番外編・おっさんVS風神ザイン
大陸北部エリアがシリウス率いるギルド【流星騎士団】によって攻略され、ほぼ同時期に南部エリアがエンジェ率いるギルド【魔王軍】の手で攻略完了した頃のこと。
北部と南部の攻略が完了した報を受け、プレイヤー達は残る最後の一地方、大陸東部エリアへと目を向けた。
流星騎士団と魔王軍は、それぞれ解放したエリアの統治や、解放された種族――北のエルフと、南の獣人の相手をしているため、当分の間は他のエリアの攻略は行なわない方針だ。
ならば、東部エリアの攻略は我らの手で。
アルカディア三大ギルドの【流星騎士団】【魔王軍】【C】には一歩譲るものの、大手のギルドを率いる者達はそう考え、我先にと東部エリアの攻略に走った。
……が、しかし、駄目っ……!時既に時間切れ……!
何故ならばその時には既に、東部エリアの最奥へと到達しているプレイヤーが存在していたからである……!
「なんかペア狩りしてたらボス部屋見つけちまったわけだが、どうするよ?」
「む……どうやらここがエリアボスの部屋のようだが……」
大陸東部エリア8、【霧の谷】ダンジョン。彼ら以外に誰も到達していないダンジョンでモンスターを独占し、とても効率良く狩りをしている二人組の姿がそこにあった。
一人はご存知謎のおっさん、もう一人はおっさんの友人。二刀流の魔法剣士、カズヤである。
「折角だし、ここは一発やってみねえか?」
「二人でエリアボスか。狂ってるな」
「おっと、お嫌かい?」
「だが面白い。是非やろう」
「よし、決まりだ」
本来であれば数十人でレイドを組んで挑むべきエリアボス相手に、たった二人で挑む暴挙。だが彼らは一切躊躇する事なく、それを行なう事を決意した。
「一応、死ぬかもしれないしデスペナ対策に【復活の宝珠】を買っておこう」
「おっ、そうだな。ついでにバフ系の課金アイテムも買っとこうぜ」
二人は課金アイテムショップのウィンドウを開き、魔法のカードで課金を行なった。そして死亡した際にデスペナルティを打ち消し、その場で復活する【復活の宝珠】や、一時間の間、各種ステータスを25%上昇させるポーションなどを買い込んだ。
その後カズヤが補助魔法をありったけ、自身とおっさんに対して使用する。
「よし、準備できたな。じゃあ行くぜ」
「ああ、行こう」
おっさんが扉を開け、ボス部屋内に一歩を踏み出した。
ボス部屋の内部は、床も壁もごつごつした岩で出来ていた。天井は無く、頭上には曇り空が広がっている。
ボスは双頭の巨大なドラゴンであり、表示されているモンスターネームは【アンフィスバエナ】であった。その四つの瞳が、ボス部屋に入ってきたおっさんとカズヤを見た。その瞬間。
「ドーモ、初めましてアンフィスバエナ=サン、ワールドデストラクターです」
「ドーモ、初めましてアンフィスバエナ=サン、ドラゴンマスターです」
オジギから0.334秒後、二名の闖入者は電撃的速度でもってアンフィスバエナに襲い掛かった。
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「グワーッ!サヨナラ!」
憐れアンフィスバエナ=サンは爆発四散!東部エリア攻略完了!
