空からおっさんに向かって急降下、奇襲をしかける者があらわれた。ハイウェイの壁を飛び越えて現れた、新たな乱入者だ。
その人物は薄紅色の髪に赤い服、真紅の巨大な刃が煌めく処刑鎌を携えた、全身真っ赤な女性であった。
顔立ちは非常に整っており、グラマーな肢体を露出度の高い衣服で惜しげも無く晒しており、健全な男であれば誰もが目を奪われるであろう絶世の美少女だ。
だがしかし残念な事に、中身はバトルジャンキーの残念な蛮族系クレイジー美少女である。
彼女の名はレッド。おっさんと同じく、βテスト時代からその勇名と悪名を轟かせているトッププレイヤーの一人であり、犯罪者PC・NPCを狙って殺害する賞金稼ぎだ。
「ようおっさん、なんか面白そうな事やってんじゃねぇの!俺も混ぜてくれよな!」
友好的にそう話しかけるレッドだが、彼女の手に握られた大鎌は、殺意をもっておっさんの首を狙う。おっさんは車体をギリギリまで傾けてその一撃を回避。振るわれた凶刃の下をすり抜ける。
「乱入か!面白ぇ。かかってきやがれ!」
「そう来なくっちゃな!」
レッドは大鎌を担ぎ直すと、先行するおっさんを追走する。
そんな彼女が乗っているのは魔導バイクではなかった。彼女が乗っているのは生物だ。それは額に角の生えた、純白の馬。ユニコーンと呼ばれる幻獣であり、以前レッドが【テイミング】スキルによって仲間にしたものだ。
「ところでレッドよ、その馬は赤く塗らねえのかい?」
「良いアイディアだな。あんたを倒した後にそうさせて貰うぜ!」
『貴様……塗りたいのか!?』
おっさんの軽口に、思いのほか乗り気で返事をするレッド。自慢の純白の毛並みが赤く塗られる危機に、ユニコーンは戦慄した。
さて、そんなレッドであるが、白い幻獣を駆り、巨大な鎌を持って疾走する彼女の姿は戦乙女めいて幻想的だ。だが走っているのはハイウェイであり、周囲に居るのは凶悪な目つきのおっさんや世紀末ファッションの悪漢たちであり、色々と台無しであった。
「レッドが来たぞ!ブッ殺せ!」
「おうレッドコラァ!ここで会ったが百年目だァ!」
「馬で決闘疾走だと!?ふざけやがって!」
レッドはおっさんに追撃をかけようとするが、PK狩りの常習者である彼女によって辛酸を舐めさせられ続けてきた、モヒカンズのメンバーが怒号と共に襲い掛かる。
それに対してレッドはおっさんへの追撃を諦め、反転してモヒカンズを迎え撃つ。
「ハッ、上等!まとめてかかってこいよ雑魚共!」
レッドはユニコーンと息を合わせ、馬上で巨大な大鎌を巧みに操って複数のPK達をまとめて相手取る。相変わらず接近戦における彼女の技量は驚嘆に値するものだ。
だが、それとは別にモヒカンズのPK達は、普段とはまた違った意味でやり辛さを感じていた。
「ハッハー!何だお前ら、動きが鈍いぜ?一体なーにがそんなに気になってンのかなぁ?」
「う、うるせえこの野郎!」
「いっひっひ。ちゃんと集中しねえとバイクごとブッた斬るぜぇ?そ・れ・と・も、てめぇらがさっきから凝視してるモンで、気持ち良く窒息死させてやろうかぁ?んー?」
そう言って、ゾッとするような妖艶な笑みを浮かべるレッドの、今の姿を思い出してほしい。彼女は今、馬上で走りながら戦っている。
バイクと違い、馬に乗っているレッドは上下に激しく揺られている状態だ。更に彼女はその上で、巨大な鎌を激しく振るって戦っている。
ただでさえ胸元を大きく開いた衣服を着ているレッドがそんな真似をすればどうなるか。もうお分かりであろう。揺れるのである。彼女の豊満な胸が、激しく。
多くが十代の純情な青少年であるモヒカンズのメンバーにとって、その光景はひどく目に毒であった。
「だだだ誰もテメェのデカ乳なんて見てねえし!興味ねえし!」
「調子乗ってんじゃねえぞこのビッチが!」
「誰がビッチだコラァ!ブッ殺すぞ!」
後ろで繰り広げられるそんな喜劇をちらりと見て、おっさんは煙草を咥える。肩に乗ったヴォーパルが火を点けたそれをひと吸いすると、おっさんは煙と共に吐き捨てた。
「ハッ、乳揺れくらいで狼狽えてんなよガキ共。ったく、これだから童貞は」
野郎ブッ殺してやる。男達は心の中でそう誓った。だが彼らの意識がおっさんに逸れた、その瞬間。
「【R.E.D.SLASH】!!」
その一瞬の隙を突き、レッドが彼女のオリジナル奥義アーツを発動させた。血色のオーラを纏った大鎌の刃が閃くと、無数の赤い斬撃が広範囲を襲う。
決闘のルールによりプレイヤーのHPに対するダメージこそ無かったものの、バイクを綺麗に両断されて、彼女の周囲に群がっていたPK達が脱落した。
「畜生おおおお!覚えてろよてめえらあああああ!」
バイクが破壊され、空中に投げ出されたモヒカン達が捨て台詞を吐き、消えていった。
「ナイス挑発だぜ、おっさん。おかげで一網打尽にできた」
「そりゃ良かったな。満足したなら大人しく帰ってくれると助かるんだがね」
「つれないねぇ。俺はおっさんと遊びたいってのにさ」
邪魔者が居なくなったところで、レッドは再びおっさんに襲いかかろうとする。
「残念だがそいつは出来ねぇ相談だな。……お客さんだぜ、レッド」
だがしかし、それを遮るようにレッドに攻撃を仕掛ける者達が現れた。突如、十を超える数の矢がレッドに降り注ぐ。
おっさんの言葉によって事前にそれを察知できたレッドは、それらを全て避けきるが、そこに更なる追撃だ。剣による攻撃、それをレッドは鎌の柄で防ぐと、【クイックチェンジ】アビリティを使用して、一瞬で武器を刀へと換装し、それを振るって反撃を行なった。
だがレッドの攻撃は、堅牢な盾で受け止められる。
「チッ……わざわざ乱入までして、ご苦労なこった」
新たに出現した敵を睨みつけ、レッドが吐き捨てる。彼らの姿は、レッドにとっては常日頃から見慣れたものであった。
「傍迷惑な幼馴染を大人しくさせるのも僕の役目かと思ってね。不本意だけど」
「同じく。レッド、貴女には少しお仕置きが必要なようですね」
「カエデ姉まで一緒かよ……ったく、うざってぇな」
ギルド【流星騎士団】ギルドマスター、シリウス。そしてサブマスターのカエデ。白馬に乗って現れた彼らは、レッドにとっては兄弟同然に育った幼馴染と従姉である。
「というわけでおっさん、勝手ながらギルド【流星騎士団】より二名、参戦させていただきます。この馬鹿をとっちめた後、レースにも勝ってハイウェイの利用権もいただきますので、よろしく」
「ククク……!面白ぇ。やってみな!」
シリウスの宣言を受け、おっさんは笑いながらそれを受理した。
「丁度、お前さんのライバルも来たようだしな。せいぜい盛り上げて見せろや」
おっさんが後方を指差す。シリウスがその方向を見ると、そこに現れたのは……
「ククク……!面白き茶番だと黙って見ておったが、そう言う事ならば我も参戦させて貰うぞ!流星騎士団に利権をかっ攫われるのも癪であるしなぁ!」
流星騎士団と並ぶアルカディア最大規模のギルド、【魔王軍】を率いるプレイヤー、エンジェの姿がそこにあった。
彼女は【召喚魔法】スキルによって召喚されたモンスター【髑髏の聖騎士】を連れていた。幽霊馬【ナイトメア】を駆り、古びてはいるが壮麗かつ強固な武具を身につけた、非常に強力なアンデッドモンスターだ。
その体はもはや骨しか残っていないスケルトンだが、不死の魔物となって尚、聖騎士の誇りを失ってはおらず、暗黒魔法のみならず生前使っていた【神聖魔法】や【回復魔法】、【神聖剣】といったスキルも使いこなす事ができる、地下墓地エリア最深部に出現するボスモンスターだ。こいつにやられたプレイヤーは数知れず、倒せるプレイヤー自体そう多くない。