ちなみに読者の皆様が今読んだものは、あくまで戦いの様子をわかりやすくイメージ化したものであって実際の物とは多少異なる部分がある事をここに明記しておく。
実際にはアンフィスバエナは二人を相手にそれなりに持ち堪え、多少の傷を与えはした……のではあるが、まあ割とあっさりとやられた事に違いはないので詳細は省く。
「MVPアイテムは双剣か……おっさん買い取ってくれないか?」
「おう、構わんぜ。ユニークアイテムの双剣か……改造してナナにでも売るか」
MVPは僅差でカズヤが取得した。MVPアイテムはユニークアイテムの双剣【風塵双牙】。強力な疾風属性の追加ダメージを与える効果をはじめ、様々な特殊効果が付いていた。装備者のAGIを大幅に上昇させる効果も見逃せないポイントだ。
カズヤは双剣スキルを持っていないため、おっさんが買い取る事になった。
トッププレイヤーであるカズヤは、よく様々なレアアイテムを入手する。しかも彼はほぼソロ専門であるため、パーティーメンバー間の分配などとは無縁であり、ドロップした物は全て自分の物になる。このあたりはソロの最大のメリットであると言えるだろう。
そしてその入手したアイテムは、彼自身が使う物以外は全ておっさんに売り払われている。おっさんは買い取ったそれを強化・改造して転売する事で利益を出していた。WIN-WINの関係だ。
さておき、二人はボス部屋の更に奥へと進んだ。
そこには、石像と化した人々の姿があった。ただし、その背中には鳥のような翼が生えている。有翼人である。
おっさんとカズヤが石像に近付くと彼らの呪いが解け、石像から元の姿へと戻っていった。
「この気配……来るぞおっさん!」
「おう、わかってらあ!」
二人が武器を構え、直後にその場に新たな人物が現れた。
その人物は小柄な少女だ。吹き荒れる風を纏い、背中に翼が生えている。緑色の短い髪に、猫のようなつり目がちな瞳。
「ここまで来たお馬鹿さんの顔を見にきてみたら……まさか、たった二人とはね」
幼い少女特有の高い声で、空中に浮かぶ彼女は言った。
こちらを物理的にも精神的にも見下しながら、そう語る彼女こそ、風神ザイン。七柱神の一柱にして、風を司る神である。
「二人だけでアンフィスバエナを倒した事は褒めてあげるよ。人間族のクズにしては上出来だ。だけど、まさか二人でこのボクを倒せるなんて、思い上がっては……」
「かませカズ坊ッ!【ライトニングサークル】!」
「任せろ!【ライトニングボルト】92連弾!!」
「ちょっ……!?」
ザインの台詞を途中で遮り、おっさんが錬金術【ライトニングサークル】を発動させる。突き出したおっさんの右手の前に、巨大な黄色い錬成陣が出現した。
錬金術において黄色は電撃属性を意味し、また錬成陣に描かれているのは【増幅】を意味する紋様である。すなわち、この錬成陣は通過した電撃属性の攻撃を強化する特性を持つ。
そこに、カズヤが事前にチャージしていた電撃属性魔法をありったけ叩き込んだ。合計92発の雷の矢が錬成陣によって増幅され、次々とザインに降り注ぐ。
「こっちも行くぜ!【大魔弾:ミョルニル】発射ァ!」
「更にダメ押しだ。【サンダースピア】!【ジャッジメントレイン】!」
更におっさんが巨大魔導銃剣【メメント・モリ】を装備して電撃属性の大魔弾を撃てば、カズヤも二重詠唱で強力な電撃属性魔法を連続で放つ。
それら全てを不意討ちでまともに食らい、派手に吹き飛んで墜落した風神ザインであったが……
「貴・様・等ああああああああああッ!」
彼女は起き上がると激怒し、その瞬間に凄まじい威圧感を放ちはじめた。
これは神専用アビリティ【神の重力】による物だ。これを前にしては、どれほどの強者であろうと被造物である人間には抵抗出来ず、成す術なく蹂躙されるのみである。
「「【半神化】ッ!」」
だが、それも通常の人間であればの話。既に冒険者達は創世の女神・イリアの加護により、神に対抗する手段を手に入れていた。
この【半神化】というアビリティは、莫大な経験値と引き換えに絶大なパワーアップを果たす極端な性能のアビリティなのだが……それとは別に、神や邪神が放つ威圧を無効にし、対等に戦う事が可能になる対神用の切り札としての側面も持っている。
ちなみに、このアビリティの使用と維持のために必要な経験値だが、これはグランドクエストにおいて神や邪神と戦う際には支払う必要がなく、ノーリスクで使用可能だ。
「神の力だって……!?人間の分際で生意気だぞ!」