エンジェはそんな強力な魔物を召喚し、従えていた。そして彼女は髑髏の聖騎士が駆る、幽霊馬の後ろに座って杖を振りかざしている。
「シリウスよ、そう易々とやらせはせぬぞ!ゆけ、髑髏の聖騎士!奴に真の騎士道という物を教えてやるがいい!」
『心得た……!』
髑髏の聖騎士がエンジェの命令に、くぐもった声で応えてシリウスに斬りかかる。
『若き騎士よ……手合せ願おうか……!』
「大先輩には恐縮ですが、聖騎士対決とあっては負ける訳にはいきませんね」
『いざ、尋常に……!』
「勝負ッ!」
髑髏の聖騎士が持つ古びた聖剣と、シリウスの魔剣が激突し、火花を散らした。
「ではレッド、貴女の相手は私が務めましょう」
「タイマンでいいのかいカエデ姉。王子様はアンタを守ってる余裕は無さそうだが?」
「見くびらないように。妹の躾けなど、彼の手を煩わせる程の事ではありません」
「ハッ、そうかい。……そっくりそのまま返すぜ。あまり俺をナメんなよ、カエデ姉」
カエデの薙刀とレッドの大鎌が、互いの喉元を狙って振るわれる。
そして……
「やれやれ、あいつらはお互いに遊び相手を見つけたようだし、すっかりあぶれちまったなぁ。それじゃ、折角だから俺は先に行かせて貰うとしようかね」
シリウスとエンジェ、レッドとカエデがそれぞれ戦っているのを見て、おっさんは今のうちに一人で抜け出そうと、バイクを加速させようとした。
だがその直前で、おっさんは何かに気付いて楽しそうに笑みを浮かべた。
「ならば、俺が遊び相手を務めようか」
「……ククク、来たか」
二振りの片手剣による七連続の斬撃と、それに付随する【魔法剣】スキルによる魔法の追撃。挨拶代わりに打ち込まれたそれを機械の義手で防ぐと、おっさんはその名を呼んだ。
「いいだろう……!せいぜい楽しませてみな、カズヤ!」
「ふっ……その期待に全力で応えよう」
黄金色の一角馬、神獣【キリン】に乗ったカズヤが、おっさんに挑みかかった。
かくして、ここにトッププレイヤー六名による最終決戦が幕を上げたのであった。
◆
「………………」
……だがここに、そんな彼らの陰で闘志を燃やす男が一人いた。
その男こそは、ギルド【亞屡華泥亞霊震愚連盟】のギルドマスター。おっさんの本来の対戦相手である、珍走団のリーダーである。
彼の心はおっさんによって打ちのめされ、一度へし折れた。敗北寸前で同盟関係にあるモヒカンズに助けられ、なんとか脱落は免れてはいたが、もはや彼の事を敵と見做している者はいなかった。
「…………ナメてんじゃねぇぞ…………!!」
彼は怒りに震えていた。
彼の前で繰り広げられているのは、人外じみたトッププレイヤー達によるド派手な戦い。所詮中級プレイヤーの彼にとっては、一体何をやっているのかすら理解不能な程のハイレベルなバトルだ。
認めよう。
確かに自分は彼らには敵わない。まともに戦えば十秒と持たずに倒されるだろう。
認めよう。
確かに自分の心は一度折れた。敗北を認め、屈しかけた。
認めよう。
確かに自分は彼らにとっては、路傍の石にも等しい存在なのだろう。
だが。
舐めるんじゃねえ。折れた心が甦り、彼は心の奥底で闘志を燃やす。
俺は走り屋だ。ここは、俺のフィールドだ。
後からしゃしゃり出て来た奴等に、好き勝手に荒らされて良いのか?
答えは否。断じて否である!
鉄槌を下さなければならない。
思い上がった強者達に、なけなしの意地を込めた鉄槌を。
「“嘗め”てんじゃねえぞ廃人共が……!目にモノ見せてやらあ……ッ!!」
追い詰められた一般人が今、人知れず牙を剥こうとしていた。
久しぶりの更新。