全身に神々しい光を纏うおっさんとカズヤの姿を見て、驚きと怒りを同時に顔に浮かべるザイン。彼女は風を操り、凄まじいスピードで空中を飛び回った。
「どうだ、地を這う虫ケラどもめ!このボクのスピードについて来れるか!」
ザインは残像を残しながら空中を高速移動しながら、鎌鼬を次々と放った。刃と化した突風がおっさん達を襲う。
「成る程、言うだけあって確かに速ぇーなオイ」
「そうだな。捕まえるのは少し骨が折れそうだ」
だがそれを前にしても、おっさんとカズヤは余裕を見せていた。おっさんは不可視の風の刃をあっさりと見切り、紙一重で回避する。カズヤは【ウィンドマジックシールド】を一瞬で発動させつつ、二振りの片手剣を交差させて鎌鼬をガードした。ダメージは殆ど無いようだ。
埒が明かないと見たのか、ザインは遠距離攻撃を中断すると風を己の両腕へと集めはじめた。彼女の両手に、透き通った鋭利な刃が形成される。風の双剣だ。
「やっこさん、接近戦で来るみてーだな。どうする?」
「俺が受けよう。追撃任せた」
「オーケー、任された」
双剣を構え、ザインが音速に迫るスピードで襲いかかる。おっさんは二挺拳銃で魔力弾の弾幕を張るが、ザインはそれらを見てから動いて余裕で回避し、ぐんぐんと迫る。
カズヤが前に出て、それを迎え撃つ。白と黒の長剣を左右の手に持ち、ザインの高速突撃に対してカウンターを取る構えだ。
「遅い遅い遅い遅い遅ぉーい!ノロマな人間!お前の剣なんか何百回振ろうが当たるものか!」
カズヤの放ったカウンターの一閃は、見事にザインを捉えていた。だがそれが命中する直前に、ザインは神速の回避運動でそれを見事に躱してみせる。
常軌を逸したスピードと反射神経。七柱神の中で最も素早さに長ける風神ザイン恐るべし。
そして神業的な回避を見せたザインは、カズヤのカウンターに対して更なる神速のカウンターを放つ。もはや回避も防御も絶対不可能なタイミングの芸術的な攻撃に、ザインは勝利を確信した。
「不破流活殺剣、三ノ型奥義……二刀燕返し」
だと言うのに、ザインの攻撃は虚しく空を切った。絶対に避けえない攻撃が避けられた事に驚く間も無く、逆にザインに対して斬撃が襲いかかる。
「避け……られない……!?」
回避を試みようとするザインであったが、それが不可能である事に気付く。何故ならばその攻撃は、合計六発の斬撃が、彼女を囲むように同時に襲いかかってきたからである。
「【飛天龍王撃】ッ!!」
六発同時に放たれた斬撃を食らい動きが止まったザインに、カズヤの必殺奥義が放たれる。地上コンボから空中へ打ち上げてからの空中コンボ、締めに地上に向かって叩き落とす、三十六連撃の超高威力奥義。
だが今回カズヤは最後の一撃を、地上への打ち下ろしではなく、更に上空に向けての打ち上げへと変更した。
(なにが……起きた……?何がなんだかわからない……)
ザインは混乱していた。絶対に当たるはずの攻撃が躱され、逆に痛烈な反撃を受けた理由がわからない上に、先程の攻撃だ。コンマ1秒の乱れもなく同時に放たれた六つの斬撃。あんな攻撃は二本しか腕がない人間には物理的に不可能なはずだ。理解不能。
だがそんな彼女に、更なる混乱を招く事態が訪れる。
地上にいたおっさんが力強く大地を蹴り、ザインに向かって突っ込んできたのだ。その手には大振りの刀……野太刀が握られている。おっさんの友人であり、ギルド【C】の鍛冶師達のリーダー、テツヲの手によって打たれた大業物だ。
ザインは混乱しながらも、当然のようにそれを避けようとする。だがしかし、その瞬間に四方八方から魔力弾が飛来し、ザインに命中したではないか。
おっさんは今、野太刀を手にザインに斬りかかっており、銃を手にしてはいない。ならば一体いつ撃った?7ザインは混乱しながら考え、彼女の明晰な頭脳はその答えに至る。
「まさか、そんな、ありえない……」
その答えとは……先程、ザインがカズヤに向かって突撃した際におっさんが放った弾幕である。それがおっさんの【跳弾】アビリティによって反射し、今このタイミングでザインに命中して、その動きを止めたのである。
最初から、カズヤがザインを吹き飛ばす位置も、タイミングも全て計算に入れた上で、この場所に跳弾を集めるようにおっさんは仕組んでいたのだ。
まるで未来予知じみたその神業。偶然というには出来過ぎており、理性はそれが全くの偶然である、こんな事を狙って引き起こすなんて有り得ないと主張するが、本能は正反対の意見を叫ぶ。
「コイツならばやりかねない」。目の前の男からは、そんなよくわからないスゴ味を感じる!
おっさんが野太刀を、ザインの鳩尾に空中で深々と突き刺す。致命傷を与える神速の諸手突き。
だが、おっさんの攻撃はそれだけでは終わらない。おっさんは、突き刺した野太刀の柄を支点に体を持ち上げ、その柄を蹴って更に深く突き刺すとともに、柄を足場にする。
左足で柄の上に立ち、おっさんはザインの脳天めがけて右足の踵を強烈に振り下ろした。ブーツに仕込まれた隠し刃が踵から突き出し、脳天に深々と突き刺さる。
「不破流鏖殺剣、四ノ型……奥義【鳳落とし】」
おっさんの攻撃を受けたザインは落下し、地面に激突する。
ザインはそれでもなお、起き上がって戦おうと全身に力を込めるが……
「【天覇黄龍撃】!」
そこに間髪入れずにカズヤの秘奥義が直撃し、ザインは再びダウン。
「あ……あ……」
瀕死の重傷を負い、か細い声を上げながら残り僅かな力を振り絞る。その根性は賞賛に値するが、しかし彼らの前にはもはや無意味であった。
虚ろな目で上空を見つめるザインの目に映ったものは、上空から自身に向かって急降下してくるおっさんの姿。
そのおっさんは、何かとんでもなく巨大な物体に乗りながら降ってきて……
「魔導タンクローリーだッ!ブッ潰れろおおおおおおッ!!」
「!?」
ガソリン満載の魔導タンクローリーに乗ったおっさんが、急降下してザインを踏み潰した。
おっさんはタンクローリーの上からドカドカと拳を叩き付け、その衝撃が既に虫の息のザインにダイレクトに伝わる。
ひとしきりラッシュを放って満足したおっさんはタンクローリーから飛び降りると、アイテムストレージから黒くて丸い、一目で爆弾とわかる物体を取り出し、咥えていた煙草を使って導火線に火をつけた。
そしておっさんは、爆弾をタンクローリーに向かってブン投げる。当然のように大爆発が起こり、それがトドメになってザインは爆死した。
こうして、大陸東部エリアはおっさんとカズヤの手によって完全攻略された。
一柱の神の心に深いトラウマが刻み込まれたりもしたが、プレイヤー達は皆諦め顔で「おっさんなら仕方ない」「おっさんとカズヤさんなら仕方ない」等のコメントを残した。
この件についてカズヤ氏はおっさんと一緒の扱いをされる事に対して遺憾の意を示したものの、大多数のプレイヤーはそれを苦笑いでスルーした。
以上が大陸東部エリア攻略に関する顛末であり、第三部が始まる少し前の出来事である。
ちょっと物凄い体調不良に襲われておりました。今は何とか復活。
リハビリがてらに以前軽く触れた東部エリア攻略について書いてみました。
頭の中にイメージはあったけど当初書くつもりは無かったのですが、当時リクエストもあった事だし、いっちょ書いてみるかと。
本編のほうはもう少々お待ちください。